第1話:壁と一体化した日
「……えっ? ここは?」
気がつくと、目の前には石の壁があった。いや、目の前というより、もう顔のすぐそこ。冷たくて、ざらざらした、紛れもない石の壁だ。
体を動かそうとしたが、動かない。足が……動かない。
下を見ると、自分の体は立派なドレスを着た上半身だけが壁から突き出ていた。
「嘘……でしょ?」
私は記憶をたどった。
私は、女子高生、佐藤玲奈。学校からの帰り道、信号を無視したトラックに……
ああ、そうか。私は死んだんだ。
で、ここは?
この豪華なドレス、この西洋風の城壁、この青い空……。
「異世界……転生……!」
ラノベやアニメで何百回も見た光景。でも、普通は王宮のベッドの上とか、森の中とか、あるいはチート能力を持ったチビキャラになってたりとか、もっとこう……マシな場所じゃない?
なんで、なんで、壁の中に?
「助けてー! 誰か、壁の中に私がー!」
必死の叫びは、虚しく空に響いた。
この壁は、どうやら王城の城壁の一部らしい。遠くに、おとぎ話に出てくるような巨大な城が見える。
「ちょ、ちょっと、これ、どういう状況?」
壁に埋まっているのは、胸から下。
手は自由だが、壁から抜け出すことはできない。
このまま、壁の一部として一生を終えるの? 私、王女様なんじゃないの?
銀髪の私は、泣きそうな顔で壁の穴から助けを求めた。
その時だ。
「おい、大丈夫か?」
下から声がした。
見上げると、そこには黒髪の、騎士風の男が立っていた。
彼は、壁から生えている私を見て、目を丸くしている。
「あ、あなた! 助けて! 私、壁に埋まっちゃって!」
アレンと名乗ったその騎士は、最初、幽霊か壁画かと思って驚いたようだった。
「壁に……埋まった? 王女様が? なんで?」
「わ、わかりません! 気がついたらこうなってて! お願い、この壁を壊して!」
アレンは眉をひそめた。
「壁を壊す……? いや、そんなことをしたら、お前が……」
「大丈夫! すぐに外に出るから! 壁さえ壊してくれれば!」
アレンは、私の必死さに負けたのか、腰の剣に手をかけた。
「……わかった。だが、気をつけてろよ。壁の破片で怪我をするかもしれない。」
「はい、お願いします!」
アレンは剣の柄で、私の周りの壁をコンコンと叩いた。
壁を少し削って、隙間を作ろうという作戦だ。
コンコン。
「ひゃあっ! 痛い! 痛い痛い!」
アレンは驚いて手を止めた。
「え? なんで? 壁を叩いたのに?」
「違うの! 壁が痛いの! 私の一部になってるの!」
「は……? 壁がお前の一部?」
アレンは信じられないという顔で、今度は優しく、人差し指で壁をツンツンと突っついてみた。
ツンツン。
「うあっ、くすぐったい! やめてー! くすぐったーい!」
「……え?」
アレンは硬直した。
私は顔を真っ赤にして、悶絶している。
「本当……? 壁が……」
「そうだよ! この壁、冷たいし、ザラザラしてるけど、私の感覚があるの! 叩くと痛いし、突っつくとくすぐったいの!」
この瞬間、衝撃の事実が判明した。
私は単に壁に埋まっているのではなく、壁と肉体が神経レベルで一体化していたのだ。
壁を壊すということは、私の体を削るということだったのだ。
「ま、マジかよ……これ、どうやって助けんだよ……」
アレンは頭を抱えた。
私は、この世の終わりみたいな顔で、壁の穴からアレンを見つめた。
その時、ふと奇妙な感覚が私を襲った。
「……ねえ、ちょっと待って」
「なんだよ。まさか今度は壁から足でも生えてきたか?」
「違う! なんか……背中っていうか、裏側の壁を……何かが這ってる気がする!」
「は?」
「ひゃあっ! 今、ツタの葉っぱがカサッて! カサッてした! 嫌あああ! くすぐったい! 取って! アレン、早く取って!」
「無茶言うな! ここからじゃお前の裏側(城壁の内側)になんて回れねえよ!」
「じゃあどうするのよ!? これ、一生我慢するの!?」
「知るか! とりあえず、城の奴らに頼んで内側からツタをむしってもらうしか……」
「早くぅぅ! あ、今度はなんかモゾモゾする! アリ!? アリが歩いてる!? お尻のあたりをアリが歩いてるーっ!!」
「俺にどうしろっていうんだよ!!」
二人は、壁の穴を挟んで絶叫し合った。
突然始まった、異世界壁埋まりライフ。
一体化している壁をどうにかする? それとも壁ごと生活する?
とりあえずは「迫りくる大自然(虫とツタ)」との戦いが、今(強制的に)始まった。




