第三五話 衛兵隊への入隊
「アナスタシア・リーベルライト男爵令嬢……君には人形使いとして衛兵隊に参加してもらいたい」
「あいよ、お任せあれ」
シルヴァン・デュポスト衛兵隊長よりライオトリシアを象徴する白い花の紋章が付けられたペンダントと、衛兵隊の制服が手渡されると私はそれを受け取ってから帝国式の礼を披露する。
模擬戦闘から二週間後、私とトリシアは衛兵隊の基地へと呼び出しを受けそこで正式な辞令とともに、入隊を認められることになった。
今この場には私を含めて六人の人物が入隊者として立っている……私とタラスは人形使いとして採用され、人形騎士を扱うことが確定した。
パトリシアは私を援護する指揮魔術師として採用……タラスの指揮役は彼よりも年下の魔術師であるマルツィオ・カサヴォーラという少し気の弱そうな男性が担当することになったが大丈夫かな。
帝都に拠点を持つ中堅貴族であるカサヴォーラ伯爵家の三男らしく、ギルメール侯爵家とは別派閥であるものの、やはり有名な魔術師一家の出身だそうだ……まあ、よく知らないんだけど。
「タラス・ノイラート子爵も人形使い……二人で仲良くやってくれ」
「任せな、赤虎姫と組んで悪人をバンバン切り刻んでやるぜ」
「軍隊じゃないんだから……そういうの最後だろ」
「う……まあそうだけどよ、気合いの入れ方ってあるじゃねえか」
タラスは困ったような顔で私を見ているが、軍隊じゃないんだからいきなり切りつけたらこっちが悪人になってしまうだろうが。
とはいえ、この世界は山賊などもいるので非常に物騒であり、魔物なども多く生息しているので、衛兵の仕事として戦闘は必ず起きるんだけどな。
私とタラスの掛け合いを見てくすくす笑っているトリシアだが、彼女がすでに私の随伴魔術師となっていることについては、デュポスト衛兵隊長には話していない。
ただ帝国戦術教本にある基本『人形使いは魔術師と組ませるべし』という言葉をそのまま採用していることについては好感が持てる。
人形使いは視界がそれほど広くなく、位置取りには外からの目が重要となってくる。
私やタラスのように慣れた人形使いですら、街中や森林で戦う際にはサポートを必要とする……そこで、指揮魔術師や随伴魔術師といった『外からの眼』が人形使いの全力を引き出す鍵になるのだ。
基本的に魔術師は徒歩もしくは指揮用の馬車、そして帝国では人形騎士の技術を応用した装甲馬車に搭乗して、人形使いの指揮を行う。
そうして帝国は一〇〇〇年の大戦争に勝利することができたのだ……というのは、お偉方がよく話す内容ではあるが。
「人形使いと魔術師をコンビを組む理由は……わかってるんだよね?」
「私も一応軍隊出身でね……人形使いだけで街中を歩かせる無謀さくらいは理解しているよ」
「そっか、なら了解だ」
隊長が告げたこの組み合わせを聞いた時、実は私とパトリシアの関係がバレたのかと思った。
結構ドキドキしていたんだけど、帝国教本通りのユニットを組もうとしているだけとわかって、私は内心ほっとした気分になっている。
ちなみに戦争中に実験的だが、魔術師に複数の人形使いを組ませる非対称ユニットを試した部隊があったらしいけど、魔術師のキャパシティを簡単に超えてしまい結局まともに動けないってケースが多発してしまったと記録にあった。
そのため帝国軍は人形使いと魔術師を一対一で組ませることが最適だ、という結論に達したらしい。
指揮魔術師は契約をしないので、相方を失っても別の人形使いと組めばなんとかなるんだけど、随伴魔術師は魂を結びつけるので、新しい相方と契約できずに能力を半減するなんて問題もあるのだ。
私のようにパトリシアのような能力の高い魔術師と契約できることは相当に運が良いだろう……そう思って私がパトリシアに視線を向けると、彼女は花のような笑顔で微笑み返してくる。
なんだか可愛いなと思って、私は彼女の頭をそっと撫でるが、パトリシアは少し恥ずかしそうな表情でトリシアはそっと私の手を押さえた。
「せっかく髪の毛を整えてもらったのにくしゃくしゃになっちゃいますよ」
「あ、ああ……そうだね」
「それと君たちの馬車を操作するのは、メルタ・リューブラント嬢になる」
「どうも、メルタ・リューブラントですよろしく」
メルタと名乗った女性……年齢は私と同じくらいだろうか? 青い髪に榛色をした美しい瞳の女性が軽く頭を下げた。
帝国の女性としては少し高めで、一六〇センチメートルはあり普通の町娘片付けるには眼光が鋭すぎる女性である。
戦争中に帝国軍では補給部隊の輸送役をやっていたそうで、馬車などの乗り物全般の扱いに長けているのだそうだ。
私が優しく微笑んで手を出すと、彼女は少し恥ずかしそうに視線をずらしてからそっと私の手を握る……細いけどちゃんと鍛えられた手のひらの感触があり、彼女が御者としては相応の腕前があることが理解できた。
彼女の姓であるリューブラント家は、ライオトリシアにおいて戦争中に没落してしまった旧子爵家の名前だったはず……運送業を生業としていた一家だったが、一〇〇年ほど前に戦争で当主を失い結果的に家を維持できなくなった、ということだった。
そういう貴族家めちゃくちゃ多いんだよね……帝国も巨大な領土と人口を持っているので、元貴族家のみたいな人物は結構な数が存在しているらしい。
「よろしくね、私のことはアーシャって呼んでくれ」
「あ、わたくしのこともトリシアでいいですよ」
「え、そ……そんな呼び方でいいんですか? だってお二人とも貴族令嬢ですよね?」
「一緒に仕事するんだから様付けとかよしてくれ」
メルタは少し驚いたような表情で私を見上げるが……まあ、自分が貴族令嬢らしくないのは理解しているし、前世は男性だったので正直令嬢らしい行動や言動が苦手なのもある。
軍隊でそれを意識せずに生活できたのは非常に良かったんだよね……私がそんなことを考えながら、彼女へと微笑んでいると、どうやら気さくな人物だという認識になったのだろう、少し嬉しそうな表情で笑うと『よろしく』と返してきた。
ともあれ衛兵隊では私が人形騎士を、トリシアが指揮をとって、メルタが御者としてトリシアを護衛する形になる……三人がちゃんと連携を取らないとあっという間に危険に晒されるので、仲良くしておかないとな。
「先日の模擬戦、すごかったね……アーシャなら安心して任せられるよ」
「そうだ、模擬戦で思い出したが人形騎士はどうなっているんだ?」
「うーん……実は……」
タラスが思い出したようにデュポスト衛兵隊長へと話しかけると、隊長は少し気まずそうな表情を浮かべて視線を逸らした。
そんな彼の背後から一人の人物が歩み出てきたのを見て、私とタラス、そしてパトリシアとマルツィオは慌ててその人物へと頭を下げる。
出てきたのは「おばちゃん」ことマルガリータ ・カリェーハ女伯爵その人だった。
燻んだ灰色の髪と整った顔立ちだが、記憶にあるその姿からするとほんの少しだけ老けただろうか? だが美しいドレスに身を纏った女伯爵は威厳と風格を兼ね備えている。
ゆったりとした仕草で私たちの前に姿を表すと侍従である初老の男性が急いで用意した椅子へと腰掛けてから私たちへと話しかけた。
「それは私が説明しましょう……衛兵隊に支給する人形騎士ですが、模擬戦の後すぐに納入を打診しております」
「……隊発足よりも後に決定を?」
「ええ……基本的にはハインケス工房が所有していたものなので、すでに人形騎士自体は完成していますよ」
人形騎士は戦争中に大量生産された過去があり、戦争終了後も不足する兵力拡充のため、帝国中の生産拠点や工房はフル稼働で建造を続けていた。
帝国は財政的な問題を最近ようやく認識し、兵器として生産する人形騎士の無駄な生産を一時的に停止する法案が成立したばかりだ。
まあつまりゼルヴァイン帝国国内において人形騎士の数は結構ダブついている、とも言える状況で帝国軍が各都市に旧式の人形騎士を払い下げるきっかけにもなっているのだ。
そうするとすでに生産した人形騎士の中から選んで代金を払うだけ、という状況を作っていたってことかな? 私がそう考えていると、カリェーハ女伯爵は思っても見なかった言葉を私たちへと告げた。
「改修が必要とかで、納入にはまだ一週間近く時間がかかるようでしてね、なので……まずは衛兵隊の仕事としてライオトリシアの巡回からお願いするわ」
_(:3 」∠)_ ということで初仕事は人形騎士なしです(オイ
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