21-09 幕間――静寂の控室、暴風を起こす指令
皇帝侍従、クロミック視点。
短めです
「ご苦労であった」
控室に入り、部屋中央のソファーに腰を下ろした陛下が言った。
私は立ったまま、頭を下げた。
「申し訳ございません。
まさかバートマン中佐が生きていて、この場に現れるなどとは思いませんでした。
それに、あのままクララット大将に口を割らせる訳にはいきませんでしたので」
頭を下げたまま、私は陛下に述べた。
ダニエル・バートマン中佐。
あれから十七年、一度も姿を現さなかった彼がまさか生きているなど……想定外にも程がある。
あのままクララット大将への尋問があれ以上進めば、十七年前に中佐を処分しようとした事すら明らかにされかねない。
そう思い、対策を練るため陛下に休憩を奏上したのだ。
「よい。面を上げよ。
貴族共とて、必死なのだろう」
陛下は私の謝罪を鷹揚に受け入れた。
私は、頭を上げる。
「ところで……フォルミオンは、入ってきておらぬな」
「殿下には、控室の前で待機するように伝えております。
この場は今、陛下と私だけにございます」
陛下のお尋ねに、私はこの場が我々二人だけであると答えた。
「なれば――アレを起動せよ」
私は陛下の命に頷き、服の下に仕込んでいた装置を起動させる。
二人の周りを薄く黄色いフィールドが包む。
防音フィールドそのものを不可視にすることも可能だが、陛下の前ではわざとフィールドを視認できるようにしている。
……万が一にも、陛下がフィールドの外へ出ないようにするためだ。
一度、陛下は誤って外に出てしまったことがある。
「休憩は一時しのぎに過ぎん。
幾ら強かと言えども、クララットは所詮事務屋だ。
尋問に耐えうる訓練はしていまい」
陛下の言葉に、私は頷く。
「仰る通りでございます。
このまま何も策を講じなければ、いずれクララット大将の口から漏れるやも知れません」
陛下は、私の言葉に頭を振った。
「クララットは便利であったが、今となっては危険だ。
……マクベスの居場所は、分かったか」
「帝都第一放送の襲撃後、彼等の船は拠点へと戻っているようです」
大佐の船団には、大佐にも内緒でIDをつけている。
――彼らへ船を引き渡す前に仕込んでおいたものだ。
年末の襲撃後に飛び立った船はそのまま彼等の拠点へ戻っており、そこから動いていないことはIDの位置情報で確認済だ。
私の答えに、陛下は頷いた。
「もう一つ、例の音声データだが……そちらの処分は済んでいるか」
「グロスター閣下からは、間違いなく処分したと連絡を受けておりますが……」
グロスター宮廷伯からの報告によれば、コロニーに残されていた音声データは管理エリアの船ごと処分したという。
それさえ済んでいれば、尋問が進んだとて、陛下にまで累が及ぶことは無いだろう。
だが……。
言い様のない不安が、頭を過ぎる。
何か、見落しは無いだろうか。
陛下はしかし、私の答えに頷く。
「そうか……ならば良い。
だがどの道、私はすぐに退位せねばならんだろうな」
私は頷いた。
カエサリス・グロスターの両宮廷伯に罪を被ってもらうとしても、このままでは陛下の責任が全くなくなるわけでは無い。
最側近が罪を犯した責任を取らなければならなくなるのだ。
そうなれば長くない準備期間をおいて、帝位を退かなければならない。
オレステス皇太子殿下の性格を考えると、即位後は退位した陛下を貶めることで権勢を高めようとするに違いない。
だが陛下のことだ。それを甘んじて受けるつもりはないのだろう。
……陛下の乳兄弟である私もまた、陛下がそのような目に遭うのは避けたいと思う。
「ですが、使える手はもう……」
今まで陛下の手足となって来た者達は、悉く捕らえられているのだ。
今残っているのは、私を含めた侍従数人しかいない。
できる事は限られている。
だが私の言葉に、陛下は首を振った。
「マクベスに繋げ」
私はその意図を理解し……そして、躊躇った。
彼は、切り札でもあるが、諸刃の剣でもある……。
陛下の意思は、マクベス大佐に帝都で暴れさせること。
そして、全貴族総会や、ラズロー中将達を捕らえ、命を奪うこと。
それはつまり――スパニダス星系の惨劇を、再び、この帝都で起こすこと。
仮に上手くいったところで、政府機能は麻痺し、再建には多大な時間を費やすことになる。
だが、私の躊躇いを無視して陛下は言う。
「さっさとしろ、クロミック」
……どの道、私は陛下について行くしかないのだ。
私は覚悟を決めた。
懐から、マクベスへ連絡するための専用端末を取り出す。
特殊な通信回線を用い、かつ厳重な暗号化を施しており、帝国宇宙軍の情報部隊にも解析されないようにしているものだ。
何コールか呼び出し音が鳴ったあと、回線を開く音がした。
「マクベス殿ですか」
「ああ」
私の呼びかけに、回線の向こうで短く応答があった。
聞こえた声は大佐のものだった。
内心、彼の声が無事に聞こえたことに安堵した。
彼さえ無事なら……逆転の目はあるのだ。
――例えそれが、どの様な災禍を招こうとも。
「代わります」
そう回線の向こうに伝え、私は端末を陛下に渡す。
陛下はそれを受け取り、自ら大佐に命令を発する。
「マクベス、今から重要な指令を出す。
今すぐ“宙賊団”として出発し、帝都を襲撃せよ。
目標は『帝国政府大議場』だ」
「目的は、何だ」
陛下の指令に、回線の向こうから短く質問が来る。
「全貴族総会を崩壊させる。そのための目標は五人。
ミツォタキス侯爵、トッド侯爵は最優先。
次にラズロー中将、クラッパ伯爵、カーネイジ子爵を始末しろ。
あと、ダニエル・バートマンもいる。奴も始末しておけ」
「バートマンだと? ……わかった」
しばらく沈黙した後で、大佐は答えた。
そして、回線が切られる。
陛下は端末を、私に戻す。
私はそれを懐に仕舞う。
「クロミック。万が一の時は……何発撃てる」
私は陛下の意図を理解し、答えた。
「近衛のボディチェックを受けましたので、銃は持ち込めませんでした。
ですから――最大二発。
現実的には一発撃てれば、といったところでございます」
私の回答に、陛下は頷いた。
「万が一の時は――頼む。
それから、フィールドはもう解除していいぞ」
その陛下の言葉に私は頷いて、防音フィールドを解除する。
その途端、控室の扉がノックされる。
私は扉の近くまで行く。
「もうそろそろ、休憩時間が終了します。
ミツォタキス侯爵から、そろそろお戻り頂くよう依頼が来ております」
フォルミオン殿下の声だ。
そろそろ、休憩から戻るよう求められている。
「陛下、そろそろ」
「……また長い会議になるだろうな」
陛下はそう言って、ソファーからゆっくり立ち上がった。
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