おしごと
ラントバリの街にも、大手ギルドの出張店のようなものが点在している。
依頼の差はあれど、その機能面はほぼ同等と言っていい。
小綺麗に構えたギルドのカンター前に、ステラを除くテオフラトゥス一行はいた。
「お仕事お疲れ様でした。依頼主から振り払われた銀貨5枚、ご確認ください」
カウンターの女性はそう言うなり、銀貨の入った布袋を手渡した。
本来の依頼を完了しなければ動きにくいでしょう、と気を遣ってくれたステラの好意で、すぐに受付を済ませることができたようだ。
受け取ったリンネがにこやかに、テオとアミティエの元に走り寄ってきた。
「テオさん、私たちの初仕事のお金ですよー!」
「うん、これで銀貨5枚って正直不安になるね」
「わかります。道中は思いの外、何もなかったですよね」
そう、2ヶ月か3ヶ月、切り詰めれば5ヶ月ほどの生活費相当のお金だ。
ここに来るまでに困難があったわけでもなく、この先には更に金貨100枚という法外な依頼が控えている。
「……もしかしたら、何か別のことでもされるのかなぁ」
二人に聞こえない声で、テオは乾いた笑いを浮かべた。
これまでの旅費は銅貨数十枚程度だ。
十分な額を得たのだから、ステラが何かを望むのなら、それなりに答えようと、小さく決意した。
「ところでこれからどうしましょうか? テオさんやティエちゃんは何かしたいこととかあります?」
「お姉ちゃんについてく」
――お姉ちゃん?
聞き慣れない呼称にテオは首を傾げようとして、口に出していた。
「お姉ちゃん?」
「ぁ……違っ!」
ハッとしたアミティエは「見るな!」と言わんばかりにテオを睨んだ。
その顔は急速に赤みを増し、憤りを表情で示している。
「昨日の夜にそう呼んでもらったんです。テオさんも呼びたいんですか?」
「いや、特に」
すぐに二人の少女に睨まれて萎縮するテオだったが、少しだけ嫉妬を覚えていた。
おそらく昨日の夜、床で一人寝るテオの傍で、二人の少女がそういった会話をしていたのだろう。
「……ぐぬぬ」
やはり悔しい、と奥歯を噛みしめるテオだった。
「もし二人に何もなければ、もう少し依頼をこなしませんか?」
「? ずいぶんとやる気だね」
「早く上の職業に就きたいんですよー」
僧侶の彼女の先といえば、聖職者と来て、神託者だ。
そういえば、と以前のリンネの言葉を思い出していた。
「リンネは、将来的には教会で働きたいの?」
多くの信用と実績を積んだ僧侶の先は、その数の割に明るい。
どこの施設でも必要とする癒し手や、教会のシスターと、他の職に比べて比較的安定だ。
しかし、リンネは首を振っていた。
「私の目標はテオさんのお嫁さんですよ」
亜麻色の髪に隠れた目が、真剣な色を見せる。
「まーた軽口を」と笑うつもりだったテオの口がつぐんだ。隣にいたアミティエも呆けてしまうほど、本気だったらしい。
その空気を壊すように、すぐにリンネは小さく微笑んだ。
「そのために相応しい相方にならないといけませんから」
「ははっ……、それは気にしなくてもいいんだけどね」
「怪我をしたらすぐに治してあげますよー。
テオさんが私を見ていてくれる限り、私はなんでもしますから」
その声は優しいはずだが、テオには、どことなく冷笑のようなものを感じていた。
それが本心からだと言うことはわかっていたのだが、出会って間もない少女に全身の信頼を預けられるのは、やはり不安とも言える。
しかし、テオはそれを隠すように笑った。
「うん、ありがとう。じゃあ早く依頼をこなして、クレリックになろうか」
「はい! じゃあちょっと行ってきますね」
その笑顔に応えてから、リンネは再びカウンターへと向かっていった。
陽気に弾む後ろ姿を見送りながら、二人が取り残される。
「……ここのぎるど、っていうのはなに?」
「簡単に言えば、お仕事を依頼したり、お仕事を貰ったりできるんだ」
「私でもできる?」
その言葉に、テオは目をぱちくりとしていた。
「ギルドに入りたいの? 確かに誰でもできるようなお手伝いから、僕らのするような護衛任務とかはあるけど……」
オススメはしないよ、とテオは呟いた。
少女の細い肩を見て、危ないことをさせたくないという本心からだ。
「なにもしないでいるのは……いやなの」
「うーん、……だけどね、色々と忙しいんだよ。時には危険だったりするかもしれないし、もう少し成長してからでも」
「それなら!」
声を張りあげると、少女の赤い瞳がテオに向けられた。
「あなたが、命令して。私は奴隷だから、報酬はいらないから」
「……いや」
いくら身なりをよくしたとは言え、衣服から晒す痩せ細った体や、折れそうなほど細い手足は、俗称である『奴隷』というものを体現していた。
できることなら、美味しい食べ物をあげて、綺麗な服を着させて、彼女の好きなことをしてあげたいとテオは願っていた。
しかし、それこそ自己中心的な考えだ。
「……考えとく、よ」
「どうして!」
「今は、……」
今はまだ、させたくない。
その時、口をつぐんだテオの元に助け船が出された。
依頼を受けたであろうリンネがこちらに向かってくるのを見て、テオは笑顔を張り付ける。
「今はリンネの依頼が優先だからね。また今度」
逃げるように、テオは笑って見せた。
リンネに向けて振り返ったテオの背には、アミティエからの不満げな声と視線を感じていたが、それも逃げるように受け流す。
「おかえり、リンネ。何の依頼を受けたの?」
「薬草の採取任務です。ステラさんの言ってた事件のせいでしょうか? いっぱいあったので」
薬草といえば、僧侶の他に知識のある魔導士や、まれに戦士も受ける依頼だ。
それならば一日ですぐ終わるだろう。
「じゃあリンネ、アミティエ、朝食を取って早速いこっか」
「まって……!」
「ここら辺は朝からやってるお店も多いから、色々探せるよ」
主にアミティエに向けて、テオは有無も言わさず歩き出した。
城門都市ラントバリといえば、流通経路として多くの食品が行き交い、その独自の調理法で賑わっているはずだ。
期待に胸を膨らませながら、テオは逃げ出すようにギルドを跡にした。




