チャプター8 銀の龍
開始の合図とともに加間は弾丸のごとく地を蹴って飛び出した。
加間は5メートルの距離をあっという間に詰めると、顔面に向けて大ぶりなストレートパンチを繰り出した。健斗は首を傾げてパンチをかわす。
健斗は首を傾げたまま加間の胴体へショートフックを繰り出す。加間は右腕で防ぎ、逆の手で殴りかかった。健斗は加間の拳に手を添えてそらし、裏拳を繰り出す。
「ハッハア!」
加間は身を引いて裏拳を避け、態勢を戻す勢いで正拳突きを放った。健斗は腕をクロスしてそれを受ける。ずんっと受けた腕に衝撃が走る。重い。健斗は顔をしかめる。ナイトを纏っていない彼の身体能力は支部長クラスと互角かそれに一歩及ばない程度だ。
相対する加間の身体能力はこの一撃から推察するに支部長以上と彼は断定した。
「おらおらどうしたぁ、てんで弱っちいぜ!」
加間は嘲りながら回し蹴りを放つ。健斗は屈んで蹴りをかわし、立ち上がる勢いで跳躍し、ジャンプパンチを繰り出す。
ジャンプパンチは加間の胸に突き刺さったが、鎧と彼のスキルである身体強化や物理防御によって衝撃はほとんど散らされ、わずかに体を揺らしただけに止まった。
健斗は迎撃をバックステップでかわしながら心の中で舌打ちをした。硬い。しかもスキルのせいでまともにやったんじゃダメージすら与えられない。
さてどうするか。加間を見据えながら頭の中で対策を練る。
「オラぁ!」
加間は踏み込んで間合いを潰し、殴りかかった。健斗はそれを腕を掲げてブロック。同様に彼も拳を突き出す。二者はそのまま拳を打ち合った。
その打ち合いをギャラリーは固唾を飲んで見守る。身体能力や防御力は加間が上回っているが、技の方は健斗の方が上手のようで何度か加間に打撃を当てていた。しかし装備とスキルのため有効打は得られず、膠着状態に陥っていた。
ギャラリーや国王はそんなことは露知らずに沸き立っていた。はやし立てる国王を横目に、ビリア王女はその膠着状態を見抜いており、いつ膠着が崩壊するのかとハラハラした面持ちで観戦していた。
と、ここで状況に変化があった。健斗が加間の右フックを左腕でガード。逆の腕で意趣返しのように右フックを繰り出す。加間もこれをガード。それから二人は互いの手を掴み合い、力比べの格好になった。
二人はあらん限りの力で押しあいながら、にらみ合った。
「俺はなぁ、あんときからずっとお前の顔面を殴り飛ばしたくてうずうずしてたんだぜ。ふざけた鎧もないお前なんか、このまま捻り潰してやるぜえ」
徐々に押し返される腕に力を込めながら、彼は無表情で加間の顔を見ていた。
「ああ?怖くて声も出ねぇか?お前をぶっ殺して、アユちゃんに見せつてやるぜ」
凄む加間を相手に健斗はようやく口を開く。
「なんだ、お前まだ告白してすらいないのか」
そう言って彼はせせら笑った。
「チキン野郎」
「ッ!!!!」
挑発で生じた揺らぎを突き、健斗は瞬時に手を動かし加間の腕をつかんだ。そして振り払われるより早く加間の体を投げ飛ばした。
「クソッ!」
加間はどうにか空中で姿勢を正して着地、前方を見るもすでに健斗が目の前にいるではないか。
「であああああ!」
「うお!?」
健斗は槍のように鋭いサイドキックを繰り出した。着地間際の加間は反応が間に合わずそれを受けた。鎧とスキルのおかげでダメージは微々たるものだが吹き飛ばされ大きく間合いを離された。
「「「「わあああああああ!!」」」
沸き立つギャラリーの歓声を背に、健斗はつかつかと歩み寄りながら口を開く。
「てんで弱っちい?」
「ああ?」
加間は眉間を寄せる。健斗は加間から2メートルほど離れた位置で足を止め、そして心底馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「自己紹介なら間に合ってるぞ」
加間は一瞬呆けた顔で言葉の意味を理解しようとして、理解したとたん烈火のごとく怒り、飛び掛かってきた。
「がああああああ!!!」
繰り出される拳は精彩を欠き、型も何もあったものではない。まるで獣だ。
無茶苦茶に繰り出される拳を彼は悠々といなし、胴体に掌底。顔面を狙う拳を避けつつ蹴りを加え、伸び切った加間の拳をジャンプして踏みしめ蹴り上り、背後へと着地。間髪入れずに両肘打ちを繰り出した。
加間はいまだ彼の姿をとらえられていない。好機。ここで畳みかけるべし。
健斗はここで畳みかけるべく加間の背中に乱打を加える。しかし彼は忘れていた。獣というものは突発的に予測不能な動きをするものだ。追い詰められているときは特に。
「がああああああ!!!」
激昂した加間は獣じみた咆哮を上げた。瞬間、加間の体がうっすらと黒色の光に包まれ、魔力量が跳ね上がった。
(これは!)
それは闇魔法闇纏い。身体強化に上乗せしてきたか。加間は振り向きながらパンチを繰り出した。先ほどとは比べ物にならない速度で迫ってくる拳。
完全に虚を突かれた彼は慌ててガードしようとするも反応が間に合わない。
「があッ!!!」
「ガハッ!」
腹部に拳が突き刺さる。体が一瞬浮き上がるほどの衝撃。ギャラリーがどよめく。ビリア王女は思わず口元を覆う。部座の顔から血の気が引いた。国王は笑った。
「てめぇ~さっきまでの威勢はどうした?カスが調子に乗るからこうなるんだぜ」
加間は喜悦に顔をほころばせながら嘲った。
加間はさらに何事か言ったが、健斗の耳には届いていなかった。今の一撃で意識がもうろうとしているため?否、そうではない。
加間の拳が腹部を直撃した直後、加間の記憶が頭の中に流れ込んできたのだ。そして彼は加間が今まで何をしてきたのか知った。
健斗は加間の腕をつかんだ。
「あ?」
蹲っていた健斗が顔を上げて加間の瞳をのぞき込むように見た。銀の瞳で。
「なにが」
加間の言葉はすさまじい衝突音にかき消された。加間は吹っ飛び、地面を二転三転した。
その場の全員が驚愕に目を見張った。健斗の体から神秘的な銀のオーラが噴出し、憤怒の形相で加間をにらみつけていた。
健斗は態勢立て直した加間の元へ決断的な歩みで向かって行った。
「糞が、なめんじゃねぇ」
加間は激変した健斗へひるまず突撃。右フックを繰り出す。健斗はスウェーで回避。左拳を顔面に叩き込む。殴りつけた腕は銀の炎に燃えていた。
たたらを踏んだ加間にもう一撃を叩きこむ。思わず後ずさる加間にさらにもう一発、加間は呻きながらバックステップで距離をとる。
「く、来るんじゃねぇ」
加間の拒絶の言葉など、今の健斗の耳には入ってはこない。健斗の心を満たすのは憤怒だ。
健斗は加間の拳から彼が行ってきた行為の全てを見た。暴力、凌辱。略奪。流れ込んできた記憶はどれもがそう言った類のものばかり。
無辜の人々に躊躇いなく暴力を振るう者を彼は何よりも憎んだ。そういう者を見るたびに、彼の脳裏にはロサンカでの虐殺の光景が鮮明に映し出されるのだ。痛みなど、もはや感じてはいなかった。ただ憤怒だけがあった。
健斗は瞬く間に加間の懐に入り込むと爆発的な踏み込みとともに強烈な右ストレートを放った。その際に右肘から銀の炎が噴き出し、パンチをさらに加速させる。
「銀我流星!!!」
「ぐあああああああ!?」
銀我流星は過たず加間の体を射抜いた。びきりっという異音が聞こえ、鎧に罅が入る。拳も同時に砕けたが健斗は構わず腕を振りぬいた。加間の体は勢いよく弾き飛ばされ地面を削りながら転がる。
「馬鹿な!」
国王は驚愕に目を見開く。
「あれはチャリオッツのピストンファイヤー!?」
国王の驚愕をよそに健斗は体内の莫大なフォトンエナジーを練り上げ右足に集中、間髪入れず飛び上がり、必殺の一撃を繰り出した。
加間は何とか起き上がり上空の健斗を見上げ、そして加間は見た。加間だけではない。その場の誰もが健斗の背後に雄々しく飛翔する銀の龍の幻影を見た。
「銀龍!!!」
それは蹴り足に莫大なエネルギーを込め、背中から炎を噴射して加速させる必殺の飛び蹴り。加間に避ける間などなかった。まさに龍の吐息の如き一撃は加間のスキルによる軽減を突き抜け、スキルが付与された鎧を木端微塵に砕き壊した。
加間は訓練場の壁を粉砕しながら砲弾のように吹っ飛んだ。健斗は流麗に地面に着地して残心を取った。しばし水を打ったような静寂に包まれた。
官僚の男は加間が吹き飛んだ方をしばらく見やり、もう戻ってくる様子が無いと判断したのか健斗を見て簡潔に審判を下した。
「試合終了!勝者、上井健斗!」
男の大音声が響き、訓練場が大歓声に包まれた。健斗は歓声を上げる人々を物珍しそうに見ながらビリア王女の元へ向かった。
「ね、大丈夫だったでしょう?」
健斗は肩を竦めながら言った。
「もう、見てるこっちはハラハラしたわ、加間の奴に殴られたときなんか心臓が止まるかと思ったわ」
「私は始めから信じておりましたぞ救世の騎士殿!」
「その呼称止めてください」
胸を張ってそう答えるプートンに、健斗うんざりとした目を向けた。それから改めて王女へ顔を向け、彼は口を開いた。
「生きて帰ってきました」
「うん、お帰りなさい、そしてごめんなさい、私は結局お父様を止められなかったわ」
彼女は申し訳なさそうに目を伏せ、謝罪した。
「いえ、いいんです、どうせ遅かれ早かれああなっていましたでしょう。あの国王はそういう男だ」
「…そうね、私がどれだけあなたに謝ったところで許されないことは分かってる、でも少しでも償いをさせて欲しいの、何だって言って、可能な限り敵えるから」
「それなら一つ頼みごとがあるんです、あとできればプートンさんにも一つ」
「赤龍だと!?」
「いえ若干違いますね、チャリオッツの赤龍は両足蹴り、対して彼のは利き足だけで蹴ってます」
談笑している3人をを横目に、官僚の男と国王は小声で話し合った。
二人は銀龍を目にし、思わず思い起こさずにはいられなかった。彼らは過去にチャリオッツナイトの「赤龍」を見た。多少の違いはあれど記憶にあるそれと今見た銀龍は完全に一致していた。そしてそれはチャリオッツがまだ生きていることに他ならぬ。
「あの小僧、余を謀ったな!なにが偶然だ、チャリオッツめ!」
「くくっそうか、生きていたかアルバート」
王は眉間に欠陥を浮かび上がらせる。官僚の男はそれまでの無表情とは一転して凄まじい笑みを浮かべる。その表情のまま、彼は歓声に包まれる健斗の元へと歩き出した。
「あなたは」
「私かね?」
男はおどけたよう仕草で勿体付け、王女からの呆れたような視線を受けながら恭しく口を開いた。
「私はシルヴァオン・ファント、あの国王の実の弟さ」
男はそう言って、肩を竦めた




