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その血は人を狂わせる。  作者: ありま氷炎
第一章 始まり。
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始まりの嘘

 

 狂った兵士のため、敵兵は恐慌状態になり兵を引いた。

 元凶になった兵士は道すがら、切り刻まれた状態で捨て置かれた。

 敵兵は疫病が流行っていると思ったのか、何かの呪い思ったのか、攻めてくることなかった。

 シルフィード伯爵は瀕死の状態で屋敷に戻ったが、翌日に死亡が確認された。


 隣国の兵士たちはまだ領内に残っていて、いつ再び襲ってくるかわからなかった。

 十四歳のチャーリーを囲んで、徹底抗戦を主張するもの、降参を勧める者と、様々な考えが飛び交った。

 王都から援軍が来ない状態の今、徹底抗戦は全滅を意味する。

 隣国に侵攻されているのは現在、ザッハルト領だけであり、王都から援軍がそのうち来るのでは、そんな希望的観測を持って、騎士団長は抗戦を主張する。

 降参を勧める者は、王都の現在の様子、現王の臆病ぶりから、援軍を出さないと判断しており、全滅を避けるため、そう発言していた。


「……僕は、父の意志を継いで徹底抗戦するつもりだ」


 チャーリーの言葉に呼応したのは騎士団長やシルフィード伯爵の側近だったものだ。

 降参派は首を横に振る。


「僕に策があるのだ。騎士団長、早馬を飛ばし叔父のマルクを性急に連れてきてくれないか?」

「マルク様、ですか?」


 騎士団長は素っ驚嘆な声をあげてしまった。

 マルクは学者、この戦いで何かの役に立つとは思えなかったからだ。


「心配するな。叔父はこの戦いを勝利に導いてくれる秘策を持っている」


 自信たっぷりに言われ、騎士団長は早速早馬を手配してマルクを屋敷へ案内した。

 道折々で馬を取り換え、騎士は疲れ果てており、体力のないマルクはさらに疲れていた。

 しかし、休息を与える余裕はない。


「叔父上。あなたに不死身の兵士をつくってもらいたい」


 挨拶もそこそこに、チャーリーは叔父にそう囁いた。

 その途端、彼は感激した様子で叫ぶ。


「もちろんですとも。隣国の兵士を蹴散らせて見せましょう!」


 ★


「百人ほど、不死身の兵士にしてしまえば、こちらの勝利は疑いありません」

「百人か。どれほど血が必要なんだ」


 マルクはどうやってチャーリーがイザベルの血の事実を知ったのか、聞かなかった。

 彼は実験を堂々と行えるこの機会を失いたくなかった。

 なので余計な事を言わず、ただチャーリーの問いに答える。


「一人に対して一滴あれば十分。血を含ませた液を傷口に塗り込みます。毒矢の要領で百人ほどに打ち込みましょう」

「百滴。そうとうな量だな。しかし、不死身の兵士の動きがなければ我が領地は征服され、蹂躙される。陛下は援軍を送ってくると思うか?」

「思いません」

「やはりそうか。敵が潜んで四日だ。疫病か何かを疑っているだろうが、あと三日後くらいには動くはず。疫病であれば、街に広がり酷い状態になっているはずだが、我が領地は混乱もしておらず疫病らしきものは流行っていない。なので、疫病ではないと考えて、攻めてくるだろう」

「二日で毒矢を完成させましょう。チャーリー、これ半分に彼女の血が必要です」


 マルクは気味が悪いほど準備がよく、懐から小瓶を取り出す。


「分かった。もらってこよう」

「私の以前の部屋は前のままで?」

「ああ。父の意向でそのまま残している」


 チャーリー自身、マルクのことを好いておらず、屋敷の中の彼の痕跡を消したかった。イザベルを実験体として考えているようで嫌だったからだ。けれども彼の父は弟の行く末を常に心配しており、彼の部屋をそのまま残すように指示していた。

 この場合、それは良い方向に動いていた。


「元のままであれば設備もそのままですね。明日には毒矢を完成できましょう」

「よろしく頼む」


  マルクは情というものを持っておらず、研究が彼のすべてであり、実兄がなくなったというのに、そのことについて語ることもなかった。

 チャーリーは隣国の侵略、蹂躙される領地、屋敷での惨劇、父の死、すべてが同時期に起きて、まともな思考が持てなかった。わずか十四歳で彼は決めなければならなかった。

 不死身の兵士がどれほどのものかその目で見て、利用することを決めた。なぜ自分がイザベルの血の影響を受けないのか、そのことを考える余裕もなかった。ただ敵を追い出し、領地に平和を取り戻す。

 そのことだけを今は考えていた。


 ★


「イザベル。ごめん。だけど、見ただろう。このままではみんな殺される。だから君の力が必要なんだ」


 彼女は血を提供することを最初断った。

 自身の血で兵士が狂って暴れるように見たことで、やっと森の民の掟を理解した。


 森の民は外の人間を狂わせる。

 だから森の民は決して外の人間と交わってはいけない。


 その通りだった。


「森へ帰るわ。私はここいてはいけないの」

「だめだよ。僕にはイザベルが必要だ。絶対に返さない」


 チャーリーはイザベルを愛していた。

 それは事実だった。

 しかしそれ以上に、この領地を守ることを優先した。


「イザベル。血をもらうよ。この半分でいいんだ。痛くないようにするから」

「だめ。だめよ。私の血は人を狂わせる」

「そうだよ。僕は不死身の兵士をつくるんだ。そして領地を守る。僕は隣国の兵士を狂わせるつもりだ」

「そんな、」

「イザベル。君も見ただろう。残酷な彼らを。シルヴィアがどうなった?君もみただろう」


 屋敷で起きた惨劇を思い出し、イザベルは声を失って、震え始める。


「あいつらは悪い奴だ。狂って当然なんだ。わかるだろう?」

「……一回だけ。一回だけ。あの人たちがいなくなったら、私は森に帰るわ」

「わかったよ。うん」


 チャーリーはイザベルを愛していた。

 その血の意味がなくても。

 彼は彼女を離すつもりはなかった。

 だけど、そう答えないと彼女が協力してくれないことに気が付いて、彼は嘘をついた。

 これが彼がイザベルに最初についた嘘。

 始まりの嘘だった。


 

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