チャプター14
俺はしがいない一般兵士さ。名乗るほどのものじゃない。今でこそカカの町で兵士をやってたけど、もともと王都で兵士やってたんだ。実家も王都にあって、王都の端っこにスラムすれすれのところに住んでたんだ。そんなところじゃあんまり娯楽がなくてさ、時期が時期だからどいつもこいつもピリピリしててよ。暇で暇で仕方がなかったんだ。
俺が兵士になろうとした切っ掛けっていうのはガキの頃に、今よりももっと魔族の侵攻が激しかった時に親とか町に流れてきた吟遊詩人とかにさんざん聞かされたある騎士の武勇伝のおかげさ。まあそれだけじゃなくて俺の親が兵士やっていたっていうのもあるが、俺はその騎士の武勇伝を聞かされたためだって思ってる。
今でも親父や吟遊詩人がその騎士の武勇伝を語って聞かせてくれている時のことををまるで昨日のように思い出せるぜ。もうその騎士が10年くらい音沙汰がなくなって誰も姿を見なくなったって言ってても、だ。
その騎士、チャリオッツナイトの武勇伝。ガキだけじゃなくて大人も爺さんも貴族の野郎も王族の野郎もどいつもこいつもどん底みたいな雰囲気の中、チャリオッツナイトの武勇伝だけが俺たちの希望の光だったんだ。その時は勇者召喚なんていう奇跡みたいなことが運用可能な状態じゃなくて、俺たちだけで何とかしなくちゃいけないような状況だったからなおさらさ。
どうも俺たち人間と魔族の身体能力とか魔力の量ってのは基本が全然違くって、通常の魔族兵は俺たち人間の兵よりも3倍くらい強いんだっていうじゃねえか。不公平だぜ。奴ら一人抑えるのに俺たちが三人もいるんだぜ?
話がそれちまったけど、チャリオッツナイトの武勇伝な。すごいぜ?なんたって彼は、彼女かもしれないけど、チャリオッツナイトはたった一人で魔族兵の大群に真正面から突っ込んで皆殺しにしたり、囚われていた人たちを解放したり、それから何といっても魔族兵の幹部との対決!こいつはそのほかの話とは比較にならないほど興奮したよ!マオルの奴は人質解放の話のほうが好きらしいけど、男なら断然幹部との一騎打ちのほうがいいに決まってるぜ!
チャリオッツナイトはただでさえ人間よりもずっと強い魔族の、その中でもさらにてっぺんに近い強さを持つ魔族兵の幹部をなんと三人も倒しやがったんだぜ?ガキの頃、その話を話してくれって親に何度も頼んだもんさ。
でも10年くらい前、その幹部の中でも飛び切りやばいって聞く暴虐のヴィオテラーに挑んでからめっきり彼の姿を見なくなったらしい。死んだっていう人もいるけど、俺はそうは思わない。あれだけ勇敢に戦っていた人がそう簡単に死んでたまるもんか。きっと彼は生きている。仲間たちは口をそろえて死んだっていうけど、俺は信じない。
まあともかく、俺が兵士になったのはチャリオッツナイトにあこがれて、彼ほどとはいかなくとも俺なりに人助けできるような職業の兵士になったんだ。末端もいいところだけどね。
正直失望したこともある。何よりうちの国の王様は、あ~…どうしようもないクソッタレだけど、まあ何とかやってきたよ。結婚して子供もできた。あの頃は本当に良かったと思うよ。
兵士になって何年かして、カカの町に行くことになった。なんでもカカの町は最近兵士が足りなくて、余ってる兵士が派遣されることになったんだ。
仕方ないから妻と子を連れてったんだが、今では本当に後悔してる。妻と子をなんとしてでも町に置いていくべきだった。そのせいでもう二度と会えなくなってしまったのだから。
………で、話を戻すけど、数年は何もおこならなかったよ。いや、兆候はあったかな。半年くらいの割合で行方不明になる人がちらほら出ていたんだ。馬鹿だと思う。それについて調べていれば、もしかしたら魔族侵入を阻めていたかもしれないのに。
まあ過ぎたことだし、今さら言ってももう妻も子も帰ってはこないんだ。
それで今から三年前に事件は起こった。夜中だったな。なんか町長の家のほうが騒がしいからグチりながら起きてみると…、はは、町長は隷属の輪を付けられて、そのおかげで下手に手を出せなくなった。手出しできないこっちなんてお構いなしに奴らは攻撃してきた。連中後で仕事させまくるために邪魔な兵士を2/3くらい殺しやがったんだ。残したのは、まあ見せしめのためだろうな。あと力仕事ができる男手をあんまり殺したくなかったらしい。
それからは糞みたいな日々が続いたぜ。兵士としてじゃなくて奴隷みたいに命令されたことを繰り返す日々。過酷な労働を終えて家に帰ったら妻はいないし子供は死んでいるし。
妻を探して魔族共の静止とか攻撃を何とか振り切って、夜じゅう探し回ったけどどこにもいなくて。日が出てきて子供の躯を抱えながらとぼとぼ歩いてると俺の家の前にゴミみたいに妻の死体が置いてあったよ。酷いもんさ。俺は凍り付いたように動けなくなって、気が付いたらその日からたっぷり一ヶ月くらい立ってたんだ。
それから俺は死んだように生きてた。魔族の野郎に鞭でビシバシたたかれても腹いせにぶん殴られてもまるで痛くなかった。だって俺はもう死んでいたんだから。妻と子が死んでから今日まで俺は死人だったんだ。
3年が経って、もう自分が死んでいることが当たり前になって、言われた通りに朝っぱらから仕事してたら、なんだか魔族兵共が騒がしいことに気が付いたんだ。や、いつもあいつらは騒がしいんだが、その日ははなんだか違った。
んで、ここを見張っている魔族共とは違う魔族が飛び込んできて加勢しろってんですげー勢いで走ってったんだ。そのすぐ後になんだかすごい爆発がしたんだ。
他の仕事してた町民はみんなは目を合わせてこそこそ話していたんだけど、俺は黙って仕事してたよ。どうせこの騒ぎもすぐ終わってまたいつものように仕事させられるんだからって思ってたんだ。
でもいつまでたっても魔族共が戻って来やしないもんで、みんな恐る恐るその場から移動し始めたんだ。俺はそいつらに押し流される形で移動したんだ。
移動してる間じゅうこっちまで轟音が響いてた。すごい音だった。俺はその音の主が気になって、人の群れから何とか抜け出して一足先に音がするほうに向かったんだ。
そして、俺は見た。銀の騎士が支部長のゴキブの野郎の顔面をしこたまぶん殴っている場面を。
その光景を見た瞬間にガキの頃聞かせてもらったチャリオッツナイトの話を思い出したんだ。3年間ずっと忘れていた武勇伝を。
後ろから息をのむ音が聞こえたから振り返ってみると、他の連中がバカみたいな顔をして突っ立てたんだ。自分の顔は見れないからわからないけど、きっと俺もそんな顔をしてたんだと思う。
それですごい轟音がして振り向いたんだ。ほんとすごかったんだぜ?今まで生きてきてあんなデカい音とんと聞いたことがねぇ。
どうやら銀の騎士がパンチでゴキブの奴をぶっ飛ばしたんだ。ゴキブの野郎がゴキブリみたいに民家の残骸から這い出してきて、震えながら指を銀の騎士に指して、お前は何者だー!って叫んだんだ。傑作だったぜあの顔!
で、その銀の騎士は魔族共を見て、それから俺たちを見たんだ。自分の手に視線を落として、もう一度俺たちのことを見た。
そして銀の騎士はゴキブに向き直ってすげー勢いで駆け出して叫んだんだ。シルバーナイトだー!ってな。
その勢いのままシルバーナイトはゴキブの頭にパンチを繰り出した。爆発したみたいに粉塵が飛んで、それが晴れた時にはゴキブは死んでいた。今まで散々俺たちを食い物にしていた奴らのボスが死んでたんだ。
ゴキブが死んだとわかるや魔族兵どもが恐れをなして逃げ出した。シルバーナイトは逃げる魔族を片っ端からたたき殺してったけど何人かに逃げられちまってた。
皆は魔族がいなくなってその場で抱き合って喜んでたけど、俺は違った。興奮で高鳴る胸を押さえてシルバーナイトの目の前まで来てた。
俺はそれで聞いてしまったよ。あんたはチャリオッツナイトなのか?って?バカみたいだろ?彼は困ったみたいに首をかしげてたけけど、それだけで分かった。でもシルバーナイトはこう言った。
「僕はチャリオッツナイトじゃないけれど、でも彼の志を継いで魔族を狩っているんだ」って。興奮した。チャリオッツナイトが戦えないってことには少しがっかりしたけど、その何倍も興奮したよ。だってチャリオッツナイトの志を継いだ新たなナイトの戦いを見れてんだぜ!
それから彼は俺に王国の騎士か?って聞いてきたんだ。
俺はそうだって答えると「なら落ち着いたらでいいんだけれども、カカの町が解放されたってことを伝えてほしいんです。頼めますか?」てよ。
俺は二つ返事で了承した。
彼はうなずいて、それから町長はいますかって群衆に言ってさ、私です私ですって言いながら町長が小走りで近づいてきた。
彼は町長の隷属の輪に触れて、なんか耳?があるあたりに指当ててだれかと話してるみたいに黙った。それでまた驚くことが起きた。その日何度驚かされたかわかんなかったぜ。町長にはめてある隷属の輪が光ったと思ったらカチッて音がして外れたんだ。
町長のやつが信じられないって面してシルバーナイトを見て、彼が満足そうにうなずいた瞬間、急に彼の体が光りだしたんだ。俺たちは驚いてどうしたんだって聞いたら、拠点に帰るんだと。俺はシルバーナイトに絶対に頼みを達成して見せるっつったら彼は俺にサムズアップしてきたんだ。俺がサムズアップを返すのと同時に彼は光に消えた。
彼は落ち着いたらって言ってたけど、そんなこと知ったこっちゃなかった。シルバーナイトが消えた瞬間には俺はもう駆け出してた。俺は走った。
息が苦しくて心臓が破裂しそうになったが構わなかった。一刻も早くこのことを国の皆に伝えたかったからさ!俺はその時ようやく生き返ることができたんだ。ようやく喪失と絶望で止まっていた時間が動き出したんだ。
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光に包まれて健斗は見慣れた薄暗い洞窟の中へと戻ってきた。
「やったじゃないか!支部長相手にそこまで苦戦しなかったな!大金星だぞ!」
「お疲れ様~。さっさと休んでこの調子でバンバン行こうね!」
戻ってきた健斗に二人はそういいながらにこやかに近づいてきた。健斗はシルバーナイトを体から外しながらそれに答えた。
「そうかなぁ。何人か魔族逃がしちゃったから、きっとこれまでのようにはいかなくなると思うんだけど。それでもそんなこと言える?」
「それでもさ。少なくとも今日君の力が支部長を凌駕することが分かったんだ。今はそのことを素直に喜ぼう」
アルバートの言い分に、健斗はひとまず納得したように頷き、二人に促されるようにその場を後にした。
「腕が痛い・・・」
「どうした」
「いやさ、支部長の攻撃ガードしたんだけど、思ったより威力がすごくて。折れてるわけじゃないんだけどまだ痛むんだ。兵士さんと話してるとき悟られないように我慢するの大変だったよ」
「じゃあ後で回復魔法かけたげるから、ほら急いだ急いだ。ここにいても仕方ないでしょ」
彼らが作業兼作戦会議場から離れていき、誰もいなくなった作業場でほんの一瞬だけシルバーナイトから銀色の光がはじけたが、そのことに誰も気づくことはなかった。




