1.旅立ち
そこかしこで賊が暴れている。涿県のこんな田舎でものんびりしていられない。若者はぶっきらぼうに目の前の肉に包丁を叩きつけた。
「戦に出るか、おれも...」
この肉屋の若者の名は張飛といった。まだ二十歳過ぎだが大の大人が束になっても敵わない腕っぷしだ。街でいざこざが起きると仲裁に入ることも日常だ。だが張飛はそんな毎日に満足していなかった。
黄巾賊が暴れ始めて世の中が騒がしい。義勇軍の募集も何度も見聞きした。しかし一攫千金、名を上げたいだけの輩ばかりで応じる気にならなかった。
「戦に出るのはいいが、これはという主人を見つけて付いていきたいものだ」
包丁を綺麗に洗い、まわりを片付ける。張飛の家は肉屋であった。豪族というわけではないが、金に不自由しているわけではない。肉屋という家業を小さい頃から手伝ってきたせいなのか、生来の身体の大きさなのか、張飛は家業を手伝いながら腕っぷしも磨かれていた。
「張さん!また町はずれに賊の残党のような連中が現れた!」
「またかよ!」
張飛は前掛けを机に叩きつけて走り出した。
「こらっ!張飛!店を放ってどこいくつもりだ!」
「兄貴たちに任せるよ!」
張飛には兄が何人かいて、張飛自身は手伝っているだけだ、という姿勢だった。だからこんな時はすぐに店を放り出して出て行ってしまうのだった。
張飛が駆けて行くと五〜六人の男たちがもめているところにでくわした。どうやら四人の賊らしき男たちが一人の男と揉めているらしい。見た感じその男身包みを剥がされている、というわけでもないようだ。その男は一人で四人の男を制しようとしているように見える。だが分が悪そうだ。
「ちっ!」
張飛は軽く舌打ちし、だがすぐ一人で対峙している男に与力しようと決めた。
「賊が!また蹴散らされたいか!」張飛は叫びながら一番手前の男を思い切り殴りつけた。張飛の声にビクッとして振り返ったところをまともに顔面に拳を受けた。前歯を折りながら血反吐を吐いて倒れた。張飛は倒れた男を見向きもせず次の男に狙いを定めた。動揺した賊たちは浮き足立った。張飛が二人目の男の首根っこを押さえた時、隣で別の男が悲鳴をあげてもんどりうった。男は片方の腕で、肩を押さえている。押さえている方の腕がない。あの男が斬ったのか。
張飛は少し驚いたが、押さえていた男を軽々と逆さまにして頭から叩きつけた。叩きつけられた男は泡を拭いて気絶している。残りの一人は逃げ出そうとした。しかし腕を切り落とした男が落ちていた棒っきれで足を払い、逃げ出した男はあっさり地面に突っ伏した。そこへ張飛が思い切り飛び降りて背中に肘を落とした。地面の男は気絶した。
腕を切り落とした男が、切り落とされた男の手当てをしている。命までは取る気はないようだが、容赦ない男だな、と張飛は思った。
「あんた怪我はないかい?」張飛は剣の男に声をかけた。
「大丈夫だ。あんたが助けてくれたおかげだ。」
男は立ち上がりながら返事をした。不思議と逆らえないような声だった。
「いや、おれが来なくとも一人で片付けられたのだろ?」張飛は余計なことをしたかな、と言った。
「いや。あんたが来てくれなかったらどうなっていたか。あんたが割って入ってくれたおかげでおれもきっかけができて命拾いしたんだよ。」
男は柔和な声で答えた。包み込まれるような雰囲気だった。張飛は戸惑いつつも、悪い気はしなかった。
「あんた、旅の人かい?」
「いや、おれはただの莚織だよ。それを売って生計を立てている。」
よく見ると籠が道端にあり、確かに筵が入っている。
「そんな人がなんでこんな奴らと揉めてたんだい?」張飛はそれよりも、ただの莚織がなぜ剣をはいているのか、と疑問に思った。
「絡まれただけさ。こんななりに似合わない剣を持っていたので、いいかもだと思ったのだろう。野党のやりそうなことよ。」
男はさらりと答えた。
「剣を履いてるのは何か思うところがあるのかい?護身用にしては立派過ぎるように見えるが。」
「大丈夫たるもの、心に一つくらい思うところがあってもおかしくはあるまい?この剣はおれの気持ちを形にしたようなものだ。決して忘れてはならぬという思いを込めて。」
張飛は心が揺さぶられた。もしかしたらこの人はとんでもない大物か、とんでもない馬鹿か、どちらにしろこのまま莚を売って終わるたまではない、と直感した。
「失礼だが莚を売るだけではその剣を手に入れることは難しいと思うが?」
「もちろん。街で用心棒の募集がたまにあるだろ?そういったところにも参加して金を貯めた。身体も鍛えられるしね。」
なるほど、張飛は納得した。自分も店のことがなければ毎回でも参加したいと思っていた。自分が店を任されることが多くなってきたため、なかなか参加できなかったが、腕試しも兼ねてたまに参加していた。しかし自分が参加した時にこの男は見かけたことがない。見ていればきっと心に残っているだろう。
「名前を聞いてもいいかい?」
「人に名を聞くならまず自分から名乗った方がいいのではないか?」
張飛はその通りだと思った。少し罰が悪そうに、しかし自分でも不思議なほど素直に謝った。
男は張飛の素直さを見てにっこり笑いながら言った。
「まあよい、あなたには助けられた恩もある。おれから名乗ろう。おれは劉備玄徳と申す。」
「劉備、玄徳...」
張飛は口に出して言い、おそらく二度と忘れまい、となぜか思った。張飛がぼさっとしていると劉備と名乗った男が、少し怪訝に「聞いたことない名だろ?そんであんたの名は?」と聞いた。
張飛ははっとして、慌てて答えた。
「いや、失礼いたした。おれは張飛です。張飛益徳。ここいらで肉屋をやっています。あんたの名はお聞きしたことはないが、なぜか前から知ってるような気持ちになって。申し訳ない。」
劉備の前ではやけに素直になってしまう、と張飛は戸惑った。
「我ら同郷ではあるが今まで互いに知り合うことはなかったようだ。だが今日は運命のように引き合わされた気がする。張飛殿、今日はありがとう。会えて良かった。」
劉備は帰ろうとしている。張飛は直感的にまずいと思った。
「劉備殿、おれはこの乱れた世の中に一石投じたいと思っている。こんな片田舎でごたごたを処理するようなことで終わりたくない。その心に思うところを打ち明けてくださらんか?それによってはおれの人生をあんたに賭けたい!」
張飛は勢いで言ってしまったと思ったが、なんの後悔もなかった。答えによって生涯の主人かどうかを決めようと思った。
「張飛殿、この出会いはおれも嬉しく思うが、あんたの人生を滅茶苦茶にするようなことを勢い任せに言うてはいかんのではないか?おれは見ての通り、自分一人食うてくだけで精一杯な男だよ?見たところあんたは金の苦労はしておるまい。あえて苦労をする必要もない。今の発言は忘れるから、考え直しなされ。」
張飛はかっとした。
「大丈夫たるもの、心に一つくらい思うところはある。おれだってそうだ。その気持ちを踏みにじるのか!あんたの気持ちに賛同した?それではいかんのか!」
劉備の顔つきが変わった。
「私がどう思い何をしたいのかわからんくせに賛同とはなんだ!おれがあそこに転がっている野党どもと変わらん輩ならなんとする!適当を言われると困る!」
それを聞いて張飛がかっとなった。
「甘く見るな!男が男に惚れた。他に理由がいるのか!?これはと思う主人がいれば、いつでもこの力を振るいたいと思うておった!あんたはそれに見合う人物だと思った!いかんのか!自信がないのか!見込み違いであったか!情けなや!!」
張飛は駄々っ子のように背を向けて帰ろうとした。受け入れられなかったということ、親に叱られたような言われ方、何より初めて気持ちを打ち明けたところがあるのに断られた、いろんな反撥心が芽生えた。
「待てっ!張飛殿!」
張飛は立ち去るつもりだったがその声で止まってしまった。しかし素直に振り返れない自分がいる。
「本気で言うておるのか?こんな莚織に付いて来てなんの得になるのか、と思わんのか?」
張飛は向き直り、大声で言った。
「おれはあんたを見込んだのだ!なりがどうとか関係なかろう!そんな小さなことを気にするなら剣を履いて偉そうなことを言うものではない!おれもこんな世の中正せるものなら正したい!だがやり方がわからん!だから人物がいれば付いて行きたいと思うておった。あんたがその人だと思うた!いかんか!!大将になる自信がないなら思わせぶりなことを言うな!」
張飛の言葉を、劉備は目を瞑りながら、だが一言一言を心に刻むように聞いていた。張飛がいい終わると目を開き、張飛に近づき両肩を掴んで言った。
「おれに何を見たかは知らん。だが、おれもあんたに付いてきて欲しいと思う。だが見ての通りの身分だ。苦労しかない。報いてもやれん。それでもいいのか!?」
肩を掴む手を握り返し、張飛は言った。
「あんたが心に思うことは大それたことだろう。それを教えてくれ。力になりたい。あんたとならこの涿県をひっくり返すくらいのことはしてみせるぜ!」
張飛は、まるで賊宣言だなと思いながらも、覚悟を伝えた。
「わかった張飛殿。おれは...、おれはな張飛殿!笑うてくれるな。涿県どころか、天下をひっくり返したい!馬鹿と思われるかもしれんが、それがおれの思いだ!こんな馬鹿なことについて来れるのか!?こんなみすぼらしい男が何を戯言をと、思うだろう。だがそれがおれの秘めた思いだ!漢を、世の中を安んじたいのだ!」
劉備は震えていた。涙を流しているのか?下を向いていて見えないが、気持ちは伝わってきた。
「天下か!はっはっはっ!そこまで言う馬鹿は初めて出会った!最高ではないか!おもしろい玄徳殿!おれは付いて行くぞ!あんたを天下の主人にしてやる!こんなに楽しいことはあるまい!」
劉備は張飛の言葉に顔を上げた。張飛は清々しい顔をして劉備を見ていた。口元は笑っているが目は笑ってはいない。張飛は真剣に聞いてくれ、先ほどの言葉にも嘘はないようだ。
「おれの話を与太話とは思わないのか?」
張飛はこの問いに明快に答えた。
「天下の主人にしてやると言ったんだ。おれの言ったことも与太話と取ったのではないか?だが嘘は言わん。今日からこの張飛、劉玄徳様の家臣になろう!まずは義勇軍として立とう。早速兵を募集しようではないか。」
「おおっ!張飛殿!かたじけない。このような野良男についてきてくれるかや?。」
「黄巾が暴れてからこっち、おれも暴れたかったのだ。だがおれは誰かいい大将の元働けると思っている。自分は大将ではないと。だがこれという人物もいなかった。だがあんたは違う。おれはあんた、いや劉玄徳殿について行くと、今決めた。そう思わされるものがあるんだよ!だから今この時をもって張益徳は劉玄徳の一の配下になった、それでいいではないか!」
「ありがたい!張飛殿!これほど心強い仲間はおらぬ!配下ではなく友であり、仲間でありたい!」
張飛は劉備の手を取り、言葉も出ずただただうなずいていた。
「殿、今日のところはこのまま家までお送りいたします。明日家を訪うので今後のことを決めましょう」
張飛は口調をあらためて言った。
「こそばゆいな、そういう物言いをされると。一人で帰れるよ、明日また、ということでよいのではないか?」
「いえ、送らせていただきます。まだ、さっきのような連中がそこいらにいるかもしれませんので。」
「言っても聞かなそうだし。では一緒に行こうか」
張飛は頷き、劉備と共に歩き出した。そう長く歩くこともなく、人の争う声が聞こえてきた。一人の男がこちらに気付き、慌てるように走ってきた。
「張さん!どこ行ってた!賊の残党らしき連中がこっちで暴れてる!八人ほどだ!旅の大男が一人で今対峙してるところだよ!」
張飛は目を丸くして惚けた顔をしている。賊なら蹴散らしたが、まだいるのか?
「その人は?とにかく張さん、あの大男を助けてやってくれよ!いくらなんでも一人じゃやられちまう!張さん足が早いからてっきりもう着いてるもんだと思ってたのに!」 「はっはっはっ!張飛殿、貴殿どうやら早とちりをしたようだな。本当の賊はこちらで、私が絡んできたのは別の連中か、あるいはここにいる連中の片割れだったのかもしれん」
劉備が笑いながら言った。張飛はばつが悪そうな顔をしていたが、居直って顔をあげかけ出した。
「ちっ!間違えでもなんでもいいや!もうひと暴れしてやるだけだ!」
確かに大きな男だった。自分も大きいがもしかしたら自分よりも少し大きいのではないか、と思いながら張飛は一番近い男に思い切り飛びかかった。
「あっ!待てっ!大事にしたくないのだ!」
大男が張飛に声をかけたが、張飛は聞く耳を持たない。
「こういう連中に手心をかける必要はない!」
張飛は言いながら最初の一人をあっさりと殴り倒していた。倒れるのを確認することもなく次の男に飛び掛かる。突然現れた張飛に相手は完全に動揺している。
「やむを得ん!」
大男も意を決したように動き、自分の正面の男に狙いを定めた。張飛に気を取られているようだ。
「わしを前によそ見をするとは、哀れな男よ!」
大男は言って張飛に勝るとも劣らない動きと力で正面の男をのした。この間に張飛は二人目をのしている。
あっという間に三人の男がやられ、賊は完全に及び腰になった。
「あんたやるなあ。俺がいなくても一人でどうにかできたんじゃないか?」
「よそで揉め事は起こしたくなかっただけよ。あんたが暴れたから、踏ん切りをつけたのだ。」
張飛が声をかけると先ほどまでじっと動かなかった男は答えた。
「俺は張飛。あんたは?」
「関羽だ。あんたいい腕だな。」
張飛はにっと笑い、関羽も笑みを見せた。賊が一斉に襲ってきた。ひるんではいたが、全員でかかればと思ったのだろう。張飛と関羽は不意を突かれた格好になった。
「ちっ!」張飛が舌打ちをした時、先頭の男が叫びながら地に突っ伏した。腹から血を流している。その傍に劉備がいた。劉備がその男を斬ったようだ。
「殿が手を出すまでもない!これ以上はおひかえなされ!」
張飛が言いながら両手で一人ずつ顔を鷲掴みにして地面に突っ伏せた。二人とも泡を吹いている。賊はあっという間に三人になった。すでに戦意もない。張飛が三人を睨みつけ、同時に関羽が鬼の形相で襲い掛かろうとし、劉備が剣を構えた時、賊は逃げ始めた。
「場はおさまったようだな。張飛殿と二人でどうとでもなると思っていたが、あなたのおかげであっという間に片がついた。貴殿のお名前は?」
関羽が劉備に尋ねた。
「この方は劉備玄徳様。天下を安んずる方だ。俺は劉備様の一の配下、張飛益徳だ。あらためてあんたの名を聞きたい。」
「劉備玄徳殿か...それがしは関羽雲長。あなた方は義で動いているのか?自警団というわけでもあるまい?」
関羽は劉備のなりをちらりと見ながら言った。
「いや、たまたま賊に絡まれただけだ。張飛殿は自警団とまでいかずともこのようなことは日常のようだが」
劉備は答えた。
「なんだ?あんたらは以前からの主従ではないのか?」
張飛についての話が他人事のような話し方だったため、関羽は言った。
「さっきそこで会ったばかりだ。殿が賊に絡まれてるところを助太刀したのよ。そこで話をして配下にしてもらったってわけさ。」
張飛が得意そうに話した。
「なんと、そんな即席主従であったか。その割に以前からの主従のように見える。」
「期間は関係ないさ。この人はと見込んだからには死ぬまでついて行く。それでいいと俺は思っていますよ。」
張飛は得意げに言った。
「いや、俺はこんな貧乏侍、苦労しかないと言ったのだがなね。」
劉備が恥ずかしそうに言う。主人だなどと言われても、と困り顔であった。
「そういうのはもう言いっこなしですよ、堂々としていてくだされ。」
張飛が言い、その掛け合いを見ていた関羽が言った。
「いや、俺はあんたたちが気に入った。一つ俺にも話を聞かせてくれまいか?なんの話をして主従になったのか、興味もある。」
劉備は少し困ったような顔をして、「今日はやけに騒々しい日だな。しかしこれも何かの縁なのかもしれんなあ。」と観念したような顔で言った。立ち話もなんだ、と劉備が道端の木陰に誘った。
「おう!もう賊は蹴散らした。揉め事は済んだし、あとの始末は任せたぜ!」
張飛が知らせを持ってきた若者に言い、そそくさと三人で話せるように移動し、賊の後始末を押し付けた。
張飛に言われた若者たちが手際よく片付けるのを横目に、劉備は張飛に話したと同じことを関羽に完結に話した。張飛は自分の時はなかなか話さなかった劉備が関羽には簡単に話す様を見て、若干複雑な心境にはなったものの、このように同じことが立て続けに起きたことに運命めいたものを感じ、しかも自分も関羽のことは嫌いではない気持ちもあり、成り行きを見守った。
劉備が話し終えると関羽は目を瞑りながら少し顔を上に向け、深呼吸をした。息を吐いて目を開き言った。目が輝いて見えた。
「この関羽、劉玄徳殿の思いを共に成し遂げたい!私も配下に加えていただけまいか!」
関羽が言うのを聞き、張飛はこの男も自分と同じだと思った。劉備の魅力に単純に惹かれ、しかも真っ直ぐに忠誠を誓う同類だと思った。
「殿!心強いではありませんか。俺と関羽殿で殿を天下人にしてみせましょうぞ!なあ、関羽殿!」
「ありがとう張飛殿!劉備様!なにとぞよしなに!」
「俺が俺の思いを語ったのは君らしかいない。またそれを語るからには俺も生半な気持ちではない。だが張飛にも言うたが苦労しかないぞ、このような男についてきても。」
劉備がいったが関羽の目には自分と同じ、劉備への憧れのような色を見てとった張飛は、関羽がそれで引き下がることはないと確信していた。
「いらぬ心配です。これよりこの関羽雲長、劉備玄徳様に生涯仕えます!」
関羽も心から劉備に惚れたのだと張飛は感じた。そしていっしょに暴れた時、妙に呼吸が合うのを感じていたので、張飛も嬉しくなった。一日でこんなにうまの合う男に二人も出会うとは、これからの人生ががらりと変わる気がした。
「我ら三人、今日ここで出会ったのは運命ではあるまいか。劉備殿を主人とし、この乱れた世をなんとかしましょうぞ。関羽殿と出会う前、義勇軍として兵を募ろうと殿と話していました。今日は我ら三人の出会いを祝し、酒を飲みましょう。そして明日から劉備殿を大将として義勇軍を起こしましょう!」
張飛は少し興奮しながらも、自分でも名案だと思いながら言った。二人が返事をする間を与えず背中を押した。肉は自分の店で用意できる。そのための肉屋だったのではないかと思うほどだ。
二人を自分の店へ案内し、裏庭の席に酒を用意した。あてを用意し、声高に言った。
「今日この日から劉備軍として天下泰平の為、力を尽くすのだ。我ら三人、どんな苦労があっても力を合わせ、大義を見失わず、天下安寧のため力の限り尽くそうではないか!」
張飛は高揚しながら言ったが、二人とも気持ちを同じくして“おおっ!“と応えてくれた。三人杯を合わせ一気に酒をあおった。
天下をひっくり返す。張飛は劉備と話した時のことを思い出し、心に刻みつけ、大暴れしてやろうと誓った。
もやもやしながら肉を捌いていた時とはうって変わって、晴れ晴れとした気持ちになっていた。
探し求めていた主人に出会い、しかもさらに同志が一人増えた。おもしろいことしかない。今すぐに暴れたい気持ちを、酒でごまかしつつ、今日は酔い潰れてもいいと思った。だが酔えない。気持ちが昂っている。劉備と関羽を見やる。寝るまで飲もうと思う。今日はそれでいい。
明日から新たな人生が始まるのだと思いながら、いやすでに今日から始まっているのだ、と思いながら酒を煽った。風が気持ちいい。生まれ変わったような気分になり、劉備と関羽に酒をついだ。呼吸を合わせたように三人同時に飲み、空になった椀を置いた。同時に笑った。
いい男たちだと思った。今までで一番うまい酒だと思った。




