変化とやきもち
夜会が終わってから一週間程が経っても、以前と同じようにアリノアとエリティオスの関係性は変わることはなかった。
一緒に授業を受けて、お昼ご飯を食べ、お喋りをする。他愛無いと言うべき日常こそ、エリティオスには必要だと知っているからだ。
それでも、積み上げて来た心の清算が出来たからなのか、一つだけ変わったことがある。
人に話しかけられて答えることしかしていなかったエリティオスが積極的に同級生達に話しかけて、輪に入るようになったのだ。
前はいつもアリノアにべったりだったので、同級生達の輪の中に入って楽しそうに会話をしているエリティオスはどこか新鮮に見える。
しかし、何となく親離れした子どもを見守っている気分であるため、後ろの席のクレアに覚られないようにアリノアは必死に平静を努めていた。
「……それで、二人の仲は順調なのか?」
アリノアの心を見抜いているようにクレアがこっそりと後ろから耳打ちしてくる。彼女の視線は他の男子に混じって、談笑しているエリティオスへと向けられていた。
「仲って……。別に、変わりないわよ」
「ふーん?」
それ以上は聞いて来る気がないらしく、アリノアは溜息を隠しながらそっと吐いた。情報通のクレアのことだ。知ろうと思えば、エリティオスに直接聞きそうだが、今回は静観するつもりらしい。
「何だかんだで、エリティオスは人が良い人間だからな。女子だけじゃなく、男子の中心にもなりそうだ。……離れて寂しいかい?」
からかうような口調ではないがアリノアは唇を尖らせて、クレアを小さく睨んだ。
「……交友関係が広がるのは良い事だわ」
今まで、何かを恐れるように必要以上に誰かと接することが少なかったエリティオスだ。これを機に自分以外の友人を作ることが出来れば良いと思う。
……彼にとっては良い事だもの。
そう言って心の中で言い聞かせているが、エリティオスとの会話が減ったのは事実だ。
お互いに避けているわけでも、無視しているわけでもない。ただ、エリティオスが自分以外にも色んな人や物に強く興味を持つようになっただけだ。
「……まぁ、今日はアリノア一人で帰ることだな」
「へ? ……どうして?」
「アリノアに先約が入っているからさ」
そう言ってクレアは手早く教科書やノートを鞄の中へと押し込めて、立ち上がる。
「それじゃあ、また後で」
「え、ちょっと……クレア?」
アリノアの呼びかけに応じることがないまま、クレアは少々早足で教室から出て行った。
「……寂しくなんか、無いもの」
自分に言い聞かせるようにアリノアはもう一度呟く。楽しそうに談笑しているエリティオスを見ていた瞳を自分の胸元へと戻した。
「……」
服の下には、夜会の日にエリティオスから贈られた碧い色の宝石が付いた首飾りを下げていた。
本当のことを言えば、一人で居る際にはこの首飾りをこっそりと眺めてエリティオスを思い出したりしているが、そんな事はとてもじゃないが本人に言えるわけがない。
エリティオスを囲っている男子達から笑いの声が上がる。
他の男子と会話をしているエリティオスはどこにでもいるような少年に見えて、アリノアは何となく心の中で渦が巻いたような複雑な気持ちになってしまう。
……私がやきもちを焼いているみたいじゃない。
確かにエリティオスの事は好きだ。だが、好きだと伝えただけで、それ以上の関係を求めることはない。
しかし、夜会以降は親しく会話をしていないため、エリティオスが自分のことが本当に好きなのか感情の真意を確かめようにも訊ねられずにいた。
もちろん、そこには気恥ずかしさ故のアリノアの微妙な心情も関係している。
視線を再び周りへと向ける。全ての授業が終わった後の時間なので皆が自由にしているが、生徒の半数は帰宅したようだ。
気だるげな溜息を吐きつつ、アリノアも鞄に荷物を詰めようと準備していた時だった。
「アリノア」
いつの間にか斜め前の席にエリティオスが戻ってきていた。もう、他の男子生徒とのお喋りは終わったらしい。
「何かしら」
「この後、空いているかな?」
「……」
クレアの言っていた言葉の意味をそこで理解したアリノアはつい怪訝な表情をしてしまう。アリノアの表情を見たエリティオスはどこか困ったように苦笑した。
「別に変なことを話すわけじゃないよ。少し、君と話したいだけさ」
「……はぁ。いいけれど、どこで話すつもりなの」
「それじゃあ、屋上で待っているよ」
すでに帰り支度は整っているのか、エリティオスは鞄を肩に下げると、そのままアリノアの前から去っていく。
同級生達がエリティオスに向けて別れの挨拶をしており、彼はそれに笑顔で応えていた。
……どうしてわざわざ、屋上なのよ。
一体、何の話をするつもりなのか身に覚えがない。エリティオスの件は無事に済んでいるが、他に重要な話があるのだろうかと思いつつ、荷物を詰め込んだ鞄を手に取って立ち上がった。




