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エルフの旦那と変わった従業員  作者: さつき けい


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十六日目の昼・作戦


 ギードはタミリアと長椅子に座っている。


今は借家に二人っきりだ。


そろそろこの町との別れが近づいていることを察して、ハートは町を見て来ると言って散歩に出て行った。


 眷属たちはギードの指示で結界の壁の再調査に出た。


綻びの穴を少しでも拡げてもらうように頼んである。


ギードの森は精霊や亡くなった者の魂が集まり、未だにじわじわと拡がっている。


住民が入り込むことはないと思うが、好奇心旺盛な子供とかはわからない。


「町に被害が出ないように周囲を見張っておいてくれ」


「はい、ギード様」


ザンには彼らの案内役として、ついて行ってもらう。エンの後をうれしそうに追いかけて行った。


ギードは、やっぱり犬っぽいなと思った。




 こほんと一つ咳をする。


「タミちゃん、お願いがある」


「うん」


さて、タミリアとの交渉だ。


ギードは背筋を伸ばし、気を引き締める。


「これから結界に穴を開けて、人ひとりが通れるようにする」


「うん」


「そしたら、まずはタミちゃんが行って欲しい。大丈夫、絶対にー」


「ギドちゃんは?」


「え?」


「ギドちゃんはどうするの?。すぐに来るの?」


「あ、ああ」


すぐに返事を返せなかったのは、まだやることが残っているからだ。




 タミリアが胡散臭そうにギードを見ている。


「二人一緒じゃだめなの?」


「うん。途中で邪魔される可能性もあるからねえ」


一人くらいなら『泉の神』の力で何とかなると思う。


「二人分の穴とか、二人続けて、とかは難しいと思うんだ」


時間をかければかけるほど、結界は修復されていくだろう。


(出来れば『大神』が出てくる前に、何とかタミちゃんだけでも)


「嫌って言ったら?」


「無理矢理送るよ。自分はタミちゃんが一番大事だからね」


タミリアに思いっきり嫌な顔をされたが、ギードは仕方ないと諦める。




 それでもタミリアはギードに従うと約束してくれた。


「私、記憶がないの。それが一番、嫌」


ギードはうんうんと頷く。


「だから記憶が戻ったら、ちゃんと今までのこと教えてね」


(あー、元に戻っても、時間の経過でぽっかりと記憶の穴が出来るからな)


「わかった。出来るだけ協力する」


「うん」


タミリアは微笑んだ。


純真な子供のような笑顔に、ギードは胸が痛くなった。


(このまま大人になって欲しかったな)


誰でも成長の過程で苦労するし、理不尽な目に遭うこともある。その積み重ねで大人になっていくのだ。


それでもギードは、このかわいらしい笑顔のタミリアを愛おしく思う。


「タミちゃん」


ギードは思わず彼女を抱き締めた。


タミリアはびっくりして思わず身体を強張らせたが、ギードが泣いている気がして、そっと首に腕を廻した。


「約束、守ってね」


「ああ」


タミリアは、ギードの唇にそっと自分の唇を重ねた。


ギードはしばらくの間そうしていたかったが、タミリアの腕が動きそうな気配がしたので、さっと離れた。




(相変わらずヘタレであるな)


(うっさいわ)


戻って来た『泉の神』の意識が混ざる。


(それで、いけそうですか?)


(結界の壁の様子を見てからだな)


 ギードはタミリアに、この土地に来た時の装備をさせた。


白を基調とした祭礼用の戦闘仕様のドレスである。


しっかりと愛用の剣をいて準備が完了する。


 黒い森と化した雑木林の中へ入り、結界の壁へ向かいながらタミリアは後ろを振り返る。


「ハートさんはどうするの?」


最後の挨拶になる可能性もあったが、ギードはそれには触れなかった。


「あとでちゃんとそっちへ向かうようにするよ」


どうせタミリアは向こうへ出ればハートのことは忘れてしまうのだ。


ギードが眷属たちに口止めすれば済む。


向こうへ送る余裕があれば力を貸すが、だめならだめで仕方がない。諦めてもらおう。


ギードは最初からハートのことなどどうでも良かった。




「どうだ?」


壁の前に眷属たちが立っていた。


「はい、何とか向こうとはつながっているようです」


細く弱々しいが、結界の向こうにいるらしい風の最上位精霊のリンの声が聞こえる。


「それは良かった」


ギードは正装を羽織る。 


『大神』の前で着て以来だ。久しぶりに自分の身体が変わるのを感じた。


身長が伸び、髪の色が黒から銀に近い金に変わる。


顔まで変わってしまったギードにザンが驚く。


「これが本当のギード様のお姿なのだよ」


コンが誇らしげにザンに囁いた。




 ギードの意識が『泉の神』に乗っ取られる。


一気にこの結界の層を越えるためには『神』の力が必要だった。


『泉の神』一人の力では結界は壊せないが、人ひとりぐらいなら何とかなる。


「エン、ルン。しっかりとタミリアの身体を守れ」


「はい」


「承知しました」


二人の眷属が硬い表情で答える。


壁の遥か向こうでもリンが緊張しているのがわかる。


「では参る」


コンがタミリアの身体に呼吸が可能になる程度の大きさで完全防御結界を張る。


その外にエンが付き、中にはルンがいる。


エンは綻びが潰された時に、結界の外までタミリアの通る道を切り開くために。


ルンは精神的な攻撃からタミリアを癒し続けるために。




『泉の神』の手が動く。


ぴたりと綻びに向かって手の平を伸ばし、目を閉じる。


「必ず向こうへ届けろ」


こくりと全員が頷く。




 ぴかっと『泉の神』の手から稲妻のような大量の光が流れ出し、結界の綻びを無理矢理に吹き飛ばす。


「今だ!」


タミリアとルンが入った防御結界の塊をエンが抱えてその中へと飛び込んだ。


ザンが闇の精霊たちを総動員して暴風を起こし、タミリアたちを高速で結界の外へと押し出す。


綻びの中を、閉じないようにと『泉の神』から溢れる力はしばらくの間流れ続けた。


(来ました!)


リンのうれしそうな声が聞こえた。


「やった!」


ザンが無邪気な声を上げ、コンと『泉の神』も微笑んだ。


(良かった)


光が消え、ギードの心の底から安心した声が溢れた。




 直後に、向こうの眷属たちとの繋がりが遠くなる。


「閉じられてしまったようだ」


『泉の神』は舌打ちをした。


「仕方ありません。想定内です」


コンはそう言って『泉の神』に正装を脱ぐように促す。


『泉の神』が渋々正装を脱ぐと、髪の毛が淡い金から黒に戻る。


ふうっと大きな息を吐いたギードはすっきりとした顔で微笑んだ。


「ありがとう」


そして、コンとザンを連れてゆっくりと借家へと向かって歩きだす。




「ギドちゃんは?」


タミリアの第一声は予想通りだった。


リンは、


「ご無事でございます」


とだけ答えた。


「お帰り!」


そして、その場に駆け付けたエグザスが、タミリアの八つ当たりの第一号の犠牲者となった。




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