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私の盲目  作者: 伊吹ねこ
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11/11

私の盲目 LAST

よろしくお願いします。『私の盲目』最後の投稿です。

 そんな時、彼の部屋が引き払われることを知った。どういうわけなのか、やっぱり、彼はそこにはいなかった。


 どうやら、彼はあたしと完全に決別を考えているよう。

でも、あたしはそんなことを素直にそうだね、仕方ないよねと言えるほど、賢い女じゃなかったらしい。


 だから、探した。彼の痕跡を求めて探し回った。


 彼の友達にも聞いて回った。でも、誰も彼のことを知らないと答えた。誰も、彼のことを知らなかったの。まるで、最初からこうなることがわかっていたみたいに彼についてほとんどの人が知らないと答えていた。


 大学に行き、彼のことを聞いたら、休学届を出していた。しかし、理由を聞いても、個人情報だからとの一点張りで教えてくれない。


 ならば、彼のいるところには、見当がついている。ここにいないのなら、実家のある東京にいるに決まっている。幸いとあたしは、彼の実家の位置を聞いていた。そして、彼の高校の時の友達に聞くことで彼の家の情報を詳しく得ることができた。


 あたしは、あたしの気持ちに任せて、彼に会いたいという気持ちに任せて、彼の家に行くことにした。

 たとえ、彼があたしに会いたくないと思っていても、そんなことは気にしない……と思おうとした。だって、あたしは彼に会いたいんだ。それだけを自分に言い聞かせてた。


 その日のうちにあたしは、飛行機で東京に戻ることにした。その飛行機は、東京便の最後の便で、東京に着いた時には、東京は夜になっていた。


 あたしは、今日中に彼に会いに行きたかったんだけど、さすがに、彼の家に着く頃には時間が遅すぎる。だから、その日は、あたしの家に帰ることにした。


 家に帰ると、暗い顔をしていると家族に心配されたが、あたしは自分の部屋に逃げるように入っていた。


 あたしは、まだ彼と一緒にいたい。その気持ちだけで、十分だった。


 あたしは、彼と出会って変わることができた。彼があたしの前に現れてくれたから、あたしは彼にふさわしい女になりたいと思った。あたしは、それほどまでに彼にまいってしまっている。

 簡単に手放すことなんてできない。それがたとえ霧のようなものであっても、掴んでやると決めている。


 翌日、あたしは午前中から彼の家に向けて出発した。


 彼の家は、あたしの家から少し遠いところにあり、彼の家に着いた時には、昼前になっていた。

 彼の家だと思われる家のインターホンを鳴らした。


「はい」

「私、鳥取の大学で一緒のものなんですが、彼は御在宅ですか?」

「少しお待ちください。今出ます」


 その言葉通り、彼の父と思われる男性が現れた。その男性の目元は、彼によく似ていた。その目元を見た時に、彼と近づいたように思えたの。


「お待たせしました。息子は、今入院しているんです」

「入院ですか?」


 

 “入院”という彼には無縁の単語が出てきて、彼の身に何かあったんじゃないかという恐怖が初めてあたしの中に沸き起こった。

 あたしは、今の今まで彼の身に何かあったということを考えていなかった。昔のようにあたしの元から離れただけだと思っていた。


 彼の父は、顎に手を当てて、考えているような素振りをした。それは、そのまま彼の癖であった。


「息子は、生まれた時から目に病気を持っていてね。君も知っていると思うけど、もうほとんど見えていないらしいのです。だから、連れ戻して、入院させているのですよ。そういう約束でもありましたから」


 彼の父は、病気のことを話していても、動揺はあまり見られない。

 動揺したのはあたしだけだった。

 知らなかった。彼の目がほとんど見えていないということを。でも、思い起こすと思い当たる節はある。


 最近の彼は、よく転び、よくものにぶつかった。そうかと思えば、あたしの淹れたコーヒーをはじめとして、手に当てたり、あたしの手から取り逃したりと飲み物をよくこぼしたり、落としていた。

 あたしの顔を見る時、どこか焦点が合っていないような時もあり、顔がやけに近いと思える日もあった。


 あたしは、なんで気がつかなかったんだろう。彼が病気だと知ると彼の“わずかな違い”を思い出すことができる。あたしは、彼のことを見続けていたのに、好きになればなるほどに、彼の“異常”すらも愛しいものとなっていった。


 彼の全てが好きだったから、そんなおっちょこちょいも可愛いと見逃していた。そんなおっちょこちょいが病気のことを語らない彼があたしに送っていた無意識のサインだったということに気が付いてあげられない。

 それは見たくないものに目を閉じてしまうことと同じことのように感じた。


「あの……。彼の入院している病院を教えてください」

「そうだね、お見舞いに行ってあげて、息子もきっと喜ぶから」


 そう言って彼のお父さんは、彼がいる病院と病室を教えてくれた。

 その病院にあたしは、急いで向かった。が、足取りは重く、ただただ重かった。急いで向かったので、手土産などは持ってこなかったが、買う時間さえ惜しいと思ってしまっていた。


 病院に向かうまでの間、あたしはいろんなことを考えていた。彼のコト、彼の病気のコト、彼がどれだけ好きなのかというコト、たくさん考えた。そして、彼と向き合った時、初めにどんな言葉をかけてあげればいいのか。

 醜いあたしは、目の見えない彼とどんな顔をして会えばいいのだろうか。


 色々考えているうちに、病院についてた。彼は、病院がすごく嫌いな人だった。だから、風邪を引いたときは、病院には行かずに市販の風邪薬で治すこともあった。

 あたしは、その話を聞いたときに、薬の匂いが苦手なのだと思ったが、きっと、違うのだ。


 彼の嫌いな病院の受付カウンターで、彼の病室の場所を教えてもらった。第3棟230号室、彼は南側の角の個室にいるらしい。

 ナースセンターの前を通ると、面会時間は、もう直ぐ終わってしまうので、直ぐに済ませてくださいと言われた。


 病院特有の薄暗い廊下を通り、彼の病室の扉の前にくると、一度大きく深呼吸をした。


 久しぶりに彼に会う。すごく緊張する。手も少し震えて、汗をかいてしまっている。

 汗で気持ち悪い手をスカートで軽く拭いて意を決し、あたしは彼の病室のドアを叩く。


 ノックをしてから、少し時間が過ぎていた。しかし、何の反応もない。もう一度、ノックをしようとしたところで、


「どうぞ」


 という元気のない短な彼の声がした。あたしはそれだけで、安心した。やっと彼に会えるんだと、やっと彼を探し当てられたんだとそう思ったの。


 彼の声に促されるがままに、あたしが何も言えずに病室に入ると、彼は正面を向いて、ベッドの上で上半身を起こして座っていた。


 彼は、どこを見ているのか。沈んでいく眩しいほどの太陽を見ているのか。強い光なら、少しは見えているのだと彼の父が教えてくれた。きっと、わずかに残された光を感じているんだろう。


 彼に会った時、あたしは彼にどんな言葉をかけてあげようかとここまで来るまでに考えていたんだけど、どうにも言葉が浮かんでこなかった。


 あたしがここまでに考えてきた言葉たちは、きっと、彼への同情の気持ちが多く含まれている。そんな言葉を彼に言ってもいいのか。彼を目の前にすると、以前のように気軽に言葉をかけることができなかった。

 今、彼は目が見えていない。そういう状況であたしは、どう言葉をかけることが正解だったのだろうか。あたしには、わからないの。


 でも、彼に会えて嬉しかったことは、事実。彼に会った時、あたしはまだまだ彼と一緒に“宝探し”をしていたいと思った。

 どうしたらいいのかわからずにじっと立っていると、彼が私に言った。


「なんで君がここにいるんだ!!」


 突然声を張り上げた彼。彼にしては大きな声だった。

 でも、あたしには、虚ばかりの言葉だと感じた。彼が無理やりにでも大きな声を出したように聞こえたの。きっと彼は、どんなに感情的になってもこんなに強い口調で何かを話さない。

 彼らしくない行動で、あたしは少しだけ冷静になれた。


「あなたが突然いなくなるから……、探した。あなたが病気であったことも、あなたが苦しんでいたことも、あたしは知らなかったのね」


 あたしは泣いていたと思う。彼の苦しさを想像すると涙が止まらなかった。彼のための涙が出る。きっと、彼は“同情なんかして欲しくない”なんて言ってくるんだろうけど、これは、同情の涙なんかじゃない。そんな陳腐なものじゃないの。

 彼に寄り添うことができなかった涙。私本意だった気持ちに対する涙。

 彼がいなくなったことであたしはこんなにも見苦しくなってしまっていたのだと自覚した。


 あたしは、彼が大好きで、愛している。少し変わったところがある彼だけど、そんなところも大好きで、彼との思い出なら、何時間だって語れる。彼と過ごすためなら、あたしは何だって犠牲にしたっていいと思える。それくらいに、あたしは彼しか見えていない。

 それが見苦しいと言われても、あたしは、知らないと言ってのけてしまう。


 彼といれば、あたしの世界は変わる。知らなかった自分に変えてくれる。人は変われるのだと彼は否応なしに教えてくれた。


「馬鹿なあたしは、あなたといつまでも一緒にいたいの。あなたが病気であっても、それを知っても、変わらず、あたしはあなたと一緒にいたい。また、たくさんのところへ行こうよ。ほかの誰かなんて嫌だよ」


 あたしの切実な思い。彼に初めて告白をした、初めて自分の気持ちを言った。これを逃してしまったら、彼はまたどこかに行ってしまう。彼だけは、逃したくないという思いであたしはここが病院だということも忘れて、気持ちを前面に出していた。


 だって、彼は、ふわっと空を漂う鳥の羽ような人だから、もう取り逃したくない。彼がどんな言葉を返してこようとも、あたしの気持ちは変わることはない。


「それは無理だよ。僕は……もう、何も見えない。君の顔ですらも……。もう……、もう死んだ人間だ。こんな人間を連れ回してたら、君に迷惑だ。だから、これ以上近づかないでくれ、辛いんだ。僕のことは忘れてよ……」


 彼は詰まったような声で震えていた。彼がこの言葉を言いたくないんだと伝わってくる。彼は揺れ動いている。


 彼もバカだ。あたしのことを考えてこんなことを言っているんだから、どうしようもないバカだ。たくさんの時間を使って、あたしを傷の少ない方法を考え出したんだろうけど、全く見当違いだ。

 あたしは、どんな彼だろうと彼と一緒にいたいの。そんなことが彼にはわかっていない。一緒にたくさんのことをして、たくさんのことを感じたい。それは、目が見えないなんて関係ない。それが彼にはわかっていない。


「嫌だ!! 目が見えなくてどこかに行くのが怖いんなら、あたしがあなたを安全に連れ回す、約束する。あたしは、それくらいしたいの。ううん、たとえ、あなたが嫌だって言っても連れ回すわ」


 彼は、とんでもないバカだ。

 かつて……、あたしは、彼に拒絶された。その時、あたしはどんなに傷ついたことだろう。その時の気持ちをしっかりと覚えている。

 今回、彼は彼自身を拒絶してしまった。それがどんなに彼自身を傷つけてしまうのか、あたしは容易に想像することができた。


「いや、無理だよ、そんな迷惑はかけられない」


「そんなことない!! あなたが迷惑なんて感じる必要ない、あなたが感じる心配事なんて、思ったより少ないのよ? あたしはあなたの杖にだって、眼にだってなれるの。それくらいさせてよ! あなたと一緒にいられるだけで、毎日が楽しかったの。––あたしは、そこまで惹かれてしまっている。それだけあなたは魅力的な人。あなたがそれを醜いと言っても、あたしはあなたと一緒に生きていきたい」


「僕は……」


 ギシッと軋むベッドの音が部屋に響いて消えていった。

 あたしは、彼と目を合わせるように彼の目を見る。

 あたしは、彼がもうこれ以上離れていかないように、彼に近づいて、あたしと彼をつなぎとめるようなキスをした。


 彼は、あたしの行動に驚いていたようだったが、どこか合わずにいた焦点があたしをしっかりと捉えた。

 彼は、初めて砂丘に行った時に見せた顔をした。

 そんな彼にあたしの気持ちが届けばいいなと思うの。


「あたしはここにいるよ。あなたのそばにいる。あなたに触れている。あなたと話している。それでも、あなたはもう死んでしまったの? 何かが見えないとあなたは死んじゃうの?」


 彼の右手を両手で握った。

 とても死んでいる人間の手ではない。彼の手は暖かかった。

 優しい手だ。この手を引いて歩くあたしを想像した。きっととても楽しい。


「そんなことを言うなら! 自分が……、死んでしまったと言うなら! 今のあなたを私にちょうだい? もう、あたしを置いてどこにも行かないでよ! 寂しくて、悲しくて、あなたを探してしまうの。––––だって、あたしは、もうあなたしか見えないから」


「君は、とっても美しい……」




 “恋は盲目”になり、人を見苦しくするとシェークスピアは言った。日々盲目になっていく彼に、あたしは盲目になっていく。見苦しくなったと自覚しながら、あたしはもう……それを止められない。

どうだったでしょうか。よろしければ、評価や感想をお聞かせください。

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