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Underground   作者: マン太
第4章 過去

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24.偶然

 そうして、一年が経ち、二年が経ち。

 気が付けば、壁の向こうから戻って、三年が経とうとしていた。ヒロは今年で二十歳になる。

 あのあと、なんとかユージンと連絡を取りたくて、ケイには内緒で方法を探った。

 けれど正攻法では何の手立てもなく。手紙一つ送れないのだ。送金などあり得ない。治療費も、薬代も、なにもかも払えないままだ。

 高校卒業後は、アルバイト先だった書店にそのまま就職した。是非にと言ってくれたのだ。断る理由もない。それに、本好きのヒロにとって、願ったり叶ったりの職場だった。

 毎日、ケイの作った朝食を食べ、書店へ出勤し午前の業務に就く。昼にケイの作ってくれたサンドイッチを食べ、午後の勤務後、帰宅。帰宅後はケイの作った夕食を食べ眠りにつく。

 単調だけれど、とても平穏で幸せな日々だ。

 仲のいい異性の友達もできた。書店での勤務中、客として訪れた彼女から声をかけて来たのがきっかけだ。まだ、仲のいい友達の範囲を出ていない。彼女は先に進みたい様だけれど、なんとなく気が進まずそのままだ。

 休みの日はヒロも料理の腕を振るう。とは言っても、ケイのようになんでも上手くは作れないし、素人の域をでない。けれど、ケイはいつも美味しいと言って食べてくれた。


 ──ユージンも、そうだったな。


 時折、あの壁の傍を訪れる。ケイには内緒だ。例の件があってから、ケイは壁の傍に近づくことをよしとしない。また、いつかのように暴動が起きて、壁が壊れることがないとも限らないと。

 けれど、ここ数年は似たような暴動は一度も起きていなかった。監視の目が厳しくなったらしい。

 壁の傍で立ち止まると不審者と思われるから、さりげなく横を歩いた。

 今でもあの頃のことを思い出す。時間が経てば、ユージンのことも忘れて、遠い記憶になるのかと思ったがそれはなかった。

 なにか行動を起こすたび、ユージンならこうしたな、ああ言ったなと思い出すのだ。ちっとも消えてなくならない。


 ──どうしてだろう?


 考えてみた。あの当時、ユージンはヒロの雇い主で、保護者で、友だちだった。──ああでも。


 ──ただの友だちじゃなかった。


 どう言い表せばいいのか分からないけれど、単に一緒にいて楽しい、気楽だ、気をつかわなくていい、それだけの存在ではなく。もっと深いところで繋がっていたような。健やかに傍らで眠っていて欲しいと思える存在だった。


 ──ユージン。今、君は幸せかい?


 それは、いつも壁を見上げて、問いかける言葉だった。


◆


 そんなある日、いつものように書店での勤務を終え帰途に就いた時のこと。帰り道の途中、路地の向こうに人だかりができていた。


 ──なんだろう?


 どうやら、通行を妨げられた人々が、道に溢れかえっているようだ。

 人だかりが気になって、様子を見に少しだけ道を逸れた。そこは大きな通りへと向かう道で、路地を出たところでロープが引かれ、警察が向こうへ渡ろうとする人々を抑えていた。


「なにがあったんですか?」


 近くにいた老人に声をかけた。すぐ傍の商店の店主らしく、エプロンをつけた初老の男は、腕組みして道の向こうを睨んでいる。


「いや…。なんでも偉い人がここを通るから暫く、道をあけろって。予告もなしにそんなことするから、皆迷惑してるんだ」


「偉い人…」


 ──どんな人だろう?


 皆から少し離れた場所に立って、同じように様子を眺めてみた。すると、遠目に連なる車列が見えてきた。よく磨かれた車体が夕陽を受け光る。

 眩しさに目を細めていれば、スモーク張りのそれはゆっくりと目の前の道を過ぎていった。どうやらこの先にある、市庁舎に用があるらしい。そこで車が停車したからだ。


 ──なにも、人の往来を抑えなくても。


 帰宅や買い物で混雑する時間帯に押さえたと言う事は、なにかあったらまずい人物と言うことだ。

 前後についていたのは護衛の車らしい。降りてきた護衛が、中央に停車した車にさっと近付き、後部座席のドアを開ける。周囲には護衛の壁が出来ていた。

 どんな人物かとつま先立ちになって見れば、目に入ったのは、眩しい金色の髪に碧の瞳。冴えた美貌。


「──カイル?」


 数年前と何も変わらない。見間違えるはずがなかった。


 ──どうして、ここに?


 たしかカイルは自由にこちらへ出入りしていると、ユージンが教えてくれたことがあった。見かけたのはこれが初めてだけれど、今までも行き来はあったのかもしれない。


 ──いったい、何の用で来たんだろう。


 裏のイメージしかないカイルに、表の公的な場所はそぐわない気がした。

 首をかしげる思いで見つめていれば、続いてもうひとり男が降りてきた。黒いスーツを身に付けた長身の男性だ。こちらも護衛がつく。

 短く刈られた白に近いプラチナブロンドが夕陽に輝くよう。わずかに見えた横顔の頬や首筋は褐色で、日に焼けたにしては濃すぎる気がした。きっと、地の色がそれなのだろう。それが、ある一人の人物を連想させる。


 ──まさか。


 よく見ようと、謝りながら人ごみをかき分け、前へと出た。


「そこ、乗り出さない!」


 警官の注意を受け、少し下がるが。


「ユージン…?」


 その横顔をはっきりと見ることができた。

 身長はかなり伸びている。顔つきも身体も大人のそれになっていた。あれから三年。あのとき十六歳だったから今は十九。子どもっぽさは抜けて当然だった。


「ユージン!」


 思わず声を上げていた。

 さすがに周囲に声を上げるものはいなかったから、かなり目立った。驚いた警官が、ヒロに向かって警棒を振ってくる。


「そこ、下がりなさい!」


「…っ! すみません」


 周囲の人々もなにごとかとこちらを見ていた。あわてて適当な理由をつける。


「その、道の向こうに知り合いを見かけて…」


 視線を同じく人だかりのある向かいの道へと向けた。それで周囲も警官も納得する。


「じきに警備は解かれる。それまで下がっているように」


「はい…。すみません」


 すごすごと後ろに下がる頃には、すっかりカイルもユージンも市庁舎の中に消えていた。護衛の車も駐車場へと向かい、それで警備は解かれた。人波がまた動き出し、いつもの喧騒が戻る。


 ──あれは、間違いなくユージンだった…。でも、どうして?


 ユージンは権力者でなければ壁を越えられないと言っていた。自分は無理だと。それがこうして壁を越えて来ていた。しかも、カイルと共に。

 ユージンはカイルを嫌っていた。戻るつもりはないと。それなのに一緒にいるなんて。


 ──何があったんだ?


 しばらくそこに惚けたように立っていれば、すっと横に人影が立った。見れば帽子を目深に被った町人風の男だ。


「っ、ごめんなさい」


 歩道とはいえ、ほぼ道の真ん中に突っ立っていたのだ。邪魔にならないはずがない。慌てて避けようとすれば、男が手を伸ばし、着ていたジャケットのポケットになにかを突っ込んできた。


「──カイル様からの伝言です」


「…え」


 まるで町人の姿をしていたが、目つきは町人のそれではなかった。それだけ言い残すと、さっさと近くの路地の奥へと消える。追いかける間もなかった。

 残されたヒロは、恐る恐るポケットに手を差し入れた。探る指先にあたったのは固い紙片、取り出すと名刺だとわかった。上質な紙にカイルの名前と肩書。裏に返せば、


『二十四時に門へ』


 そう走り書きがあった。


 ──行けばユージンに会えるのか?


 あれ以来、一度として忘れたことはなかった。けれど、次に向こうへ行けば、こちらへ戻ってくることが出来ないかもしれない。相手はカイルなのだ。ケイの忠告が脳裏を掠める。


 ──でも。


 会いたさが上回る。わずかでも話しが出来れば良かった。それに、ヒロがこちら側に来るために何をしてくれたのか知りたかった。


 ──顔を見て話しが出来れば。


 けれど、そうなればケイに黙って行かねばならない。


 ──また、ケイを置いて行くのか?


 一年間、ケイはずっと待ち続けていた。役所に届けが出てないか、毎月確認していたという。

 役所でもすっかりケイの届け出を受理したつもりでいたらしい。机の間に落ちていたという申請書が見つからなければ、そのまま捨てられていれば、永遠に待つしかなかっただろう。


 ──また、同じ思いをさせるのか。


 胸のつまる思いがする。

 それなら、カイルにユージンと話だけさせて欲しいと、頼めないだろうか。こちらにいる間、向こうへ帰るまでの間に、どこかで時間が持てればいいだけだ。とにかくユージンの顔を見て、話をしたかった。


 ──それだけだ。


 向こうへは行かない。それで、心は決まった。


◆


 その日の夜。ケイが隣の部屋で寝静まったのを確認した後、そっと部屋を抜け出した。

 気をつけないと床がきしむ。そのため、まさに抜き足差し足で廊下を歩いた。

 階下へ降り、外へ出てほっと息をつく。ひんやりとした夜の空気が、緊張して火照った身体に心地いい。


 ──会って、話をするだけだ。向こうにはいかない。


 もう一度、そう心に決めて、歩き出そうとすれば、


「──ヒロ」


 背後の声に飛び上がるほど驚いた。振り返れば腕組みしたケイがそこに立っている。


「ケイ…」


 街灯に照らし出されたその姿は、すでに出かける格好だ。紺のセーターの上に、いつもの薄手のコートを身にまとっている。


「…どこへ?」


 静かな口調で尋ねてきた。黙っていることはできない。覚悟を決めて、全てを話そうと決めた。


「…その、昼にみかけたんだ。カイルと──ユージンを…」


「ユージンを? 彼はこちらへ来られる身分だったのか?」


「違う…。こっちに来ることはできないって言っていた。──だから、驚いて。カイルと一緒に市庁舎に入っていくところだった。それで、しばらくそこにいたら、多分、カイルの部下だと思うんだけど、これを渡されて…」


 羽織ったジャケットのポケットから、高級な紙でできた紙片を差し出した。ケイはそれを受け取ると、


「──確かに、カイルの字だな」


 ケイは知っているのだろう。裏面を見て、それをまたこちらに返す。


「…話だけ、したいと思ったんだ。向こうにはいかない。五分でもいい。話せればって──」


「俺も行こう」


「ケイ?」


「カイルがどう出るか分からない。とにかく、俺もついていく。──ここのことはジョシュに任せてある。また何かあればよろしくと。詳しくは話していないけれどね」


「ケイ…」


「いつか何かあるとは思っていた…。ヒロはずっとユージンを忘れてはいなかっただろう?」


「…うん」


「こう見えても蓬生家の人間だ。それなりに鍛えてはいる。いい用心棒だと思って、一緒に行かせてくれ」


「…ごめん。ケイ。僕の我ままにつきあわせて…」


 すると、ケイは冗談めかして、


「もうヒロと離れないと決めたんだ。次、同じことがあれば、何年後に会えるかわからないだろう? ──さあ、行こう」


 そう口にすると僕の背をポンと軽く叩いた。



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