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揺れる心


「さて、もうすぐ夜会の時間だけれど、心の準備は出来ているかな?」


「……あなたが私をからかわなければ、とっくに出来ていたわ」


 反抗するような瞳でアリノアが小さく睨むとエリティオスは楽しそうに肩で笑った。


「君が王宮にいるのが何だか嬉しくって。……あ、そうだ。忘れるところだったよ」


 何かに気付いたエリティオスは外套の下から細長い箱を取り出した。赤い布が装飾されているその箱を彼は自分へと渡してくる。


「開けてごらん」


「……」


 怪しいものではないだろうかと、アリノアは少々警戒しつつ、赤い箱をゆっくりと開けてみる。


 そこには碧色の雫が付いた首飾りが入っていた。普通の石ではないと気付いたアリノアが大きくエリティオスの方を仰ぎ見ると彼は肩を竦ませて小さく笑うだけだ。

 つまり、この石の正体を教える気はないらしい。


「……これをどうしろというのよ」


「もちろん、これからの夜会に着けて行って欲しいんだ。あ、これは僕個人から君への贈り物だから、その辺りは気にしないで」


「気にするわよ! だって、これ……宝石でしょう?」


 アリノアが恐る恐るそう訊ねると彼は表情を変えないまま、にこにこと笑っているだけだ。


 恐らく、自分の予想が外れていなければ、宝石に間違いない。それをどうして易々と渡してくるのか分からないため、アリノアは表情を歪ませた。


「無理よ、無理。だって、宝石なんて身に着けたことがないもの」


 アリノアが箱ごとエリティオスへと突き返すと彼はそれを素直に受け取った。


「宝石だから、君に贈るわけじゃないよ?」


 しかし、エリティオスは箱から首飾りを取り出し始める。赤い箱を長い台の上に置いてから、彼は細い鎖の留め具を慣れた手つきで外す。


「この国の風習、知らないわけじゃないよね?」


「え、風習?」


 突然、何の話をするのだとアリノアが首を傾げると彼は再びアリノアの真後ろへと立った。


「……自分が大切に思っている人に、想いを伝えるための風習さ。自分の瞳と同じ色の石を相手に贈って、見守っているよって伝えるんだ。……君も知っているだろう?」


 言葉を紡ぎながら、エリティオスはアリノアの首元へと首飾りを下げて来た。かちっと留め具がはまった音が聞こえると、真後ろからエリティオスの気配がなくなる。

 そして、彼は目の前へと向かい直して、満足そうに頷いた。


「うん。色も合っているね」


 確かにエリティオスの言う通り、イグノラント王国に伝わる風習のことは知っていた。


 自分の瞳と同じ色の石を相手に贈る時は、ほとんどが想いを伝えるためである。その想いとは様々で、思慕だけでなく恋慕も意味することがある。


「……」


 アリノアは鏡に映る自分の姿を見てみる。首元に淡く光るのは碧色の石で、その色はエリティオスの瞳の色と同じだった。


 どういう意味を含めて、彼は自分にこの首飾りを選んだのだろうか。そればかりが気になって、アリノアはつい変な顔を作ってしまう。


「……この首飾り、あとで返すわ」


「え? それは困るよ。だって、この首飾りは君のために用意したんだからね」


「だからって、特に親しい関係でもない私に易々と贈る代物じゃないわ」


「ひどいなぁ。僕は君の事、凄く好きなのに」


「……は?」


 素で声が出てしまったアリノアは再び固まってしまう。


「今、何と……」


「僕は君の事が好きなんだ。友人としてだけじゃなく、親しくなりたい女性としてね。だから、この石を君に贈っているんだよ。……分かったかな?」


 まるで子どもに言い聞かせるようにエリティオスが優しくそう呟くもアリノアの頭は追い付いてこなかった。


「……冗談?」


「僕が冗談を言うと思う?」


「……」


 真面目な顔でそう返されて、アリノアは右手で頭を抱えた。


「……エル。そういうことは簡単に言わない方がいいわ。あなたにそういう言葉を貰えて、喜ぶ女の子はたくさんいるんだから、勘違いされるわよ」


「アリノアの中の僕の印象ってどうなっているんだい……。言っておくけど、僕の言っている言葉は本気だし、こういう事を誰かに言ったことはないよ」


 いつもの優しい面差しのまま、彼は真剣な瞳をこちらに向けてくる。


 しかし、好きといっても色んな感情がある。友人や家族に対する、好きという気持ちと同じなら笑って済ませられるが、恋慕の方の意味だった場合、自分はどうすればいいのだろうか。


 どう答えるのが正解なのかアリノアが目まぐるしく悩んでいると、頭の上にエリティオスの右手がぽんっと優しく置かれる。


「……君への気持ちは本物だから、それだけは覚えておいてくれると嬉しいな」


 困らせてすまないと謝るような表情をしていたため、アリノアの心の中にふっと罪悪感のようなものが生まれる。


「……物好きだわ」


 アリノアの呟きにエリティオスは小さく苦笑する。


「さて、夜会へ向かおうか、お姫様」


 エリティオスが紳士らしく自分に左手を差し伸べてくる。


「その、お姫様って呼び方は止めて。……恥ずかしいから」


 答えつつもアリノアはエリティオスの左手に自分の右手をそっと重ねる。


「大広間に着いたら、名前じゃなくて敬称で呼ぶから。……いいわね?」


「うん。まぁ、僕はアリノアって呼ぶけれどね」


「……好きにすれば。でも、任務のことも忘れないように」


「抜け出す隙を見計らうつもりだから、そこは安心してくれていいよ」


 エリティオスがあまりにも楽しそうなのでアリノアは強く言えないまま、唇を尖らせる。

 アリノアの手は濃い青色の長手袋をしているが、布越しでもエリティオスの温度が伝わってきてしまう。


 ……覚られないようにしないと。


 自分はあくまでエリティオスの友人であり、呪魔から彼を守るための護衛だ。それ以上の感情などないはずなのに、心臓の奥が先程から激しく鳴り続けているのは何故だろう。


 少しだけ、心が揺れ動いてしまったのはきっと気のせいだ。そう思わなければ、自分は平静でいられない。

 ゆっくりと歩みを進めつつ、アリノアはエリティオスの横顔を見上げた。


 端正な顔立ちは好みといえば好みだし、それでいて人として尊敬すべき点もいくつかある。それは彼の優しさや穏やかさ、気遣いと様々だ。

 だが、それだけが彼に対して心を揺り動かされる要因とは限らない。


 ……私ってば、どこかおかしいのかしら。


 常に任務のことだけしか考えず、鍛錬ばかりしてきたため、色恋沙汰には疎いのは分かっている。


 もちろん、エリティオスから好きだと言われ時は嬉しいと感じてしまった。しかし、それだけで世間一般に言う恋に落ちたことにはならないと思うのだ。


 アリノアの表情が強張っていることに気付いたのか、エリティオスから短い笑みが漏れる。


「緊張している?」


「……まぁね」


 それだけ答えて、アリノアは真っすぐと前を向いた。私情はとりあえず置いておいて、今は任務に集中だ。

 エリティオスに気付かれないようにアリノアは深呼吸して、自らを装うように真面目な表情へと変えた。


   

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