第38話
俺がメリダの村にやって来てから、二ヶ月が過ぎた。
五人の山賊亭の長期滞在客は相変わらずだ。ガードナーは時々用事だと言って出掛けるが、その日のうちか、長くても翌々日までには戻って来る。
ソニアさんやマリオンさんはついて行く事もあるし、ついて行かない事もある。
ゼノン婆だけはどこにも行かず、ずっとメリダに居る。時々、弟子のマリオンさんあたりを連れて、湖を見に行くくらいだ。
俺とハンナは毎日程々に忙しかった。
季節は夏から秋に向かい、冬の準備もしなくてはならない。
宿には平均して3人以上の客が居て、その世話もしないといけない。
それから……最近俺はハンナがあまり読み書きが得意じゃない事に気付き、毎日少しずつ教えるようになった。
ハンナは物覚えのよい頭のいい子だ。みるみるうちに上達して行く。こういう子に物を教えるのは楽しいよな。
俺のハンナに対する気持ちも少し変化して来た。
これまでは……何というか、不安ばかりが先行してた部分があったんだよな。ハンナが特別、幸薄い人間のような気がして、一瞬も目を離してはいけないような気がする時があった。
だけど最近はそうでもない。あのおかしなビジョンもあれ以来見えないし……ハンナは本当に、普通の、健康な女の子に見えるようになった。あの不吉な予言を感じなくなったのだ。
それで俺は以前より気軽に、ハンナを連れて村を離れるようになった。
湖まで降りて、俺は網を打ち、ハンナはスケッチをする。
絵の具が黒と赤と緑と白しか無いんだよな……青が無い……だからハンナは赤と白、または黒と白を使って空や水面を表現する……なかなか上手いもんだ。
俺は網を打ちながら考えていた。
今日は鱒が4尾獲れた……まあまあのサイズだな。
ただ、この数じゃあ趣味の範囲だよなあ。こんなので漁師を名乗るのはおこがましいだろう。
やっぱり、ゼノン婆の言う通り、一度ちゃんとした師匠について学ぶべきか……
俺は何となく、漁師になりたいと思うようになっていた。メリダの村から見下ろせるこの湖はよい漁場だと思える。たくさん獲れたらベラルクスに売りに行けばいい。そして周囲に他に漁師は居ない……この湖は今の所俺の独り占めだ。
この村で宿を経営する漁師になろう。
そしてずっとハンナと一緒に暮らすんだ……まあ彼女が望むならだけど……
どこかから婿を迎えてもいいから……この村に残ってくれるといいなあ……
だから。この村ででも幸せに暮らせると、楽しく暮らせると。ハンナがそう思ってくれるように、努力しないといけない。
俺は絵を描いているハンナに言った。
「なあハンナ……都に行ってみたいと思うか?」




