第四話 恋心仄香は歌姫がお好き❤
クイーンズ・ホテル。
女王アリことクイーンズ・アリーナの傍でそびえ立つこの高級ホテルにバリバリの庶民派である私が、実はこう見えてもバリバリのお嬢様ぞろいの魔法少女たちと一緒に潜入ミッションを開始したのは、午前九時四十分。優雅なエレベーターに乗り込み途中で赤いドアの部屋から機密文書を盗んだりすることもなく無事目的地に到着。ただいま地上13階。孤独で勇気を与えてくれるけど、一般的には忌み嫌われている数字。通常のホテルではありえない階数にも宿泊施設がちゃんと装備しているあたり、このホテルには通常の思考回路では推し量れない「なにか」が隠されているのかもしれない。宗教絡みの壮大な陰謀とか失われし聖遺物とか具体的には聖槍とか聖釘とか聖杯とか。そして、それが発見されてしまった暁にはこの階自体が自爆用のトラップとして作動して、このビルごと倒壊させる腹なのかも。どきどきどき。
「……さっきからなにぶつぶつ言ってんだ、お前は?」
「あう」
鬼姫の突っ込みで我に返る。
どうやら魔力不足の空腹感で、変な妄想に突っ走ってしまったみたいだ。反省。
『闇の触手』との交戦から一夜明けた今朝、私たちは警備するコンサート会場の出演者と会うためここに来た。昨日の召喚会議で私たち魔女と魔法少女が依頼を請け負うことで合意して、「それでは明日の午前十時にクイーンズ・ホテルの1313号室にいらしてください。彼女には、私のほうからみなさまのご来訪をお伝えしておきます」と聖女・聖鳳院マリアからお達しがあったためだ。
ちなみに、私たち以外の魔女グループは全員欠席。昨夜の襲撃の後、真酔先生が駆けつけて外部に目立たぬよう自家用車を改造した医療器具備え付けの愛車に昏睡状態の黄泉を運び込んだところに、『北方の魔女』から電話が入り、『東方の魔女』からはメールを受信した。彼女たちも私たちと同じ魔女に襲われたらしい。幸いたいした怪我はなかったようだが、現在真酔先生の手により病院にて治療中のこと。どうやら事態は私が想像していたよりかなり厄介なことになっているらしい。はあ。
「あの口ぶりから察するに、このホテルにいる『彼女』はマリアちゃんや紅暮ちゃんともお知り合いのようですね~」
私の緊張を溶かすように、黄泉はいつもどおりのゆったりした口調で独りごつ。
「関係者ってこと?それなら臨時バイトでなく聖少女十字軍直々の警備というのもうなずけるけど……って啼夜、さっきからなに難しい顔してるの?」
「う~ん、もうちょっとで、出てきそうなんだけど。大物、極秘ライブ、聖女の関係者、これらに該当するアーティストといえば……う~ん」
「お前な、わざわざここで考えなくてももうすぐご本尊に会えるっつーの」
あきれ顔でたしなめる鬼姫が不意に前方を注視する。いまにも舌打ちしそうなしかめっ面で。どうした?
1313号室。
お目当ての部屋の前には、複数の聖マリアンヌ女学院の制服を着用した少女たちが規律正しく整列していた。昨日の少女たちと一見同じようなデザインだが、胸元のタイには彼女たちにだけ特別に許された小さな十字架が誇らしげに輝いている。
聖少女十字軍。
聖霊の恩寵を受け、聖女のお傍に付き従うことを許された少女たちの総称。
おそらくここにいるご一行は、警備に選ばれた同じメンバーが昏睡させられた事実を知り、自主的に欠員の補充を申し出たのだろう。私たちの存在に気づくと、彼女たちの頭目らしき人物が機械操作の音声アナウンスを錯覚させる無機的な声と表情で対応する。
「こちらの部屋は関係者以外立ち入り禁止です。お引取りください」
「こっちは聖女様のお墨付きをもらってここに来てんだ。さっさと通しな」
「お通しできません。あなたたち魔女と魔法少女は、わたしたち『聖域』の住人に仇なす存在。速やかにお引取りを」
「うるせーな。元はといえばてめえら聖少女十字軍がポカやらかすから、こうしてあたしらが尻拭いする破目になったんだろーが」
「元をたどれば、魔女のせいではありませんか」
「んだと、このアマ」
「なんですか」
台詞の応酬だけで銃撃戦が交わされているような殺伐とした雰囲気。
『魔女狩りの夜』から数百年が経過してもなお、魔女を異質な存在として排除すべきという強硬な原理主義者は聖女サイドでは決して少なくない。ましてその魔女らしき存在により仲間が被害を被っているのだ。神経をぴりぴりさせてしまうのも無理はない。しかし、こっちも忙しいなか学生としての本分を後回しにしてまでわざわざやって来ている身だ。こんなことで余計な時間を取られてはかなわない。聖鳳院マリアとのホットラインを繋いで、直接彼女たちを説得してもらうか。そう思った時、不意に天岩戸が音をたてて開く。かちゃ、と。
「みんな、ケンカしちゃダメだよ?ほのちゃんはボクを守りに来てくれたんだから」
そういって姿を現す女の子。
見た目は小学生、私よりもさらに小さめな可愛らしい体躯。
くりくりと目を輝かせて好奇心を隠そうともしない、年相応の愛らしい青い瞳。
肩にかかるかかからないかくらいの青い髪。
幼いながらも近い将来カリスマを予感させるのは、彼女の顔立ちが昨日会ったばかりの一人の聖女を連想させるものだからだろうか。
「お下がりくださいアリス様。ここは我々が」
「キミがほのちゃん?」
聖少女十字軍の制止を完全スルーして私の目の前にちょこん、と立つ。
仄香だからほのちゃんか。私のことでいいんだよね?
「あ、えっと、はい」
「ボクは聖鳳院アリス。よろしくね」
にぱっ。
同世代の女の子でもなかなかみることのできない、とびっきりの笑顔。
無邪気に差し出された右手を、私は気圧されながらもおずおずと握り返す。
「マリアお姉ちゃんからお話は聞いているよ。すごく強くて、頼りになる魔女さんだって」
「そ、そんなことないけど」
そういう私に、彼女はちっちっ、と悪戯っぽく人差し指を動かしてみせる。
「そんなことないよ。だって、あのお姉ちゃんがあそこまでいうんだもん。だからボクの誕生日コンサートに警備してくれるんでしょ?」
「コンサート?じゃあ、女王アリに出演するアーティストって」
「うん。ボクだよ」
マジですか。
こんな小さな、具体的には六年間の義務教育をいまだ修了していなさそうな、ランドセルとか背負っていそうな女の子が、国内有数の収容人数を誇る大ホールに出演するアーティストだなんて。
「これから三日間よろしくね、ほのちゃん」
にぱっ。
「は、はい。こちらこそよろしく」
どちらが年上かわからないくらいどぎまぎしてしまっている。
でも、こんな心臓の昂ぶりも悪くない。
もしかして、これが恋……?
いや、でもどこかでこれと同じような気持になったような……。
「おいおい、あの仄香があっさり堕とされちまったぜ?」
「さすがはマリアちゃんの妹だけあって人たらしの天才ですね~。気分はどうですか、色男さん?」
「うるさいよっ!」
鬼姫と白魚の茶々に、私は小声で怒鳴り返す。
人がなにかを思い出そうとしている最中に、まったく。
すると、その後ろで啼夜が驚いたようにつぶやく。
「もしかして、アリス……?」
「あ~。だれかと思ったら『うぐぅ』ちゃん?おひさしぶり~」
「そ、その『うぐぅ』ちゃんっていうの、止めて。結構トラウマなんだから」
「え~?いい名前なのにぃ」
ぶぅ、とほっぺを膨らませる歌姫。
鶯巣だから「うぐぅ」ちゃんか。でもその名前を聞くと彼女より先に、たい焼きを食い逃げするカチューシャの女の子を幻視してしまうのはなぜだろう。異なる世界線でそういう少女が登場した可能性が微レ存?
いやいや、そんなことより。
「二人とも知り合いなの?」
「あ、はい。小学生の頃、地元の児童合唱団で一緒だったんです」
そんな啼夜のフォローに頓着することなく、呼び名にこだわるアリスは閃いたといった感じで叫ぶ。
「それじゃあもうひとつの名前のほう、ういちゃん!」
「え、ええ、それでいいわ。久しぶりね、アリス」
「うん!小学生の合唱団以来だね!」
「そうね。まさかあの頃はあなたが『聖域の歌姫』になるなんて、思いもしなかったけど」
「ぶ~。ボク歌うの好きだもん。それに」
「それに?」
「アリス様。立ち話というのもなんですから、皆様をお部屋にお通ししてお話を伺ってはいかがでしょう」
聖少女十字軍のひとりが恭しく傅いてアリスの耳元にささやく。
「ん。そうだね。それじゃみんな入ってよ。おいしいケーキをごちそうしちゃうよ~」
「アリス様は先ほどお召し上がりになったばかりですから、ご遠慮くださいね?」
「ふぇっ!?そ、そんなあ~」
「わがままを言わないでください。お昼ご飯が入らなくなりますよ?」
わいわいきゃっきゃっ言いながら仲睦まじく入っていくふたり。
それを見ながら私たちは他の聖少女たちの底冷えのする視線に晒されることで、針の筵という格言の意味をその身をもって知るという貴重な体験をしつつ、入室するのだった。
『聖域の歌姫』。
名前こそ知ってはいたものの、私の目の前で私くらいのちみっさい女の子が国家首脳級の高級スイートルームで聖少女十字軍から神を崇めるかのような丁重なことこの上ないおもてなしを受けているのを見ると、数々の噂も本当のことだと実感させられる。
曰く、『聖域の歌姫』が夜明けの賛美歌を歌うことではじめて世界に光が差し込み、目覚めの朝が訪れる。その瞬間を一目見ようと常時厳重警備体制にある聖鳳院家の敷地に歌姫信者が潜入を試みては捕獲されることもしばしば。
曰く、『聖域の歌姫』が音楽の授業で歌うと、それを見るために聖マリアンヌ女学院の全生徒は勿論のこと周辺地域からも音楽室前に立ち見の見物客が殺到するため、学院は関係者以外立入厳禁。担当教員以外は誰も知らない極秘スケジュールの管理下で密かに行われる。
曰く、『聖域の歌姫』が気まぐれで鼻歌を歌っただけで枯れたり萎れたりしていた道端の雑草が一斉に美しい花々を咲かせる。過去に一度末期医療ホスピタルへ慰問コンサートに出かけた際には、患者たちが「神の声を聞いた」と感涙し、彼らは皆予想より遥かに永い天寿を全うしたとも。
曰く、『聖域の歌姫』が風邪をひいただけで世界経済が肺炎を起こすと言われる。よって、彼女が病院へ通うことを報道各社はもちろん個人さえもSNS等で報じるのは固く禁じられているが、それでも国内市場の株価下落は避けられず凶悪事件や災害事故の発生率も通常の三倍に跳ね上がる。
曰く、『聖域の歌姫』のコンサートはつねにサプライズで行われる。予約制にすると予約当日『聖域』及びその周辺の住民数百万人単位が一斉にチケット売り場へ殺到し、サーバーが落ちたり警備上多大な支障が生じたりするため。『奇跡の舞台』を一目見ようとすでに締め切られた会場周辺に信者が長蛇の列を形成して群がる様は、まさに『聖地巡礼』と呼ぶに相応しい。
他にもいろいろあったと思うけど、私の慎ましやかな脳の容量はそれらのエピソードを書き込むにはいささか余白が足りないようだ。残念。
「……どんだけ残念な記憶媒体なんだよ、お前の脳みそは」
あきれたように鬼姫はつぶやきながらも、自分の分のチョコレート・ケーキをそっと私の前に差し寄せる。うん、おいしい。すっからかんの魔力の空腹感がまぎれるから、それだけでもすごく助かる。それを見て白魚も自分の分をそっと差し寄せる。ありがと。
ちなみにいまは、三人がけの高級応接ソファで私たち魔女サイド(右から鬼姫、私、白魚の席順。後ろで啼夜と隅華が待機している)と聖女サイド(真ん中にアリスが着席しているのみ。聖少女十字軍組は全員お傍で待機)が対峙している状態で、白魚が発言しているから私たちのターンといったところだろうか。完全アウェイの敵地で果たしてどう状況を打開するか。ううむ。
「それだけ敬われている『聖域の歌姫』のアリスちゃんだからこそ、お姉ちゃんのマリアちゃんも聖少女十字軍のみんなもなにがなんでも守ってみせる、ってことなんでしょうね~。魔女の襲撃を受けた以上、文字通り魔女の手も借りたいって状況ですし~」
にこにこしながら手を合わせて話す白魚。まずは下手に出て『聖域の歌姫』がいかに大切な存在であるかを強調しつつ、だからこそ私たち魔女の助力が不可欠であるという論法に持っていったって感じか。果たして相手はどう答えるのか。そう思ってその鍵を握る相手側の席――『聖域の歌姫』を見る。どきどき。
「このケーキおいしいね、ひめちゃん!」
「新作の手作りですが、お気に召したようでなによりです」
「うん、さいこーだよ!三時のおやつもこれにして!」
「かしこまりました」
特別に許可されたチョコレート・ケーキをただひたすらしあわせそうに頬張る笑顔のアリス。ダメだ、こいつなにも聞いちゃいねえ。
そんなほんわかムードとは対照的に、そのすぐ後方のスタンド席にいる聖少女十字軍はまるで敵チームに対しブーイングを浴びせる暴走サポーターの様相を呈して――というのはまだ生易しい言い方で、なんかもう別次元の空間から怨念の波動を送りつけている呪術師みたいな相貌で、いつ暴動が起きてもおかしくないほど一発触発フーリガンの様相を呈してきている。皆無表情ながらも目から冷酷な光を発して古今東西の名言格言を改変して次々に口々に発してきやがるし。怖い。
「目には目を、歯には歯を、魔女には魔女を」
「毒をもって毒を制し、魔女をもって魔女を制せ」
「魔女の始末は魔女同士で、墓穴掘りから葬儀の準備に至るまで――」
「……なにをいっているのかはさっぱりですが、歓迎されていないニュアンスはびんびん伝わってくるのですよ~」
肩をすくめて両手をひら、とさせる白魚。
すると、アリスのお傍で給仕をしていた聖少女十字軍の代表らしき少女が、やはり無機的に、しかしきっぱりと答える。
「ええ。わたしたちはあなたがたと共闘するつもりは一切ありません。アリス様の姉君・聖鳳院マリア様のご意向ですからやむなくお部屋にはお通しいたしましたが、お茶の時間が済みましたら速やかにお引取りを。お外でゆっくりお仲間と魔女退治に専念してきてくださいませ」
そういってアリスの口についたクリームを優しくハンカチで拭き取る。
「んむっ。ひめちゃんダメだよ、みんなで一緒に協力しないと」
「お言葉ですがアリス様、獅子身中の虫という言葉もございます。彼女たち魔女に連なる者たちはいつわたしたちに牙を向けるかわかりません」
「ぶ~」
「それに、この後はホテル内の魔力探知センサーを全開にいたしますので、彼女たちがいては敵の魔女との判別がつきにくくなります。ご理解を」
淡々と事務作業を片付けていくように淀みなく台詞を口にする聖少女。
摂氏零℃の声があるとしたら、きっと彼女のような声を指していうのだろう。
摂氏百℃で沸点に達した魔法少女の怒鳴り声を聞くと、その対比がよくわかる。
「てめえ、いい加減にしろよ」
「まだなにか?」
「あたしたちの話聞いてないのかよ?敵さんはハイスペックの魔女だからそんなセンサーなんかには引っかからないぜ?あたしらが変な意地張って争うより、呉越同舟でも魔法少女と聖少女十字軍が手を組んだほうがいいんだよ」
「魔法少女の戯言に付き合う気はございません。お引取りを」
「戯言じゃねえよ提言だ。こっちだって黄泉のヤツがやられているんだ。それだけじゃねえ」
鼻息荒く言い返す鬼姫に、白魚がすかさず助け舟を出す。
「昨夜はワタシたちだけでなく、絆ちゃんと残心ちゃんも襲われたそうですからね~。幸いたいしたお怪我はなかったそうですが、大事を取って今日は真酔ちゃんがつきっきりで病院にて治療中だそうですよ~」
「わたしたちにもその旨、ご連絡をいただきましたが」
相も変わらずボーカロイドめいた音声で、逆鱗を引っ掻きまくる。
「それが魔女同士によるシナリオ、自作自演でないとどなたが保証すると――」
「いい加減にしろよ」
ばん、とテーブルが揺れるほど手を叩きつけて叫ぶ。
「ここであたしらが仲間割れしてどうする。黄泉と二人の魔女、それに聖少女十字軍の分も合わせてこの借りを返さなきゃ気が済まねえだろ。そのためにはてめえらの協力が不可欠なんだよ。お前だってわかっているんだろ、彦月」
彦月と呼ばれた聖少女はアリスの分のお皿とジュースの入ったコップを机からすばやく取り上げていたが、意外そうにしみじみとつぶやく。
「……あなたから真名で呼ばれる日が来るとは思いませんでした、彦星」
「てめえ、あたしの名前を勝手に呼んでんじゃねえ。殺すぞ」
「……あなたにはいまご自分のおっしゃった台詞をもう一度読み直してきなさいといいたいところですが」
ため息をつくと、しばし思案顔。
よく見るとこの娘、鬼姫に似ている。
同じ銀髪で、まるで神話の世界から飛び出してきたような美少女。
そういえばさっきアリスには「ひめちゃん」と呼ばれたし、鬼姫には「彦月」なんて呼ばれたし、まさかこの二人の関係って。
そんな私の推理を遮るように、彼女は熟慮の末導き出した結論の是非を主へ問う。
「……申し訳ありませんアリス様。恐れながらこの不逞の輩との協力をお許し願えますでしょうか」
「おもちのロンだよ、『ひこ』ちゃん!」
「……申し訳ありませんアリス様。後生ですからその呼び方だけはお許し願えませんでしょうか」
「ほのちゃんたちとなかよくしてくれたら考えてあげてもいいんだよ、『ひこ』ちゃん」
にひひ、と小悪魔っぽく笑うアリス。
鶴の一言でさっきまで暴動寸前だったサポーターの雰囲気はなんとか沈静化した模様。よかった。本当に。
「そんじゃ、『聖域の歌姫』生誕記念コンサートが無事終わるまでの暫定同盟成立ってことでいいな?」
「いいよ~♪」
「……やむを得ません」
「「「…………(コクッ)」」」
念を押すためか、圧迫面接官のような鬼姫の物言いに、聖女サイド一同頷く。
「んじゃ早速だが、どんな細かなことでもいい。そっちの歌姫の――」
「アリスでいいよ」
「ああ、アリスも今回の事件と結びつきそうなこと、変わったこととか最近起こった出来事とかどんな瑣末なことでもいい。とにかく情報をくれ」
「りょうか~い」
「わかりました。ですが、こちらからも魔女についていかなる些細なことでも構いませんので、情報提供をお願いいたします。無論、魔女の襲撃に対する対処法のレクチャーについてもですが」
「わーってら。等価交換の仁義は守るぜ、彦月」
そういって他の聖少女たちに早速情報交換を持ちかける鬼姫。
そんな彼女に注がれる一つの視線。
「…………」
「どうしたの、ひこちゃん?ほっぺたふくらませているのに、すっごくうれしそうだよ?」
「……まったく、我侭な姉と困った姫です」
「ほえ?」
無防備な顔でクエスチョンマークを頭上にいくつも浮かべているアリス。
それを気のせいだろうか、私にだけ見える角度から微かに口元に笑みを浮かべると、空になったカップとお皿を向こうの部屋に下げに行く彦月。
そして私のほうに心なし上機嫌な様子で魔女の話を振ってくれ、とアイコンタクトで伝えてくる鬼姫。
やれやれ。
面倒だけどしかたないか。
口ではそう毒づきながらなぜか小さな胸がほっこりしているのを感じつつ、私は昨夜の魔女の襲撃パターンから有効と思われる対処作戦を伝えるべく、最後のケーキの一切れを口に入れ終えるとフォークをかち、と置いて立ち上がった。




