第三四話 ライオトリシア衛兵隊試験 〇六
『いくぞオラああああッ!』
タラスが操る人形騎士クストスが重い音を上げながら前に出る……その動きは重量級かつ旧式機とは思えないほどの早い動きに、魔道具から感心するような声が上がる。
帝国だけでなく、各戦線において戦争末期には人材が枯渇し始めていて、素人に毛が生えたような人形使いでも最前線に送り込まれるケースが増えた。
そう言った連中の戦闘しか見ていない人たちからすると、旧式機があれほど早く動くと言うのは想像できないことなのかもしれないが……だけど。
「いいね……アンタいい腕だよ!」
『こいやああッ!』
私も同じようにクストスを一気に加速させる……盾を前面に構えた格好のまま少し低い姿勢を保って全力で前へと出る。
この骨董品がこれほどの速度で走るのを初めて見たのだろう、魔道具から驚きの声が漏れ聞こえる……だが私は相手の動きを読むためにじっと対峙するクストスを見つめていた。
重量が重い斧は人間の力でも振る方向性がある程度限られる……それは人を模して作られた人形騎士であっても同じだ。
剣術でいうところの真っ向斬り、一文字斬り、袈裟斬り、切り上げなど一定の方向にしか振るうことが難しい……さらに両手持ちであっても重量に機体が振り回され隙が大きくなる。
私が知っている人形使いで両手持ちの武器を使っている連中は読まれるのを嫌がって、純粋な戦斧を装備しているものは非常に少なかった。
『おおおおッ!』
「マジぇッ!?」
タラスは私が驚くほどに単純な動作と共に、横なぎに斧を振った。
だがその速度が尋常ではない、この攻撃をまともに盾で受けると盾そのものだけでなく、腕ごと持っていかれるような感覚を覚える。
前面に構えた盾を使って迫る斧を受け止める……だが、私は衝突する瞬間を見計らって盾の角度を動かし表面を滑らせるように跳ね上げてみせた。
ギャアアアンッ! という金属音を上げながら大きく軌道を逸らして跳ね上げられた斧に引っ張られるように、クストスの機体が大きく揺らぐ。
私は手首をくるりと回転させるとそのまま長剣を使ってタラスへと突きを叩き込む……だが、彼は器用にその勢いを殺すことなく機体を回転させると、火花を散らしながら見事に必殺の一撃を躱して見せた。
『お、あぶねえなあッ!』
「い……今の避ける普通?!」
私はクストスを後ろに跳躍させ、重量級の機体が地面に重い音を立てて着地すると、距離が離れたことでタラスは再び斧を肩に担いで身構える。
いやいや今の動きはちょっと動物的というか……傍から見ていても絶対にどうやって避けたかわからないだろうな。
突き出した長剣をクストスの分厚い装甲表面で滑らせる……さっき私が盾でやったことを、タラスは人形騎士の機体でやってのけたのだ。
一歩間違えたら関節とか内部機関に損傷が出るので、帝国の人形騎士向けの軍事教本では絶対に教えないであろう神技だし、真似しようとは思わない無謀な行動だ。
『いやいや鋭い一撃……さすが赤虎姫だ、まさか盾で武器を受け流すとは思っても見なかった』
「人形騎士の装甲で同じことやるの……頭ブッ飛んでるでしょ……!」
人形騎士はある程度重装甲の機体であっても武器を叩きつけられると、内部構造に損傷が発生する……基本的に機体の急所は人体と同じものだと思えば良い。
四肢を切られた場合、器官の緊急閉鎖をしなければ生命の水流出で動作不能になるし、内部構造に歪みや損傷が発生すれば行動に支障が出てくる。
なので人形使いは散々『攻撃を何らかの形で避けるか、盾で受けろ』という教育を繰り返し教え込まれるのだ……まあ、格闘戦でも自分の肉体を犠牲に勝とうとする奴はいないのと同じ理屈だ。
この世界には身を切らせて骨を断つ何て言葉はなく、自らを傷つけてでも勝利を得るのはあまり褒められたものではないと考えられている。
しかし北の亡霊タラスは体の表面でそれをやってのけた……まあ鎧で、と言い換えても良いがとにかく頭のおかしい行動をとったと思えば良い。
『両手持ちの武器は重いからな……こういう命懸けの戦いになるんだよ』
「さすが北方の騎士か……」
北方戦線はとにかく凄まじく激しい戦いが多かったと聞いている。
高級将校も最前線で剣を振ってたとか、突撃のたびに部隊ごと全滅したとか……元々北方にある数々の国は元を糺せば略奪と襲撃を生業としていた海賊の子孫たちだ。
基本的に腕力と暴力に長けた連中が多く、交渉ごとなども一筋縄ではいかなかったらしい。
そのため停戦交渉がまとまった時に帝国の軍官僚は、三日三晩祝杯をあげたと言われるほど、仰天するくらいの損害が出ていたそうだ。
その中でずっと生き残り驚くくらいの撃破数を積み重ねたタラス・ノイラート子爵なのだから、ぶっ飛んでいる性格だとは思っていたが、これは本当にイカれている。
「今度はこっちだ!」
『こいやああッ!』
私は一気にクストスを前に出す……タラスは再び斧を大きく振り上げると、右斜め上からの袈裟懸けを放ってきた。
速度は凄まじく初見では避けることすら難しいかも……だが、先ほどの一撃を見てすでに速度感を掴んでいた私は、その一撃をギリギリで横っ飛びに機体を跳ばして避ける。
避けた勢いのまま地面を滑らせながらクストスのペダルを踏み込むと、機体は一気にドンッ! という音を立ててさらに前へと加速していく。
タラスはそれを見て体勢を整え直すと、大きく上段に構えた斧を振り下ろそうと身構えるが、私はそれに向かって左手に持った盾を思い切り投げつけた。
『盾を投げやがった!』
「ふっ!!」
投げつけられた盾を手に持った斧で叩きつけて粉砕してのけたタラスだが、それは私の思惑にピッタリとハマっていた。
ドガアアンッ! という音をあげてへし折れた盾に視線を取られたタラスの背後へと一気にクストスの勢いを殺さないままスライディングさせて回り込む。
立ち上がるのと同時にくるりと機体を回転させて剣を突きつけようとした私に対して、タラスは機体を横回転させて斧を振り抜く。
ほぼ同時……私の突きつけた長剣がタラスの機体の首筋に、そしてタラスの斧が私のクストスの胴体を撫で斬りの位置で寸止めされているのを見て、慌てたように魔道具から声が響いた。
『止めッ! 君たちの腕はよくわかった、もういいぞ!』
『……同時か……いい腕だ、赤虎姫』
「北の亡霊は伊達じゃないねえ……」
私とタラスはお互いの機体を動かして所定の位置まで戻ると、駐機体勢を取らせてからハッチを開ける……狭苦しい操縦席から解放された私はほっと息を吐くが、あのまま最後まで戦ったらどっちが勝っていただろうか? さっきの一撃もほぼ同時だったものな。
彼の機体は左腕が鈍いと言っていたが、実際にタラスの一撃は全速力ではなかった気がするし、私の機体はどうも加速時にほんの少しだけもたつくような感覚があった。
もし次があるなら完璧な整備が施された最新鋭機種で戦いたいかな……そう思ってハッチを開けて外に出てきたタラスを見つめていると、彼も視線に気がついたのかこちらを見てニヤリと笑う。
『おい赤虎姫……新しい機体が入ったら次は本気でやろう』
「新型機壊したら怒られるよ?」
『はっはっは! 違いねえッ!』
だがこれで私たち人形使いの実力は、衛兵隊隊長候補のシルヴァン・デュポストも認めざるを得ないだろう……どちらにせよ私とタラスは人形騎士コンビを組むことになりそうだし。
人形騎士の戦闘において一対一で戦うのは名誉ではあるのだが、戦争中はそんなことも言っていられず、一騎打ちが御法度とされていた……まあそんなの守る行儀の良いやつは少なかったが。
私も撃破数が多いのは、単騎突撃や相手が集団でかかってきたからってのもあるからな。
衛兵隊でどういう仕事が待っているかわからないが、ともかく背中を預けるのには信頼できそうなやつで安心した。
私は静かに自分を見下ろすクストスを見上げた後、手を振って笑顔で走ってくるパトリシアへと笑顔を向けた後、そっと呟いた。
「……ま、これで腕を認めさせられたのはキミのおかげさ、ありがとうねクストス」
_(:3 」∠)_ ごかく……!
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