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私の盲目  作者: 伊吹ねこ
9/11

私の盲目 6

 次がラストです。この投稿が終わってしまいます。

             6


 一人でいることは好きだ。でも、群れる気持ちを私も持っている。だけど、どう群れていいのかわからなかった。それは、等しく、人とどう接していいのかということと同じで、私は、どうしたら、人と親密な関係になれるのかが、未だにわからない。




 あたしには、どうしても行きたいところがある。山陰地方に来たら、必ずと言っていいほど行きたい場所。というのも、そこは世の女ならば、一度は訪れてもいいのではないのかといっても過言ではない場所だ。


 “縁結びの神様を祀る神社”である出雲大社にどうしても行きたいの。

  神在月。あたしは、大勢の神々を参拝しに行く。


 これは彼と一緒に行くことはできない。

 出雲大社に行ってみたいのといえば、きっと彼は、勇んで一緒に行ってくれるだろう。でも、付き合っていない男女が二人で縁結びの神様に何を頼むというのか。

 誰か様に何かを見透かされてしまいそうで、誘うことはできない。見透かされてしまえば、あたしは面と向かって彼と会うことすらも、もたついてしまう。


 例えば、彼と一緒に参拝した時に、神様がこれ以上の良縁なんて贅沢ではないのかと言われてもあたしはそれに言い返せない。だって、彼との“縁”それ自体が良縁と呼べるもので、これ以上を望むことは大げさでもなんでもなくて神様への反逆だと思われかねない、欲張りな人間だと思われかねない。神様は欲張りな人間を嫌ってしまうということもどこかで聞いたことがある。

 強欲は罪なのだ。

 こんな賢しいあたしを神様は笑ってしまうだろうか。

 だから、というわけだけではないのだけれど、彼と行かないという理由になった。

 少しでも、好感を良くしようというくだらない考えからだ。


 ただ、女一人で縁結びの神様に“懇願”しに行くのは、あたしには、どうしてもできなかった。

 焼肉屋さんに一人で行く以上に壁は高い。それは、あたしの不必要な殻のせいなのかもしれない。


 だから、今日は彼とは違う人と行くことにした。

 といっても、大学の友達の四人でいく。それも、良縁を望む女四人でいく。とてもがっついていると言われても仕方がないのだが、それくらいに彼女たちは、貪欲になっていた。

 悲しい哉、鳥取には出会いがないのだろう。三人の友達は、常に彼氏を欲しがった。


 突然あたしの近くの友人が言った。


「出雲大社なんていく必要ないじゃん。いつもの彼との縁だけで十分でしょ? 他に望むなんて、罰でも当たればいいよ」


 毒突く友達は、大学の入学式に仲良くなった子だ。それ以降、結構大学とかの講義を一緒に受けることが多い。

 この子は、どうゆうわけか、とてつもなく可愛い。しかし、このように毒というか、無意識の痛いところを強い口調で言ってしまうので、どうにも彼氏ができることはなかった。いや、そういった罵倒系を欲しがる男たちには、モテると思うけど、彼女自身はそういった輩には興味がなかった。

 とても良い子で優しい面も多くあるのだけど、どうにも急所急所で毒を吐くので、周りからは避けられる傾向にあるらしい。


 彼女は、一発逆転のとてもロマンチックな展開に弱い。


「琴ちゃんは、毒吐きすぎてばちが当たりまくりなんだよね。もっと抑えたらいいのに」


 琴ちゃんというのは、毒を吐いている子だ。


 そして、琴ちゃんを宥める、この子は琴ちゃんとはいいコンビになっているように思う。この子がいるから、琴ちゃんは少しだけ周りと馴染めていると言ってもいい。

 そんな彼女は、メガネをかけていて、田舎の女の子らしくお下げをしている(お下げ髪が田舎の女の子というのは、とんだ偏見である)。

 でも、絶対にメガネをコンタクトにしたら、可愛いし、三つ編みにした黒髪を染めて、明るい感じにしたら、モテると思うのに、彼女はそれを実行しようとしない。少なくとも、彼女がトレードマークの三つ編みを解いて、その美しい黒髪を自由に煌かせていたら、振り返る男は数え切れないほどいることだろう。

 しかし、そうあたしたちが言うと、彼女は二言目に、怖い、絶対に似合わないとやろうとしないのだ。


 彼女は、他人のことはよくわかっているのに、自分のこととなると全然わかっていないタイプの人間。

 とても、臆病な彼女はとても可愛らしいのだけれど、その臆病のために恋人というものができないでいた。


「うちはおしとやかなまーちゃも好きだけど、もっと好きな子にはガンガンいったほうがいいよ? 電信柱の陰で見ているだけなんていやでしょ?」


 まーちゃとは、さっきの臆病な子のことだけど、まーちゃもあたしもこの発言にぎくりっとしてしまった。いや、あたしに言われたわけではないのだけれど、あたしも彼のことを追いかけていた時期にそんなことをしていたことがあった(忘れていたが……)ので、まーちゃと時を同じくしてあたしは、ひやりと汗をかいてしまったの。


 まーちゃは、じっくり相手のことを知っていき、好きになるタイプ。


「なんであんたもドキってしているのよ。––ところで、運転は、サッチーがするの?」


 と琴ちゃんが背中を叩いた。琴ちゃんは、どこか男っぽいノリをたまにする。

 サッチーというのは、今日運転してくれる子だ、まーちゃを窘めた子でもある。運転が好きで、アウトドア、さわやか系の女の子。髪型をボブにしていて、ミルクティ色の髪が太陽の光を浴びるとキラキラ輝く。

 なぜこの子に特定の異性がいないのかは、よくわかっていない。


 サッチーは、見た目通り、本当に良くモテる。だけど、サッチーは、男なんて興味がない(というのは、言い過ぎ)。正確には、彼女は結婚を前提としていない男には興味がない。彼女は、早く結婚をして、早く子供が産みたいとよく漏らしている。恋愛なんて疲れるだけでしょ? というのが彼女の言い分。

 確かにそれは間違いではない。


 そして、彼女は、見た目が派手なこともあり、よく男に言い寄られてしまうことがあるのだが、その男が全て身体目当てだということを見抜いていた。

 だから、どんなカッコ良い男でもことごとく振られてしまう。見た目だけでは、どうあがいても超えられない壁がある。彼女は、よくそのことをわかっている。彼女は、人の嘘の機微によく気がつく人間だった。


 ちなみに、彼女は一目惚れ推進派だ。あたしととても話が合う稀有な人間でもある。


「そうだよ! 今日は私に任せといて!」


 今日の待ち合わせは、大学だった。

 大学の駐車場に集合して、サッチーの車に乗り込む。車は、ゆっくりと

発進して行く。


 国道9号線を通り、鳥取道に乗る。松江市に着くまでに車内では、ガールズトークが活発に行われるのだけど、特に変わった話題はなく、主に今好きな異性の話になる。いや、私以外、好きな異性というものはいないと思うので、主に私が質問責めにされるオチとなる。だけど、盛り上がる話なんていうのはない。


「ご贔屓の彼とは、砂丘以来どう?」


 琴ちゃんが聞いてきた。何を隠そう、彼との“宝探し”の約束をした日に同じ場所にいたのが琴ちゃんだった。その時琴ちゃんは、男の人といたらしいのだけど、その人とは、すぐに終わったらしい。


「いいよ。とっても楽しい」

「ああ、羨ましい。あんなロマンティックな場面であんなこと言われたら、一途確定。結婚するしかない」

「でも、あれ……、あたしから言ったんだよね」

「え? そうなの? やるわ! 根性すわってる。ふぅ」

「琴ちゃん! バカにしてるでしょ? もう」

「いや、本当に驚いた。いつもモジモジ、あれの後ろを付いて回ってるだけかと思ってたもん」

「あたしって、そんなに印象?」


 あたしがそう聞くと、三人は揃って首を縦に振った。

 そんな話でいつの間にか着いてしまっていた。

 出雲大社まで2時間強。それくらいの時間で、島根県出雲市につくことができる。実際、鳥取県と島根県は、あたしからしてみたら、文字の形すら似ているし、世間一般が間違えてしまうのも頷ける。

 ということを両県民たちに話してしまうと、不快感を隠さずに悪態をついてきてくるので、言わないことをお勧めしておく。


 出雲大社は、由緒正しい。一歩、敷地内に足を踏み込んだなら、ひんやりとした空気感と周りには何もないということが雑多な音などで慣れてしまった耳を静寂へ洗い流してくれる。


「大丈夫ですか? お手伝いしましょうか?」


 まーちゃが一人の男性に声をかけた。杖を手に持った男性だった。だけど、決して足が悪いわけではなかった。

 この杖には、見覚えがある。白杖と呼ばれるものだ。


「ありがとうございます。ここら辺は、着慣れていないし、音があまりないから、少し戸惑ってしまう」

「本当に静かですもんね。落ち着いているというか。もし参拝されるんなら、よかったら、一緒に回りませんか?」

「いいんですか? その……お友達の方も……?」


 まーちゃは、すんなりと私たちに言った。

「みんなもいいよね?」

 私たちの意見を代表するように琴ちゃんが言った。

「もちろんです!」


 この男性は、見た目は20代後半だろうか、いや、もっと上だろう。しかし、比較的若い。

 男性は、少し戸惑っていた。

 サングラスをかけていて、その表情を読み取ることは、難しいが、だけど、笑っているように思う。


「よろしくお願いします。僕は、中田です」


 中田さんの自己紹介をきっかけに各々自己紹介し、終えた。

 そして、まーちゃが言った。


「それでは、行きましょう。本殿は、正面で、70メートルほどです。段差はありません。段差があったら、近づいたらいいますね」


 そういってまーちゃは中田さんの手をとって肩につかまらせた。

 中田さんは、身長が高く、まーちゃは身長があたしたちのなかで低い方なのでちょうどいいバランスのように思えた。


「まーちゃさんはよく知っているんですね」

「そんなことないです。知らないことの方が多いです。実際これでいいのかわからないんですけど、インターネットの受け売りです」

「いえいえ、とてもありがたいです」


 そう言って中田さんは頭を下げた。

 まーちゃがしているのは『手引き』と呼ばれるものだと後で中田さんは教えてくれた。

 中田さんはとても陽気な人だった。話も面白く、上手で、優しく、よく気がつく人だった。

 中田さんは自分のことについて話してくれた。目は、ほとんど見えていないけれど、少しは見えていること、本は読めないが、シルエットのかけらからそれを以前見えていた記憶で補完して大体の形に当たりをつけているのだと言うことを色々教えてくれた。

 そんな話をしながら、本殿を参拝した。2礼4拍手1礼、出雲大社では、そう言った参拝方法をする。これも中田さんが教えてくれたことだ。

 それから、中田さんが本殿の参拝を終えたら、境内を反時計回りに回るのだと言うので、私たちはそれに従い、境内を反時計回りに歩いた。

 境内は、人が多い。特に『神楽殿』の大しめ縄は、あたりはとても多く、少し賑やかだった。


「皆さんは、やっぱり恋の縁をお願いしたんですか?」

「はい! もちろんです。そのためにわざわざ鳥取から車できました。中田さんもやっぱりぶっちゃけ“恋”ですか?」


 サッチーの言葉に中田さんがくつくつと笑い声をあげた。そして、左手を見せた。そこには、シルバーリングがはめられている。


「僕は、既婚者ですよ。子供もいます。まだ小さいですけどね」

「ええええ、中田さんって結婚されているんですか? ああ、恋の予感がしたのに。じゃあ、何をお願いしたんですか?」

「この大社は、何も恋だけではありません。人との縁を結ぶんです。例えば、僕と皆さんのように。その人にとっていい縁を」

「縁ですか?」

「縁とは、知らないことを学ぶチャンスだよ」

 と中田さんが言った。


 あたしたちは、中田さんと友達になった。だからと言うわけではないけれど、参拝を終えて、中田さんと少し近くのカフェでお茶をすることにした。

 そこは決して繁盛しているわけではないだろうが、品が良く、店内には、スティービー・ワンダーの曲がオーケストラversionで流れている。話をするには、もってこいの場所だ。

 あたしたちは、中田さんの話を聞いた。主に奧さんとの馴れ初めやどちらがプロポーズしたのか、子供のことについてや結婚観についてなど男の人の意見について鼻息を荒くして聞いた。

「何か聞きたいことがある? なんでもいいよ」

「あの……、いいですか?」

 席に座って、紅茶を啜る中田さんにあたしが開口一番に言った。中田さんは、その声のする方に、つまり、あたしに顔を向けた。

「ん? なに?」

「失礼を承知で話します。私は、中田さんに初めて会った時、正直にどう接すればいいのかわからなかったです」

「ああ、みんな戸惑っていたもんね」

「はい。私は、目の見えない人のことについてあまり知らないから……、戸惑いました」


 ほかのみんなは、すんなりと受け入れてしまっていたように思うけど、正直あたしは、そうでもなかった。何か触れてはいけないもののように思い、慎重に扱おうとした。けど、それが最善ではないこともわかっている。

 迷ってしまう。それは知識がないから、その人を知らないから。あたしの知らないことは、どうすればいいのかわからない。あたしの不用意な発言から他者を傷つけてしまうかもしれないと思うと自分から話しかけられなかった。


 今、あたしは、中田さんをきっと傷をつけてしまい得ることを聞いていると確信している。このことで、怒らせてしまっても、仕方がないことだと思っている。しかし、あたしの発言で中田さんは、表情一つ変えなかった。


「じゃあ、普通だ。だって、初めての人と話す時って、みんな少しは警戒してしまうよね? 僕も知らないみんなに話しかけられて、少し戸惑ったし、警戒した。でも、話してみるとやっぱりみんなはいい子たちで、僕は全く気にしなくなった。––変わらないんじゃないかな? よくわからないことって両手じゃ数えきれない。それをいちいち気にして戸惑っていたら、みんなは何も知らないままだ。人を知る時に必要なのは、知識じゃなくて、仲良くなる勇気だよ!」


 中田さんが笑顔でそう言うから、あたしたちもつられた。


「そうですね、変わらなかったです。失礼な話、腫れ物ではないですけど、他人ひとから借りたおもちゃのように必要以上に優しく、丁寧に扱おうとしていました。でも、中田さんを知ったら、私たちは普通の友達になれた。変わらなかったです、同じ生きている人でした」

「それがわかっただけで、僕は嬉しいな。これも一つの縁だね。知らなかったことを知ること。僕は、こういう縁を大切にしたいとお願いしたんだ」


 中田さんは、そう言って目を細めた。

 中田さんは、特別な人ではなかった。中田さんも今を生きている人で、何かを感じて生きている。同じように必要以上に気を使ったりするとなんだか寂しい思いをしてしまう。それは疎外感と似たような部類のもので、孤独を感じてしまう。

 それはとても悲しいことだ。


 中田さんと別れて帰りの車の中。

「帰りにちょっと砂丘によらない?」

 と、まーちゃが提案した。

「砂丘ねえ。まあ、今日はいい人に会えたし、行こうか。でも、砂丘なんてただの小石の集合場所だで?」

 琴ちゃんの言葉にあたしが反応した。

「小石の集合場所?」

「そう! 長〜い時間をかけて小さくなった石の集合場所。それが砂丘」


 琴ちゃんは、なんと気なくそう言った。

「まるで、東京みたい……」


と、私はつぶやいていた。


 いろいろなところから長い時間かけてやってきた人たちが多く集まる場所、それが東京だと思った。ストレスに心をすり減らして、小さく……小さくなってしまった心を持ち寄って集めた砂丘のようだ。

 私は、そこを鳥取砂丘のように全速力で走ることができていただろうか。転んで、汚れてしまうことすら厭わずに思いっきり走っていただろうか。

 多くの人が集まる中で、小さな“ちがい”を大切にできていただろうか。知ることを戸惑わずに入られただろうか。


 答えは、出なかった。

 次回もよろしくお願いします。

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