第五〇話 ライオトリシアの日常
『あー、その……お二人の主張は決闘ではなく話し合いにしませんか? わたくし達衛兵隊の詰所で好きなだけお話いただけますよ』
「トリシア、熱くなってるからそんなこと言ったってムダだって……」
ライオトリシア郊外で行われている城壁工事の現場……そこに伝声管を使って拡大されたパトリシア・ギルメール侯爵令嬢の優しい声が響く。
彼女と私の視線は今目の前で取っ組み合いを続ける二体の人形騎士に向けられていた……一体は山賊も使っていた兵士級人形騎士ロックヘアだが、もう一体は同じくヴォルカニア王国製の人形騎士アッシュランナーだ。
帝国だけじゃないけど、この世界では戦闘兵器である人形騎士が土木作業などで人を使うよりも何倍も効率が良いことを理解しており、戦後になってかなり格安で払い下げられた機体を工事で使用するようになっている。
目の前のロックヘアとアッシュランナーもそういう理由で王国が手放した機体を商人達が買取り、そして帝国内部へと持ち込んで売却したものだろう。
もつれ合う二体の人形騎士がバランスを崩したはずみで、工事のために建てられていた足場を破壊したことで、パトリシアが慌てて拡声器で叫ぶ。
『や、やめてください! 周りに迷惑ですよ!』
『うるせえ! 男同士の間にねーちゃんが割って入るな!』
『ここでこいつに思い知らせなきゃ、いつやるんだ!!』
土木作業用に武装が完全に取り払われ、作業用であることを示すように少し派手な青色と朱色のラインが引かれている両機に乗る人形使いは、トリシアの声など聞こえないとばかりにお互いを殴りつけている。
見慣れてしまったロックヘアはまあいいとして、アッシュランナーはロックヘアとは別に同時代に王国が建造した兵士級人形騎士で山間部での使用を考慮したいわゆる局地専用騎である。
戦争が激化する中、国土の様々な場所で戦う際に地形や環境に特化した人形騎士開発がブームになったことがあった。
その中で登場してきたのが局地専用騎で、生産に関して別ラインを引かなければならないとか、仕様が異なる機体をいくつも作るという生産にあたってのネックがあり、帝国では早々に中止された特殊な機体である。
基本構造はロックヘアと同じ逆関節の脚部などが特徴的なのだが、上半身や腕部の形状が大きく異なり、さらには転倒を考慮しているのか通常人に似せて作られる頭部などが装甲一体型となっているなど特殊な外見をしている。
王国は山間部での防衛戦を得意としていたため、戦争後期までこういった局地専用騎がいくつも建造されており、正直にいうならこういうリソースは割かない方が良かったのでは? と個人的に思う。
金属同士が擦れ、叩きつけ合う派手な音があたりに響くたびに、トリシアが慌てて彼らを止めようと声をかけるが彼らは話を聞こうとしない。
『元はと言えばこいつが俺のお気に入りにちょっかいを出して……!』
『てめえ、先にやったのはお前だろうが!』
「……ったく、どっちもどっちじゃねえか……」
私は呆れ返って目の前でポカポカと相手を殴り合う人形騎士を見ながら思わず声を漏らすが……そういや軍でも仲間から金を盗んだとかで喧嘩になるケースは結構あって、その度に上官がすっ飛んできて鉄拳制裁してたっけな、と懐かしい記憶が蘇ってくる。
嫌がらせで相手が金を盗んだと主張する輩も多くいたんだけど、軍の魔術師が真実を図る魔術をかけることで嘘をついている相手を探ったりしてたな。
嘘がバレたやつは便所掃除とか人が嫌がる労働を課せられるので、結果的に数年もすれば馬鹿みたいな喧嘩や言い争いは無くなっていった記憶がある。
開きっぱなしのハッチからもつれ合う二体の人形騎士を見つつ、私は懐から取り出したタバコを口の動きだけで上下に揺らしたあと、タバコに火をつけた。
軽く吸い込んで紫煙を燻らせた後、特別に装備している灰皿代わりの小さな筒に灰を落とすと伝声管を使って喧嘩をしている二人に向かって伝声管を使って声をかける。
「痴情のもつれってのはわかったんだけどさ、それって二人に言ってんのかい?」
『アンナは俺のことを好きだって言ってくれてるんだ!』
『ちげえよ、俺にだけそういうの言ってるんだ!』
「あのさ、私がいうのもなんだけど……それ他のみんなにも同じこと言ってると思うよ?」
たまにいるんだよねえ、色目使って男同士を喧嘩させちゃう悪い娘。
本人は貢いでくれる相手だから邪険にしないし、優しかったりするんだけど……大抵そういう女性には本命がいて、それまで頑張って貢いでた連中はさっさと捨てられちゃうんだよね。
異世界だったとしてもそういうのたいして変わらないし、なんなら本命とくっついたらあっという間に子供作って幸せそうに家族で買い物しちゃったりするわけだよ。
バカを見るのは争ってた本命以外の男だったりして……いやあ、女性に生まれて良かったのかもなあ、私。
『あ?! てめえ衛兵隊だからって何上から目線で見てんだ!』
『俺たちの何がおかしいってんだ!!』
「いやいや、女性からのアドバイスってやつでさ、悪い女に捕まらないようにって……」
『アーシャさん、それ喧嘩売ってますよ……』
『ふざけんな! ちょっとばっかり綺麗だからってバカにしやがって……! ぶっ殺してやる!!』
それまでお互いを殴り合っていたはずの二体の人形騎士がその手を止めて立ち上がると、いきなり私が乗るヴィギルスへと突進を仕掛けてきた。
おいおい……私は咄嗟にペダルを踏み込んで後ろへと機体を跳ばすと、ハッチを閉めて建築資材である大きな丸太を振りかぶってきたアッシュランナーへと視線を向ける。
ヴィギルスには市街戦用の装備として槌矛と小盾が装備されているんだけど、本気で槌矛を叩きつけると相手を殺しかねないからな。
私はぎこちない動きで丸太を振ったアッシュランナーの攻撃を回避するのと同時に、相手の足を手に持った槌矛で払う。
「少し頭冷やしな」
『うおおおおおぅ?!』
ドゴオオオン! という凄まじい音と共にアッシュランナーの機体が大きくひっくり返る……人形騎士の機体は非常に頑丈だけど、人間のように受け身を取らせるには熟練の業が必要となってくる。
アッシュランナーに乗った人形使いは最近増えている初心者レベルの腕しかないのだろう、受け身なんか取れるはずもなく地面に叩きつけられ、その衝撃で気を失ってしまい身動きが取れなくなる。
そこへロックヘアが肩を叩きつけようと重い音を響かせながら突進してくるのが見えた……ったく、熱くなると周りが見えなくなるタイプが。
私はすぐに機体を立ち上がらせると、槌矛と小盾を構え直す……いくら兵士級人形騎士とはいえ、ヴィギルスの装甲はそれほど厚くない。
体当たりを喰らうと衝撃で機体構造にダメージが入りかねないのだ……なので受け止めるという選択肢はない。
『うおおおお! ユジーンの仇だッ!』
「ったく、お前も少し頭冷やせよ」
ロックヘアの体当たりが当たるか当たらないかの位置で機体を沈み込ませた私は、その衝撃を受け流すように装甲を使って相手を滑らせ、そのまま大きく跳ね飛ばす。
大きく宙を舞ったロックヘアはそのまま背中から地面へと叩きつけられると、全身を流れる生命の水の配管に損傷が出たのだろう。
ゴボッ! という音を立てて関節各部から青い液体が漏れ出すとともに、何度か軽い痙攣のようなものを起こして動かなくなる。
それまで遠巻きにこちらを見ていた建設現場の連中が慌てて走ってくるのが見え、私は再びハッチを開けると口に咥えたままのタバコから筒へと灰を落とすと席から立ち上がって、彼らへと声をかけた。
「はいおしまい……アンタら、後で衛兵隊の詰所まで二人を引っ張ってきな、うちの隊長が絞ってやんよ」
_(:3 」∠)_ タバコの灰を落とさずに格闘を行う神技……!
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