夜会への誘い
アリノアがエリティオスに料理を教えてから、彼はすっかり料理が趣味になったらしく、ここ最近は自分で弁当を作るようになってきていた。
だが、彼は料理の腕前を上げるために、アリノアから助言を貰うべく弁当のおかずを味見させてくるのだ。その度に一緒に昼食を摂っているクレアに、にやにやと笑われるのが日常となっていた。
いつも通り、秘密の場所でアリノア達が昼食を摂っていた時だった。何かを思い出したようにエリティオスが唐突に言った言葉にアリノアは不満な声を上げる。
「はぁ? 夜会?」
「そうなんだ。今度、僕の兄が誕生日でね。それを祝う夜会が王宮で開かれるのだけれど、良かったらアリノアも来ないかなと思って」
「どうして私が行かなくちゃいけないのよ、そんな面倒なところ」
隣の椅子に腰かけているクレアが噴き出しかける笑いを堪えるように腹を押さえている。彼女からすれば面白いだろうが、アリノアにとってはただの面倒事でしかない。
「それは君に来て欲しいからだよ。友人として親兄弟に紹介したくてね」
エリティオスがそう言った瞬間にアリノアは顏をわざとらしく思いっ切りに顰めてみせた。
「嫌よ。だって、国王様と他の王子達がいるんでしょう? 堅苦しいのなんて面倒以外に何もないわ」
「エリティオスよ。面倒くさがりのアリノアによく効く言葉があるぞ」
成り行きを面白そうに見守っていたクレアがにやりと笑った。
「何だい?」
「夜会に来て欲しいというのは建前なんだろう? 本当はアリノアに頼みたいことがあるんじゃないか?」
クレアの言葉にエリティオスは肩を竦めていた。
「さすが、クレアだね。……じゃあ、言い直すよ。アリノア、王宮に来てくれないか?」
「……それ、さっきの夜会に来て欲しいという頼みとどう違うのよ」
全く変わっていないじゃないかと眉を寄せながらエリティオスを軽く睨むと彼はお道化たように小さく笑った。
「夜会はただの口実だよ。その方が、君が王宮に入りやすいからね。……実は君に解呪してもらいたい呪具があるんだ」
「呪具ですって?」
エリティオスの口から出た言葉にアリノアは更に顔を顰める。
呪具とは呪いの道具に使われるものの事を指している。それが何故、王宮にあるのかとアリノアが不審なものを見るようにエリティオスに視線で問うた。
「僕の部屋にある呪具なんだ」
「どうしてそんな物騒なものがあなたの部屋にあるのよ」
「うーん、それは僕の部屋に来てくれるまでの秘密かな」
ますます怪しいではないかとアリノアが顔を顰めたまま首を捻ると、アリノアの肩をクレアが軽く叩いてきた。
「まぁ、アリノア。簡単に言えば王宮への潜入任務だな」
「うわっ、面倒くさい……。というよりも、クレア。あなた、もしかしてこの事を知っていたの?」
「実はな、サリチェ課長から密かに任務内容を教えられていたんだよ。目の前に依頼主の王子がいるとは言え、王宮に付いて行くならそれなりの情報収集が必要だからな」
つまり、こうなることを見越した上で面白がって黙っていたということである。アリノアは頭を抱えつつも、そこにとある疑問が浮かんだことを思い出す。
「……そういえば、エルとサリチェ課長って知り合いなの? サリチェ課長の連絡先も知っていたし、サリチェ課長もあなたのことを知っているみたいだし」
すると、エリティオスは人差し指を自身の唇の前へと持ってきて、悪戯っぽく笑った。
「それも秘密。……まぁ、全部が終わったら教えてあげるよ」
「……王宮での任務が終われば、ということ?」
「うん、そうだね。……全部が、終わったらね」
その時、彼が一瞬だけ寂しげな表情になった気がしたアリノアは目を瞬かせて、もう一度確認してみる。だが、エリティオスの顔に浮かんでいるのは笑みだけだった。
「まぁ、そういうわけだから、アリノア。次の任務は王宮だ。しっかりやって来いよ」
「クレアは来ないの?」
「私が行っても足手まといだろう? 非戦闘員だし」
だが、一人で行ったことのない王宮に行くのはかなり気が引ける。
王子であるエリティオスがいつでも傍にいるわけではないだろうとちらりと視線を向けるとアリノアの言いたいことが分かったのか、彼は軽く頷いた。
「大丈夫だよ。当日は僕が君の傍から離れることはないから。……あ、むしろ護衛だと言えば
離れることもないけれど」
「……王宮に行けば、あなたの専属の護衛がいるでしょうに。私が恨まれかねないわ」
人にはそれぞれ自分の持ち場となる仕事があるはずだとアリノアが否定するとエリティオスはそれならば、と言葉を付け加えた。
「恋人だって紹介することも出来るよ。そうすればパートナーが夜会から離れることはないからね」
「なっ!?」
思わず絶句したアリノアを隣に座っているクレアが腹を抱えて過呼吸で笑っている。
エリティオスはにこにこと笑ったままだ。これは本気で自分のことを恋人と紹介しかねないと思ったアリノアは苦渋の決断として一つの案を呟いた。
「……それなら友人で紹介される方が百倍ましだわ」
「うん。それじゃあ、友人として紹介するよ」
上手い事、丸め込まれた気がするがそれでも仕方がないだろう。人の目のあるところで、恋人だと紹介されれば、面倒事が更に面倒になるに決まっている。
自分だけでなく、エリティオスにもその面倒が降りかかるのは御免だ。
「でも、私は自分の名前を語らないわよ。……もちろん、国王達や他の王子達の前では本名で挨拶はするけれど」
本当に会わなければならないと思うと気が重いが、任務のためならば仕方がない。せいぜい、粗相がないように振舞うしかないだろう。
「それで構わないよ。……君には王宮の僕の部屋に来てもらうまでに、手間を取らせてしまうことになるのは申し訳ないけど」
「まぁ、夜会の時間なら王宮内に人が一か所に集まるから、かえって好都合だろうな」
笑いがやっと治まったのか仕事をする時と同じ表情でクレアが答える。
「そうなんだ。……それじゃあ、当日は僕と一緒に王宮入りしてもらうから、宜しく頼むよ」
「……私、ドレスとか持っていないわよ」
「その辺りも心配しなくていいよ。こちらで用意するから」
にこやかにエリティオスはそう答えるがアリノアは気鬱で仕方がない。アリノアが吐いた深い溜息を見て、クレアは何度目か分からない笑い声を上げていた。




