十六日目の夕方・罪人
「え?、タミリアさん帰っちゃったんですか!」
「うん」
夕食の用意をしながらギードはハートにタミリアの不在を告げた。
「何とか一人だけ送り返せたよ」
ギードが心底うれしそうに言うので、ハートはそれ以上何も言えなかった。
「そ、そうですか」
コンとザンも一緒に夕食の席についた。
精霊である二人は食べるということは出来ないので、酒を注いだカップが置いてある。
お別れが言えなかった。
ハートはそれが胸に重くのしかかる。
食事をしていても味などわからなかった。
「えっと、それで私はー?」
食後のお茶をいただきながら、ハートは上目遣いでギードを見る。
ふむ、とギードはわざとらしく天井を見上げてからハートの顔を見た。
「ご自分の答えは出たんですか?」
ハートは一日町を歩いて考えていたが、結局のところ、答えは出なかった。
記憶が元に戻ったところで自分は異世界に来てしまったのだから、違う町でまた一からやり直しだ。
例え昔の記憶が無くても、身体に違和感を感じ続けながらでも、ここにいれば友人もいる。
仕事だってある。
どっちがいいのか、わからない。
「でしょうね」
ギードは無表情でそう評価した。
そういえば、ギードは最初からハートが同行することには反対だった気がする。
ハートは思い切って聞いてみた。
「ギードさんは私が向こうではやっていけないと思いますか?」
「いえ。興味がないだけです」
はっきりした答えが返ってきた。
タミリアがハートを気に入っているから要望を聞いただけで、いなければどうでもいいらしい。
「向こうへ行ったタミリアは貴方のことなどもう覚えていませんよ」
ギードがくすりと笑った。
「そ、そんな」
ハートは上げかけた腰をどすんと椅子に落とした。
「私はどうすればー」
ギードは首を傾げた。
「それを決めるのはハートさん自身ですよね」
自分自身で決められないことをギードがどうこう出来るはずがない。
「それはわかっているんですけど」
「じゃあ、ハクローさんにでも聞いてみたらどうです?」
「う」
先日、ハクローには「関係ない」と言われてしまった。
それを思い出すと、どうにも顔を合わせるのが辛い。
「やはり、自分を必要とされないとわかると、もう側にいるのも嫌だってことですか」
ギードはあの『女神』のことを思い出す。
森の民に必要とされないと勝手に思い込んで、彼女は森を離れた。
「ほんっとに面倒臭いなあ」
ギードはぼそりと呟いた。
どうして相手に必要とされないとわかると見放されたと思うのだろうか。
「ギードさんならどうしますか?」
ハートが思わぬことを聞いてきた。
「それは何を、です?。自分がタミちゃんに必要とされなかったら、タミちゃんから離れると思いますか?」
「……いいえ」
タミリアから「近づくな!」とか「顔を見るのも嫌」くらい言われたら離れるしかない。
それでもきっと遠くから見守り続けるだろう。
だけど、逆にそうではないなら離れる理由はない。
「石にかじりついてでもタミちゃんについていきますよ」
元々何も出来ないただのエルフだったのだ。今さらである。
「話相手でもいい。ただの留守番でもいい。側にいて彼女を支えることが出来ればそれでー」
はあ、とギードは大きく息を吐いた。
「さて、これからどうしましょうかね」
タミリアがいない町にギードは興味がない。何をして過ごせばいいのか、わからないのだ。
ギードのため息にハートが怪訝な顔をする。
「いえね。おそらくタミちゃんと同じ手はもう使えないと思うんですよ」
神殿のエルフも今回はきっと予想外だったから対応出来なかった。
しかし、わかってしまえばそれを邪魔しようとするのは当然だろう。
「え、じゃあギードさんはどうやって向こうに?」
ギードは「そうですね」とのんびりお茶を飲んでいる。
「おそらく向こうで動きがあるはずです」
それを待つだけではないけど、と黒い笑みを浮かべた。
しかしそこへ思わぬ客が訪れる。
借家の外に気配がしたと思ったら、大声で何かを叫び始めた。
「黒髪のエルフよ。貴様は『女神』様の了承なく結界を破った大罪人だ」
銀青の髪のエルフだった。
領主館の狼獣人たちをはじめ、武装した兵士のような獣人がずらりと借家の外に並んでいた。
ハクローやサイガの姿もある。
「捕らえよ」
ギードはコンとザンに影に入るように目配せした。
「ハートさん、良かったらこの家をもらってくださいな」
「え、え」
ギードは一枚の紙を渡す。それはこの家を買い取ったという証書で、しかも名前はハートになっている。
「何ですかこれは!」
ギードはにっこりと笑う。
「今までお世話になったお礼です」
少し時間はかかったが、銀青のエルフは借家にかけられたギードの結界を破る。
なだれ込んだ獣人たちにギードは何の抵抗もせずに捕縛された。
◆ ◆ ◆
「結界が完全に閉じました」
ギードが時間をかけて作った綻びはタミリアが通った後、すぐに修復されてしまった。
「地下水脈も流れが変わってしまったわ」
結界の壁の底も中途半端だったものが完全に水脈付近まで降り、通れなくなってしまったようだ。
ルンとエンが報告すると、サガンが頷いた。
「まあ、同じ手は使えないだろうとは思ってたよ」
冷静に聞いてはいるが、このままではギードの命が危ない。
『神』の気まぐれはハイエルフくらい簡単に消してしまうのだ。
「今日のところはもう日が暮れる」
タミリアも一度休ませたほうがいいだろう。
「一旦撤退する」
「はい」
サガンの声で、すぐに全員が動き出す。
タミリアとエグザスを乗せたユランが、ドラゴンの姿で空に舞い上がる。
サガンやギードの眷属精霊たちは、この場所に移動魔法の印を付けた後、魔法で救出作戦室へ戻って行った。
王宮の『湖の神』のところへはイヴォンが説得に向かっていた。
その傍らにはイヴォンの娘キーナと、この国の王女であるセシュリがいる。
もうすぐ四歳になるふたりはどちらもこの国の王族の血を引いている。
「ずるいですね。幼い姫を連れて来るとは」
妙齢の女性の姿をした半透明の『湖の神』は『国王の代権者』の異名を持つイヴォンを見下ろす。
「申し訳ありません、『王国の守護者たる湖の神』様。これはそれほど重要なことなのです」
「ええ、わかっています」
まるで人族のようにため息を吐く。
「全くあの『大神』様にも、あの『女神』にも困ったものです」
「それでは!」
「ええ、何とかいたしましょう」
「ありがとーございます」
二人の幼い姫にお礼を言われ、『湖の神』は頬を緩ませた。




