第一章 五話 希望という名のバトン
「はぁ、はぁ、」
乱れた息を整えながら鈴達の元へ向かう。
先程の戦闘、不安が水から氷へと反転させるために能力のリソースを消費したからこそ隙が生まれた。
これが氷までのフェーズを終えたあとだと能力のリソースを不安・反射に移行させ、ガードされただろう。
つまり、ガードされずに氷弾を叩き込むための条件は二つあった。
一つは室内であること。
屋外だと空から落ちてくる段階で氷までのフェーズを完了してしまい相手の能力のリソースを反射以外に使わせることが出来ないからだ。
二つ目は水から氷へと反転されるタイミングに合わせること。
氷になる前の水を飛ばしても殺傷能力がないので意味がない。
まとめると僕が不安に勝ったのは相性がよかったこと、条件やタイミングが揃ったからこそであり、それほどにまでしないければ負思という存在は倒せないほど奴らは手強いのだ。
「はぁ、胸糞悪い。」
正直言って最悪の気分だ。
人を殺したのは初めてじゃない。
それでも殺した後は最悪の気分になる。
でも、だからといって辞めるわけにはいかない。
あの日、あの時、誓ったのだから。
「大丈夫か東馬?」
氷漬けにされていた東馬を溶かす。
「あ、あぁ。かっこ悪りぃとかみせちまったな。悪いが俺は少しの間動けそうにない。」
体が極限まで冷えたことにより上手く動かせないのだろう。
「わかった。俺は負思の元へ行く。」
東馬の安否を確認した今、最優先事項は決まっている。
「他の皆んなは大丈夫だろうか。」
彼らだって一人の負思と遭遇しているはずだ。
「無事でいてくれよ。」
走りながら、空間転移の可能域を元に負思の位置を割り出していく。
「見つけた。」
校舎の中ではなく体育館で鉢合わせしたようだ。
もしかすると負思の方が体育館から動いてなかったのかもしれない。
「空間転移」
転移可能域のギリギリまで移動する。
「鈴!平さん!無事ですか?!」
「ガガガガガガガガガ我我我我!」
帰ってくると願っていた返事は返ってこず、代わりに僕を嘲笑うかのような負思、いや狂気の声だけが響いていた。
何故かはわからないが僕は狂気を何処かで見たことがある気がする。
きっと大切な人生のターニングポイントとかで見た気がするのだ。
でも今はそれどころではない。
鈴も平さんも頭から血を流して倒れている。
体育館の至る所にある窪みを見ると先ほどまで行われていたであろう戦闘の激しさが窺える。
正直ここまで酷いことになっているとは思わなかった。
平さんは防御系統の能力で、不安の攻撃は防げていたため過信していた。
「期待・熱!ぐッ!」
もうすでに熱望は使った。それも短い間ではない。もう誤魔化しきれないほどに疲労は溜まっている。
体が悲鳴をあげている。
使ってはいけないと脳が司令する。
体中の血管に至るまでこれ以上は限界だと叫んでいる。
「かまう、もんかあああぁぁぁ!!!!期待・熱望!!!!!!」
再び体が炎に包み込まれる。
迷っている暇はない。
鈴と平さんを回収したのち、東馬の元へ転移し撤退する。
それしかない。
熱望により加速する身体を動かして近くにいる鈴から回収する。
「ガガガガガガガガガ!!!!!」
狂気が僕に襲い掛かろうとするが熱望により加速しているため追いつける筈がない。
「ガガ、ソ、レ、ズルイ。ズルイゾ。ズルイ!!!!!」
狂気の移動する速度が上がった?!それに疲労感も一層強くなっている。
もしかして?!
やはり、熱望が消えている。解除させられている。
「ヒキョウダ。ソノ、ノウリョク。ダカラ不可二ヨッテ、キンシスル。」
予想するに狂気の能力は相手の能力を制限する系統らしい。それなら平さんの防御系統の能力も効かなかったことにも辻褄があう。
能力を制限されてしまえば狂気の巨体によるフィジカルの差で圧倒されても仕方がないだろう。
「まるで向かってくるトラックを生身で相手するようなものだな。」
悪態をつきながら向かってくる狂気を躱そうと試みるが足が動かない。そしてその理由もわかっている。無理を重ねすぎた。ただでさえ動かない体躯を熱望によって無理矢理動かしていたのだ。熱望が解除された今、動ける道理はない。
「詰み、だな。僕も彼のように残さないと、次、へ。」
死を覚悟した。次へ託す決断をした。そして少しだけ人生を振り返った。
狂気が突進してきて僕の首に手を伸ばす。このまま僕は首を折られて終わりだろう。これも因果応報というやつだ。
「何諦めてんだリーダーァーーーーーーーー!!!」
僕の元へと懸命に走る一人の少年がいた。
「と、東馬。」
東馬は極限まで冷えていてまだ動ける筈がない。
文字通り限界を超えてここまで来たのだろう。
僕たちが未だ生きて戦っているだろうという希望に賭けて走って来たのだろう。
目には薄らと黄色の輝きが照り映えている。
「よかった。ちゃんと、受け継がれている。」
東馬が助けるために走って来てくれてはいるがおそらく間に合わないだろう。
僕が託されたように、僕も託すことができた。
希望という名のバトンを。
狂気の大きな手が遂に僕の首へと至る。
過去の出来事が断片的に頭の中に広がる。
これが走馬灯というやつなのだろう。正直自分が見ることになるとは思わなかった。
実験台としての日々を再び見た。
僕の他にも実験台は沢山いた。全員で五十名程だっただろうか。
親に捨てられた子。僕のように親の存在さえも知らないような子ばかりだった。
実験台である僕らは日々体力テストのようなものをやらされたり、よくわからない薬のようなものを飲まされていた。
機関は丈夫な身体を僕らに求めた。
元々透霊の代償を肩代わりさせる実験だったから肩代わりさせた時に器が脆弱すぎると元も子もないからだろう。
身体ばかりが頑丈になり、それと反比例するかのように心は弱くなっていった。
機関の実験が少しづつ上手くいき始めると、僕らに代償が回ってくるようになった。
そして一人づつ代償によって死んでいった。
でも死ねた者は幸運かもしれない。もはや人という形を失い、それを表す言葉が見つからない程哀れで、残酷で、醜い生き物へと成り果てて、それでも死ねないという者もいた。
「こ、コら、コロ、こらろし、こし、て」
そいつは皆にそう呼びかけた。声帯も壊れていたたのだろう。皆同じ境遇であるにも関わらず誰もそいつに手を差し伸べてやらなかった。誰も殺してあげることができなかった。
皆、心が死んでいたから。誰かを救う余裕なんてある筈がなかったから。
皆傍観するのみだった。
僕もそうだ。
何人も見殺しにした。
何人も、、殺したも同然の、行いをした。
僕らのストックが十人程まで減った時、新たな実験台が入って来た。
そしてまた五十人ほどになった。
新しい四十人の心はまだ死んではいなかった。目に生きたいという微かな希望を持っていた。
でもその光も数日後には消えることになる。
そして僕らは死を待った。
中には自死を選ぶ者もいた。
死こそが僕らにとっての最大の救いだった。
でも僕はその道を選ばなかった。選べなかった。死が怖かった。
やはり生きたかった。他の人は見殺しにしたくせに自分だけは救われたった。
僕は卑怯だ。
腐った希望だけを引き連れて生きてるクズだ。
そして代償が僕に回ってくる日となった。
しかし僕に代償が回ってくるよりも早くその人たちは現れた。
実験台の皆が生活する薄暗い鳥籠のような部屋に穴が空いた。
光が差し込んだ。
トゥルースと名乗る集団が入って来た。
「ここが霊神機関の実験場か。やはりいいところではないな。」
そう言って中に入って来た人こそ期待の透霊と契約していたトゥルースの前リーダーである。
この人たちなら僕らを助けてくれる気がする。そんな安心感が彼らにはあった。
だから僕は思わず言ってしまった。
「た、助けて!」
「ああ!そのために僕らは来た。」
そして僕らを助けると言った人たちは僕ら実験台という名の足枷を得てしまった。
機関の実験を阻止するだけなら機関の設備を壊すだけで良い。僕らを助ける必要なんて何処にもない。
それでも彼らは助けると言った。
その言葉が冷め切った僕の心に小さな火を灯した。
「それじゃあまずは逃げようか。空間転、、」
ドォン!!!!!!!!!!!!!
鈍い音が鳴った。
「ガガガガガガガガ!!」
大きな体躯とその不気味で特徴的な笑い方。
そして戦いは始まってしまう。
最初は善戦していた。
しかし気づけばトゥルースの皆は能力が使えなくなっていた。
そして実験台の皆はしんどそうに地べたに這いつくばっていた。
狂気が子供達に代償を肩代わりさせて能力を使ったのだろう。
「ガガガガガガ、ヒトリ、ダイショウ、カタガワリシテナイナ。オマエモゼツボウシロ!」
後になってわかったことだが、透霊の代償を肩代わり出来るのは心が死んだ人間だけらしい。
だからこの時、僕はまだ心の何処かで期待していたらしい。生きることを望んでいたらしい。
狂気による攻撃が僕へとシフトする。
能力を制限されたトゥルースの人たちはもうまともに動けそうにない。
狂気による攻撃が直撃する。そう思った時。
そう、この時、僕は自覚したのだ。「生きたい」と。
期待が生まれた。希望するための期待が。期待するための希望が。
僕の目は透き通った黄色へと輝き始める。
今まで見えなかったものが見えるようになる。
今この時、期待は僕に届いた。
「て、てれぽーと!」
狂気の攻撃を間一髪で躱わす。
期待の透霊の力を初めて行使できた瞬間だった。
その様子を見た前リーダーは優しく笑った。
「よかった。僕にも、託すことが出来た。」
それは少し嬉しそうに。少し誇らしそうに。そして少し切なさを含んでいた。
「僕の最後の役目を果たそう。希望は残した。あとはそれに期待することにしよう。」
前リーダーは何か決断したらしい。
覚悟がきまった目をしていた。
「期待・熱望。」
前リーダーの体が炎に包まれる。能力を阻害されてもなおその体は燃え続ける。
「少年!私の仲間たちを頼む。なるべく離れたところまで君の空間転移で運んでやってくれ!残念ながら君以外の実験台となった子達はもう救える見込みはない。だから今を生きる君たちだけでも逃げるんだ。その時間は僕が稼ぐから!」
「でも!」
「早く!!」
続く言葉を言う前に静止された。
あ、ああ。この人はここで死ぬ気なのだ。そして僕は託されたのだ。なんて誇り高き最後なのだろう。
ならば僕は!
「空間転移!!!」
リーダーの仲間達を回収して転移する。
まだ転移することにも慣れていない。一度に転移できる距離も限られている。
「空間転移!」
「空間転移!」
「空間転移!」
「空間転移!」
「空間転移!」
「空間転移!」..................
とにかく夢中で転移した。何回転移したかも覚えていない。
託されたという事実と受け継いだ期待という二つの大きな炎が心の中で燃え、自らの体躯を動かした。
走馬灯から現実へと戻っていく。
よかった。僕も東馬に残せたみたいだ。
あんなにも怖かった死というものが、今はこんなにも誇らしく感じる。
今ならリーダーが言っていたこともちょっとは理解出来た。
ああ、でも鈴の成長をもう見れないのは残念だな。
オペちゃん、喜田さん、東馬、鈴。
きっと彼らなら大丈夫だろう。
僕も彼らに期待することにしよう。
向かってくる東馬にアイコンタクトを送る。
東馬ならこれでわかってくれる筈だ。
辛そうな顔で東馬が僕を見る。
よかったちゃんと伝わったみたいだ。
あぁ、そんな顔で見られたらより一層死にたくなくなるじゃないか。
やっぱり僕はあの人のようにカッコ良くは託せない。
瞳から涙が出る。
それでも、それでも!僕は皆に会えた。生きることが出来た。ああなんて幸福な人生だったのだろう。
涙を流し、少し微笑みながら仲間を回収する東馬を横目に見る。
「頼んだよ。」
ゴギィイ
体育館に鈍く、悲しい音が鳴った。




