第一九話 皇子様は帝都を歩く
「ちょ、ちょっと……殿、いやグラディ様!」
「遅いぞエミリー、この程度の人混みで逸れるな、お前は軍人だろう?」
ゼルヴァイン帝国第三皇子グラディス・バルハード・ゼルヴァインとエミリー・エゼルレッド中尉は今帝都アエテルナ・レグヌムの人でごった返す大通りを歩いていた。
帝国の首都であるアエテルナ・レグヌムは人口二〇〇万人を超える巨大都市であり、大陸でも最大の規模を誇っている。
長きにわたる戦争においても帝都は攻撃を受けたことがないこともあって、歴史的な建造物と近年建築された新しい街並みが整然と並ぶ美しい場所でもある。
グラディスはお忍び用に変装をした姿ではあるが、それでも帝室の一員ということもあって整った顔立ちである故にかなり目立っており、道を歩く女性たちが振り返るようなありさまだ。
それでも彼はそんなことを気にもせずに堂々と歩いており、エミリーは胃がひっくり返りそうな気分で彼の後ろをついている。
「この辺りは区画整理が進んでいるな、良きことだ……人々の顔もまだ明るい」
「え、ええ……よくご存知ですね、意外です」
「当たり前だ、為政者が街を視察しないでどうする……治めるべき民の姿を見ない統治など無謀だ」
グラディスは皇子という身分ではあるが、しょっちゅう変装して街へと降りているという噂があったが、それは本当のことなのだ、とエミリーは初めて知った。
他の皇子は街に視察に出る時には軍を引き連れたパレードなどでしか顔を見せない、それ故に帝室の人々の顔なんか知らないという平民も案外いるというが、そのおかげもあって彼も比較的自由に行動できるのかもしれない。
彼の視線が大きな木造の建物の建築現場へと移る……そこにいたのは巨大な人形騎士が大きな柱を抱えてゆっくりと移動をしているところだった。
戦争が終わり人形使いの大半が軍属のまま地方へと異動したり、中には軍を退役して戦いから離れ、こういった街作りに貢献するものもいる。
巨大な人形騎士を使った建築は前線ではよく見られた光景で、急増の砦を構築するなどの際専門の工兵だけでは手が足りず人形騎士を使って柱を移動させたなどという記述が記録には残っている。
「おそらくあいつもその手の連中だな、良いことだ」
「軍を追われたものも多いですが、その時の技能で生活をしているものは多いと聞いています、ただ一部の人からはあまりよく思われていないようですね」
「……くだらん、エミリー知っているか? 前線を知らない貴族出身の人形使いはそういった真似を下賤の仕事だと蔑む傾向にあるらしい」
「まあ、爵位がある方なら仕方ないかと思いますが……」
もっともな話だが、人形使いの大半は特別に平民から徴用された者や下級貴族出身者が多く、苦労を重ねている故に汚れ仕事なども率先して行う傾向があった。
戦争が終わるとそういった人々は自分の地元や領地に戻ったこともあって、帝都に残っている人形使いはある程度の地位がある貴族中心となった。
そういった人材が軍の中で発言権を得ており次第に戦争中に活躍した人々が別の場所へと追いやられる事態が散見されるようになっている。
実戦経験の少ない貴族将校たちは私利私欲により軍の予算を浪費し、一部ではすでに汚職が起きているとも噂される。
「さらに聞くが帝国の財政は破綻気味であるということを聞いたことはあるか?」
「え?」
「戦勝国だとなんだと浮かれているが、その実ヴォルカニア王国からむしり取った金などすぐに消えている」
グラディスは歩きながらエミリーへと話しかけるが、当の彼女は皇子の発した言葉に驚きを隠せない……帝国は今でも発展を続けていて、破綻するなどという話は聞いたことがないからだ。
しかし皇子はまるで彼女の反応などには興味を示さず、屋台に並んでいた小さな果物をとると、店主に笑顔で硬貨を渡す。
普段であれば毒殺を恐れて毒味役に食べさせるであろうが、彼は躊躇なく果物を口に運ぶと満足そうに微笑んだ。
エミリーはそんな皇子の姿をじっと見つめながら、先ほどの言葉を考える……確かに帝国軍は人形騎士を民間へと払い下げるなどしているが、それは型落ちの機種を売っているだけだと思い込んでいた。
「……人形騎士の売却などもその一環ですか?」
「ああ、図体を維持できんのだよ……帝国は自らの意思よりも巨大になりすぎた、故に必死に虚飾を張らねばならぬ、滑稽なことだ」
「リーベルライト元少尉の解雇なども?」
「赤虎姫は違うかもだが、少なくとも戦功のあった連中が軍からごっそり抜けていた……何か起きている可能性があるな……おっと、ここか」
グラディスは一つの建物の前へとたどり着くと先ほどの果物を軽く放って捨てる……行儀が悪すぎる、と普段であれば問題視されそうな行為だが、ここにはお目付役もいないからだろう自然な仕草にエミリーは逆に感心してしまった。
そこは少し前にアナスタシア・リーベルライトが揉め事を起こしたギルドであった……グラディスは躊躇なく扉を開けて入っていく。
エミリーは唖然としながらもいそいそと彼の後をついてギルドの建物へと入っていった。
帝国内に支部をもつギルドは、冒険者や傭兵、日雇いの労働者などへと仕事を斡旋する場所である……当然ながらこういった人々は荒くれ者扱いをされていて、一般人からはよく思われていないケースが多い。
「……ふむ、事務所というよりは一つの集会所だな」
「殿……グラディ様、もうやめましょうよ……」
グラディスは物珍しそうな顔でテーブルに座って昼間から酒を飲んでいる傭兵風の男や、娼婦まがいの女性、そしてどう見ても堅気には見えない連中を見ている。
もちろん彼らも入り口から入ってきた身なりの良さそうな二人組を見ると、興味深そうな顔でじっと見つめていたが、すぐに興味をなくして話へと戻っていく。
グラディスは一人の人物に目をとめると、足早にその男性が立っている受付テーブルへと向かった……それはアナスタシアに脅された初老の受付員だったが、エミリーは報告では聞いていたがそれと気がつくまでに少し時間がかかり、結果としてとめる間もなくグラディスはその男の前に到着してしまった。
「いらっしゃいませ、どのようなご用件でしょうか?」
「そうだね人探しをしている、女性なんだけど……」
「はあ……見たところ貴族階級の方でしょうか? もしかして奴隷や高級娼婦でもお探しですか? ギルドはそういった案件も取り扱っておりますよ」
エミリーは非常に失礼な表情を浮かべる受付の男性に声にならない声で叫び声をあげそうになる……『ただの貴族じゃねえ、国の頂点、帝室の人間だってば!』と声を出しそうになるが、グラディスがわざわざ偽名を使えと命じた理由を思い出して、必死に我慢する。
もし自分から止めに入ったらグラディスはこの場にあってもエミリーを一瞬でくびり殺すだろう……それくらいはやってのける皇子なのだから。
グラディスは本当の彼から考えると信じられないほどの柔和な笑顔で微笑むと、興味深そうな顔で受付の男性に少しだけ声を小さくしながらそっと囁く。
「そうなんだ、僕の好みの女性が欲しくてね……当てはあるといいなあ……探してくれるかな?」
_(:3 」∠)_ グラディスは為政者としての能力も高いのですが、第三皇子ということもあって帝位レースからは少し外れています。
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