チャプター22
健斗がロドニー王国を解放してから数日がたったころ、魔族たちの本拠地である王国、魔族が暮らす国であるデモンリビングで一つの集まりがあった。
デモンリビング王城の地下深くには一部の者しか存在を知らされていない小さな部屋が存在する。そこは公にできないような話をするためだけに作られた部屋で、入り口は無く、出入りは転移だけで行われていた。
誰にも見られないゆえか部屋の内装は実に簡素で、それでいて殺風景なものだった。
そんな薄暗い部屋の中に3人の魔族が退屈そうに待機していた。
「…遅い」
真っ黒なローブを纏い、フードを深々と被った魔族が、無機質だが確かな苛立ちを含んだ声でぼそりと呟
いた。その声は男とも女ともとれるような奇妙な声だった。
誰にともなくつぶやいたこの魔族はマスターシャドウ、暗影のトウヤ。主に諜報活動や裏切り者の粛清を生業とする隠密部隊の隊長にして魔族軍の幹部であるこの魔族は、無駄を嫌い秩序を重んじる性分のためか早急に来るよう言ったにも関わらず一向に姿を現さない主に対し苛立ちを募らせていた。
「んも~トウヤちゃんったらせっかちなんだから。そんなことだと小皺が増えちゃうわよ♡」
「だまれ売女め、一物を咥えたその薄汚い口を開くな」
「あ~んトウヤちゃんのイ・ケ・ズ♡」
くねくねと気色悪く体をくねらせるこの長身の女魔族はマスターアクア、水泡のマリーネ。彼女は快楽というものを何よりも好み、特に肉欲に忠実で男でも女でも、子供であろうと老人であろうと自らの欲望の赴くままに体を重ねる生粋の快楽主義者であった。
快楽のために秩序すら無視するこの女は秩序を重んずるトウヤにとって害虫としか思えず、魔王から彼女を排する許可を貰えようものならすぐさま真っ二つにしてやりたいと顔を合わせるたびに思っていた。
「ま~あアイツのことだ、どーせビビッてるってだけだろ。そんなにカッカすんなよ」
苛立ちを隠そうともしないトウヤへ落ち着く様に語り掛けたのは、魔族にしては小さいトウヤと魔族の平均よりやや大きいマリーネよりも頭一つ以上大きな体躯を持つ魔族だった。
男の名は暴虐のヴィオテラー、パワーマスター。ヴィオテラーはデモンリビングの創成期から幹部の地位にいた最古の魔族でもある。魔王を除いた魔族の中で最も強いと称されるほどの強大な力を持ち、その強大な力で思う存分暴れまわる姿は敵味方問わず恐れられている。大きな体躯も目を引くが何より目を引くのが右側だけ異様に肥大化した角である。
角は魔族には誰しも生えているもので、形も千差万別だがたまに異様に大きな角が生えるものがいる。これは先祖返りのためと言われていて、大きな角の持ち主は例外なく強大な力を持っていた。この場のだれよりも大きな角を持つヴィオテラーはまさしくこの場の誰よりも強かった。
「へへへ、でも確かに暇だな。おいマリーネ!暇だし一発ヤんねぇか?人間の女ってのもいいが魔族の女のほうがいいもんだしな!」
「え~?どうしよっかな~?」
二人の下品な会話にトウヤは唸り声を上げた。
「へへっ堅物!」
苛立ったトウヤへ肩をゆすって笑うヴィオテラー。トウヤの苛立ちが頂点に達しかけ、あわや獲物を抜き放つ直前、部屋の一角の空間がぐにゃりとゆがんだ。
「よーやく来たのか。緊急だからったってビビりすぎだろあのガキ」
「チッ」
「アハハッ!」
湾曲した空間から出てきた魔族を確認したトウヤは舌打ちをして、手を伸ばしていた獲物から手を離した。
現れた人物は神経質そうに部屋内を見回し、それから一人一人の顔を猜疑心に満ちた目で見ていった。
彼こそがデモンリビング王国国王、アスモデウス・デモンであった。
痩せこけた頬、深い隈、健康とはおよそ無縁そうなその外見に対し、身に纏う雰囲気は冷たく、威圧的だった。
そして何といっても彼の頭部から生えているその角の大きさ。山羊のような巻き角はヴィオテラーの角と比較してなお大きく、本人の不健康そうな見た目と裏腹にその角には危険な暴力と生命力に満ちていた。
「はて、フィアーがいないな…遅刻するようなやつではなかったと思うのだが」
3人の顔をひとしきり見てから魔王は待たせた詫びを言うことなく、陰気につぶやいた。
「今回魔王様をお呼びした理由はまさにそれが理由です」
お前はもっと時間に正確になれという罵声を飲み込み、トウヤは淡々と魔王へ報告した。
「…どういうことだマスターシャドウ」
魔王はじろりとトウヤへと目を向けた。無限の猜疑心と虚無感が入り混じった目だった。
「今から数日前、マスターフレイムは殺害され、ロドニー王国は人間に奪還されました」
相変わらず薄気味悪い目だ、その思いを一切悟らせることなくトウヤは淡々と言った。
「なんだと」
魔王は驚愕に目を見開いた。彼の目にあった猜疑心と虚無感にさらに恐怖の色が浮かび上がった。
「お、マジか!あの餓鬼死んだのか!」
「あらまぁ、いくら若いとはいえ彼は幹部に選ばれるほどの魔族よ。暗殺でもされたの?」
「いや、正面から戦って殺されたようだ」
「ぷっ!散々見下してた人間に殺されるとかダッセェ!」
腹を抱えて大笑いするヴィオテラーとマリーネにトウヤは冷たい一瞥を送り、それから放心している魔王に再び視線を戻した。
「…奴は…奴は誰に殺されたのだ?つい最近召喚されたという異世界の勇者にか?」
「いえ違います、マスターフレイムを殺害したのはシルバーナイトという男です」
「ナイト?おいトウヤ!お前今ナイトっつったか?」
ヴィオテラーはトウヤの肩をつかんで問いかけた。トウヤは感情的にならないよう自分を抑えながら、ヴィオテラーの手を引きはがした。
「そうだ、そうだが、なんだ?」
「いやあよ、ナイトなんて名乗るやつと俺は戦ったことがあってな」
「ああ、そういえばヴィオテラーちゃんチャリオッツナイトと戦ったことあったんだっけね」
「へへへ、あれ以来全く歯ごたえのある戦いが楽しめなかったから、これは期待できそうだな!」
「そんなことはどうでもよい!ナイト、ナイトだと?勇者に加えてそんな奴がいるのか…」
魔王は下を向いてぶつぶつと呟いた。その間3人は互いに目配せして口を閉じた。ヴィオテラーはくすくすと笑った。魔王は不安なことが起きるといつもこうなるのだ。その対応も慣れたものである。しばらくして魔王は顔を上げ、トウヤに向けて口を開いた。
「マスターシャドウは引き続き人間どもの監視を、それからドクターにクローンと魔獣の生産速度を上げろと伝えろ。マスターアクア、ヴィオテラーは現状維持。人間どもやそのシルバーナイトが攻めてきたときは何としても叩き潰せ。生け捕りはなしだ。絶対に息の根を止めろ」
「了解」
「りょ~かい」
「あいあい」
3人は返事をし、次の瞬間にはその場から転移して消えた。
後に残された魔王は大きく息を吐いた。長い溜息だった。
彼は己の震える体を掻き抱くようににして縮こまり、爪を噛んだ。強く噛みすぎて肉がえぐれて血が滴ったが、彼は気にした様子もなく噛み続けた。
「クソ…せっかく終わりかけていたのに、なぜ最後の最後でそうなるんだ…!クソッ!クソッ!」
魔王の絶望の嘆きは誰にも聞かれることなく、静かに壁に染み込まれていった。




