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異世界でただ独りの無職称号《ノービス》  作者: 東雲部長
Episode.2 ラントバリ防衛戦
22/44

おしごと

 ラントバリの街にも、大手ギルドの出張店のようなものが点在している。

 依頼の差はあれど、その機能面はほぼ同等と言っていい。

 小綺麗に構えたギルドのカンター前に、ステラを除くテオフラトゥス一行はいた。


「お仕事お疲れ様でした。依頼主から振り払われた銀貨5枚、ご確認ください」


 カウンターの女性はそう言うなり、銀貨の入った布袋を手渡した。

 本来の依頼を完了しなければ動きにくいでしょう、と気を遣ってくれたステラの好意で、すぐに受付を済ませることができたようだ。

 受け取ったリンネがにこやかに、テオとアミティエの元に走り寄ってきた。


「テオさん、私たちの初仕事のお金ですよー!」

「うん、これで銀貨5枚って正直不安になるね」

「わかります。道中は思いの外、何もなかったですよね」


 そう、2ヶ月か3ヶ月、切り詰めれば5ヶ月ほどの生活費相当のお金だ。

 ここに来るまでに困難があったわけでもなく、この先には更に金貨100枚という法外な依頼が控えている。


「……もしかしたら、何か別のことでもされるのかなぁ」


 二人に聞こえない声で、テオは乾いた笑いを浮かべた。

 これまでの旅費は銅貨数十枚程度だ。

 十分な額を得たのだから、ステラが何かを望むのなら、それなりに答えようと、小さく決意した。



「ところでこれからどうしましょうか? テオさんやティエちゃんは何かしたいこととかあります?」

「お姉ちゃんについてく」


 ――お姉ちゃん?

 聞き慣れない呼称にテオは首を傾げようとして、口に出していた。


「お姉ちゃん?」

「ぁ……違っ!」


 ハッとしたアミティエは「見るな!」と言わんばかりにテオを睨んだ。

 その顔は急速に赤みを増し、憤りを表情で示している。

 

「昨日の夜にそう呼んでもらったんです。テオさんも呼びたいんですか?」

「いや、特に」


 すぐに二人の少女に睨まれて萎縮するテオだったが、少しだけ嫉妬を覚えていた。

 おそらく昨日の夜、床で一人寝るテオの傍で、二人の少女がそういった会話をしていたのだろう。


「……ぐぬぬ」


 やはり悔しい、と奥歯を噛みしめるテオだった。


「もし二人に何もなければ、もう少し依頼をこなしませんか?」

「? ずいぶんとやる気だね」

「早く上の職業に就きたいんですよー」


 僧侶の彼女の先といえば、聖職者クレリックと来て、神託者オラクルだ。

 そういえば、と以前のリンネの言葉を思い出していた。


「リンネは、将来的には教会で働きたいの?」


 多くの信用と実績を積んだ僧侶の先は、その数の割に明るい。

 どこの施設でも必要とする癒し手や、教会のシスターと、他の職に比べて比較的安定だ。

 しかし、リンネは首を振っていた。


「私の目標はテオさんのお嫁さんですよ」


 亜麻色の髪に隠れた目が、真剣な色を見せる。

 「まーた軽口を」と笑うつもりだったテオの口がつぐんだ。隣にいたアミティエも呆けてしまうほど、本気だったらしい。

 その空気を壊すように、すぐにリンネは小さく微笑んだ。 


「そのために相応しい相方にならないといけませんから」

「ははっ……、それは気にしなくてもいいんだけどね」

「怪我をしたらすぐに治してあげますよー。

 テオさんが私を見ていてくれる限り、私はなんでもしますから」


 その声は優しいはずだが、テオには、どことなく冷笑のようなものを感じていた。

 それが本心からだと言うことはわかっていたのだが、出会って間もない少女に全身の信頼を預けられるのは、やはり不安とも言える。

 しかし、テオはそれを隠すように笑った。


「うん、ありがとう。じゃあ早く依頼をこなして、クレリックになろうか」

「はい! じゃあちょっと行ってきますね」


 その笑顔に応えてから、リンネは再びカウンターへと向かっていった。

 陽気に弾む後ろ姿を見送りながら、二人が取り残される。


「……ここのぎるど、っていうのはなに?」

「簡単に言えば、お仕事を依頼したり、お仕事を貰ったりできるんだ」

「私でもできる?」


 その言葉に、テオは目をぱちくりとしていた。


「ギルドに入りたいの? 確かに誰でもできるようなお手伝いから、僕らのするような護衛任務とかはあるけど……」


 オススメはしないよ、とテオは呟いた。

 少女の細い肩を見て、危ないことをさせたくないという本心からだ。


「なにもしないでいるのは……いやなの」

「うーん、……だけどね、色々と忙しいんだよ。時には危険だったりするかもしれないし、もう少し成長してからでも」

「それなら!」


 声を張りあげると、少女の赤い瞳がテオに向けられた。


「あなたが、命令して。私は奴隷だから、報酬はいらないから」

「……いや」


 いくら身なりをよくしたとは言え、衣服から晒す痩せ細った体や、折れそうなほど細い手足は、俗称である『奴隷』というものを体現していた。

 できることなら、美味しい食べ物をあげて、綺麗な服を着させて、彼女の好きなことをしてあげたいとテオは願っていた。

 しかし、それこそ自己中心的な考えだ。


「……考えとく、よ」

「どうして!」

「今は、……」


 今はまだ、させたくない。

 その時、口をつぐんだテオの元に助け船が出された。

 依頼を受けたであろうリンネがこちらに向かってくるのを見て、テオは笑顔を張り付ける。


「今はリンネの依頼が優先だからね。また今度」


 逃げるように、テオは笑って見せた。

 リンネに向けて振り返ったテオの背には、アミティエからの不満げな声と視線を感じていたが、それも逃げるように受け流す。


「おかえり、リンネ。何の依頼を受けたの?」

「薬草の採取任務です。ステラさんの言ってた事件のせいでしょうか? いっぱいあったので」


 薬草といえば、僧侶の他に知識のある魔導士や、まれに戦士も受ける依頼だ。

 それならば一日ですぐ終わるだろう。


「じゃあリンネ、アミティエ、朝食を取って早速いこっか」

「まって……!」

「ここら辺は朝からやってるお店も多いから、色々探せるよ」


 主にアミティエに向けて、テオは有無も言わさず歩き出した。

 城門都市ラントバリといえば、流通経路として多くの食品が行き交い、その独自の調理法で賑わっているはずだ。

 期待に胸を膨らませながら、テオは逃げ出すようにギルドを跡にした。


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