22 帰還
「な、なんだこいつは。魔物か!」
アスランが身構える。
「いやいや、違うって。わかるだろ?」
ドラコは平然とした表情で言った。
大きさ的にはマリーの膝上ぐらいまでだった。
「アスラン、この子は悪い子じゃないわ。私を助けてくれたの」
「そうそう。おいらは君たちの恩人ってわけ」
そういってドラコはマリーに近づいて、飛びついた。
マリーはドラコを抱きかかえる形になる。
「お前は古竜……ではないな。言葉を喋るからには竜人か?」
「どっちでもないよ王子様。じゃあ行こうか」
こうしてドラコは一行に加わり、シレジア領主の館に戻る事になった。
二日後――
「このたびは誠にありがとうございました」
領主のヨハンが頭を下げる。
「いやいや。竜人国に住まう者の平穏を守るのは王家の義務。礼には及ばない」
アスランは鷹揚に言う。
あの後、一行は周囲を少し探索してから、その後帰還した。
シレジアの兵と、アスランの部下の一部が部隊を結成し、さらに詳しい調査にあたっている。
報告によると、毒沼を覆っていた霧は晴れ、清浄な湖になっていた。
周辺も他の土地と変わらず、瘴気も毒の霧もないという。
そこまではマリー達が最初に見た通りだ。
「まだ確かな事は言えませんが、あの近くの山に魔石の鉱床があるかもしれないとの報告でした」
ヨハンが言う。
「ふむ」
アスランは少し考えこむ。
「あの一帯も、農地に転用できそうな土地もあるやもしれません。とにかくあの毒沼のせいで、シレジアは発展を妨げられておりましたからな」
「まぁそれについては、おいおい話し合いが必要だろう」
ヨハンとアスランの話は続く。
マリーにはよくわからない、大人の事情なのだろう。
「いやぁ、うまいねこれは!」
ドラコが目の前のチョコレートケーキを食べながら声を上げる。
「アスラン様。この生き物は一体どういう」
「実は僕もよくわからないのだ、ヨハン。魔の者という可能性も捨てきれない」
「だからおいらはそんなんじゃないって」
「それについては王都に着いてからだ」
アスランは、マリーの膝の上に乗るドラコに向かって言う。
彼にもあらず、どこか不機嫌だった。
「いやいや本当に助かりました。魔物の呪いを受けた者たちもいずれ快癒いたしましょう」
「部隊の一部は置いていく。引き続き調査にあたってくれ」
「わかりました」
こうして、マリー達は領主の館を辞する事になった。
「ねぇ、アスラン。ユリアの家に寄っていきたいの」
部屋を出てからマリーは言った。
「ああ、そうだったね。ユリアの父上の様子も気になる」
「そうなの。治っているといいんだけど」
「そうだね。それより、マリー。今回はありがとう」
「え?何が?」
「マリーがいなければ勝てなかったよ。さすがは竜の巫女だ」
「どういたしまして……と言いたいけど、私も何がどうなってるかよくわからないのよね」
「うんうん。もっと感謝するといいよ。おいらがここにいるのも、マリーが竜の巫女だからさ」
「お前とは色々話す必要がありそうだな、ドラコとやら」
どのみちユリアの家は帰り道だ。
マリー達は寄ってみる事になった。
そしてユリアの家の近くまでやってくる。
なぜか屋敷の気配が以前と違う気がする。
「マリーさん!お父さんが……お父さんが……」
出てきたのはユリア本人だった。
「どうしたの?ユリア?何かあったの?」
「違うんです!お父さんが嘘みたいに治って……とにかく入ってください」
マリー達はユリアの父がいる部屋へ通された。
「お父さん!話したでしょ?マリーさんとアスラン殿下が」
「おお」
ユリアの父はベッドから半身を起こす。
まだやつれた感じはあるが、以前見た時とは比べ物にならないほど血色がよくなっていた。
「このような格好で失礼いたします、殿下」
「いやよい、男爵」
アスランはそう言うと部下に合図する。
その部下は一通りユリアの父の様子を調べて言った。
「呪いは消えております。あとは医者の領分でしょう」
「殿下、ありがとうございます」
ユリア親子は深々と頭を下げる。
「礼ならマリーに言ってくれ。全て彼女のおかげだ」
「ありがとう、マリー。この恩は一生忘れないわ」
ユリアに続いて父母もマリーに礼を述べる。
「いいって、いいって。それよりユリア、これで学校にまた来れるよね?」
ユリアは目に涙を浮かべ、父と母を見る。
「事情は母さんから聞いた。まだ婚約したわけではないし、先方には父さんから話そう」
「お父さん……」
ユリアはそれ以上何も言えないようだった。
「そうだよ!もし相手が何か言って来たらさ。私の弓でハチの巣に……」
「こらこら、マリー。乱暴は良くないよ」
ユリアたちの視線がドラコに集まる。
まさか言葉を発するとは思っていなかったのだろう。
「な、なんですか、マリーさん……その人語を話す黄色いカエルは……?」
「おいらはカエルじゃねぇ!竜だよ」
ドラコはちょっとむっとした表情で言う。
「ごめんねぇ。ちょっと変わった竜だけど、悪さはしないから……ほら、あとで美味しいパンあげるからちょっと黙ってて」
マリーはドラコに囁く。
ドラコは仕方ないという表情で黙った。
「それで、どうするユリア?もしご両親が許して下されば、私たちと一緒に王都に戻らない?」
マリーの言葉に
「それは願ってもない事です。もしさしつかえなければ」
ユリアの父が言った。
「ご迷惑かもしれませんが、よろしくお願いします」
ユリアの母も続ける。
彼らとしても、アスランと騎士たちがいれば、これほど心強い旅はないだろう。
「ねぇ、アスランいいよね?」
「僕は別にかまわないよ。一人増えるくらい」
「じゃあ決まりね!」
その時ユリアの父が口を開く。
「少々お待ちください」
そしてユリアの母に向けて、何事かささやいた。
彼女は一旦部屋を出て、再び戻ってくる。
手には、年代物の黒色の弓を携えていた。
「これは我が家に伝わる『破魔の弓』です。この世ならぬものに効果を発揮すると言います。よろしければこれをさし上げます、マリーさん」
ユリアの父は弓を差し出す。
マリーが弓が得意だという事を聞いていたのかもしれない。
通常の弓より、かなり小さい。
「そんな貴重なものを?いえ、それは受け取るわけには……」
「私たちは戦いとは縁がありません。私たちが持っていても役に立たないものです。よろしければ是非」
「こういう時は受け取るべきだよ、マリー」
アスランがマリーに向かって言う。
「わかりました。ではありがたく頂戴します」
マリーは弓を手に取る。
思ったより軽く、手にぴったりと吸い付くような感触だった。
だが次の瞬間、弓はマリーの身長の半分以上の大きさへと変化する。
「これは!?」
「おお。この弓は本来の持ち主の手に渡れば、その真価を発揮すると伝わっております」
弓はやがて細かく振動すると、元の大きさに戻った。
「あらためてありがとうございます、ラデツキー男爵」
マリーは一礼した。
こうしてマリー、ユリア、そしてアスランの一行は王都に戻る事になった。
ユリアは大急ぎで準備を整えた。
元々、諸々の物はまだ大学の寮にあったようなので、大した荷物は無い。
「それではお気をつけて」
「ユリア、元気でね」
ユリアの両親と弟妹たちに見送られて、マリー達は出立する。
魔術師の強化魔法を使えば王都までは三日である。
今回は色々な事があったな。
竜の巫女の力というのは役に立つらしい。
そしてドラコ。
一体何者なのだろう?
悪い竜ではないようだが……
道すがら、マリーは様々な物思いにふける。
だがこの時マリーは、この先に待ち受けるものの事をすっかり忘れていた。
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