王族の道
結局、断固としてエリティオスの隣に座らないと意思表示していたが、アリノアが座らなければ自分も座らないとエリティオスが言い切ったため、渋々ながら王族のために作られている席に座ることになってしまっていた。
気が強い自覚はあるが、まさか押しに弱いとは自覚していなかったアリノアは腹を括ってエリティオスの隣に座ったまま、ハルディウスの挨拶を聞いていた。
目の前に置かれている長い台の上には、これまた豪華という表現しか出来ない料理がずらりと並んでいる。何かのお祝い事でも、これほど煌びやかな料理は見た事がないアリノアは、ただその存在だけに驚いていた。
ハルディウスの挨拶が終わり、大広間は拍手で溢れていく。
……賑やかなのに、空気が重いままだわ。
やはり、自分には王宮という場所は根本的に合わないようだ。こういう場所で働いている王宮魔法使いには只々、感心するばかりである。
「……まだ、緊張しているのかい?」
隣でエリティオスが心配するような表情で顔色を窺ってくる。
先程、国王夫妻へとエリティオスが挨拶をしに行った際に自分も付いて行くことになったのだが、あまりの緊張にろくに返事をすることが出来なかったのである。
名前を述べる事は何とか出来たが、それ以外は話を振られても上手く言葉を返すことが出来ず、何度もエリティオスに助け船を出してもらってばかりだった。
その事について落ち込んでいると思っているらしく、彼は気にしなくても良いと言ってくれたが、礼儀作法だけでなく度胸も身に着けなければと密かに誓い直すしかなかった。
「母上が君のことを気立てが良さそうな美人なお嬢さんだと言っていたよ」
「……そう」
さすがは国で一番偉い立場の国王と王妃だけあって、第一王子とは纏っている雰囲気が別物だった。
昔であれば、国王の前で粗相すれば首が飛ぶようなこともあったかもしれないが、今は平和な時代だ。そのようなことはまず無いし、何より温和そうな人達だったので、自分の失態はあとで笑い話にでもしてくれればそれで良いと思っている。
それでもやはり、気落ちするものは気落ちする。
……任務に気持ちを引きずらないようにしないと。
毅然とした態度に戻るべく、深く息を吐いた。自分は任務のためにこの場所にいるのだ。
それは潜入任務をしているわけで、この場にいる自分は「エリティオス王子の友人」という役を完璧にこなさなければならないと言い聞かせてみる。
何度か深呼吸すれば、いつも同じ速度で心臓が脈打ち始める。どうやら落ち着いてきたようだ。
「……アリノア」
「何かしら」
隣のエリティオスが周りに聞き耳を立てられないように小声で話しかけてくる。
「……今、壇上で挨拶をしている人がいるだろう?」
エリティオスの言葉通り、一番目立つ壇上の上には正装の姿をした中年の男性が第一王子へのお祝いの言葉を述べていた。
「あの人の挨拶が終わったら、自由な時間になるんだ。いわゆる社交ってやつ」
視線だけは前を向きながら、エリティオスは言葉を続ける。
「そうしたら、ここから抜けるよ」
「……分かったわ」
つまり、任務の時間のようだ。アリノアは自分のドレスの下に隠してある短剣へとそっと布越しに手を触れる。任務に対する用意も心の準備も出来ている。
前方の壇上では男性の挨拶が終わったらしく、その場に拍手が響いていく。それに合わせてアリノアも手を叩いていると、エリティオスから耳打ちされた。
「――行くよ」
流れるようなエリティオスの動きに合わせて、アリノアも出来るだけ自然を装いつつ付いて行く。傍に仕えていた給仕の者にエリティオスは何か一言、言い置いていた。
前を歩くエリティオスが視線でこっちにおいでと示している。その方向には王族しか通れないようになっている金色の蔦模様が装飾された扉があった。扉の前には屈強そうな衛兵が二人、並んで立っている。
その衛兵達はエリティオスを見るなり、扉をすっと開けて通してくれた。エリティオスが衛兵達に言付けておいてくれているのか、不審に思われることなくアリノアも扉を通ることが出来た。
扉の向こう側には赤い絨毯が敷かれた長い廊下が遠くまで続いている。扉をゆっくりと閉めると、廊下には自分達の足音だけが響いた。
「こっちだよ」
エリティオスが先導してくれるため、付いて行くだけだが、それでも人があまりにも廊下を通らないため、逆に不安になってきてしまう。
それを察しているのかエリティオスがこちらを振り返って答えてくれた。
「この通路は王族と許された者しか通されないんだ。もちろん、君が通ることは両親に許可を貰っているよ」
「……侍女の人も通らないの?」
「うん。まぁ、公的な用事の時にしか使われない通路だからね。それ以外は通行の許可はされているよ。でなければ、掃除が出来ないからね」
苦笑したのか、薄く笑ったように聞こえた。それでも背を向けて歩いているため、表情が見えないことに不安を覚えたアリノアは思わず、エリティオスの左腕を掴んでしまう。
「わっ……。どうしたんだい?」
目を丸くして、エリティオスがアリノアの方へと振り返る。アリノア自身、何故このような行動を取ったのか分からないので、その先を考えておらず、腕を掴んだまま沈黙してしまう。
「……アリノア?」
呟かれる名前がすぐ傍で聞こえる。しかし、今度ははっきりと見えたエリティオスの表情にアリノアは安堵してしまった。
「……いいえ、何でもないわ」
困ったように小さく笑うと、彼はそれならいいけどと言って肩をすくめた。掴んでいた腕をそっと離すとエリティオスは再び歩き始める。
「ある程度の人数が大広間の警備に回されているから、王族専用の部屋辺りを警備している衛兵は少ないと思うよ。でも、君には念のために人が入れないように結界を張ってもらいたいのだけれど、良いかな?」
「えぇ」
返事をしつつもアリノアは速度を落とさないままエリティオスに付いて行く。
今の自分はエリティオスの友人のアリノアではなく、呪術課のアリノア・ローレンスだ。この先に仕事が待っている以上、気を引き締めなければならない。
アリノアは両拳に力を込めて、気合を入れ直していた。




