チャプター10 初陣
目の前に光が広がり、それが唐突に消え去った。そして眼前に広がる光景は薄暗い洞窟内ではなく薄暗い森だった。
キョロキョロとあたりを見回して自分が無事に転送されたことを確認し、それから念のため付近にある木に身を隠してから、そういえばここに来たはいいが何をすればいいのかは何も聞かされていないことを思い出し、さてどうするかと思案した。
その刹那耳元でアルバートの声がして、びっくりして声が出そうになり、健斗は慌てて口を押さえて声を漏らさないようにした。鎧をつけているからその行為に意味はないが。木から身を出さないようにしてあたりをしきりに確認して声が聞かれていないか誰かに見られていないかを確かめて、誰もいないことを確認してほっとしたように息を吐いた。
≪驚かせて済まないケント≫
また耳元でアルバートの声が聞こえ、今度は驚かずに対応し、若干怒ったような口調でその声にこたえた。
「お、おま!アル!遠隔通話機能があるなら転送前にあらかじめ言っといてくれよ!もし敵がいたらどうしてくれるのさ!今そういうのがいたら確実にばれてたぞ!」
≪それについては問題ない。こちらにはレーダーがある。そのレーダーは君を中心にして敵性存在や非戦闘員の区別ができる。それで今君の周りには敵性存在はいない。そもそもジャンプポイントには魔族や民間人とかがいない、または寄り付かなそうな場所にしてあるんだ。いてもらってはそういう場所にした意味がない≫
「レーダーなんて物まであるのか……。それもジェシカ製かい?」
≪そうだよ!ちなみにケントを飛ばした転送用魔方陣も私が作ったんだよ!お父さんの力も少し借りたけどね!君が記念すべき初使用者だよ!≫
「試してなかったのか…。あぶね~な~、何かあったらどうすんのよ、試験運用くらいしておけよ」
≪時間がなかったから駄目です≫
「そう……」
ケントは白けた気持ちを振り払うために話を切り替え、これからどうすればいいのかとアルバートに聞いた。
「で、送られたはいいけどこれからどうすればいいのよ。ていうか王と周辺村って言ってたけどどのあたり?」
≪君が召喚されたアイフ王国から北西10キロほど離れた村の近くにいる≫
「10キロ………10キロ?!近!」
≪そうだ。もはやアイフ王国の10キロ圏内以外の村や小さな町がつい最近から襲われ始めているのだ。もはや一刻の猶予もない≫
≪そこから100メートル先に小さな村がある。そこが目的の場所だ。まずはそこへ向かうんだ。そこへ着いたら連絡をくれ。通信、切るぞ≫
健斗は周囲に気を配り、誰もいないことを確認すると言われたとおりに村へ向かって走り始めた。その速度は通常の彼では考えられないほど早かった。森の中ということもあり生えている木が進路を妨害していたが、スピードを一切緩めることなくすべてかわし切りあっという間に目的の村が見えるところまで来た。
健斗は木に身を隠し、顔を少しだけ出して目の前に見える村の入り口とそれを守っている者たちを見た。
その者は外見はぱっと見耳がとがっているだけの普通の人間のそれだったが、人間とは決定的に違うものが頭から生えていた。角だ。形状や生えている箇所が違うが確かに聞かされていたような角が生えていた。
散々どういう特徴があるか耳にタコができるほど聞かされたものだが、実際に見るのは初めてであった。そんな特徴を持った2人が入口を守っていた。
二人の魔族の兵は入口の左右に直立していたが、時折あくびをしたり隣で立っている兵に話しかけたりしており、あまり真剣にやっているようには見えなかった。
これならいけそうな気がすると思い、駆け出そうとして、アルバートに連絡するということを思い出し慌てて出かかった体を引っ込め、木に身を隠して連絡をした。
「アル。アル。着いたぜ」
≪着いたか、ケント今目の前に何が見える?≫
「村の入り口と入口を守ってる二人の魔族兵が見えるぞ。他には誰もいない」
≪そうか……、まずはその二人を倒すんだ。中に気づかれないよう素早くな。それとケント、初めての実戦だ。気を抜くなよ。倒し終えたらまた連絡をくれ≫
健斗は通信を切り、しばらくその場で誰も来ないか確認して、そろりそろりと遮蔽物から遮蔽物へ音もなく移動し、それから一気に助走をつけて入口の右側を守っていた魔族兵の首に飛び蹴りを叩き込んだ。
蹴りを受けた魔族兵の男の首はあっさりとへし折れ、糸が切れた人形のようにがっくりと崩れ落ちた。首を蹴り折った感触に健斗は一瞬顔をしかめたが、すぐにそれを抑え込み、突然同僚の首がへし折れて崩れ落ちるさまを口を大きく開けて驚いて固まっている兵の頭をつかみ、一息にねじった。
瞬きする間に二つの死体を作り上げた健斗は、たった今行った自分の行為が信じられないとばかりに両手を見た。
だが今はそんな感慨にふけっている場合ではないとその思考を頭の隅に追いやり、死体を見つからないように森に隠してからアルバートに通信を開いた。
「終わったよ」
≪グッド、では中へ侵入するんだ≫
健斗は村に侵入する隙を伺うために身を低くして移動した。だが隙を窺う必要はなかった。村の入り口を守っていた兵以外に見張りなどいなかったからだ。健斗は楽々と村の中へ入っていった。
村内に入った健斗は手近な建物の物陰へと入り村内の様子を窺った。
貧相な村で、村内ではみすぼらしい恰好をした人々が畑で、大人も子供も年齢すらも関係なく黙々と畑仕事にいそしんでいた。それだけだった。誰もそれ以外のことをしている者はいなかった。村人たちを嘲笑いながら談笑している魔族兵以外には。
彼らは何の警戒もなく好き勝手に村内をぶらぶらしており、挙句の果てには酒を飲んで近くにいる村人を殴りつけていた。
健斗はその光景を見て胸の内に怒りが湧き上がってくるのを感じた。それからそのことを誰かに、誰でもいいから話したくなってアルバートへ通信を開いた。
「アル、村内に入ったよ」
≪そうか、そいつは≫
「魔族の奴らがさ、村人を奴隷みたいに扱っているのを見たよ」
≪むっ≫
健斗は通信越しにアルバートにも自分の感じているような怒りが胸の内に沸き上がったのを感じた。
「アル、村内には魔族は何人いる?」
健斗は今にも胸を突き破って出てきそうな怒りを押しとどめて、村内に敵は何人いるか尋ねた。
≪待ってろ…、ジェシカ村内には何人の≫
≪12人だよ!やっぱ魔族って基本少数で動くタチだからそんなに多くないね!初陣にはぴったりだよ!≫
「わかった……」
≪ケント!構うことはない!君の1年の成果を奴らに食らわせてやれ!≫
「言われなくとも!」
健斗は通信を切ると同時に駆け出していた。
目の前には酔っ払った魔族兵に殴られた村人に駆け寄った子供が、今にもその酔っ払った魔族兵にあわや殴られるという瞬間だった。
子供は殴りつけてくる魔族を呆然と見ていた。その場の誰もが子供は死ぬだろうと思った。子供の親と思わしき村人が子供の名を叫んだ。子供はなおも動かない。
そして子供は見た。殴りつけてくる魔族兵の腕を掴み、捻じり折った銀の騎士の姿を。
「あああああ俺の腕が!腕が!」
泣き叫ぶ魔族兵の頭に健斗は拳を叩き込んだ。拳を叩き込まれた魔族の頭はあっさりと破壊され、トマトのようにつぶれ脳漿をぶちまけた。
健斗はいまだ自体が呑み込んていない魔族兵に向けて駆け出し、その勢いを殺さず両腕でラリアットを繰り出しさらに二人ほど殺害。
「「あぎょっ!」」
「畜生てめえ!これでも食らえ!ブラックバレット!」
ようやく事態が呑み込めた魔族兵たちは次々と彼に向って闇魔法ブラックバレットを撃ち込んだ。ブラックバレットは闇魔法の初歩的な魔法で、闇でできた弾丸を相手にぶつけるというものだ。この魔法の派生にはブラックマシンガンやブラックグレネイドというものがある。
健斗は襲い来る闇の弾丸を落ち着いた様子ですべてよけながら魔族兵へ急接近、その無防備な胴体にパンチを食らわせ殺害。
「らあああああ!」
健斗の背後から剣を構えて突っ込んでくる魔族兵の剣激を回避し、その魔族兵を掴み上げ、こちらに飛来する魔法の盾とする。そしてそのままこちらを狙う魔族兵に向け駆け出した。
「がわわわわわわ!」
盾にされた魔族兵の体はどんどん削られてゆき、絶命して動かなくなったのを頃合いに固まってこちらに魔法を撃ってくる魔族兵たちその死体を投げつけた。
死体を投げつけられ体勢を崩した魔族たちに健斗は素早く近づいて起き上がる前にその顔面を破壊して息の根を止める。
「何事だ!」
村人たちが暮らしているであろうおんぼろの家と違い、それなりに整えられた家から鎧の肩の色が違う魔族兵が飛び出してきた。
≪ケント!今出てきたのがこの魔族どもの隊長だ!逃すなよ!≫
「わかった!」
11人目の魔族兵をたたき殺しながら健斗は返事をし、魔族兵隊長にむけて走り出した。
「な………!何だ!何が起こった!これはいったいなん」
そこまで言って魔族兵隊長はすごい勢いで迫ってくる銀の騎士に気が付いた。
「お、おまえは」
それが魔族兵隊長が最後に発した言葉だった。すでに彼の眼前には走ってくる勢いのまま拳を振りかぶる銀騎士の姿が映っていた。
「おああああああ!」
「ぎゃあ!」
振りぬかれた拳は魔族兵隊長の頭を過たず射抜き、頭と胴体を分離させた。
健斗は魔族兵隊長が絶命したことを確認し、それから後ろに振り向いて村を見回し、敵がいないか確かめた。
「アル。ジェシカ。見たところ敵はもういなそうだけど、レーダーはどうだい?」
≪レーダに魔族らしき反応なし。いるのは君を含めて人間だけだ≫
≪今からこっちに健斗を転送するから楽にしててね~!≫
アルバートとジェシカにそう言われ、健斗は警戒を解き、それからこちらを見る村人たちに気が付いた。皆一様に今目の前で起きたことが信じられないというように目を大きく見開いていた。
その中から、この村の代表だろうか、老人が震えながらこちらに近づいてきて困惑したように口を開いた。
「あ、あなたはいったい…?ま、魔族は……?」
「えっと……」
健斗はどう答えたもんかと腕を組んで考え、少し言いよどみながら返答した。
「えっと、俺はあなたたちを解放するためにここに来ました。それでですね、しばらくこの村から出ないようにしてください。この村の周辺はまだ魔族に占領されているので、ここが解放されたのを知られるのは不味いからです」
老人は茫然としたように健斗を見つめ、黙り込んでしまった。どうやらまだ現実を受け止められていないようだった。
「ねえねえ騎士様」
下から声を掛けられ、その声の主を確かめようとして下を向くと先ほど助けた子供が健斗を見上げていた。
「な、なんでしょーか?」
「ねえ騎士様って勇者様なの?」
子供からのその純粋な疑問に健斗は苦笑いを浮かべた。それから子供の目線に合うように膝をついて、その質問をやんわりと否定した。
「ごめんな、騎士さんは勇者様じゃないんだ」
「え~違うの~!な~んだ」
落胆したように呟く子供に、その母親らしき女性がしかりつけながら駆け寄ってきた。
「こら!そんなこと言っちゃダメでしょ!この騎士様は私たちを助けてくれたのよ!ちゃんとお礼を言いなさい!」
「はーい!騎士様ありがとう!」
子供ともども頭を下げる女性に健斗は慌てて頭を上げるように言った。
「そんなやめてください!俺はただやることをやっただけですから!」
「そんなことありません。あなたは私の子供のみならず村のみんなを救ってくれたのです!これは当然のことです!」
「エッ?!」
いつの間にか彼の周囲には村人が集まってきており、皆が口々にこちらに感謝の言葉を述べていた。
健斗はその感謝の言葉にむず痒くなって、アルバートとジェシカに転送はまだなのかと聞いた。すぐに返事はきて、もう転送できるという答えが返ってきた。見れば体が光に包まれつつあった。
村人たちは突然彼の体が光輝いたことに驚き、何がおきているかと聞いてきた。健斗はこれは拠点に帰るためのものだと答えた。
「そんな!まだ感謝し足りない!」
「せめてお名前だけでも!」
名前を聞かれた健斗は自分の名前を言おうとして、やめた。もしかしたらここから情報が洩れて王国に生きていることを知られてしまうかもしれないと思ったからだ。あの王国にはあまりいい思いがないからだ。ならシルバーナイトと名乗ろうとして、やっぱりやめた。口に出す自分を想像してなんだか急に恥ずかしくなってしまい、結局シルバーナイトとは名乗らず、あいまいに答えることにした。
「俺は……、俺は、為すべき事を為す者です」
結局口に出したこともかなり恥ずかしいことではないかと健斗はシルバーナイトの中で赤面したが、すべてが光りに包まれてしまい、取り繕う暇もなく村から消えた。




