チャプター3
この怪物の名はブロウクングリズリー。
クレイジィーベアーという魔獣をベースに使った強化実験の試作品である。
クレイジィーベアーの数倍になったパワーと敏捷性、そして凶暴性も遥かに増しているため多少のダメージでもひるむことなく対象を殲滅することができる。
しかしその凶暴性からか命令を無視するどころか主人に襲い掛かってくることもあり、失敗作としてドクターがこの森に破棄したのである。
だが奇しくもテイムができる存在の価値が高まってきたこの時期、その凶暴性を持ったまま従えることに成功した魔族たちは嬉々として森に生息しているブロウクングリズリーを従えようとした。
が、大半が返り討ちに合いあえなく死亡、もしくは大怪我を負う者が続出。ここにいる個体はたまたま寝ているところを発見し、どうにか引っ張ってきてテイムした個体だった。
「ギュアアアアアア!!!」
エレメントウェポンはブロウクングリズリーの振り下ろし攻撃を身を低くしてかわし、そのまま脇を潜り抜け、すれ違いざまにわき腹を切りつけた。
「チィッ!」
鈍い感触に思わず舌打ちが出た。浅い。すれ違いざまの斬撃は毛皮をいくらか切り取り薄皮に浅い切り傷をつけただけだった。毛皮が思った以上に硬く、生半可な攻撃では傷を負わすことすらできなさそうだった。
「ギュアアアアアア!!」
「おおっと!」
ブロウクングリズリーの攻撃を危うくかわしたエレメントウェポンはブロウクングリズリーではなくその主人である魔族兵に向けて炎剣と氷剣を投げ放った。テイムの強化がなくなれば多少は戦いやすくなるからだ。
「撃ち落とせ!」
「「ハイ!」」
しかしそれも取り巻き二人に撃ち落とされてしまった。
「糞が!」
「ギュアアアアアアア!!!」
毒づくエレメントウェポンは顔面を狙ったブロウクングリズリーの爪を側転で回避。さらに大きくバックフリップをして距離をとった。
『エレメントウェポン!』
「くそこいつ強いぞ!」
「ハハハ当然だ!こいつは魔族でも手を焼く怪物だ!人間ごときに倒せるものか!」
「外野がうるせぇ…!」
エレメントウェポンは勝ち誇る魔族兵をにらみ、再び膠着状態になったこの状況で作戦を練るために通信に呼びかけた。
「どうするかな…あんま時間かけてらんねーぞ」
『こういう敵はおつむが弱いから挑発して怒らせてみたらいいんじゃない?』
「怒らせる?」
『そう、そして判断が鈍くなったところに雷剣でチクチクして…』
「OK!それでいこう」
『うん、ちょうど向こうも痺れを切らしたみたいだよ』
通信を切ったと同時にブロウクングリズリーが弾丸のような勢いで突っ込んできた。エレメントウェポンは横に跳んでかわし、その背中に大声で罵声を浴びせかけた。
「おらどうした木偶の坊!図体がでかいだけで人間一匹殺すこともできねーのかぁ~!」
「ギュアアアアアアア!!!!」
見事に挑発に引っかかったグリズリーは怒り心頭で狂ったように腕をぶんぶん振り回した。そのすべてをかわしつつ、エレメントウェポンは雷剣で隙を見て腕やら胴体に傷をつけた。
「ホレホレどうした?そんなもんかぁ~?」
「ギュアアアアアアア!!!!」
ただでさえ分かりやすかったその動きが怒りでさらに単調になり、攻撃が当たらないという現実にさらに怒ったグリズリーは、着実にその体に電気を蓄積させていった。
「ば、馬鹿者、敵の挑発に乗るんじゃない!」
「ガァ!?」
主人の声で我に返った時には時すでに遅し。いつの間にか体の自由が利かなくなっていた。
「へへ~んどうでい。あたしの雷剣には対象をしびれさせる効果があるんだ」
エレメントウェポンは動きが止まったと見るや瞬く間に距離を詰め、その勢いを乗せがら空きの胴体に雷剣を深々と突き刺した。
「ギャアアアアアア!!?」
突き刺さった雷剣は放電し、ブロウクングリズリーは体中に駆け巡る電撃にがくがくと体を揺らした。グリズリーはエレメントウェポンを何とか引きはがそうとするもしびれて体が動かない。電撃は瞬く間に全身に巡り、焼き尽くした。
ぶすぶすと煙を吐きながらブロウクングリズリーはがっくりと膝をつき、倒れたっきり動かなくなった。死骸は内部に残った電気に時折痙攣した。
「うわあああああそんな!?グリズリーがやられた!?たたた隊長!!!」
縋りついてくる部下を殴りつけながら、魔族兵の隊長は緊急用の通信石に必死で呼びかけていた。
「くそたれ!ドクター|!まだか?まだ着かないのか!?」
『うるさいな、そんなものとっくに発送済みだよ、頼むからくだらないことで通信をかけてくるのはやめてくれ』
「エッ!?」
「た、隊長、何か近づいてきます!こ、これは」
『強力なエネルギー反応確認、このエネルギー反応は前に戦ったワイバーンクラスだ!!?速い!接触までもう間もなくだよ!』
「はぁ!?」
ジェシカからの通信を聞いて構えた直後、それは飛び出してきて彼女の目の前にひらりと着地した。
「―――――――――――――—―」
エレメントウェポンは言葉すら発さずに目の前に飛び出してきた怪物を凝視した。
彼女はこの世界にやってくる前は幻想の生物や魔法などにあこがれ、それらについて載っているよく本などを読んでいた。
目の前にいる怪物は飽きるほど読んだ本の1ページに乗っていた挿絵からそのまま飛び出と思えるほどそっくりだった。
「マンティコア…」
エレメントウェポンはぽつりと呟いた。
それは長く背に沿ったサソリの尾を振り回し、力強いライオンの胴体と四肢を踏みしめ、人ともライオンともつかぬ醜悪な顔でエレメントウェポンをにらみつけていた。
それはまさしく伝承の怪物そのものだった。
「そうだ!エレメントウェポンよ、貴様の相手が相手をしていたブロウクングリズリーはいわば捨て駒!こいつこそ私の本当の切り札よ!」
マンティコアの到着で気を持ち直した魔族たちは勝ち誇ったように言った。
「むぅ~…」
エレメントウェポンは仮面の中で眉間にしわを寄せながら、相手の出方をうかがった。
その間にテイムが完了したようで、マンティコアはエレメントウェポンから魔族を遮るようにその前に立った。
『う~ん相手の出方がわからない以上うかつには動けないね』
「でも早くこいつを倒さないと増援がいつ来るかわからないし…」
お互いに動けない状況が続いた。
しかしその均衡は長くは続かなかった。
遠くで爆発が起こった。かなり大きな爆発だったようでここからでも確認ができるほどの銀色の爆炎がもくもくと立ち上っていた。
それを合図に両者は同時に動き出した。
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ブロウクングリズリーのぶん回しを潜り抜けたシルバーナイトはその無防備な胸を殴りつけた。胸が陥没し血反吐を吐きながらブロウクングリズリーは倒れた。
彼の後ろには同じように一撃でたたき殺されたグリズリー2頭が物言わぬ屍として横たわっていた。
「さてこれで頼みの綱の魔獣は死んだな」
シルバーナイトは尻餅をついて震えている魔族兵へ振り返った。その両横には上半身を吹き飛ばされた取り巻きの2人の魔族兵の無残な死体があった。
「増援を呼ぶ間なんて与えない、二人の部下と同じようにお前もあの世に送ってやる」
シルバーナイトはそう言いながらつかつかと魔族兵に向かって歩み寄った。
「そんな…そんな…もうちょっとなのに、あと少しで」
「なんだ?あと少しで何が」
『シルバーナイト、警告だ、強力なエネルギーがそっちに向かってる』
「何?」
その通信に立ち止まり、そして気づく。確かに大きなエネルギーがすごい速さで近づいている。さらにその周りにも無数のエネルギーを感じた。
シルバーナイトは眉を顰め、一瞬で魔族兵の前まで移動すると首をつかんで持ち上げた。
「ひぃいいいいいいい!?」
「答えろ、いったい何を企んでいる?」
魔族兵の首を締め上げ何が来るのか聞こうとした。しかし、その答えは向こうからやってきた。
「ッ!?」
シルバーナイトは反射的にその場から飛びのいた。
その直後に彼がいた場所に大人の拳大の穴が無数に開いた。
「き、来た…!」
「貴様…」
安堵の顔を浮かべる魔族兵の首をそのままへし折り、亡骸を放り捨て強襲を仕掛けて来た者を確認すべく空を見上げた。
頭上から攻撃を仕掛けて来た者、それは鷲だった。しかし当然普通の鷲ではなかった。通常の鷲と比べても倍近くサイズが大きく、何より普通の鷲は空気弾なんて吐かない。
それらはガアガアと喧しく囀りながら彼を中心に旋回を行っていた。
「まさかこいつらじゃないよね」
『当然だ、そうらこいつらのボスのお目見えだ』
直後、木々をなぎ倒さんばかりの突風が吹いた。シルバーナイトは吹き飛ばされないように両足を踏ん張って突風に耐えた。
風が止み、体の力みを解除しようとした刹那頭上から影が差し、とっさに横へ飛んだ。
彼がいた場所に何かが凄まじい勢いで落下してきた。衝撃が走り、粉塵が大きく舞い上がった。
「キャアアアアアア!」
それは奇声を張り上げながら背に生えた翼を振って粉塵をふき飛ばした。
「…おいおい、マジかよ」
シルバーナイトは現れた魔獣の姿を見てつい呟いた。
大鷲の頭部と翼、獅子の体、何よりそのサイズ。象と同等かそれ以上の巨体。
「グリフォン…!」
それは彼もよく知っている幻獣そのものだった。しかしそれは所詮空想の存在のはずだ。実在しないはずだった。
そんな存在が突然目の前に現れて、彼はいささか面食らってしまった。
…それも今更か。
だが彼は度重なる理不尽な出来事を経験したためか突拍子のない出来事に耐性ができつつあった。面食らってフリーズした脳みそが、その言葉とともに落ち着きを取り戻していく。
シルバーナイトは無言で構えた。
『驚いているところ悪いが、もう一つ知らせがある』
「何だい?」
目の前の恐るべき怪物から目をそらさず騎士は短く通信に返事をした。
『信じられないような数の魔獣がそっちに近づいている、どうもさっきに奇声は仲間を呼ぶためのものであったらしい』
「…そうか」
その短い受け答えの間に次々魔獣が現れて、彼を取り囲んだ。アルバートの言う通り、その魔獣の数はざっと見ただけでも50は超えているだろう。さらに上空には無数の化け物鷲の編隊がこちらの出方をうかがうようにホバリングしていた。
「キャアアアアアア!」
グリフォンは彼を睨みつけながら咆哮をした。その咆哮に呼応するかのように魔獣たちに変化が起こった。
咆哮を聞いた魔獣たちのエネルギーが上がったのだ。
「おいおいこいつまさか」
『そのまさかだ、こいつテイムを使って魔獣を従えたんだ』
「キャッキャッキャ!」
何十匹の魔獣で回りを囲い、制空権すら奪ったという圧倒的に優位な状況に恐れて動けないと解釈したのだろうか、無言で動かないシルバーナイトにグリフォンは勝ち誇ったように鳴いた。
「なんてこった……なんて言うと思ったか」
魔獣がスキルを使った。普通なら絶望的な状況だがこの可能性の怪物にとっては違った。グリフォンはいぶかしげな眼で彼を見た。
「舐めるなよ化け物め、烏合どもで囲ったぐらいで何を勝ち誇っていやがる」
シルバーナイトは言いながら、フォトンエナジーの出力を徐々に上げていった。
出力が上がるにつれまばゆい銀の光が全身を包み込み、彼を中心に超自然の風が吹き始め、木々がざわざわと揺れた。
「キャッ?」
ここでようやく何かまずいと思ったグリフォンは魔獣たちに一斉にかかるように命じた。
グリフォンの命令に堰を切ったように魔獣たちがシルバーナイト目がけて殺到した。
初めの一体が彼に触れようとした瞬間、シルバーナイトはのけぞるように上半身をそらし力を解放した。
まばゆい閃光が走り、同時にすさまじい衝撃が走った。
「キャアアアアアア!!?」
グリフォンは吹っ飛び二転三転して地面を転がり木に頭から衝突した。
バキバキとへし折れる木をどかし、頭を振ってシルバーナイトに顔を向けたグリフォンは目を見開いた。
彼がいた場所を真ん中に襲ってきた魔獣はすべて死んでいた。銀の爆発が起こった中心地。銀の光に身を包み、明滅する赤いマントをたなびかせ、さっきとはまるで雰囲気が違うシルバーナイトが殺意に燃える瞳でグリフォンをにらんでいた。
こいつはただの雑魚じゃない!
瞬間的にそう悟ったグリフォンは気持ちを切り替え、咆哮した。その呼びかけに応じた鷲の編隊が新たに上空に現れた。いまの爆発で上空にいたものも全滅していたからだ。
『ふん、また補充してきたか、だが所詮数だけさ、君の敵になるようなものなど一匹としていないさ』
「どうだっていいさ、それより早くやっちまおう、そろそろディナーの時間だぜ」
彼の言う通りいつの間にか日が陰ってきた。空を茜色に染めながら太陽は徐々に姿を消し始めていた。
国境沿い掃討作戦の1日目の最後の戦いが始まった。




