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第五章 恋心仄香はデートがお好き❤

 その後の魔女対策協議は意見の食い違いなどでいくつかの小競り合いは生じたものの、最初の険悪ムードから考えれば信じられないほど穏便に、かつ、滞りなく終了した。

 全員が協議内容に同意して起立すると、時計の針はちょうど午前十一時を回った頃。鬼姫彦月曰く、聖鳳院アリスのお昼寝タイムとのことで、いまから聖少女十字軍総出で厳重警備体制を構築するため魔力感知センサーを全開にするから、私たちは誤射誤爆の巻き添えを喰わないよう早々にホテルから出るよう命じられた。

 早速、私が提案した魔女の迎撃作戦を試してみるとのことだけど、果たしてどうなることやら。

「いまさらいってもしょうがねえが、本当に大丈夫なのかアレで?」

「なんというかかんというか、魔女の対策というより古典的な吸血鬼対策って感じですよね~」

「古典的というより子供っぽい?聞いていた聖少女十字軍のみんなもすごく嫌そうな顔してたし」

「そりゃあ、女の子としてお昼にアレ食べるのはちょっとね。本当に大丈夫ですか、仄香先輩?」

「絶対大丈夫だよ」

 不安そうな魔法少女×4名に私は「封印(レリ)解除(ーズ)!」と決め台詞を決めるカード集めの魔法少女のように笑顔で頷く。

 保証はできないが、確信はある。

 今回の事件のように聖女も魔女もひっくるめて虚仮にするような犯人など、世界広しといえどあいつくらいしかいない。

 遍く数多の世界を渡り歩いてきた魔女だからこそ抱ける確信だ。

 そして『無敵の魔女』たるあいつには、中途半端な魔女対策など一切通用しない。あらゆる意味であらゆる生物とランクが違いすぎる彼女にとって、攻撃だの闘争だのといった概念は一切存在しない。争いは同じレベルでしか生じない以上、彼女にとってこの世界はただの遊び場であり、この世のすべての事象は遊びであり戯れであるに過ぎないのだから。であれば、話は簡単だ。こちらもそうした児戯や遊戯の類に等しいレベルで応戦してやればいい。私が提案した対策はそうした意味では古典的、というより子供っぽさこの上ない代物だが、間違いなくあいつはそこに食いついてくるだろう。そして、そこにこそ勝機が生まれるはずだ。

「……まあ、お前がそういうならそれでいいけどさ」

「とりあえず、これからどうします?警備するコンサート会場の下見にでも出かけましょうか?」

「それより真心先生に連絡してみては?他校の魔女たちの回復具合も気になるし」

 めずらしく自分から話題を振ってきた啼夜と隅華に、私はどうしようかと頭を捻りながらホテルから外に出る。暑い。冷房完備だった室内から初夏とはいえ湿気と熱気に溢れた外に出るのは、新陳代謝の活発な少女にとって天国から地獄という形容が決して大げさではないことを思い知らされる。かといってこのまま回れ右すれば、聖少女十字軍の集中砲火を浴びるのは火を見るより明らかだし。どうしたものか。

「そこで提案ですよ~」

 膠着状態に陥ったのを見計らったように、白魚が明るい声で呼びかける。

「ここは二手に分かれて行動してみてはどうでしょうか~?」

「二手って、お前ら一年生トリオとあたしと仄香の二年生二人組とにか?」

 いつの間にホテルの自販機で購入していたのか、豪快にも2リットルのペットボトルに入ったスポーツドリンクを直に一気飲みしようとする鬼姫に、白魚は然りと頷いてみせる。

「そのとおりですよ~。先ほどまでのお話でかなり精度の高い情報収集ができましたので、後はこの『漂白された脳細胞』で徹底的にブラッシュアップして、解決策を見つけてみせるのですよ~」

「てえことは、あたしらはその作業が終わるまでの時間稼ぎか。いいぜ。お前ら頭脳チームの成果が出るまであたしら体力チームがきっちり仕事してやるからよ」

 私は鬼姫とちがってそんなに体力あるわけじゃないんだけど。

 そう思いはしたがあえて口にはしなかった大人な私と、ペットボトルを掴んだ自分の拳をばしっと手のひらにぶつけて気合を入れ直す子供な鬼姫に対し、白魚は担任教員のようにその焦げ茶色のボサボサ頭をふるふると振ってみせる。

「いえいえ。そうじゃなくて、作業チームと休憩チームって感じの区分けですね~」

「あん?休憩?」

 訝しげにしながらもよほどのどが渇いていたのか、口を開けたペットボトルを一気飲みする。その数秒後に訪れる悲劇など知らずに。

「はい、ご休憩ですよ~」

「あの、白魚。その言い方はちょっと」

「具体的には仄香ちゃんと姫ちゃんがデートして、いちゃいちゃしたりちゅっちゅしたりしてHP回復に努めることですかね~」

 ぶーっ!!!

 白魚の爆弾発言に、鬼姫の口から半透明な白濁色をした液体が飛び散る。汚っ。

「な、な、なんてこといいやがるてめえはっっ!?」

「なんでもかんでも、現状を考えるとこれが一番いいチーム編成だと思うのですよ~?」

「げ、現状だあっ!?あ、あたしとこいつがそんな、い、いちゃいちゃとかちゅっ、ちゅっちゅとか、バカップルみたいなことするように見えるってのかよっっ!?」

「そうよ!いくらなんでも先輩たちにはまだ早すぎ!」

「大体仄香先輩とのデートは歌姫護衛のMVPに送られる権利じゃない!いくら鬼姫先輩が有力候補とはいえ、そんな勝手に決めつけないで!」

 鬼姫の咳き込みながらの抗議に加え、啼夜と隅華からの異議申し立てに対し、白魚は泰然と受け答える。

「いえいえ、これは賞品とは別物のデートですよ~?」

「「なお悪いわ!」」

「とはいってもですね~」

 そういって白魚はちら、と私のほうを意味ありげに見ると、

「これは仄香ちゃんのためでもあるのですよ~?」

「仄香のためだあ?」

「なんで鬼姫先輩とデートすることが、仄香先輩のためになるのよ?」

「わたしたちとのデートじゃ駄目だっていうの?」

「ん~、それじゃあわかるようにご説明しましょうか~?ちょっと姫ちゃん啼夜ちゃん隅華ちゃんこっちゃこ、なのですよ~」

 招き猫のように手を振って私以外の少女に耳打ちしようとする。そこに私が近寄ろうとすると、しっしっと人払いのしぐさをして、「プライバシーの問題もあるので、聞き耳を立てるのはご勘弁なのですよ~」とか言って両手を×に交差させて取材拒否。当人を無視してプライバシーも何もないと思うんだけど……。



 魔法少女密談中……



「お話終わりましたよ~」

 心なしつやつやした笑顔で白魚がそう告げると、心なし頬を朱く染めた鬼姫が動揺を示しつつも吹っ切れた様子で、腕組みしながら自分に言い聞かせるように言う。

「ま、まあそういうことならしょうがねえな。しょうがねえから付き合ってやるよ!」

 なんだ。一体彼女になにを吹き込んだ。

 元凶の金田一耕介めいた糸目少女はニマニマしながら、さらに追撃の言葉をかける。

「そういうことですから姫ちゃんは仄香ちゃんのエスコートよろなのですよ~」

「姫ちゃんいうな。ったく、てめえは先輩に対する礼儀を知らないやつだな」

「ワタシは礼儀を知っていますですよ~。礼儀知らずはむしろあっちのお二人では~?」

 そういって目線で示す先には、なぜか私に小学生の変質者対策講習を行う講師役の如き後輩二人組の必死な姿があった。

「仄香先輩、あくまで健全な範囲のデートですからね?もし、鬼姫先輩が腕力に物を言わせて不健全な気配になったら、迷わずこの防犯ブザー鳴らしちゃってくださいね?」

「大丈夫よ啼夜。中身が純情可憐な乙女度マックスなこの先輩にそんな真似できるわけないから。ああ、念のためこの催涙スプレーは持っておいてください」

「……こいつらも大概だがな、こん畜生」

 ぎろり、と後輩三人娘を順に睨め回すようにガンを飛ばす鬼姫先輩。

「まあまあ。その代わりといってはなんですが、お昼まで二人っきりのデートを楽しんできてくださいですよ~。ワタシたちはその間図書館で更なる資料集めと分析に集中しておきますので~。お昼になったらまた連絡入れますのでよろしくですよ~」

「これで勝ったとか思わないでくださいね?本番はこれからなんですから」

「モブキャラの底力を舐めないでよね!」

 盛大に負け犬っぽいフラグを立てつつ、三人の少女は去っていった。

 さて。これからどうしたものか。

 ただでさえ外見の目立つ私たちが真っ昼間の街中をぶらついていれば、経験上かなりの高確率で人目を惹いてしまい、補導だのナンパだのいろいろと厄介なことになってしまう。ここは喫茶店でも入って適当に時間潰しするか。メイド喫茶でもあれば目の保養にもなるしね。みゅふふふふ。

「おう」

「ひゃうっ!?」

「……なあに素っ頓狂な声あげてんだ?またなにか変なことでも考えていたのか?」

「ぜ、全然そんなことありませんぢょ!?」

 妄想真っ只中+図星を突かれたせいで、思わず声がどこぞの飛び級小学生の天才少女のように裏返ってしまう。銀髪の荒くれ貴公子はそんなあたふたした私をジトッとした目でしばし見つめて、ため息をつく。

「……お前は本当に嘘つくの下手だな。まあいい。ほれ」

 手を差し出す。

「えっと?」

「デートったら手ぇ繋ぐのは鉄板だろ。いわせんな恥ずかしい」

 そういってぷいっ、と顔を背けてしまう。

 まだ夕方って時間でもないのに、うなじまで朱色に染まっているとかどんだけ。

 普段は意識していないが、こうして二人きりになると改めて鬼姫彦星の乙女度の高さがわかる。銀髪碧眼な美青年っぷりと粗雑で粗野な諸言動との乖離っぷりという外見の二重フィルターに阻まれて見落としがちだけど、多分私たちのなかではダントツでこの子が女の子している。いい意味でも悪い意味でも。

「時間ねえぞ。ちょっと強引だけど我慢しろよ」

「あうっ。ど、どこ行くのさ?」

 私の返事を待たずに私の手を取った彼女は、すでに行き先を決めているのか力強く前へ歩みを進める。はて。このルートは街の中心部から外れるような。

 そんな私の懸念を見透かしたように、鬼姫はじろり、と私を睨んで、

「言っとくけどメイド喫茶なんてのは却下だからな」

「うぐっ!?ぜ、ぜ、全然そんなこと思ってないよっ!?」

 バレテーラ。

「はん。どうだかな。いずれにせよ仮にもデートしている最中に他の女に目移りしているなんて状況作り出してみろ。絶対にただじゃおかねえ。わかったな?」

「イエス、マイロード」

 びしっと敬礼。

 海底で正座させられたり右腕一本以外全部へし折られたりするような状況など、私は望んではいない。絶対に。

 そんな敬礼に込められた必死な叫びを汲み取ったのか、鬼姫はよし、と小さく頷くと先ほどの強引さと打って変わって、きゅっ、と私の手を温かく握りしめると私の小さな歩調に合わせるようにしてゆっくりと歩みを進めるのだった。





「こんな場所があったんだね……」

 思わず感慨深げな台詞を洩らしてしまう。

 私たちが訪れたのは、街の中心部からいささか外れた通りにある小さな公園だった。小さいながらも砂場、ブランコ、シーソー、滑り台など幼児用の遊具は一通り揃っており、他にもバスケットボールのゴールなどが設置してある辺り、子供だけでなく近くのオフィス街の大人たちが会社の昼休みなどに利用する光景が目に浮かぶ。

 ありふれた、でも決して嫌いじゃない、そんな光景。

「一応前もってここいらの地理状況はチェックしといたからな。ここなら人目につかないし、デートにはもってこいだろ」

「デートっていうか逢い、いやなんでもない」

「?」

 鬼姫の乙女度、というより純粋度がまぶし過ぎて、それ以上いけないの状態になってしまう。今日のような初夏の日だと木陰のベンチで涼みつつサボり、もとい、自主休憩を取っている営業の人の姿などを見かけそうなものだけど、幸いにというべきかいまのところ大人も子供も誰もいない。

 二人っきり。

 いやいやいやいや。

 瞬時に連想された複数の脳内シミュレーションをあわてて全消去する。

 真夜中の公園ならまだしも真昼間の公園で、しかも相手はバリバリの武闘派魔法少女・鬼姫彦星だ。勘違いしたまま情熱に身を任せて彼女にルパンダイブなど敢行しようものなら、良くて鉄拳制裁、最悪『魔女の鉄槌』の頑固な染みと化す恐れもある。

 しかし。

「……………………」

 ううっ。

 さっきからなんなんだこの顔真っ赤にしての沈黙は。

 無口不思議系美少女キャラにジョブチェンジでもしたのかこの銀髪は。

 さっきから繋いだ手は握られっ放しだし、うなじまで真っ赤な状態は変わらずだし、契約者たる魔女として魔法少女の異変に私はどう対処すればいいんだこんちくしょー。

「あのさ」

「ふぇっ!?な、な、なに!?」

 ドキリとする。

 いつもいつも私が考え事でドツボにはまっているのを見計らったように不意に話しかけるのはやめてほしい。

 しかしそんな私の不安とは対照的に、彼女の口から出た言葉は病人を気遣う看護師のような台詞だった。

「その、体調は大丈夫か?」

「ふえ?」

「いや、その、昨日からずっとガス欠の状態だったろ?だからその、少しは補給したほうがいいんじゃないか?そのためにも手をつないだりして積極的にスキンシップを図ったほうが、あたしの魔力が伝わってお前の魔力回復を促すことになるからいいって、白魚のやつが」

「あ~」

 道理で、と思う。

 自分から積極的にアプローチをかけるタイプでもないのに、やたらスキンシップをコミュニケーションの一環として図ってきたのはそれが原因か。愛の告白の前哨戦とかじゃないのはちょっと残念だけど、まあいい。お付きの魔法少女に心配されるっていうのは、魔女として悪い気はしないもんね。

「も、もしお前が望むなら手だけじゃなくて、その、キ、キ、キ」

「大丈夫だよ」

「キ……え?」

 小声でなにか言いよどんでいた鬼姫に対し、私ははっきりと宣言する。

「これでもこの世界に来たときは年単位で魔力補給しなくてもやってこれたんだし。一ヶ月や二ヶ月魔力なんて無くてもこの不死身の魔女サマになんらもって支障はないよ。みゅふふふ♪(テヘペロ)」

「…………」

 黄泉路砂漠みたいに魔法少女の場合だと、彼女の魔力は生命力と連動した密接な循環構造と化した魔力回路を通じているため、魔眼解放とかで限界以上に魔力を放出してガス欠になるとかなり厳しい状態になってしまうけど、私みたいな魔女の場合は、最初から自分でもよくわからないブラックボックスな魔力回路で魔力と生命力を切り離して自由に活動できるようになっているから、何ら問題はない。まあ体感的な苦しみとしてお腹と背中がくっついたような空腹感だけはいかんともし難いものだけど、それは普段の食事とかでまぎれる程度のものだし。

「だから鬼姫も恥ずかしいなら無理しないで、そ」

 すくっ。

 私の台詞が終わらないうちに立ち上がると、そのままさっきほとんど飲まないで(というか噴き出して)鞄にしまっておいた2リットルのペットボトルを取り出して、



 ぐっぐっぐっ……ぺきぼこぐしゃっ。



 一秒もしないうちに中身を飲み干した上、中の空気まで吸いきってボトルの原型がもはや留めない状態に。圧縮プレス機か真空パック機か範馬勇次郎のスタンドでも使ったのか。魔法少女の肺活量マジパネエ。

 そんな驚きを隠しきれずにいる私に対し、彼女はそのボトルだったものの残骸を私の目の前に差し出す。えっと、ゴミ箱に捨ててこいってこと?おそるおそるそれを受け取った私を、彼女は豚を見るような目で一言、

「おかわり」

「えっ?おかわりって」

「おかわり」

「いやいや、こんなの立て続けに飲んだらお腹こわすって。それに」

「……もう一度、言わせる気?」

「……おかわり、買ってきます」

 だっ。

 来る途中にあったコンビニに向かって猛ダッシュ。

 魔女がお付きの魔法少女のパシリと化していることにいささかの屈辱を感じないでもないが、彼女の背後に巨大な般若の面が精神イメージとしてくっきり浮かび上がっているのを見たら、直立不動の最敬礼を取って速やかに命令を遂行するのが自然の摂理というもの。いのちだいじに。冷たい海底に正座させられて臨死体験を味わうよりマシ、と自分を納得させつつ全力疾走。

「……バカ」

 なにか鬼姫がつぶやいたように聞こえたが、なにをつぶやいたかまでは恋愛シミュレーションゲーム主人公特有の難聴スキル+鈍感スキルが絶賛発動中のこの私が知る由もなかった。




「ん、まあこんなもんか」

「(あんぐり)」

 スポーツドリンク2リットル入りのペットボトルが彼女の手、もとい口にかかり、次々とぺちゃんこな資源ごみと化していく様を見たら、誰だって開いた口が塞がらない。それも立て続けに3本も。この調子だと近い将来お酒とか飲める年齢になったら近所でも評判のザルだの蠎蛇だのになっていそうだ。女子会や合コンを開く機会があってもこいつだけは誘うまい。そう誓った私の心情を読み取ったかのようにじろり、と一睨みすると、

「そんじゃ、始めるとすっか」

「始めるってなにを?」

「あん?この空気でイチャコラでも始めるってのかよコラ」

「……すみません」

 平和な公園のベンチで土下座。ていうかこれでもう何度目の土下座か。まあいつものことだけど。そんな私を鬼姫の美男子めいた手でくいっ、と顎を持ち上げると、無自覚なのか天然なのか愛の囁きのように私に顔を近づけて言う。

「会議だよ。作戦会議」

「作戦会議?」

「おうよ。明後日のコンサート当日まで時間のないなか、後輩のあいつらだけに仕事させとく訳にもいかねーだろ。いまのうちに綿密な対魔女作戦を練っておけば少しはあいつらの役に立つだろうし、こっちも先輩として面子が立つってもんだぜ。だろ?」

「は、はあ……」

「それに、仄香のためにもなるし」(小声)

「ん?」

「な、なんでもねえよ!それよりほら、今回の事件やらかしそうな、心当たりある魔女の真名を言ってみ」

 鬼姫の唐突な話題振りに、あいつのことを言ったものかどうかしばし悩む。とりあえず、ぼやかす形で昨日の自分の台詞を引用してみることにする。

「こ、心当たりって。前にも言ったとおりこの手の企みは古今東西至る所にあるものだから、そう簡単にどこの魔女か特定することは」

「……『無敵の魔女』か?」

 思考が凍る。

 なぜだ。

 なぜその二つ名を知っている。

 私の反応を見ると、鬼姫は私の顎からそっと手を離して、

「やっぱそういうことか」

「やっぱ?どういうことさ?」

「白魚のヤツがさっき言ったんだよ、もしお前が魔女の正体について話そうとしないときは、その名前出してカマかけてみろって」

 あんの糸目女。

 相変わらずいやらしい策略を立てるヤツだ。

 どこでその情報を仕入れたと今度二人っきりになったとき小一時間ほど問い詰めてやりたい。聖域の保管する魔女名簿にすら記されていない遠い異世界で封印された魔女の存在なんて私を含めて世界で数人しか知らないトップ・シークレットのはずなのに。まったく、どんな伝手を辿って入手したのやら。

「『無敵の魔女』とはまたずいぶんとガキっぽい二つ名だが、その残念なネーミングセンスとは関係なく相当な大物みたいだな」

「せ、せやな……(クスン)」

「なんで関西弁?なんで涙目?」

「まあ、そのいろいろと」

 事実大物だからだよ。

 あとその二つ名は私の思いつきだからだよ言わせんな恥ずかしい。泣くぞ。

 そんな私の悲嘆に暮れる思いとは裏腹に、彼女はふんす、と鼻息荒く四次元の背中から愛用の得物を取り出すとぶんぶん素振りを始めるなどやる気に満ちたご様子。

「てことはここは久々に『魔女の鉄槌』の出番ですか、おい」

「あ~、やる気に満ちているところ悪いけど、それはないよ」

「はあ?なんでだよ?」

「そいつ、とっくの昔に封印されているから」

「……」

「……」

「なんじゃそりゃあああ!?」

 鉄の鎖を引きちぎるような絶叫に、ベンチの傍の木陰で涼んでいた数匹の野良猫たちが絹の布を引き裂くような悲鳴をあげてあわてて退散する。

「一体どこのどいつだよ、あたしの久々の楽しみを奪いやがってこん畜生」

 はい。ここにいます。

 そういって手を上げて自己申告する誘惑にちょっと駆られるも、泥沼化する未来しか見えないのでさすがにここは自重する。

「あん?ちょっと待てよおい」

「うん?どうしたの」

「いやいやいや。スルーしそうになったけど、おかしいだろ」

「なにが?」

「だってお前、とっくの昔に封印されたはずの魔女がなんで今回の騒動に関わっているんだ?封印だぞ?すべての能力を封じられているんだぞ?」

「あ~」

 どうやら白魚からは『無敵の魔女』という二つ名のみを聞いただけらしく、全知全能にして無敵無貌な魔女たる彼女についての詳細な情報はなんら知るところではなかったらしい。となるとどう話を繋げればよいものやら。都会の地理を知らない地方から上京してきた親戚の子供に、リアル迷宮である何重にも錯綜した地下迷路での待ち合わせ場所を説明するような難しさを感じつつ、説明してみる。

「簡単にいうと、刑務所に収監されたギャングのボスがそこから表の世界の人間にこっそり指示を出して悪事を働くってイメージ、かな?」

「……それ封印されたっていうのか?フリーダムすぎんだろ?」

「まあ正直、封印できたことが奇跡みたいな存在だしね」

「……まさか脱獄とかしてんじゃねーよな?」

「さすがにそれはないよ」

 あいつが封じられたのは、常人なら一瞬で融解してしまうようなマクロ溶鉱炉にも等しい惑星の永遠(とわ)なる深淵なのだから。脱出することはおろか、無限の再生能力を有したあいつでなければ生存すら不可能だろう。

 私の真面目な顔での返答に鬼姫はやや苛立たしげにため息を吐くと、

「じゃあさ、そいつはなにが目的でこの同時多発テロをやらかしたんだ?あたしら魔女サイドとあいつら聖女サイドに同時に攻撃しかけるなんて、控えめに言っても『北方の魔女』クラスのバトルジャンキーくらいにしかあり得ない蛮行だろ?」

「ううん。あいつの場合に限っていえばバトルジャンキーとかそういう次元じゃない。ただ面白そうだからやった、ただそれだけのお話だよ」

「…………は?」

 長い空白の後ひねり出すような声と疑問符。もっともな反応だ。私だってあいつと直接対峙していなかったら、そんな風に首を九十度傾げていたに違いない。

「面白そうだからやったって、なんだよそれ。子供か」

「子供だよ、思いっきり性質の悪いね。たとえていうなら、核ミサイルの発射ボタンを手にして周囲が真っ青になって脅えているのを楽しむ子供、かな」

「……ガキの癖に趣味悪いな」

「同感だよ」

 しみじみとため息をつく二人。

 しかもその趣味の悪さを余裕で愉しめる程度の実力も兼ね備えているのだから、余計に始末が悪い。

「そんじゃ今回のミッションはその『無敵の魔女』、いや、お前の話だといまはムショにいるから、娑婆にいるそいつの部下を取り押さえりゃ一件落着ってことか?」

「ううん、あいつは天涯孤独の一匹狼だよ。さっき言ったギャングのボスと部下はあくまでも例えで、実際は多分利害が一致した誰かと『魔女の契約』を交わすことで、自分の能力を一部譲渡したんだと思う」

 おそらく契約相手の願いが何かしらあいつの琴線に響くものだったのだろう。

 どんな願いかは知らないけど、『時間操作』『時間停止』等あいつが譲渡した大魔法の行使により聖女サイドと魔女サイドが緊急暫定同盟を結ぶぐらいに混乱した状態になっていることからも、ろくでもない代物であることは明白だ。

 それに昨夜私たちを襲撃した『闇の触手』。

 あれは過去のあいつとの戦いでも嫌というほど苦渋を強いられた代物だったはず。

 おそらくその契約者が自分の使いやすいようにある程度カスタマイズしているのだろう。となると、相手は魔女または魔法少女もしくは魔力を扱えるもの及びこれに準ずるもの、か。

 そんな法律の条文めいた思索に耽る私の視界をうーん、と華麗に伸びをする銀髪美青年が映画の一コマのように遮ると、

「そろそろ行くか。もうじき昼時だし、お前のそうした情報を手土産に持っていけばあいつらも喜ぶだろうしよ」

「あ、うん」

 ベンチの上に正座したままだった私はぱんぱん、とスカートに付いた埃を払って立ち上がり、歩こうとする。

 アレ?

「ん、どした?」

「いや、変だな……」

 既視感。

 周囲の光景が一瞬、セピア色に霞む。

 この公園は初めて来た場所のはずなのに。

 なぜこんなにも懐かしい気持が湧き出てくるんだろう。

 まさか、これもあいつの『時間操作』とか?

「仄香?」

 訝しげに問いかける鬼姫。

 私が答えようとしたその時、


 ピピピッ。


 彼女の携帯から着信音が聞こえる。

「はい、もしもし。……ああ、お前か。お、そうか。仄香の対魔女作戦がビンゴで魔女はそのまま逃走、襲撃を受けた一人が昏睡に陥るも命に別状なし、残りの全員も無事。いまはうがい薬や薄荷飴で魔女対策の装備をお口から解除中、だな。うん、うん、わーった、言いやしねえよんなこと。あたしらもすぐそっち向かうから。じゃーな」


 ピッ。


「聞いての通りだ。作戦成功。とりあえずあいつらにも連絡して一旦ホテルに集合ってことにすんぞ。仄香」

 彼女の声が聞こえる。

 うん、そうだね。

 たったその一言が言えない。

「仄香?」

 心配そうに振り返るのを合図に、私の小さな肢体がゆっくりと崩れ落ちる。

「仄香!?」

 力の入っていたはずの脚がだらんと膝から崩れ落ちると、まるで糸の切れた操り人形のように不自然な体勢で倒れこむ。

「おい!しっかりしろよ仄香!」

 瞬時に鬼姫が抱き止めて呼びかけるも、私の耳には何も届かない。聞こえない。

 おでこにうなじに首筋に腋に背中にお腹に、初夏であることを差し引いても余りあるほどの滴り落ちる汗。じっとりと。気持悪い。地面に水たまりができるほどに。もはや脱水症状で痙攣が起きてもおかしくないレベル。

 ゆっくりと、しかし確実に何かが私の意識を蝕んでいく。

「くそっ……!」

 私の耳元で何か罵倒すると、なにやら高速で携帯を操作する気配。

「白魚か。仄香が倒れた。場所は有栖川の児童公園、異常発汗あり、意識レベル低下、周囲に怪しい気配はない。真心先生のところに連れて行くつもりだ。うん?ホテルに直行しろ?……ああ、歌姫か、わかった」

 ふっ、と自分の体躯が持ち上げられる。

 あれ?これってもしかして、お姫様抱っこ?

「しっかり掴まっていろよ、全力全開で飛ばすからな!」

 そういうなり、風を斬る音が私の鼓膜に伝わってくる。

 おそらく銀髪の少女が金髪の少女を抱きかかえて、昼間の大通りを人目も気にせずに全力疾走しているのだろう。それも、昨日行使した縮地を超えた超神速で。

 まったく。縮地を超えた超神速でお姫様抱っこされた女の子なんて、世界広しといえどこの私くらいなものだろう。みゅふふ。そんな心地よい優越感と満足感が胸中を満たすと同時に、私の意識は途切れた。


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