歯車が一つ、動き始めた
ツィクルス王国、王都キエザリア。
王城すぐ近くに設立された魔術学園の正門。そこにラナはいた。
「あれ、誰?学園に用事?」
白シャツに紋章の入った青のネクタイ、と制服を着た茶色の髪に紫の目の繊細な外見の青年が門の内側からラナを見た。
「!…リルケから来ました、ラナ・デュランです」
「僕はハイネ・ヴェルラ。ハイネでいいよ、ここの学生。もしかして先生が言ってた編入生かなぁ……………ついて来て、先生の所に連れていってあげるよ」
少し考えるような素振りをしたかと思うとそう言ってハイネはラナに背を向ける。ラナは、何歳か年上だろうハイネに大人しくついて歩きながら、学園内の様子を観察する。
「そのくらいの年齢でで編入なんて珍しいね」
「学園に通う予定では無かったんですけど、ちょっと通った方がいい理由が出来まして…」
「ふぅん………まぁ、気を付けた方がいいよ。この学園には貴族の誇り高い方々が大勢いるから。目をつけられると面倒だ。あいつらいちゃもんつけてくるんだよなー…」
最後の方の言葉には、とことん疲れた様子を滲ませているハイネ。ラナは首を傾げて前方のハイネを見るが、それ以上何も追及はしなかった。
世の中聞かなくていい事ってたくさんあると思うんだ!
「ここに先生がいると思うんだけど……ジルベルト先生!」
実技用の部屋なのか、小さな建物一つで一部屋なのでとても広い。ハイネ曰く、実技教室なのだそうだ。
ハイネが部屋にいた男性に声をかけると、男性がこちらに振り向きラナを見た。
「ヴェルラか……お前がラナ・デュランか?」
「はい。よろしくお願いします」
「ヴェルラ、ご苦労だった。案内する予定だった事務員が急に呼び出されてな、申し訳ない。俺はジルベルト・トラクト。試験監督をさせてもらう」
素直にハイネにそう言う男性。やや粗雑な話し方のわりに性格は良いようだ。……もっとも少し厳つい外見もあって粗雑な話し方自体は相応なのだが。
「あの、よければ試験を見学していっても構いませんか?試験の後にまた彼女を案内するならお手伝いします」
「ラナ・デュランが構わないなら俺は構わん。この部屋を結界で区切る。見学していても大丈夫だろう。案内してくれるなら助かる」
「よかった。ラナ、見学してもいいかな?」
「うん、いいよ」
多分幼い外見の自分を心配するのも含まれてるんだろうなぁ。とラナは思い、まぁなぜかハイネなら多少幼く扱われても悪い気はしなかったので快く了承の返事を返す。
そしてハイネはすぐにラナの実年齢を知ることになる。
「ラナ・デュラン。書類の記入にに不備がないか確認してくれ」
ジルベルトに手渡された書類は、数か月前にラナが学園へと申請した書類だった。ラナは何回か内容を見直してから顔を上げ、返した。
「はい、問題ありません」
「ふむ、ならいい。編入するにはやや微妙な年齢ではあるが書類通りなら問題ないだろう」
「…微妙な年齢?…」
「あ、外見では分かりづらいですよね。よく分からないって言われますから。私、これでも十六歳なんです」
ラナが苦笑しながら言った。不思議そうな表情をしていたハイネがついラナをじっくり見てしまったのは仕方のないことだろう。
「え…一つ下?………その、ごめんね」
「いえいえ、いつものことです。それに私はわりあいこの外見で満足してますから」
嘘偽りなくラナは自分の幼い外見を気に入っていた。というより対して気にしていなかった。たまにもう少し童顔でなければと思うことがないとは言わないが、もっと美人だったら良かったのにとかは思わない。
きっと美人だと美人なりの苦労があるんだろうなぁ。と思っているだけだった。
「それにこれだと勝手に油断、してくれますから。私何にも言ってないし、幼く振る舞ってもいないんですけどね」
イイ笑顔で言い切ったラナに、ハイネどころかジルベルトまでやや表情が引きつっている。
「あぁ、かといって別に年齢を隠してるわけではないんですよ?ただ、わざわざ言うのが面倒ですし、ハイネなら子ども扱いされても別に悪い気しなかったのでいいかと思いまして」
ラナはとことん面倒事が嫌いだった末のことだ。
「そろそろ時間だな。すまんが話はもういいか?試験を始めよう」
「はい」
「頑張ってね」
ハイネはジルベルトのすぐ傍に立ち、ラナに笑いかけた。ラナも少し笑い返して男性に視線をやる。
「制限時間は30分。今からランダムに喚び出される魔獣との模擬戦だ。危ないと思ったら途中でも止める。止められたからといって不合格とはならないから精一杯無茶しない程度に頑張ってくれ」
ラナを中心に部屋の半分ほどを覆うかのように立方体の結界が築かれ、結界内に魔獣が召喚される。
本来なら視覚できない色を持たないの結界は薄らと視覚出来る程度の透明度に設定されて、外からは内部をクリアな視界ではないが見ることができた。
―――グルルルルルルル
唸り声とともに現れたのは黒い体毛に鋭い牙、真っ赤な目をギラつかせた3メートルにも達する巨体。
「っ……ケルベロス」
ラナは息を呑んだハイネには目もくれず、目を細めてケルベロスを見た。
「いくらランダム召喚とはいえども、ケルベロスはあまりにもっ…――」
「先生。あれを倒しても問題ありませんか?」
「あぁ、構わん。出来るものならな」
「よし、分かりました。先生良い人そうなのでいいもの見せてあげますよ」
ハイネが心配そうにしているのにも構わず、ラナは了承をとると静かに表情を笑みにかえた。
別に戦うことが好きだからというわけではない。ただ久々に彼女を出せるのが嬉しかった。
「遊ぼう、フェン」
ラナは右手を軽く握り左手の手のひらに添えて引き抜く動作をする。それと同時に引き抜かれたそれが姿を顕にした。
美しく装飾の施された細身の刀。柄の飾り紐についてる鈴が涼やかに音を立てた。特殊な素材によって作られている剣はラナに重さという負担を与えない。あるのは程良い重みだけ。
ラナの相棒ともいうべき奏星刀。
ラナは軽やかにケルベロスへと接近。刀で前足を薙ぎ払うように切った。そのままケルベロスの吐く炎も躱して刀を振るう。
奏星刀をその身に宿し、鞘となったラナの身体能力は目を瞠るものがあった。それに加え女性特有のしなやかな動きと身軽さで生まれる速さによって足りない力を補う。
ラナの一撃は男性の剣士にも勝る。決して力づくではないものの侮れない威力を持ってケルベロスは地に伏せた。
淡い光を伴って召喚されたケルベロスはもといた異界へと送還される。ラナとしては治る範囲でとどめたので、もといた異界でしばらくしていればケルベロスの生命力なら回復するだろうとそれを見送った。
「見事だな。試験終了。戦い方も文句なしの合格だ」
ジルベルトがそう言って結界を解除するために手元の魔石を操作する。が、結界は解除されるどころかその色を増していく。
「っ解除されない…だと!?」
結界は完全に色を持ち部屋を隔てた。
―――ケラケラケラケラケラッ
外からは見えなくなった結界の内側で耳障りな笑い声が部屋に響く。三人が向いたその先、ケロべロスがいたその位置に嗤いながら飛ぶ黒い鳥がいた。その姿に美しさはなく、醜悪さをかき集めて作られたかのような雰囲気のそれはラナを見据え嗤う。
―――奏星刀。紛争ノ調停者ノ鞘。鞘ハ追ワレルヨ?ワレラノ、ワレラガ、ワレラニ邪魔ダカラネェ。ワレラヲ止メルベキ抑止力
ひどくノイズの混じったような声。ぼとぼとと爛れて血をまき散らしながら飛ぶ鳥はラナを見据えて視線を外さない。その目すらラナを嗤うようだ。
―――鞘ニハ勇者ニハ居ナクナッテモラワナイト。ワレラニハ生キ苦ルシイ世界ダァ…
「それ以上、わたしの主に耳障りなモノを聞かせないでもらおうか」
既に外からは中の様子が分からなくなった結界の内部で鳥の声を遮り聞こえたのは、耳障りな鳥とは対照的に心地の良い女の声。
唐突に鳥が地に墜ちた、そのすぐ傍に彼女はいた。
「なぁ、穢れた使い魔の分際でわたしが宿りし鞘たる主に警告とはいいご身分だな」
彼女の髪に飾られた鈴と鈴のついた足環が彼女が動くたびに揺れるものの音は無く、ただ無音で其処に存在していた。
“フェアシーデン”その名を関する奏星刀、その本質。
麗しき人型の主の剣。
「ラナに声を聴かせることも、触れることも、その目に映ることすら厭わしい」
人の姿をかたどったフェアシーデンはほんの数歩の距離を瞬く間に距離を詰め、長く伸びた爪を振りかざす。
「還れ」
爪に引き裂かれた鳥は灰になり。その灰すら消え果てる。フェンは血の一滴、汚れひとつつけることのないままラナの傍へとたたずむ。
「ごめんねさい、ラナ。厭わしいものを見せてしまったわね」
「…フェン……」
さっきまで冷たい輝きをしていたフェンの鈍色の瞳は優しくラナを見る。子供が愛しくて仕方のない母親のようだと、ハイネは二人を見ていた。
「私、面倒は大嫌い。鞘になったのだって私の意思じゃない。けど、フェンは私の家族だから。面倒な事でも少しは…………ほんの少しは我慢する。貴女が謝る必要ないの。ね?」
ラナはそう言ってフェンの手を取り自分より背の高い彼女を見上げる。
フェンはラナの手を握り返して、少し笑顔を浮かべ、すっ。と姿を消した。
ラナは結界から出るために、ハイネたちがいた辺りの結界に手を伸ばす。
「…いけるね」
ラナを中心とした魔方陣が浮かび上がった。青と緑の魔法光が飛び交いラナの髪をなびかせる。
魔方陣が強く光ると、パリン、と乾いた音を立てて結界が粉々に粉砕された。
「……意外と荒業をつかうな」
「意外ですか」
苦笑気味のジルベルトにラナは笑って誤魔化す。
「それじゃ、終了ですかね?」
「そうだな。奏星刀を見せてもらったくらいには俺は信用されているようだし、今後ともよろしく頼むぞ」
「いや~、話の分かる先生で助かります」
「え…ちょ、ラナっ!?」
奏星刀は稀有なものであるゆえに、鞘である人ごとコレクションにしようとする悪質な収集家がいる。
学園も珍しいと迂闊に手を出す輩がいて騒ぎになっては、国立の魔術学園としての威信と評判にかかわってしまう。
それゆえにラナは最初から奏星刀を隠そうとしなかった。私が鞘だと知っておけといった感じにフェンを使用した。
「ラナ・デュランに合格を言い渡す。ようこそ国立魔術学園へ。我ら一同、歓迎しよう」
「光栄です」
ニヤリ、と笑うジルベルトに、ラナも笑い返した。




