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頼まれた願い

 

 一度、呪術課でサリチェに話を聞くべく、アリノアは課長室へと訪れていた。


「それでエリティオス王子の部屋にあるという呪具はどんなものなんですか」


 結局、一番大事な情報を聞き出すことを忘れていたアリノアは問い詰めるようにサリチェに訊ねてみた。すると、サリチェはどこか困ったような表情で肩を竦めたのである。


「実は、その辺りの情報は一切仕入れていないんだ」


「は?」


 思わず素で返事をしてしまったが、サリチェはそう思われても仕方がないと思っているらしく、相変わらず肩を竦めたままだ。


「どういうことですか……」


 前にも呪具の解呪の任務は任されたことがあるが、その時は対象となる呪具の情報を得た上で取り組んでいた。


「情報が一切ないまま、王宮に向かえということでしょうか」


「うーん。まぁ、そうだな。悪いな、上手く指示が出せなくて。でも……私はお前に賭けているんだよ、アリノア」


 困った顔から、サリチェはふっと真顔になった。


「お前なら、きっと……。エリティオス王子を何とかしてくれると思ってな」


「え……?」


 全く意味が分からず、アリノアは首を傾げる。


「とりあえず、魔具は持っていっておけよ」


「それはちゃんと持って行くつもりですけれど……。……では、状況に応じて、任務を遂行しますので」


「うむ。頼んだ」


 納得がいかないまま、特に細かい指示が出ることなく、話を終えたアリノアは立ち上がった。

 アリノアが課長室から出ようと扉の取っ手に手をかけた時だ。


「アリノア」


 静かな声で名前を呼ばれたアリノアは再びサリチェの方へと振り返る。


「……エリティオス王子のこと、頼んだぞ」


 サリチェの瞳は真剣なもので、それはどこかエリティオスが寂しげな表情をした時と同じように思えた。


「……」


 だが、何故そんな表情をしているのか聞くことが出来ず、アリノアは無言のまま頷き返した。


 課長室から出て、扉を閉める。呪術課には自分以外に誰もおらず、静けさだけが漂っていた。


 ……頼むってどういうことなのかしら。


 確かに任務で、エリティオスに寄って来る呪魔を狩るという警護はそのまま続行しているが、そういう意味でサリチェは頼むと言った気がしないのだ。


 ……どちらにせよ、私は任されたことをやるだけだもの。


 アリノアは顏を上げて、気合を入れ直すように深く息を吐いた。



・・・・・・・・・・・・



 正直に言えば、堅苦しいことや面倒なことは嫌いである。何故かと言われれば、自分の性格に合っていないと本能が告げているからだ。


「……」


 アリノアは目の前に広がっている白い壁の光景を見て、今日何度目か分からない溜息を吐いていた。


 イグノラント王国の王族が住まうイグノラント王宮。何百年も前に建てられた王宮は朽ちることなく、白く美しい壁が建ち並んでいる。

 見渡す程に広い王宮は決して豪華絢爛(ごうかけんらん)というわけではない。王宮の建物は質素な見た目であるにも関わらず、自分がそこに居れば思わず息を飲み込んでしまいたくなる程の荘厳(そうごん)さがそこにはあった。


「どうしたんだい、アリノア」


 少し前を歩いていたエリティオスが立ち止まり、こちらを振り返る。


「……よくこんな場所に住めるわね」


 王宮に入って、溜息しか出なかったアリノアの口からやっと出た言葉はそれだった。


「外見だけで驚いていたら、内装はもっと驚くと思うよ」


「これ以上、何があるというのよ……」


 アリノアはうんざりしつつも白い石畳の上を緊張した面持ちで歩いて行く。


 エリティオスは迎えに来るという馬車を断り、わざわざ自分の足で王宮まで赴いたため、アリノアもそれに同行することにした。


 門番たちからは訝しげな表情で見られたが、エリティオスが直々にアリノアのことを正式な友人なので通すようにと伝えると、すんなりと王宮の中に入れてしまった。


「……この王宮の警備って、ちゃんと大丈夫なの?」


「うん、対人用の警備はしっかりとしていると思うよ。あと魔物が近づかないように王宮魔法使いが結界を張っているし、それなりに安全な場所じゃないかな」


 エリティオスの後ろを一歩下がって歩いていると彼が突然、振り返った。


「どうしてそんなに後ろを歩くんだい?」


「え? ……だって、ここは王宮だもの。学園内ではあなたと対等でいられるけれど、王宮だと人の目があるでしょう?」


「……その気遣いは嬉しいけれど、僕としては寂しいかな」


「仕方がないじゃない。……あと、口調もあなたと二人きりの時は普通のままでいるけれど、他の誰かが同席する時は丁寧語に直すから」


「えー……。それは残念だなぁ」


 エリティオスは自分のことを友人として見ているので、一歩引かれた態度を取られるのは寂しいのだろう。


 だが、王宮に戻ればエリティオスは身分のある第二王子だ。いくら本人の許可を得ているとは言え、王子に馴れ馴れしい態度や口調を取る者がいれば白い目で見られることは分かっていた。


「まぁ、君に面倒事はこれ以上かけられないからね。今は我慢しておくよ」


「ええ、是非そうして頂戴」


 アリノアはエリティオスの後ろを付いて行きつつも彼に気付かれないように溜息を吐いた。


 徒競走でも出来るのではと思えるくらいに長い廊下を二人で歩く。


 その途中、王宮で仕えている使用人達がエリティオスに向けて頭を下げるが、顔を上げる瞬間にはアリノアの方を見て、あれは誰だろうかという顔をしている。

 アリノアは使用人達に軽く頭を下げつつも、小走りでエリティオスを追った。


「……ねぇ、まだ部屋に着かないの?」


 今、自分が連れて行ってもらっている場所は着替えをする部屋だと聞いている。だが、想像よりも王宮が広いため、自分がどこにいるかも分からないアリノアは少々不安げにエリティオスに耳打ちした。


「もう少しだよ。夜会があるのは大広間だから、そこから遠いけれどね」


「……」


 一応、クレアによって用意された王宮内の構図が描かれた図面が頭の中に入っているのだが、それでも広すぎるため、現在地がどこなのか全く分からないアリノアは何度目か分からない溜息を吐くしかなかった。


    


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