チャプター21
光に視界全部を染め上げられ、浮遊感の後に体を強引に引っ張られるような独特な感覚。なんてことない転移の感覚が体に走る。
何度も体験したその感覚が、まるで初めて体験したかのように新鮮に感じる。光が晴れて、いつもの見慣れた作業場が目に入ってくる。何に使うんだかさっぱりわからない備品や作りかけの武具が、どこか輝いて見えた。
目につくものすべてが初めて見たようにに新鮮に感じる。体の内から力がとめどなくあふれてくる。今ならなんだってできそうだと、根拠のない万能感があふれ出てくる。まるで生まれ変わったと錯覚するほどに。
俺の中に生まれたこの力は、もしかしたら本当に俺を生まれ変わらせたのかもしれないな。ロサンカで俺は一度死に、そして力の開花とともに新たなる存在として蘇ったのだ。
そんなことを考えていると突然顔面に衝撃が走り、ついでに視界が何かに遮られて真っ暗になった。引っ付いたそれは柔らかく、興奮してるのか早い鼓動音が聞こえた。
「っ!?…!?」
「うわあああ!?健斗!健斗!」
どうやら引っ付いてきたのはジェシカらしい。彼女は頭に飛びついて思い切りしがみついてうわごとのように健斗と連呼した。健斗は彼女を引きはがそうとして手を伸ばしたが、掴むより早くジェシカはパッと身を離した。
「お、おおう!?」
「健斗!!だだだ大丈夫なの!?怪我は!?痛みは!?」
健斗が何かを言う前にジェシカはシルバーナイトをペタペタとさわり具合を確かめた。
「あーもー落ち着けって!怪我は力で治したから!頼むから落ち着いてくれって!」
健斗は頭部鎧を背部に収納して頭をさらけ出し、ジェシカの肩をつかんで強引に目を合わせて落ち着かせようとした。
「んぎゃあああ!?ち、血まみれ!?やっぱり大丈夫じゃないじゃないの!!」
どうやらそれは逆効果だったようで、健斗の顔を見るなりジェシカはぜ絶叫を挙げて彼の顔に狂ったように回復魔法を浴びせかけた。
ジェシカに回復魔法を止めるように言いながら顔を触れてみるとヌメヌメと濡れており、触った手に血のりがべっとりと付着していた。健斗は力で鏡のような物質を生成して自分の顔を見てみると、そこには顔中血まみれのひどいありさまの自分の顔面が映ってた。
なるほど、確かにこれではどう言い繕ったって無事には見えないな。
健斗は一人納得して頷き、おろおろとうろたえるジェシカを手で制しながらもう片方の手で顔を覆った。バチバチと短い銀の放電現象が発生し、あっという間に付着していた血のりが消え去った。
「これでもう大丈夫でしょ?」
あっけにとられて驚くジェシカに健斗は肩をすくめた。
「わあ!わあ!それが健斗に発現したスキルなんだね!」
驚いて呆けたジェシカはすぐに平静を取り戻し、目を輝かせて健斗へと詰め寄った。
「う~んスキルとはちょっと違う気が済んだよね」
健斗はジェシカの言葉を否定した。
「スキルとは違う?」
「うん、だからそれを確認するためにステータスカードの確認とアルからの意見も聞きたいんだけど…アルはどこだい?」
「ああ…うん、お父さんは作戦卓に座ってるんだけど…」
「だけど?」
「行けばわかるよ」
そう言ってジェシカは健斗を引き連れて作戦卓まで歩いた。作戦卓につき、健斗が目にしたのは大笑いで苦しそうにしているアルバートとそれを介抱している杏の姿だった。
「わははははははは!」
「おーい!いい加減笑いやめって!いつまで笑ってるつもりだよ!」
「な、なにがどうなって」
「お父さん健斗が幹部倒してからずっとあの調子なのよ」
大笑いするアルバートにひきつった顔をしている健斗にジェシカは大笑いの理由を説明した。
「ぜんっぜん収まんないもんだから私、放っておいてもいいんじゃないかなーって思ってきちゃったり?」
「良い訳ないでしょ、おーいアル!おーい!」
健斗は腹を抱えて笑うアルバートへ近寄って大声で呼びかけた。それでも全く笑いが収まらないものだから健斗はついをぼそりとつぶやいた。
「それでいいのか元世界最高の騎士」
「私をその名で呼ぶんじゃない!」
その単語を聞くや否やアルバートはそれまでの大笑いをぴたりと止めて大声で怒鳴った。怒鳴られた本人である健斗は悪びれもせずに肩をすくめて見せ、煙草を取り出して火をつけた。
「やっと落ち着いてくれたね」
煙草を吸いながら話しかけてきた健斗にアルバートはしばらく目をぱちくりしていたが、ジェシカに肩をたたかれた瞬間、まるではじかれたように健斗に詰め寄った。
「健斗!健斗!君はやっぱり私が思った通りの、いや、それ以上の戦士だった!」
「おお!?おう!?」
ガクガクと肩を揺さ振られ、煙草を取り落としそうになった。
全くこの親子はどうしてこう強引なんだ!
アルバートへ静止の言葉をかけようとしたが、それよりも前に健斗の目の前にステータスカードが突きつけられた。
「な、なに!?」
「見てみてくれ!君に異変があった直後にそれが光りだしたんだ!で、ことが落ち着いたときにそのカードを見てみたんだが…くふふ!」
その時のことを思い出してまた笑い出したアルバートを尻目に、健斗は銀色に変色している自身のステータスカードに目を落とした。
名:ウエイ ケント
性別:男
年齢18
スキル
なし
備考:手練れの戦士 シルバーナイト 救世の騎士 超人 世界最高の騎士 銀の力 可能性の化身
「なんすかこれ?」
カードを見た健斗は思わずそうつぶやいた。
スキルが無いことはまだいい。この力はスキルではないということは何となくわかっていたことだからだ。しかしこの備考に書いてあるこれは何だ?
銀の力や可能性の化身はわからんでもない。だが世界最高の騎士だって?アルを差し置いて世界最高の騎士だって?俺が?罪人である俺が?ふざけるな。
納得がいかないということをありありと顔に出しながら健斗は顔を上げた。顔を上げると、にこにこした顔でこちらを見ているアルバートと目が合った。
「どうだ?すごいことが書いてあるだろ?」
「ああ、そうだね。確かにすごいことが書いてあったよ」
「だろう!?」
「まったく勘違いも甚だしい。これでステータスカードも万能じゃないってことが証明されたね」
健斗は吐き捨てるようにそう言い、紫煙を吐き出した。
「おいおい健斗、そんな顔するなよ!世界最高の騎士だぜ?うれしくないのかい?」
「そうだよ健斗!」
「これが正当な理由でつけられたもんならそうだろうけど、あいにく俺は普通じゃない。俺はただの自分本位の愚か者で大量殺人のきっかけを作った罪人さ」
「君はまだロサンカでのことを気にしているのかい?」
「当然さ!」
健斗は語気を荒げた。
「あの時の俺は君たちに褒められることしか考えてなかった!君たちに嫌われないことしか頭になかった!他者を救いたいじゃない!自分を救おうとすることしか頭になかった!」
「…」
「ちょっと考えればわかりきったことじゃないか!あそこは幹部の目と鼻の先だ!何かあったら幹部がすぐさま飛んでくることくらいわかってたはずさ!その考えがあればもっと慎重な立ち回りができたはずなんだ!でも俺はしなかった!そりゃそうさ!他人より自分のことしか頭にないんだもの!その結果があの様さ!」
健斗の血を吐くような絶叫にだれも口を開かない。健斗は荒々しく息を吐き、首を振った。
「フゥーッ…まあそういうことさ」
「…健斗、お前やっぱりまだ」
「うん、そうだよ。多分これからもずっと俺は後悔し続ける」
健斗は杏へ目を向けた。
「おいおいそんな顔するなよ杏、それから二人も」
沈痛な面持ちをしている3人へ健斗はおどけたように笑って見せたが、3人には彼が無理して笑っているようにしか見えなかった。
うんともすんとも言わなくなった3人に、健斗はどうしたもんかと首をひねった。
しばらく首をひねった健斗はそういえばとあることを思いつき、3人へ話題を切り出した。
「なあ皆、俺のこの力のことなんだけどさ」
そう言って健斗は掌に銀の光を灯した。
「それがどうしたんだい?」
「これの名称どうしようかなって思ってさ」
「名称?」
「うん、だってずっと銀の力だなんてなんだかヤじゃない?だからこいつに名前を付けてほしいんだ」
3人は目を合わせて、さっきまでの雰囲気はどこへやら、思い思いに名称の候補を挙げまくった。
「ウルトラエネルギー!」
「却下だ!」
「スーパーパワー!」
「却下!」
「究極破壊力!」
「ダセェ!」
「何だとこの野郎!」
「うるさいぞ中二病め!」
「言ったなこの野郎!」
候補はなかなか決まらず、しまいには健斗と杏が取っ組み合いの喧嘩を始める始末だった。
「じゃ、フォトンエナジーでどうだ」
ようやく名称が決まったのは健斗が杏にマウントを取られていいように殴られている時だった。
「フォトンエナジー?それって…それもメカニカル・パワードで出てくるものじゃないか!パクってばっかりだ!」
「じゃ、別のにするかね?」
「や、もうめんどくさいしそれでいいや」
「え~究極破壊力じゃないのぉ~?」
「やかましわ!」
1名不満の声を上げるが、当の本人がそれでいいということで銀の力の名称はフォトンエナジーとなった。
いつの間にか夕食を作りに行っていたジェシカに夕食ができたと呼ばれるまで3人は作戦卓で思い思いの話をしていた。
「てか君いつの間に抜け出してたの?」
「健斗が杏ちゃんと取っ組み合いし始めたときかな」
「ほぼ最初かよ」
「なあなあ、健斗よ~」
夕食をむしゃむしゃと食べながらジェシカと雑談していると、不意に横から杏に話しかけられた。
「結局お前に発言したフォトンエナジーてのは何なんだ?」
「ん?ああ、これかい。こいつは僕のこれはスキルとして発現するはずだった才能や可能性がそっくりそのまま出てきたものさ」
「可能性?」
「そう、こいつが出てきたことによって僕はスキルっていうもんがどういうものか分かったんだ」
「っていうと?」
「スキルっていうのは本人の資質や才能、可能性が形を成して発現したものさ。この世界の人たちは自身の才能やらを具現化できる体質を持っている」
健斗は水を飲んで一息つき、また口を開いた。
「転移してきた人たちもこの世界の人と同じ体質を得るように作り変えられるわけだ。ここまではアルが話してくれた仮説通りだね」
「ああ、そうだな」
「でだ、僕は不幸なことに作り変えられなかった。だから才能や可能性が表に出てくることはないはずだった」
「じゃ、なんで可能性の力を引き出せるようになったんだろう?」
「それはたぶんこの世界の空気に当てられたせいだと思うな」
「空気?」
「そ、空気。作り変えられてない僕はこの世界の空気に当てられて、突然変異でも起こしたんじゃないかな?もしくは適応するための変化かな?まあそんなのが起こって僕にこんなへんてこな力が出てきたわけさ」
「ふ~ん」
そんなような雑談をしながら食事を終えた全員は、これからのことについてを話し合った。
「ロドニーを解放したアイフ王国はこれから復興の支援で少なくとも一ヶ月は動けないだろう。本当ならすぐにでも撃って出たいが」
と、アルバートは健斗に顔を向けた。健斗はうなずいた。
「僕もフォトンエナジーについていろいろ試したいことがあるし、調整のために一ヶ月くらいは欲しいなぁ」
「あたしもその間に鍛錬しなおしたいな、幹部に手も足も出なかったし…」
「私も杏ちゃん用に装備を見繕いたいしね、あ、健斗のももちろん忘れてないよ!」
「では我々も一ヶ月ほどは攻め込まないということで異論はないな?」
「他の国の人には悪いとは思うけど、ぶっつけ本番で能力を試すっていうのは無理があるからね」
アルバートは頷き、それから一言二言健斗と杏へねぎらいの言葉を送った後、その場は解散となった。




