義勇軍
戦続きだった。勝ち戦ばかりではない。負けることも多々あった。だが軍は壊滅していない。それに義勇軍だ。まともな調練もしていないため、実戦で調練しているというところもある。だから負け戦は気にしなかった。むしろその負けを次に活かすよう兵にも教えていた。そのため損害は最小限にとどめていた。いつしか劉備軍の名は世間に広まりつつあった。多大な戦功とまではいかないが、そこかしこの戦場に顔を出し、それなりの戦功をあげている。ほとんどの戦場に現れているといっていい。今兵は300ほどだ。張飛は関羽と共にその300を率い、黄巾賊討伐の戦いに参加し、戦場を転々としていた。
この間、張飛は劉備、関羽と常に一緒だった。三人で寝食を共にし、親兄弟以上の絆ができた。どんな時も三人一緒だった。苦しい時があっても平気だった。劉備は部下という関係ではなく対等に扱ってくれた。この人のために人生を捧げようと誓った。何としても劉備軍を押し上げようと思い、調練にも力が入った。張飛の調練は劉備軍内でも厳しいことで有名であった。張飛としては劉備軍を強くしてなんとか天下に名を響かせたい、という気持ちが当然あったが、より厳しい調練を課すことで実戦で生き延びる可能性を高くしたい、という気持ちもあった。さらには、義勇軍ということでいろんな人間が集まっており、統率していくにも厳しい軍規が必要とも考えていた。
ある時劉備が調練の合間に張飛に言った。
「君は厳しく罰しすぎる。罰せられた者は恨みに思うものだ。しかもその罰した者をそば近くに置き過ぎている。いつか身に危険が及ぶかもしれない。」
張飛はけろりとして答えた。
「厳しくするのは劉備軍のためでもありますが、本人のためです。鍛えなければ戦場では真っ先に死にます。厳しい調練に耐えた者こそ本物の兵士になるのです。」
劉備は理解はしたが、少し不満、というよりも心配そうな顔であった。
張飛は、自分の考えは兵たちに伝わっていると思っている。最近では戦場でもいい動きをするようになってきている。張飛の調練の賜物とは言える。
「張飛、これから兄上のところへ行く。一緒に来てくれ。」
関羽が馬に乗ってきて言った。
「また戦かい?」
「いや、また志願兵だ。ここのところ劉備軍に志願してくる者が増えてはきていた。兵が増えるのはいいことだが維持していくのも苦労がある。これ以上増えぬようにしていたのだが一度断った者たちも合わさって多数の兵が押しかけている。受け入れるかどうか、兄上に相談に行く。お前とも相談しないといけないし、一緒に来てくれ。」
「そういうことか。わかった、一緒に行くよ。」
張飛は兵たちに調練休止を知らせ、関羽と馬を並べて劉備のもとへ向かった。
関羽には驚かされた。自分ほど強い漢はそういないと張飛は自負していた。街に出没する荒くれ者たちは簡単に打ち倒せたし、相手が武器を持っていても平気だった。しかし関羽はそれまで出会った誰よりも強かった。組み手をしても、ほとんど五分であった。負けはしない、と思っている。しかしそれまで五分に渡り合える人間に出会ったことがなかった。だからこういう漢がいる、というだけで驚きであった。殴り合いもした。その後酒を飲んで語り合った。本当に分かり合える中だと思った。劉備とは違い、同志という感じがした。口には出さないが兄弟のように感じた。関羽は弟だと言ってくれた。張飛も兄だと思った。劉備のことを二人で話した。劉備も兄で三人兄弟だと、酒を飲みながら話した。だが大将でもある劉備には面倒にならないか、とも話していた。だから心の中で兄弟と思うことにしよう、と話した。
しかし二人で飲んでいた時に劉備が来たことがあった。劉備は気さくに「俺を混ぜんとは、何て奴らだ!」と笑いながら混ざってきた。その時に自分たちは兄弟だという気持ちだという話もした。劉備はそれを聞いて、「だから俺も混ぜろ!いいではないか、我らは兄弟だ。俺が一番上の兄貴で関羽は次兄、張飛、お前が末弟だ!」と、実に楽しそうに話していた。
関羽と二人、顔を見合わせて、いいのか?という思いと、うれしさで酔い潰れた。その時から劉備のことは長兄としているが、人前では大将として扱い、三人の時だけは兄弟として接していた。だが関羽とはいつも兄弟として接するようになっていた。いい漢たちと出会えたと思った。肉屋を飛び出して良かったと思った。
劉備は簡素な幕舎の中にいた。戦場を点々としているため、簡素な幕舎で寝起きをしている。
「殿、我が軍に入りたいという志願兵がどんどん増えております。これまでは兵の規模をいたずらに大きくせずにきましたが、そろそろ増やしてもいいのではないかと思います。」
関羽は言い、兵を増やす時だという考えを述べた。張飛も兵の増強はろそろそいいのではないかと思っている。
関羽の言うように、今まで300規模を維持してきたのは、維持が大変だったからだ。簡単に言えば養うのがしんどかったのだ。
だが劉備軍の名声は日増しに上がっていった。支援者も増えてきた。戦での活躍が認められてきた証左だ。しかしここのところの志願兵の急増は、ある事件がきっかけになっているのだろうと張飛は思っていた。
劉備は、安熹県の県尉に任命された際、督郵を鞭打って辞任した。その話が痛快な出来事として広まっていった。気概のある人物だと、劉備の名は広まったのだ。
だがそのことで劉備は犯罪者になった。しかし世は乱れ、各地の豪傑の力を欲した朝廷が、毎年のように恩赦を出していたため劉備が罪に問われることはなかった。そのため義勇軍として動き続けられたし、かえって人が増える結果となったのだ。
張飛は最初劉備が茫洋としたところがある人物だが、たまにかっとなるところもある、と思っていた。最初に出会った時に賊を斬ったり、この督郵を鞭打った件を見ると内に激しいものを持ち、それを普段は押し込んでいるものの、溢れ出して止められなくなる面があるのだと思った。
つかみどころがない大きさがありながら、子どものように感情的な面もある。そういうところに張飛は惹かれるのだろうと自己分析していた。
兵の呼びかけに応じて何度か戦に参加していると言っていたが、劉備はちょっとした親分肌で、劉備を慕ってついてくる者が多いようだった。呼びかけも劉備集団をあてにしてのものが多かったと、兵の中で昔から劉備について来ている者が言っていた。
劉備は任侠肌のある親分、というところが本当の姿のようだ。そんな劉備が自分を家族のように扱ってくれることで、なおのこと大きな信頼を寄せるようになっていた。
「俺も兵力増強には賛成です。これまでももう少し兵があれば、という戦がありました。あちこちの戦場に顔を出してきたおかげで劉備軍の名声も上がっております。支援者も増えているので1,000人規模にまでは増やせるのではないかと思います。」
張飛は率直な意見を言った。1,000人にまで増やせれば、そのうちの200〜300は騎馬隊にしたいと思っていた。
「ふむ。お前たちがそこまで言うならそれもよかろう。ただしここいらでどこかの有力者の世話になろうと思っている。そこは我慢してくれ。1,000人にまでなれば受け入れてくれる者も増えよう。」
劉備が誰かの下につく、という発想がなかった張飛には少々驚きであった。だが配下になるつもりはなさそうであった。少しの間世話になる、その分戦場で借りを返す、そういうことであろうと理解した。
兵たちを養う資金は支援者から得られると思うが、それは別のことに使い、衣食住にかかる負担を他人に負担させようということだ。劉備は狡賢いところがある、と張飛は感じていた。だがそれも生きる知恵と言えるし、効率的なやり方でもあると思う。そのためにも精強な軍に仕立ててなめられないようにしなければと思った。軍が精強でさえあれば劉備が言うように受け入れ先にも困らないだろう。今は力でのし上がる時代だ。強力な軍はどこでも歓迎されるだろう。
「兄上の考えはわかりました。それでは我らはさっそく兵を増強いたします。」
関羽が答えた。劉備と関羽とは、三人で義兄弟ということにしている。劉備が一番年長であり、次が関羽、張飛と続いた。そのため関羽は“兄上“と呼んだのだ。義兄弟となるほどうまが合った。劉備とは同郷ということもあったし、張飛は心から惹かれていたのですんなりと受け入れた。関羽は正直性格的には合わないことも多いが、自分とは違う型の人間で、学ぶべきところも多々ある。腕も確かだし頼りになる。口うるさいところが玉に瑕だが、本当に弟のように接してくれていると感じる。劉備は兄というより父に近いと感じていた。関羽は兄。実際に張飛には兄がいたが実際の兄以上に関羽には何でも言えた。
「それで、頼るあてはあるのかい?」
張飛は率直に聞いた。下手な人物の世話にはなりたくなかった。
「公孫讃、だな」
劉備は短く答えた。
「白馬将軍ですか。確かにここのところ勢いがいいとは聞いています。しかし勢いがあるだけに侮られませんかな?」
関羽が少し心配そうに聞いた。張飛も公孫讃の名前は知っている。劉備が頼るほどの人物なのか、そこまではわからない。匈奴相手に白馬を揃えた軍で戦功を立てたため、白馬将軍と呼ばれている。馬は見かけではなく質だ。張飛は公孫讃が見かけだけではないかと疑っていた。
「同門だ。昔軍学を同じく学んだ。」
張飛はそれで納得した。劉備は説明が少ない。しかし張飛は劉備が何を言いたいのか、説明がなくてもわかるところがある。おそらく公孫讃のところには長くいるつもりはないだろう。勢いがあり、かつ馴染みがあるため腰をかけるだけだ。その間増えた軍の面倒を見てもらう。張飛は1,000にまで増やした兵を、同じ規模の軍どころか何倍もの兵数の軍にも対抗できるほど鍛えるつもりだ。それで公孫讃の軍にも堂々と参加できるだろう。兵数で侮られても精強さで見返す、今までもそうしてきた。
しかし調練が終わるのを待ってはいられない。劉備軍は調練が不十分なまま戦に出て敗れた。兵数が減ったわけではなかったが、戦には敗れた。劉備はその流れで公孫讃を頼った。
「劉備か、久しいな。あちこちでの戦で活躍していると聞いていた。ゆっくりしていってくれ、そしていろいろ助けて欲しい。」
公孫讃は歓迎してくれた。どうやら劉備と公孫讃の中はそれほど悪いものではなさそうだ。劉備が一方的に頼りにする、ということであれば不都合が出てくると思い、その意味でも軍を精強にして勝ち戦の後に合流、というのが望ましいと張飛は考えていた。だから張飛は悔しかったのだが、公孫讃は負け戦のことなど気にしてはいなそうだった。劉備の実力を認めているように見えた。戦の勝ち負けは世の常、だが負けた時にこそ見えてくるものがあると感じた。
劉備は公孫瓚から別部司馬に任じられた。別部司馬とは、軍の将帥を補佐し、大夫を従える地位である。この場合、劉備は公孫瓚の右腕になったような感じだ。
公孫讃は袁紹と争っているところだった。袁紹は漢の最高位である三公に三代続けて排出している華北の名門の出だ。名声は高く、軍の規模も大きい。だから劉備が負けていようとも合流してくれるだけでありがたいのだろうと思った。張飛は単に侮られないようにと考えていたが、相手にも事情があり、それぞれの置かれている立場も考えれば軍の強さとは関係のない理由で敵対したり、協力することがあるのだと悟った。
公孫讃は冀州牧の袁紹軍と戦っていた青州刺史の田楷を助けるよう劉備に依頼した。劉備にとってはこれは重要な出来事であった。劉備は首尾よく戦功を立て、その功績により公孫瓚の推薦で平原国の相となったのだ。つまり統治者になったのだ。そういう実績は大きい。しかしそれ以上に大きかったのは、趙雲という武者に出会ったことであった。この戦いで公孫瓚配下であった趙雲が劉備に協力して騎兵隊長として参加したのだ。
趙雲は槍の名手であった。張飛も組み手をしたが決着はつかなかった。関羽もそうだった。そして三人気心が知れて戦での連携も申し分なかった。天下は広い。
張飛は関羽が自分と伍するだけでも驚きであったが、趙雲の腕にも驚かされた。
しかし趙雲は公孫讃の配下であったので、劉備軍には加わらなかった。趙雲も残念そうな顔をしていた。
趙雲は劉備に配下に加えてくれるよう嘆願したようだ。しかし劉備は承諾しなかった。
おそらく公孫讃との関係が理由だろうと思った。張飛には、劉備は趙雲を気に入っていると見えた。傘下に加わってくれたらこんなに心強いことはない。しかし、頼った先の将軍を引き込むわけにはいかない。断腸の思いで趙雲の参画を断ったようだ。
だが趙雲とはまた会える、そんな気がした。関羽や自分とは型の違う漢だが、腕は確かであるし、いてくれると心強い。こうやって軍の力が上がっていくものなのだろう。だが趙雲の合流は今ではない。
袁紹と公孫瓚の争いが激化してきた。劉備は田楷とともに斉に駐屯した。そんな折、徐州の陶謙が曹操に攻められ救援を求めて来た。劉備は田楷の補佐として救援に向かった。
「殿が補佐とはね。まあ、田楷は公孫讃配下だし、殿は友軍のようなもんだからな。仕方ないというところか。」
張飛はぼやいたが、それほど不満があるわけではない。今の境遇はそんなに悪くないし、戦も勝ちが多い。それに存分に暴れられた。義勇軍として動いてきたが、それも潮時と感じた。今のようにどこかの勢力と協調しながら劉備軍も大きくなって地盤を持つ時だろうと思った。
しかし、今回は曹操が相手だ。曹操は一筋縄ではいかない相手だ。黄巾賊の討伐に参加して以来、派手に負けることもあったが、他の将軍たちとは違い潰れきることなく、徐々に力を上げていき、今では青州黄巾軍を打ち破り、その軍を吸収して一気に実力が上がった。
「補佐がどうとかはいい。相手が曹操というところだな、問題は。それも昔の曹操ではない。今の我らではかなり厳しい相手だ。」
関羽が難しい顔をして言った。その通りだった。だが戦わなければならないのだ。ただぶつかるだけ、というわけには当然いかないが、戦では何が起こるかわからない。張飛はやりようはあるはずだと思っていた。
「腕がなるってもんだ。関兄だって今は難しい顔してるが戦になれば機に応じてなんとかするだろ?俺たちの軍はまだまだなんだし、やれるだけやろうよ。なんとでもなるよ、きっと。」
「お前は気楽だな。だがその通りではあるな。」
このときの劉備は、自軍の兵千余人に加え、幽州の烏桓族らによる騎兵(幽州烏丸雑胡騎)を率い、さらに数千人の飢民を軍に編入しての軍編成であった。
陶謙はこれにいたく喜び、劉備を厚遇して4,000人の丹陽兵を与えた。
これを機に劉備は田楷の元を離れることとし、公孫讃陣営から離脱した。自立を目指し始めたと張飛は感じた。だがすぐには自立せず、再三の陶謙からの勧誘にのり、徐州に落ち着くことになった。それは実力者の仲間入りを始めた曹操との戦に巻き込まれていくことにもなる。
張飛はそれでも劉備の名声をさらに上げるいい機会だと、前向きに捉えた。まずは兵の調練からだ。丹陽兵4,000の質をもう少し上げる必要がある。戦の匂いがしてきている。徐州は荒れるかもしれない。自立の機は劉備が見極めるだろう。張飛は兵を精強に仕上げることに集中することにした。今後しばらくは戦が続きそうだ。幕舎での寝起きは慣れたものだった。そういう生活が、張飛は嫌いではなかった。




