閑話4〈オズワルド視点〉
小さな子供でした。私の腰ほどもない、せいぜい太ももの中程に頭がくるほどの、小さな子。
確かに柔らかく光を反射する白とどんな宝石よりも美しいその紅の組み合わせは伝承の神の愛し子そのものでしたし、容姿もなるほど整っていて愛らしい姿をしていました。
キースベルが本気を出したと伺えるほどの上等な服を着ていても見劣りせず魅力を引き立たせていたのも見事でしたし。
我々がしていた会話を理解している節も見受けられましたから、きっと頭の出来もいいのでしょう。
ただ、その全てが私にとってはどうでもいいものでした。
…いえ、どうでもいいと言っては語弊がありますね。神の愛し子であることよりも、私にとって重要なことがあった、ただそれだけのこと。
その日は突然現れた膨大な魔力反応を題材にした、各国との首脳会議が行われていました。
どうせ解決に駆り出されるのは砦部隊で、他国は何もしないのだから今更騒いだところでどうにもならないでしょうに…。不毛な会議を繰り返す国々に呆れかえってはいましたが、それが我々砦部隊と世界とでの契約なのだから仕方ありません。
内心嫌々なのを悟られないよう、私とランティス様はその無駄な会議を淡々とこなしていました。
砦部隊の総隊長であるランティス様は、本来はとても面倒くさがりだが気さくな方です。
よく笑うし冗談も言う子供のような方。
しかし砦部隊の面々以外にはこれでもかというほど無表情無感情で対応するせいで、禁忌の色と組み合わさり世界の脅威として名を馳せていらっしゃる。
そのせいか専ら会話が私に降りかかってくるので本当にやめていただきたいのですが。
「まだ何もわかっていないのかね!あれほどの魔力が我が国に…いや、世界に広がるとどうなるかわかっていないわけではないだろう!」
「今朝方偵察に向かわせたばかりです。
イルルカの森からヤグーナの森まではどんなに急いでも半日はかかりますが…おや、もしや貴方にはそれよりも早く着ける騎獣か乗り物がお有りとでも…?」
「い、いや…しかし半日でも時間が経つのは…」
「1日やそこらでどうにかなる程世界は弱くはありません。たったの半日も待てないと言うのなら、我々はこの件から手を引いても構いませんよ。我ら砦部隊を待てないのでしょう?ではご自分達で解決なさい。」
「そ、れは…」
「文句を言うだけなら子供でもできます。私たちはそんな無駄なことに時間を使いに来たわけではないのですが。」
グダグダと文句を垂れてくるどこぞの国の首脳に頭痛がして、思わずため息をつきそうになるのをグッと堪える。
我々に依頼が来ているということの意味を何1つわかっていないのでしょうか。
…この国は確か最近代替わりしたばかりですか。
砦部隊に命令を下せる立場だとでも思っているのでしょう、その高圧的な態度にもますます頭痛が激しくなる。
思わず苛ついて真っ向から説き伏せれば、口はつぐんだものの納得のいかないような顔で睨みつけてきた。
…面倒臭いですね、もういっそのこと本当に依頼返上して差し上げましょうか。
「…やめぬか。そなたは砦部隊のことを理解していないと見える。今一度国に帰って勉強してくるがいい。
…自分がいかに今危ない橋を渡っているかよくわかるであろうよ」
不穏な空気を感じ取ったのか、大国であり、この会議の重鎮的な存在でもある者がため息をつきつつ場を制すと、こちらに向き直って頭を下げた。
「…先ほどのやり取りは忘れてくれると助かる。だがこれ程までの事件など早々起こらんでな、皆不安になっているのだ。
状況が分かり次第知らせてはくれぬか」
「…分かりました。それでは私たちは戻らせていただきます。
上手くいけば明日の朝方にはお伝えできるかと」
「…助かる、よろしく頼む」
やっと終わったと席を立って扉に向かうと、先程まで文句を垂れていた首脳がボソリと忌々しそうに呟いた言葉が、静かな会議室に響き渡った。
「…獣人風情が」
瞬間、部屋中に重くのし掛かる殺気が場を支配した。
息も吸えぬほどの圧が自分の隣から放出されているのを感じて、思わず笑いと呆れが溢れる。
「…ランティス様、やりすぎですよ。可哀想に、彼息が止まってしまっていますよ」
「…」
この会議室に着いた時から一言も話さず、感情も動かさなかったくせに、たった一言でここまで怒るとは。
…あぁ、周りの方々もランティス様のあまりの殺気に青ざめているではないですか。
自分に向いていないとはいえ、これ程の殺気が場を支配しているのですから、しょうのないことでしょうけれども。
「次にその汚い言葉を俺の前で吐いてみろ。…殺すぞ」
そう言い捨て、振り返りもせずその場を後にしたランティス様の背中を見送る。
私は心の中に渦巻く喜びを押しとどめつつ、未だ恐怖に固まっている各国の首脳達を見渡して口を開いた。
「1つ言っておきますが」
そう前置きを置いて言葉をかければ、まだ青い顔をした首脳達がゆるゆると顔を上げる。
「我々の仲間を乏した場合、我々は問答無用であなた方世界の敵にまわります。
ですから、先ほどのランティス様の言葉ですが…」
子供に諭すような優しい声で話しているにもかかわらず、首脳達の顔色がまた悪くなっていく。
「連帯責任です」
そういう意味ですよ。
そう言って微笑めば、首脳達の顔は青を通り越してもはや真っ白になっていた。
まぁ忠告は致しましたし、次の会議の時にはあの発言をした首脳の席は無くなっていることでしょう。
少し胸がスッとしたところで、きっと外で待ってくれているであろうランティス様の元へと足を進めた。
砦へ戻ると、相変わらず門前で寝ていたフェリスタードが迎え入れてくれた。
「…ん?おつかれ〜、会議どーだったー?」
「くっそつまんなかった!マジであれやる意味ある!?なんであいつらの愚痴聞きに集まんなきゃいけねーんだよ!」
「はいはい落ち着いてくださいね」
「いつものことじゃーん?あ、ルドヴィック帰ってきてるよー!ちっさい子供連れてきたから僕すっごいびっくりしたぁー」
砦に着くなり饒舌になるランティス様は最早いつものことなので軽く流しつつ、フェリスタードの言葉にもしや、と考えを巡らせた。
「…魔力源ですか?」
「そー!すっごい魔力だねーあれ。今頃は多分エドイアのとこで魔力封印してると思うけどー、ミツキの魔力心地良くて眠くなっちゃうんだよね」
「なんだなんだ、なんかめちゃくちゃ面白そうなことになってんじゃん!ルドヴィックが子連れとか!ちょー見てぇ!!」
「あっ、ランティス様絶対気にいると思うよー!
ルドヴィックってばミツキにデレデレだもん、僕最初夢みてるのかと思った」
「は!?あの堅物ルドヴィックが子供にデレデレ!?嘘だろ!?」
フェリスタードの言葉が俄かには信じ難く、思わずランティス様の言葉に同意するように頷いてしまった。
あのルドヴィックが、子供にデレデレ、ですか…?全く想像がつきませんね。
動物にも子供にも女性にさえ甘い顔など見せない…いや、むしろ誰も見たことがないのでは?
そう本気で思ってしまうほど堅物のあのルドヴィックが。
「やべぇ、ちょっ、詳しく話せフェリスタード!会議室行くぞ!」
「はいはーい。でももう少ししたらルドヴィック達がミツキ連れてくると思うよー?報告会議あるし」
「だからそれまでにからかえるネタ集めとくんだろうが!オラ行くぞ!」
先ほどとは打って変わって上機嫌になったランティス様に苦笑しつつ、私たちは会議室へと場所を移した。
そこで聞かされたルドヴィックとミツキという子供の信じがたい話に興奮したランティス様が、こうしちゃいられないと飛び出していった後、フェリスタードがちらりとこちらを見て目を細めた。
「ねぇオズワルドー、僕もミツキ気に入っちゃった。きっとオズワルドも気にいるよ」
「…私はまだお会いしていないのでなんとも…」
「だいじょーぶ。オズワルドの心配してるようなことには絶対ならないよー」
そういって笑うと、そのままフェリスタードはソファのクッションを抱えたまま眠ってしまった。
「…だと、いいのですが」
零した言葉には明らかに不安が透けていて、自分の情けなさに思わず眉が下がる。
…どうかその子供がフェリスタードの言うような子供であることを願います。
これ以上ランティス様やこの砦の者達が傷つけられぬよう…
次もオズワルド視点です。
オズワルドさんは若干腹黒が入っていますが真っ黒ではないです。ちょい黒ぐらいです。…たぶん。




