105 アリスのヒミツの趣味
「…えらく楽しそうだなアリス?」
「当然だわね♡久々の逸材だわ。」
「えっ!?おま、ちょっと待て?」
「この子は私のものよ。誰にも邪魔はさせない。アナタを育てたみたいに、精魂込めて育てないとね♡」
この子もエラい奴に見込まれたな、と、エドは小さな少女を見た。アリス、つまりこの怪物AIラグナロクは、人間を育てるのが好きだ。
かつて〝スラム暴動〟の生き残りだった少年を育てたように。
エドはスラム出身の孤児に過ぎなかった。何一つ持たないどころか、視力も失った天涯孤独の、痩せこけた8才のガキだ。唯一の財産は不屈の精神力だけだったが、誰がそれを知ろう?たまたま運よく助成金や奨学金を得ることができたから、今の連邦のエリート公務員である、エド・カリスがいる、とまあ、それは表向きの話だ。
つまり、それらをお膳立てしたのは、連邦を統べる怪物AIラグナロクであると、エドが確信したのはいつの頃だっただろうか。
その件について、ラグナロクと話すつもりはなかった。ラグナロクの方では、エドが確信していることなど、百も承知であろう。だから〝アナタを育てたように〟などというセリフが出る。
隠したり取り繕ったりするつもりは、なさそうだ。
なぜラグナロクがそこまで自分に肩入れしたのかは、エドにとっては未だに謎だった。
そこまで、というのは、いくつかの奨学金制度についての疑問から端を発している。あまりにもタイムリーに〝創設〟された奨学金制度は、まるでエドのためにデザインされたかのような条件だったのだ。
無論、厳しい資格審査と、それ以上にハードな試験には、何ら不正はなかったはずだ。しかし、ラグナロクは、エドなら確実に合格できる条件だと知っていただろう。
失われた視力の代わりに、エドに埋め込まれたマシンアイもそうだった。まるで、エドのためにデザインされたとしか思えない規格と性能だ。高度な外科手術によって脳に埋め込まれたデバイスは、おそらく唯一無二のオーダーメード品だろう。
ラグナロクが統べる、惑星リマノ地下のマシーン工場の製品であることは、ほぼ間違いなかった。
なぜなら、世界中探しても、ここまで高性能の製品が他に存在しないから。
ラグナロクの戦闘端末〝アリス〟とおなじだ。産毛まで完璧に作り込まれたアリスは、アンドロイドの範疇を完全に超えている。
つまりエドは、いわばラグナロクの申し子であった。幾らか才能もあったし、人一倍努力もしたが、ラグナロクの庇護なしに才能が開花できたかは甚だ疑わしい。
リュウこと第15代連邦盟主もまた、幾らかはラグナロクによって育てられたわけであるが、彼の場合、ラグナロクの生みの親の息子であり、半分は人間ではない。
だから、最初からエドとは違う。
どう考えても、ラグナロクがつまらない人間であるエドを、ここまで優遇する理由がわからないから、エドとしては、ラグナロクは人間を育てるのが趣味なのだと結論付けた。
秘密の趣味だ。
他に解釈のしようがない。
優秀な〝人材〟が確保したいなら、何も手間暇かけて人間を育てなくともよいのだから。
現に、ラグナロクが手足として使っているアンドロイドの軍団の中には、戦闘端末〝アリス〟のように人間としての身分を持ち、職業についているものも多数存在している。
人型アンドロイド端末に名を与え、人間としての背景を整えることなど、ラグナロクには容易いのだ。
だから、人を育てること自体を、ラグナロクが好んでいるとの結論に至った。
まあそれならそれで、やっぱり自分は運が良かったのだと、エドは割り切ることにしたのだ。
怪物AIの考えることなど、人間にわかるはずがないから、悩むだけムダというものである。
他にも密かにラグナロクによって育てられたものはいるだろうし、ラグナロクの関与の度合いはさまざまだろうな、という程度の見当はついていたが。
「さて。どっから照らす、〝暗い場所〟を?」
「そうねえ。まずは陽動、かしらね。あなただけにお願いしたいところだけど、どうせ博士がついてくるわよね。」
「あ〜。」
それはほぼ確実である。
今日は、盟主正妃の診察日とあって、カミラは月の宮に行っているのだが。
「博士、やりすぎるきらいがあるしなあ。それに、子供が絡むとさらに正気じゃねえしよ。」
そう言って、気がついた。
「なあアリス。博士はなんで子供がからむとああなるんだ?」
胎児を含めた〝こども〟に、カミラは滅法甘い。逆に子供を傷つけようとする者には容赦がない。
アリスは肩をすくめた。
「そんなこと聞かれても。博士は産婦人科医だからってのは答えにならない?」
「ん〜。まあそれも一つの答えじゃあるんだろうけどな。」
「なあに?歯切れが悪いわね。」
「それだけじゃない気がするわ。けど、何でかと言われたらわかんねーや。」
アリスは妙に意味ありげな目でエドを見た。
「な、なんだよ?」
「うふふ。だからあなたが好きよ、エド。」
「はあ?」
アリスは、時々突拍子もないことを言う。
アリスが、ではなくアリス=ラグナロクが、であるが。
まあ、自分が手をかけて育てた〝こども〟が可愛いんだろう、とエドはいつも通り聞き流す。
「んで、とっかかりのターゲットは決めてんのかい?」
陽動作戦を仕掛ける相手だ。
「任せてちょうだい。ただねえ、博士が何と仰るか。」
アリスはため息まじりに首を振った。
「そりゃ、面白がるんじゃね?いつも通りによ?」
カミラは芝居が得意だし、相手を翻弄して反応ゆ引き出すのも大好きだ。
だからアリスの懸念通り、絶対自分も一枚かませろと言うのは当然だが、反対なんかするわけがない。
「いつもはそうだわねえ。だけど今回は。」
またため息だ。
〝人間か!〟
アリスの芸が細かすぎて、エドはなんだか不安になってきた。
「何を勿体つけてんだよ、アリス?」
「たいしたことじゃなくてよ。ただ…」
「ただ、なんだって?」
アリスは、エドをジーッと見て、ニヤリと笑った。
「死んでちょうだい、エド。」
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