チャプター11
「ぬわっ!」
目の前に光があふれ、それが収まったとき視界には見慣れた二人の顔が映った。アルバートは帰ってきた健斗を見るなりさっそくねぎらいの言葉をかけてきた。
「やったじゃないかケント!君は見事占拠されていた村を救い出したんだ!初陣でだぞ!」
「お疲れ様ケント!ご飯できてるから早く食べよう!」
彼は健斗の背中をバンバンとたたき初陣での成果を褒めた。ジェシカは健斗にねぎらいの言葉をかけ、パタパタとダイニングルームへと走っていった。
健斗は兜をガシャガシャと変形させて背中に折りたたんで頭を出し、シルバーナイト越しではなく肉眼でアルバートを見た。
その顔は初陣の成果を喜んでいるわけでもなく、かといって初めての戦闘で気分が悪くなっているというわけでもなく、そのどちらでもない非常に渋い表情をしていた。
「どうしたケント。浮かない顔をして。何かあったか?」
健斗の渋い表情を見たアルバートは気遣うようにそう言った。健斗は頭を振ってそうじゃないと否定して、それから彼は渋い顔をしたまま話し始めた。
「いや何かされたとか体調が悪いとかじゃないんだ。そうじゃない」
健斗はそう言って口を噤んでうつむいて、ふたたび顔をあげてまた口を開いた。
「いやさ、今日初めて実戦したわけじゃない?」
「ああそうだ!君は今日初めての実戦をして、そして見事に勝利を勝ち取った!素晴らしいことだ!」
「そうそれさ。今日初めて実戦したんだ」
健斗は実戦を特に強調して言った。
「それがどうしたんだいケント?」
アルバートはどうも要領を得ない健斗へ疑問を口に出した。健斗はもごもごと口を動かし、まるでどう言ったらいいのかさっぱりわからないといった感じに眉間にしわを寄せ、言葉を詰まらせながら言った。
「こう実戦ってことはさ、今日初めて人を、魔族だけどさ、その……殺したわけじゃない?」
「そうだな………もしかしてケント、それで気分が悪くなったのか?」
そこでアルバートはようやくそのことに思い至り、もしかして初めての殺人を気に病んだのではないかと思い、それを悩んでいるのかと聞いた。
健斗はそれを否定し、苦い表情をさらに深くしてアルバートに言った。
「違うんだ。確かに初めて魔族を殺したときにうえってなったけどさ、全部終わらせてさ、ここに帰ってくるときにはさ、今日初めて殺したのにあんま何も感じないんだ。そこまで重く感じられないんだ。初めて人を殺したのにだぜ。何て言うかさ、一仕事終えたってぐらいにしか感じないんだ。トレーニング頑張ったとか巻き割りやり終えたとかそんな感じしかしないんだ。なあ、これって変なことなのかな?」
アルバートはすがるような表情の健斗から顔を外してしばし思案するように顎をさすり、それから柔らかな声色で諭すように言った
「ケント、君はこの一年で目覚ましい成長を遂げた。それは体だけではなく心までもだ。そのおかげで君は殺人という行為の重みにすら耐えられるほどになった。むろん殺人とは忌むべきものだ。遠ざけられるべきものだ。しかし君は見た。占拠された村内で村人がどう扱われているかを。それに君は怒りを感じた。そして君は成し遂げた」
「村を占拠している魔族を殺してね」
「そうだ。だがなケント、君がそうしなければ近いうち確実に村人に死者が出ていただろう。もっと酷いことになっていたかもしれない。君はそれを止めた。君は為すべき事を為した。悪逆を為す魔族に死をもって償わせた」
すがるような表情をしている健斗の不安げに揺れる黒い瞳に、アルバートは思慮深さと深いやさしさを携えた灰色の瞳を合わせた。
「さっきも言ったように殺人は忌むべきものだ。しかし今は戦争、そうこれは異種族間の戦争だ!話し合いで解決できる段階をとうに超えている。状況は平時とは違うのだ。彼らは暴力をもって我々に襲い掛かってきている。話し合いの余地などない。こちらも暴力でしか答えられないんだ。今ではこの大陸の5大国のうち4国が落とされている。人々に拳を振り上げる力も失せつつあるこの状況を打破するには誰かが血を流して戦うほかないのだ」
健斗は浮かない顔でアルバートの話に耳を傾けている。
「だからなケント、話はずれてしまったが私が言いたいことはな、君のその思いは全然おかしくないということだ。なにより君は殺人を犯したことをあまり感じないことに罪悪感を感じている。その罪悪感のことを忘れさえしなければそれだけで十分さ」
アルバートはいったん話を区切って、それから肩をすくめて言った。
「まあ要するに君のその思いは大したことないってことさ。それにこれからバンバン殺すことになるんだ。殺人に慣れるのはよくないが、むしろそれでいいのかもしれんな」
「ぶっちゃけたなあ……」
あんまりの物言いに健斗の顔は苦笑いになり、それから少し柔らかくなった表情で言った。
「殺人に慣れるのはよくないけど、か……うん、そうだよな。慣れなきゃいいんだ。殺すことに慣れなければいい。慣れちゃだめだよな」
健斗は握ったり開いたりしている己の拳を見て、アルバートに視線を移して、言った。
「俺は……俺は人々を虐げる魔族を許せない。今だから言えるけど彼らを殺すのに罪悪感より怒りのほうが強かった。もしかしたらそのせいなのかもしれない。あんまり気が重くならない理由は。怒りが罪悪感をかき消したんだ」
そう言って、健斗は力なく笑った。
「君は為すべき事を為した、今はそれでいい。そして今為すことはジェシカが作ってくれた食事を楽しむということさ」
「為すべき事を為せ、ね。……オッケー。じゃあ行こっか。早くしないとジェシカが全部食っちまう」
「……急がねば」
二人は先ほどのまじめな雰囲気はどこえやらというように血相を変えてダイニングルームへと駆け出した。ダイニングルームについた二人は席について二人を待たずにもう食べ始めているジェシカに抗議の言葉をかけた。
「ジェシカ!お、お前は全く!健斗の初陣だぞ!少しは待つということをだな!」
「はえーんだよお前はよお!」
「そんなお話しーらない!早くしないと全部食べちゃうんだから」
あっけらかんとそう言い放つジェシカに、健斗とアルバートは顔を合わせて、それから脱兎のごとき勢いで手洗いうがいをして、席に着き、ジェシカに負けない勢いで食べ始めた。
「もがもが!ジェシカなんというかまたいろいろ作ったなあ」
机の上には所狭しと料理の乗った皿がおいてあり、出来立ての料理が醸し出す湯気とにおいがさっきまで殺伐としていた心を浄化してくれているような気がした。
「ケントの初陣と初勝利記念だからね!頑張って作ったよ!でも明日からはこうもいかないだろうからそこんとこよろしくね!」
「うむ!うまい」
それからは三人はひたすらに食事を楽しみ、食事を終えたら速やかにやるべきことをやり、就寝した。明日に備え無駄に体力を消費しないためである。
次の日、健斗は支度を終えシルバーナイトを装着してから魔法陣の真ん中に立っていた。ジェシカがしゃがみ込んで魔法陣に魔力を注ぎ、アルバートが杖を突きながら歩いてきてジェシカの横で止まった。
「ケント、今日は昨日行った村の隣にある村の開放だ。やることは変わらんが油断するな」
健斗はうなずき、それからアルバートに言った。
「アル。俺さ昨日のことよくわかってないけどさ、とりあえず俺のできることをやってみるよ。俺の為すべき事を為すよ」
アルバートとジェシカは黙って聞いている。健斗の体が光に包まれる。
「じゃ、行ってくるぜ!」
そう言って、健斗は光に包まれて消えた。
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健斗は転送され、周囲に何もないことを確認してから通信を開いた。
「で、場所は?」
≪そこから200メートル先だ≫
「わかった」
健斗は短く答え、それから一気に駆け出した。あっという間に村の入り口までたどり着いた健斗は入り口を守っている二人組を片付け、その勢いのまま入ろうとして、身を隠した。
どうやらこの村を占拠した魔族兵は昨日の村ほど怠慢ではないらしく、健斗が隠れたタイミングで入口に魔族兵が現れた。
新たに来た魔族兵は入り口を守っていた二人の無残な死体を目の当たりにし、驚愕してその場に釘付けになった。
健斗は死体に釘付けとなった魔族兵に忍び寄り、口元を押さえつけた。身を捻って脱出しようとする魔族兵を彼は押さえつけ、手刀で胴体を貫いた。魔族兵はぐったりと腕の中で息絶えた。
彼は三つの死体を片付け、それからアルバートに通信を開いた。
「アル。村内の敵の数は?」
「今君が片付けたのを含めて15人だ。うち一人が隊長だ」
「了解」
村内では昨日の村と同じような光景が広がっていた。村人に過酷な労働をさせ、魔族はそのさまを面白おかしく見ていた。彼らは誰も自分たちに逆らうものなどいないと思い込んでいた。確かに誰も逆らうものはいなかった。村内にはだが。
ゲラゲラと指をさして村人を笑っていた魔族兵の一人が突如として上から降ってきた何かに縦につぶされて大地の染みになった。
魔族たちの笑みが凍り付く。銀騎士はその隙を決して逃さない。棒立ちになっている魔族兵の顔面に拳を叩き込み顔面を吹き飛ばす。
「だああああ!」
「ぐぎ!」
正気に戻った魔族兵たちの繰り出す闇でできた弾丸を回避しながらそのうちの一人の懐へもぐりこみ、アッパーカットを繰り出して魔族兵を殺害。
「であああああ!」
「べっ!」
剣を構えて突撃してくる魔族兵の攻撃を回避しすれ違いざまに手刀で首をはねて殺す。
「ぎゃっ!」
健斗は襲い来る弾丸を叩き落しながら突っ込み、その勢いのまま飛び蹴りを叩き込んだ。
「うらあああ!」
「ぎゃあ!」
「おのれ何者だあ!」
待機していた魔族兵隊長が健斗目掛けて剣を構えて突撃してきた。
「くらえ!」
魔族兵隊長が健斗めがけて剣を振り下ろす。健斗はサイドステップでその攻撃を回避。振り下ろされた剣撃は地面をたたき割り粉塵を散らす。
≪気をつけろケント!敵は身体強化を発動しているぞ!≫
健斗は隊長の登場で勢い込んできた魔族兵の首を手刀でへし折りながら魔族兵隊長から目を離さずその通信に答えた。
「上等」
健斗は身体強化・武器強化で強化されたやたらめったらに振り回される剣撃を回避しながら攻撃する隙を窺っていた。
もう敵は目の前にいる魔族兵隊長しか残っておらず、魔族兵隊長もそのことをわかっており非常に焦っていた。
「ふはははははは!どうだこの乱舞!近寄れまい!貴様が何者か知らんが我々に逆らうということがどういうことかこの一撃でわからせてくれる!」
健斗はシルバーナイトの中であきれたように溜息を吐き、いっさいの躊躇なく乱舞の中に突っ込んでいった。
「んなにいいいいいい!」
健斗はその剣撃すべてを紙一重でかわし切り、一瞬のうちに魔族兵隊長に接近してそのまま通り抜けた。一瞬後、魔族兵隊長は分断され臓物をこぼしながら倒れ伏した。
「ぎゃあああああ!」
健斗は通信を開き敵がまだ残っていないか確認を取り、いないことを確かめたのち体に込めていた力を抜いた。それから彼は唖然としてこちらを眺めている村人たちを見回し、腰に手を当ててつぶやいた。
「とりあえず制圧完了だな」




