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第1話 これって、もしかしなくても?

「今日からここが……私の学校!」


 国立関ケ原能力者高等学校。通称、関能《かんのう》高校。日本唯一の能力者を専門にした高等学校である。その校門で中野白奈(しろな)はこれから始まる学園生活に期待を膨らませていた。


 というのはもう一月半以上前の話になる。


「……はぁ」

「中野おはよう。まだペ(・)ア(・)は決まらないのか?」

「あぁ、玲《れい》ちゃん。おはよう」

 五月も下旬。残念ながら彼女のペア選びは難航していた。

「そもそも、ペアって絶対に組まなきゃいけないのかな……」

「それは散々習ったでしょ?」

「それくらいちゃんと分かってるよぉ」


 能力者は最初にペアを見つける必要がある。関能高校で最初に教わることだ。能力者は一人だと能力を存分に発揮できず、誰かとペアを組むことで能力が強くなっていくらしい。なぜ、一人でも三人でもなく二人なのかというのは、経験則的にそうだと分かっているだけで、明確な理由はまだ解明されていないらしい。


「中野、折角だから授業をしてあげる。お~い! 清子《せいこ》」

「ほ~い。今行く……よっ! おはよう白奈」

「おはよう清子ちゃん」

 この元気な子は、玲のペアである長谷川清子。猫背気味の玲とは対照的で、背筋に一本線の通ったような姿勢はとても美しく見える。


 玲と清子のペアは戦闘職を希望している白奈とは違い、研究職を目指しているペアだ。とはいえ、研究職を目指しているとしても能力者である以上、ペアは見つけておくに越したことはない。彼女達は四月の内にペアを結成し、早々にこのペア選びから一抜けして見せたのだった。


「白奈は、ウチの能力知ってるよね?」

「うん。物を飛ばすんだよね?」

「よく分かってんじゃん! じゃあ、玲。データ出して」

「了解」

 そう言って、玲は自前のパソコンを取り出し、画面にグラフを映し出した。

「これは、ウチが野球のボールを能力で飛ばした時のデータね。こっちが一人で能力を使ったとき」

 ボールの初速は時速四百キロメートル。清子に野球界を背負って貰えば日本は安泰だろう。


「それで、こっちが玲とペアになってから。最初はそこまで変わらないけど、今はもうペアを組んで一カ月くらいかな? どんどん伸びて今はほら、ここ」

 そう言って清子が指をさした箇所。数日前に測定したボールの初速は時速七百五十キロメートル。

「金属バットも折れちゃうね」

「そう。だからウチらみたいな研究職志望じゃないなら必須なんだよ。ペアを見つけるっていうのは」


「もちろん分かってはいるんだけどね。でも……」

 白奈の言葉が濁る。彼女がペアを見つけられないのには理由があった。

「能力が特殊だから……」

「……まぁ、そうだね。でも別に焦らなくてもいいんじゃない?」

「うん……でも、戦闘職志望ならやっぱ新(・)人(・)戦(・)は出ておきたくて」

「そっか、今週までだっけ? 参加資格が貰えるの」

「うん」


 新人戦。


 関能高校の恒例行事で、六月に開催される一年生のペアトーナメントのこと。このトーナメントの上位四チームには、一年目から指導員同伴での実地研修の権利が与えられ、戦闘職を希望する生徒は最初にここを目指すことになる。そしてそれは白奈も例外ではない。


 新人戦の参加資格は五月末までに正式なペア登録を済ませた一年生に与えられる。つまりペアのいない白奈には現状参加資格がなく、今週が過ぎれば参加資格はもう手に入らない状況。


 要するにかなり崖っぷちだった。


「学校からマッチングしてもらう人も、私と組みたいって人いなくて……」

 関能高校では、入学したばかりの生徒が最適なペアを見つけられるよう、授業中や放課後にペア探しの支援を行っている。正式なペアになる前にお互いを試すという意味で、仮のペア申請も受け付けており、仮申請を行ったペア候補には一週間同室が与えられ、お互いの生活や能力の相性を確認できるのだ。


 実際、白奈もこれまで何人かの生徒と仮のペアを組んでみたが、毎回相手から愛想をつかされていた。

「今週が最後のチャンス。絶対に見つけないと」

「その意気だぞ~白奈」

「頑張れ中野」

 二人に応援されながら、運命の一週間が始まった。


◇ ◇ ◇


 放課後。


 学校にある交流スペースに白奈は足を運んでいた。目的はもちろんペア探し。新人戦に参加するためのペア登録の期限が迫っていることもあって、他の生徒も気合いが入っている様だった。


「ねぇ、あなたが中野白奈さん?」

「えっ?」

 突如名前を呼ばれ、白奈は慌てて後ろを振り返った。


 そこには、長い髪を高い位置でまとめ、学校から支給される制服のスカートも少し折った、いかにも「元気な子」がにこやかな表情を向けて立っていた。

「はい。えっとあなたは?」

「あたしは河合一花(いちか)。よろしくっ!」

 そう言って手を差し出され、流されるまま握手を交わしたかと思えば、その手を掴んだまま一花は白奈にこう尋ねた。

「あなたでしょ? 変な能力って噂の子」


 変な能力。それは正しい形容ではあるが、改めて面と向かって言われると少しムッとしてしまう。白奈の反応を察したのか、一花は慌てて謝る。

「あっ! ごめんごめん。ちょっと噂になってたから気になって。えっと、つまりさ」

 一花は少し言葉を詰まらせながらもゆっくりと言葉を紡いでいく。この瞬間はどちらの立場になっても緊張してしまう。


「お試しペア組んでみない? あたしと」


 白奈は内心嬉しかったが、正直「変な能力」という面白さだけで選ばれることは避けたかった。白奈にとっても目の前にいる一花にとっても今週は大事な週で、無駄にするわけにはいかない。

「河合さんは……」

「一花でいいよ!」

「……一花、ちゃんは。私の能力が何か知ってるの?」

 知らなくて興味本位で近づいたのなら組みたくない。その意図を汲み取ったのか、一花はニコっと口角を上げて頷いて見せた。

「うん。分かってて声を掛けたよ。白奈、あなたの能力……」

 いつの間にか呼び捨てにされ、あっという間に距離を詰められていることにたじろぐ暇もなく、未だ握られていた手にさらに力を込められた。


「『触れた相手の能力を次(・)の(・)日(・)に強くする能力』」


◇ ◇ ◇


 交流スペース→職員室→仮部屋。


 あれよあれよという間に、一花とのお試しペア生活がスタートした。

「それじゃあ改めて、白奈。一週間。よろしくねっ!」

「うん。よろしく……ところでさ、一花ちゃん」

「ん?」

 無邪気に首を傾げる一花から視線を下に向ける。

「いつまで手、繋いだままなの?」

 交流スペースで手を取られてからここまで、ずっとこの状態だった。職員室での先生と他の生徒の視線が痛かった。

「え? あぁ、えっと、寝るまで?」

 一花はそんなことを気にも留めていないようで、涼しい顔で答えてみせた。

「えぇ」

「だってほら、今日いっぱい触れとかないと明日強くなれないかもしれないし……それにほらっ、あたしたち、時間ないじゃん?」


 あたしたち。


 新人戦の参加資格が欲しいのは一花も同じみたいだった。

「……そうかもしれないけど」

「てことで、このままで改めて自己紹介。あたしは河合一花。能力は『身体強化』。戦闘スタイルはもちろん素手だよ」

 身体強化。能力の中でも割とオーソドックスな部類で戦闘向きだと思う。

「私は、中野白奈。戦闘職志望で新人戦も出たいと思ってる」

「うん。あたしたちの目標は一緒みたいでよかった」

 一花はうんうんと首を縦に振っている。よく動く子だな。


「それで、これからどうする予定?」

 白奈はこの最後の一週間をなるべく無駄にしないよう、二人のスケジュールをしっかり詰めておく必要があった。

「まずは、明日。あたしの力がちゃんと増してるか試してみる。そして明後日にでも、模擬戦をやってみるつもり。相手の当てはあるよ! そこでうまくいけば、正式なペアとして登録しよう」

「うん。分かった。私もそのスケジュールで問題ないよ」


 ペアを組んだことによる能力の成長は、一日二日で大きく現れるものではない。だから明日見るのは、ペアとしての成長ではなく、白奈の能力によって一花の力がどれだけ強くなるか。

「それじゃあ! せっかくだし今日はこのままお互いのこと知っていこうっ!」

 こうして、白奈と一花による仮のペアとしての共同生活が幕を開けた。


◇ ◇ ◇


 翌朝。一年生の大講義室。


 関能高校には一学年ごとに二百人弱の生徒が在籍している。しかし、クラス分けは行われない。クラスという一つの集団の形成は、最適なペアを見つけるという目的から脱線するからだ。


「おはよう、中野」

「玲ちゃん、清子ちゃんおはよ~」

 そうは言っても仲良しグループはどうしたってできるもので、今日もこうして白奈は玲と清子と一緒に過ごしていた。


「おはよ白奈! お! 白奈の横にいるのが例の?」

 そして、今日はそこにもう一人。

「よろしく! 白奈のペアの河合一花だよっ!」

「よろしく、河合。わたしは向井玲で、こっちが清子」

「は~い、清子だよ。一花か、こっちこそよろしく!」

 そう言って勢いよく差し出された清子の手を物怖じすることもなく一花が握り返す。


「ねぇ、さっそくだけど。明日、模擬戦してくれないっ?」

「えっ? 当てがあるって玲ちゃんたちだったの?」

 白奈は慌てて、右手の先に繋がっている一花の腕を引っ張る。そう。今日も手は繋ぎっぱなし。

「違う違う。でも一応ねっ?」

 手を引く力で白奈の不満が伝わったのか、一花は少し大げさに否定して見せた。


「う~ん。申し訳ないけどパスかな~、ごめんよふたりとも~」

 清子が断る。清子は戦闘自体のセンスはかなりあって、能力も強力だ。でも――

「まぁ、ウチらは研究職志望なので。ね? 玲」

「あぁ。悪いねふたりとも」

 玲はそうではない。能力も戦闘向きじゃない。だから最初から研究志望で、戦闘をする気はさらさらないのだった。と、白奈が説明するより前に清子が断っていた。


 急な空気のひりつきに白奈は何もできず一花の動向を見守る。

「……そっか! いやぁごめんごめん。清子はてっきり戦闘職志望だと思ってたから」

「あれ? ウチのこと知ってたんだ?」

「うん。そりゃもちろん。強い能力も持ってるし……まぁ、この話はなしってことで、改めてよろしくねふたりともっ!」


 キーンコーンカーンコーン


 始業五分前の予鈴が講義室に鳴り響き、それぞれが席に着く。特に席が割り当てられているわけでもないので白奈と一花はそのまま近場の席に二人して座った。

「放課後が楽しみっ!」

 能力を試すのが楽しみな一花を余所に、また選ばれなかったらどうしようと白奈は一抹の不安を抱えていた。


◇ ◇ ◇


 放課後。


 トンッ、トンッ


 訓練場に一花の軽やかな靴の音が鳴り響いてる。白奈は緊張で今日の授業があまり頭に入らなかった。確か怪物の生態について話してたっけ? 今度ちゃんと復習しよ。


「んっ、んん~」

 ストレッチをしている一花を見て、白奈も思わず身構えてしまう。白奈の能力による支援はもう終わっており、ペア戦闘において白奈は無能力者と変わらない。それゆえに、相手はそのデメリットを上回るだけの能力の上昇が必須になる。


 つまり、今まで白奈と組んできたペアはそうじゃなかった。


 能力が強くなったところで、足手まといを一人抱えるのは相当なハンディキャップだ。一花はそれを受け入れられるのか? 白奈はそれが気になって仕方がなかった。


「白奈、準備はいい?」

 そう言われて、白奈は先の方に視線を送った。能力の検証として、一花はおよそ五十メートル先の目印を取って戻ってくるタイムを計る予定で、目印としてペットボトルが一本置かれている。

「うん。大丈夫」

 白奈はストップウォッチを握る手に力を籠める。

「よしっ、じゃあ白奈。よ~く見ててね?」

 そう言って一花が目を閉じる。出会ってまだ二日だが、その二日間の一花はずっと元気で明るかった。その明るさがすっかりなりを潜め、波紋一つない水面のように静まり返っていく。水面は次の一滴を待っている。


「ふっ――」

 一花の小さな呼吸がかすかに聞こえたかと思った次の瞬間――


「うわっ!」

 視界の遠くまで一花は離れ、その移動で生まれたすさまじい風が、白奈を後ろに吹き飛ばした。

(た、倒れる!)

 白奈は次に来る衝撃からとっさに身を守ろうと腕で頭を抱えて丸まって、目をぎゅっと瞑った。


(ん? あれ?)

 しかし、想像していた衝撃はやってこず、代わりに腰に一花の腕が添えられていた。

「え? もう戻って来たの?」

「うん。ごめん思ったより力が出て制御できなかった」

 白奈を支える一花の手にはペットボトルが握られていて、往復したというのが嘘じゃないことを証明していた。


「……どう?」

 白奈は恐る恐る尋ねる。

「……」

 次の言葉が永遠に来ない気がして心臓が苦しくなる。早く、はやく答えて。白奈の答えを催促する視線を察したのか、考え込んでいた一花ははっとした様子で急いで答えた。

「すごいっ、すごいよこの力。だって往復に一秒もかかってないんだよ? それにほらっ」

 そう言って一花は足元を指した。白奈がその指の先を目で追いかけると、地面に大きな凹みがあった。

「あれ、さっきまであたしが立ってた場所。ちょっと踏み込んだだけであんな風になっちゃった」

「普段は違うの?」

「普段も力を入れたらあんな風になるかもしれないけど、今は軽く踏み込んだつもりだった。想像以上だよっ!……それでさ――」


 能力を使ったからなのか、かなり興奮気味の一花は言葉を続ける。

「明日にでも誰かと模擬戦してみようっ!」


 模擬戦。


 その言葉に能力を気に入られて少し気が緩んでいた白奈の表情にまた緊張感が戻る。結局、戦場において無能力者同然の白奈を連れて戦うハンデは残っていて、これまでも白奈の能力自体を面白がる人は何人かいたが、この問題を解決できた人はいなかった。

 ごめん。やっぱペアにはなれない――

 先の嫌な展開を勝手に想像して俯いてしまう。


「そう……だね」

 言葉も気持ちに引っ張られて沈んだ声で吐き出されてしまう。

「あっ……ごめっ」

 慌てて訂正しようと顔を上げると、そこには不敵な笑みを浮かべる一花の姿があった。

「大丈夫。あたしに考えがあるんだ」


◇ ◇ ◇


「ありがとねっ! ふたりとも! 今日はよろしくっ!」


 昨日と同じ訓練場。

 今日、ここに集まったのは白奈と一花だけではなかった。


「礼は結構だよ。私らも丁度相手を探してたんだ。なっ? 彩《あや》」

「うん。杏子《あんず》ちゃんの言うとおり。だから河合さんたちも気にしないで」

 彼女らは白奈と同じくまだペアの決まっていない生徒。そして――


「ほいっ! じゃあ模擬戦のルールを僭越ながら、私《わたくし》の横の向井から」

「その入りなら清子がやりなよ」

 模擬戦の立会人として玲と清子。


「怪我だけはするなよ」

 セーフティーネットとして一年生担任の佐伯先生が一花によって集められた。


「んんっ、改めてわたしから模擬戦のルール説明を。ルールは新人戦の形式に準拠すること。各ペア同士それぞれ五メートルほど距離を取り、同じだけペアとも距離を取ること」

「要するに四人で正方形を作るってことっ!」

 玲の説明を清子がかみ砕いて説明していく。とはいっても、今から試合をする四人はそもそも新人戦を目指しているので、ルール自体は頭に入っている。

「今回は清子の合図で試合を開始とする。勝敗は、先に相手の一人の行動の自由を奪うもしくはペア二人の降参宣言によって決着とする」

「それについて補足だ」

 佐伯先生が玲の説明に割って入る。

「新人戦も同様だが相手の急所を狙うのはナシだ。ここはペアで高めた連携を発揮する場だ。我々の本分は対人戦じゃないんだ。それを忘れるなよ。それと、危険だと私が判断したら容赦なく止めるからな」

「「はい」」

「いい返事だ。あとは好きにしてくれ」


 佐伯先生の言葉にいよいよ模擬戦の開幕が目の前に迫ってきて、白奈は緊張に飲まれる。これまで模擬戦の後に相手から仮ペアの解消を告げられてきた記憶は、白奈にとって半ばトラウマとなってしまっていた。

(またダメだったらどうしよう)

 考えても仕方のないことだと分かっていてもネガティブな思考が白奈を支配していく。


「……ろな、白奈っ!」

「えっ! 何? 一花ちゃん?」

「緊張してる?」

「えっ、いや、そんなこと……」

 一花の呼びかけに白奈は一瞬取り繕おうとしたが、真っ直ぐなその目に全てを見透かされているような気がして、大人しく観念した。

「ううん。ごめん。緊張してる」

「だよねっ」

 そう言った一花は優しく微笑みながら、白奈の手を取り自身の胸元に寄せた。

「大丈夫。言ったでしょ? 考えがあるって」

 昨日一花が言っていた「考え」。それが何なのかはまだ分からないが、一花の自信に満ち溢れた言葉と表情は本当に大丈夫だと白奈に信じさせてくれる力があった。

「ありがとう一花ちゃん。もう大丈夫!」

 大きく頷いて、握られるだけだった手を握り返す。

「よしっ! その意気だっ! ごめんね待たせちゃって。こっちはもう大丈夫だよっ!」


「オッケー。私たちも大丈夫だ」

「よ~し、じゃあそれぞれ位置について~。ウチの合図で試合開始にするからね」

 清子の指示に従い四人はそれぞれ広がり合図を待つ。音のなくなった訓練場に、白奈は自分の心臓の鼓動だけが響いてる様な気がしてくる。


「はじめっ――」

「えっ?」

 清子の号令を合図に白奈の体は白奈の意思とは別に前に引っ張られた。

(相手の能力? 彩って子に向かって引き寄せられてるっ)

 彩に向かって一直線で近づく白奈の前に杏子が割り込むと、引っ張られていた力が消え、彩の能力に身を任せてバランスを取っていた足が縺れる。

「まずは先制攻撃だ!」

(くるっ!)

 右手を振りかぶっていた杏子から繰り出されたストレートに対して、白奈は咄嗟に両手で防御の姿勢を取る。

(重い――)

 明らかにただの女子生徒のパンチじゃない、能力で出力を上げた拳を受け白奈は後方に吹き飛ばされた。


「くっ――」

 このままでは地面に激突してしまうと考えた白奈は頭部を両腕で抱え込み目を閉じる。

(……あれ?)

 なかなかやってこない衝撃に目を開けると、昨日と同じように一花が白奈の体を支えていた。

「白奈、大丈夫?」

「ごめん、一花ちゃん。大丈夫」

「そっか、よかった。でも、戦場で目は瞑っちゃだめだよ」

「……うん」

「反省は後でしよっ。今は、あの子たちの能力を知らないと」


 ここ数日で感じていた一花の明るさが抑えられた真剣な表情に、気圧されてしまう。

「悪かったなふたりとも! 中野の能力は有名なもんでね。先に仕掛けさせてもらったよ」

「気にしないで、情報差も立派な武器だよっ」


 白奈は杏子と一花のやり取りの横で先ほどの能力の感触を思い出していた。

「一花ちゃん」

「ん?」

「杏子さんの能力は身体強化系だと思う。さっきのパンチは私が飛ばされるくらい重かったから」

 白奈は整理した情報を一花に共有する。今の一撃で二人の能力の性質を確認できたのは結果としては大収穫だ。

「彩さんの能力は引き寄せ。引っ張られたのが私なのか、私が身につけている何かなのかは分からない。彩さんと私の間に杏子さんが入ったら能力が解けたから、視界の範囲だけが対象かもだけど、これも確証はない」

 未確定な情報を勝手な断定をせずに、一花に伝える。


「了解っ」

 一花は短く返事をすると、相手から視線を外さずに白奈に語り掛ける。

「昨日言ってた作戦。通じそう。でも彩って子の能力が厄介だな。実際受けてみないと……いやっ、突破できるか。よしっ! 白奈っ!」

 そう言って一瞬こちらを見て――


「しっかり掴まっててねっ!」


 そう言ったかと思った次の瞬間――白奈は一花の右腕に支えられたまま、一花の左腕に膝の裏をすくわれ、体勢を崩し、そのまま抱きかかえられる形になった。


「ねぇ、一花ちゃん。これって……」

 もしかしなくても――

「そう、お姫様抱っこ!」

「おお~」

 清子の感心した声に、白奈は顔が赤くなるのを感じながら、先ほどよりはるかに近づいた一花の顔を見つめる。しかし、一花は真剣な表情を崩しておらず、その目は依然として相手を捉えていた。白奈は真剣勝負と普段の場との切り替えができていない自身の思考を反省する。

(一花ちゃん。私が思っているよりずっと本気なんだ)


 白奈は一花の首元に自身の両腕を回してぐっと体を寄せ、耳元で囁く。

「絶対離さないから、全力で行っていいよ。もし、彩さんの能力が視界の中だけなら、昨日の一花ちゃんの速さでなら撒けるはず」

「っ! いい作戦だね、試してみよっか」

 一花はにやっと笑う。

「じゃあ、次はこっちから行くからねっ!」

 次の瞬間――

 とてつもない風が白奈を襲う。もちろん能力を発動している一花の移動によるもので、思わず一花に回した腕に力が入る。一花は一瞬で杏子と彩のペアの間を抜け後ろに回ったかと思うと、彩に蹴りをお見舞いした。

「うわっ!」

 加減して蹴っているだろうが、それでも彩の体はかなり吹き飛ばされる。次の瞬間には一花は彩の着地点に移動しており、白奈を地面に座らせた後でまだ地面に衝突する前の空中にいる彩を拘束して見せた。


「そこまでっ!」

 あまりに一瞬の出来事でぽかんとしていた白奈は、清子の合図で現実に呼び戻された。

「勝った! 白奈っ! 勝ったよ!」

 一花はその場でぴょんぴょんと飛び跳ねながら全身で勝利を噛みしめている。

「……う、うん」

 勝った。確かに勝った。一花の力だけで。白奈にとって初めての勝利は「一花に勝たせてもらった」という、決して手放しで喜べる結果ではなかった。


(結局、私は何もできなかった)

「白奈っ!」

「えっ? うわっ!」

 一花に飛びつかれ座っていた白奈は後ろに倒れ込んでしまう。

「わっ! ごめんごめん」

 一花がその場から体だけ持ち上げ、押し倒した様な姿勢になる。

「白奈っ! あたしたちやれるよっ! だからさ――」

 一花は大きく肩で息を吸い、一度力強い瞬きをして見せてから続けた。


「ペアになろうっ! あたしたちっ!……って? え? どうしたの白奈?」

 白奈はずっと欲しかった言葉を貰った嬉しさと同じだけの不甲斐なさを同時に感じて、何の涙なのかも分からない涙を流していた。感情の整理が付かず、白奈は両腕で顔を覆う。

「ぐすっ、一花ちゃん。ありがとう。……私も、もっと頑張るからっ、よろしくお願いします」

 こうして白奈と一花のペアが結成されることになった。


 二人の物語は、今この時をもって動き始める。

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