39 帰国
マリーは丘の上に立っていた。
黒い雲は晴れ、夏の優しい日差しが辺りを照らしている。
「やったな、マリー」
人の姿に戻ったアスランがそっとマリーの肩を抱く。
「みんな、ありがとう。アスランあなたもね」
マリーはアスランや部下の竜人族、騎馬の民達に礼を述べた。
アスランの部下の一人が近づいて礼をする。
「本隊がもうすぐ到着する模様です。魔物たちは逃げ去りました。一部まだ暴れているものは、これから掃討作戦に入ります」
「頼む」
闇竜教徒や闇竜がいなくなり、彼らに触発されていた魔物たちは大人しくなるだろう。
だがどれだけの人が殺され、どれだけの物が破壊されたのか。
闇竜教徒の魔術によるものだと思われる、小麦の不作の影響はどうだろうか。
不安や懸念は尽きない。
だが当面、最大の危機は去ったのだった。
「そうだ!飛竜たちは……?」
マリーは周囲を見回す。
「死んではいないと思うけど、あの戦いでどうなったか」
アスランが言った時だった。
丘の向こうから、空を飛ぶ集団がやってくる。
アスラン達の顔に緊張が走り、戦闘態勢をとった。
「待って!あれは」
それは数十匹に及ぶ、飛竜たちだった。
鳴き声をあげ、マリー達の上空を飛び回る。
(ありがとう)
(闇の竜から助けてくれてありがとう)
マリーの頭の中に声が聞こえる。
「良かった……良かったね、みんな!」
(私たちは、それぞれの故郷に帰ります)
(もし私たちの力が必要なら、いつでも呼んでください。竜の巫女様)
飛竜たちは飛び去って行った。
そして竜人国の本隊がやってくる。
整然と行進する騎馬の部隊に、荷馬車も同行していた。
「アスラン殿下、ご無事で。マリー殿下も」
隊長らしき人物が近づいてきて、馬を降り、礼をする。
「偵察隊からの報告によると、国境のアングリア軍は進軍を止め、動きは見られないようです」
「そうか、ご苦労。引き続き偵察と監視を続けてくれ」
「はっ」
「アスラン。私、王都に戻りたい。おばあ様やアリスも心配で」
「わかった。急ごう」
マリーとアスラン、そして一部の部隊は、本隊に先行して王都に向かう事になった。
騎馬の民たちはとはここでお別れだった。
「ボリス、ありがとう。あなたの忠誠は忘れないわ」
「とんでもございません。では失礼致します」
ボリス達を見送った後、マリーは叫ぶ。
「では、王都へ!」
王都までの道中は、マリーの心に暗い影を落とす。
荒らされた小麦畑と、時々怪我をしてうめく人達。
一行の幾人かが持ち合わせの医療品で応急手当をする。
「あとは本隊に任せるしかない」
怪我をしている人達に声をかけているマリーにアスランは言う。
確かにその通りだった。
後ろ髪を引かれる思いをしつつも、王都へ向かう。
ようやく到着した王都はひどい有様だった。
あちこち白煙が上がり、人が倒れている。
「マリー殿下!」
衛兵らしき一隊が馬を駆ってやってくる。
先頭の顔に見覚えがあった。
「お前は?」
「はい、シメオンと申します。王太后殿下の命を受け、殿下をお探ししておりました」
「おばあ様は、ご無事なのね?状況は?」
「王太后殿下はご無事です。被害は思ったほどではないのですが……」
主要な王族や指揮官クラスが王宮に囚われていたため、かなりの混乱があったらしい。
魔物相手に奮戦した部隊もあったようだが。
アングリアの兵達は呆然自失の様子で、武装解除され、あちこちに集められているという。
「わかった。王宮まで先導お願いね」
「はい、マリー様こちらの方は」
「竜人国のアスラン王子とそのご一行よ」
シメオン達は馬を降り、王族に対する礼をする。
そして一行は王宮へと向かった。
「マリー、一体これは」
「マリー!」
王宮の広間に到着するなり、兄妹たちが口々にマリーに叫ぶ。
「マリー」
父と義母も駆け寄ってくる。
「お父様、お義母様、落ち着いてください。早急な負傷者の手当と、市街の状況確認が必要です」
「し、しかし。一体何がどうなっておるのやら」
父はアスランの方を見て、少しぎょっとした顔になる。
肖像画で見知っていたのかもしれない。
「お初にお目にかかります、陛下。竜人国の第一王子アスランと申します」
だが父王はアスランの挨拶を無視して言う。
「おお、そうだ。何やら竜人国の兵が来ていると報告が。何の許可も得ず国境を越えてやってくるとは、これではまるで侵略……」
「おだまりなさい!」
鋭い声が広間に響く。
「おばあ様!」
マリーの声が弾む。
「このような時に、何ですかあなた達は、みっともない。それでもこの栄光あるルガール王家の一員なのですか?」
「しかし、母上。竜人国の兵が勝手に国境を……」
「それについては私が許可を出しました。アスラン王子」
祖母がアスランを促す。
アスランは書状を取り出し、国王に手渡した。
「これは……ルガール国璽の正式な……」
「盟約に従い、ルガールの危機に際して援軍の要請。並びに物資の援助。これに関しては正当な代金を払う。そういう事です」
祖母の背筋は伸び、声にも張りがあり、以前と変わらぬ様子だった。
「そなたたちは、なすべき事をしなさい。仕事がないものは、邪魔をしないように」
祖母の厳しい声に、部隊の指揮官や高官たちは持ち場に戻り、王は部下からの報告を受ける。
「おばあ様!」
マリーは祖母にかけよる。
「心配かけましたね、マリー。ネセバルの丘にかかっていた黒い霧も晴れたと。あれはまさか?」
「全てマリーのおかげです、王太后殿下」
アスランが女王に対しての礼をする。
「ミリアムとお呼びくださいな、アスラン王子」
祖母はにっこりと笑う。
その時一人の女性が広間に入ってきた。
「アリス!無事だったのね」
「マリー様」
二人はしっかりと抱き合った。
「さぁ。あなたたちにも手伝ってもらいますよ。やる事は山ほどありますからね」
「はい!」
マリーとアリスとアスランは声をそろえて言った。
その後の王都の復興は急速に進んだ。
マリーも祖母の手伝いで忙しく働いた。
時には炊き出しの手伝いもする。
またある時は、竜人国の工兵や魔術師による工事を、竜の巫女の力で補助する。
竜人国から次々と物資が運び込まれた。
「マリー様のはからいだ」
「マリー様に感謝しろよ」
竜人たちが触れまわったため、マリーの人気は急速に上昇する。
運ばれた食料の中には、ドワーフ芋もあった。
かなりかさばる物なのでどうしたのかと思ったが、緊急事態だということで、竜変異して運んできたらしい。
最初はおっかなびっくりだった人々も、背に腹は代えられないという事でドワーフ芋に手を伸ばす。
意外なほど好評で、行列ができる程だった。
ネセバルの丘の黒い竜だけでなく、魔物の大群もマリーが倒したという事になり、たちまち救国の英雄として祭り上げられる。
「昔から武芸に優れたお方だったからな」
「弓の一矢で、飛竜十体を射落としたとか」
「鷲獅子の大群を一人で切り伏せたというぞ」
「どれも間違いだ。あの黒い竜の首を素手でねじ切ったのさ。王宮勤めの従兄に聞いたから間違いない」
などと、とんでもない出鱈目まで流布する始末なので、噂というものは恐ろしい。
そして正気に戻ったアングリアのリチャード王子はひたすら困惑していた。
「僕は一体何を……」
「まぁまぁリチャード様。一度ルガールをゆっくり観光なさればという事で、お招きしたではありませんか」
祖母は愛想よく言う。
そして、こんな状況なのでお構いできなくて申し訳ないと、手土産まで持たせて体よく追い返した。
国境にいたアングリアの兵達も、王子と共に帰国の途についた。
祖母の病気は結局は闇竜教団の呪術によるものだった。
義母が渡していた、花や果物を介してだったようだ。
それに関しては、義母自身は知らなかったということで、祖母は不問に付すことにしたらしい。
「僕はマリーのそばにいるよ」
竜魔術師のハネスや竜人国の兵の一部が先に帰国した後も、アスランはルガール王国に残っていた。
そして闇竜が倒されてから一ヶ月がたった。
まだ完全な復興はなっていないものの、とりあえずの目途がついたという事で、宮廷で晩餐会が開かれた。
当然マリーとアスランも出席する。
「いや今回は大変な事態だったな。子供たちの魔法も復興の役に立ったようだし」
父王はのん気な顔で言う。
「でもマリー。貴女を見直したわ。貴女にはきっと私が良い結婚相手を見つけて……」
義母が媚びるような笑顔でそう言った時、祖母の鋭い声が飛んだ。
「お待ちなさい。あなたたちは、まだわからないのですか」
祖母は厳しい顔だった。
「王族たる資格は、ちっぽけな魔力を誇る事でも、血統を誇る事でもありません。国のため、民のために勇気をもって行動できるかなのです」
一座はしんとなる。
「ジェイムズ。一人息子だからといってお前を甘やかしすぎましたね。これからはたっぷりと私が教育しなおしますよ」
「おばあ様。お願いがあるんです。竜人国へ行きたい。また大学で勉強したいんです」
マリーは祖母に向かって、心の中の決意を伝えた。
この一ヶ月でマリーの中に沸き上がってきた思いを語る。
「私たちの回復魔術には限界があります。病気や怪我で苦しんでいる人のために役に立つ薬草や薬の研究をしたい」
それから義母の方を向いて言う。
「お義母様。私、お義母様に感謝してるんです」
思わぬ言葉だったのか、義母は目をきょろきょろとさせている。
「竜人国へ行ったおかげで色々な人に会えた。友達もできた。何よりずっと夢だった、竜に乗る事ができたんですから」
父も義母も無言だった。
「わかりました、マリー。でも竜人国へ行きたいというのは、勉強のためだけではないでしょう?」
祖母は笑みを浮かべている。
「え、そ、それは……」
マリーは動揺してアスランの方を見た。
アスランも真っ赤になっている。
祖母は軽く笑い声を立てると言った。
「マリー。この国に縛られる事はないわ。あなたはあなたの道をお行きなさい。なにしろこの国には十三人も王女がいるのですからね」
そして五日後、マリーは祖母をはじめ大勢の人に見送られて竜人国へと向かった。
もちろん、アスランやアリスも一緒だった。
竜人国へと足を踏み入れると、マリーの心は浮き立つ。
たった数ヶ月しか過ごしていないこの国だが、マリーにとっては何よりも大切な人たちがいる場所だ
「おかえり!マリー、アリス」
「おかえりなさいませ、マリーさん、アリスさん」
大学で出迎えてくれたのは、もちろんミラミラとユリアだった。
「あれ?ドラコちゃんは?」
ミラミラが周囲を見回しながら言う。
「ドラコは……いえ、ドラコはここにいるよ」
マリーは竜の首飾りを指し示す。
金の竜珠が、一瞬きらめいたように感じた。
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