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エルフの旦那と変わった従業員  作者: さつき けい


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十三日目の夜・寂しさの中身


「お二人とも神殿のエルフに聞いたのではないですか?、この黒い髪について」


そう言ってギードは自分の髪をいじる。


目の焦点が合っていないハートに代わって隣に座ったハクローが答えた。


「ええ、まあ。エルフとしては、その、あの」


「ふふ、エルフとしては、か」


ギードは神殿のエルフなら、黒髪のエルフなど認めないだろうとは思っていた。


「詳しい話をしなければなりませんけど、ハクローさんはもうお仕事の時間でしょ?」


そういえばお腹が空いたとタミリアがお腹を押さえた。


「明日のお昼、誰にも内緒で来てください」




 ギードはこの町を出るための実際の行動に出ようとしている。


そのため、これからのハクローたちの言動でギードの企みが神殿に察知されるのは困るのだ。


「わかりました」


ハクローは頷き立ち上がり、軽く挨拶をして借家を出て行った。




 さて、とギードは立ち上がり、夕食の準備に入る。


「ハートさん」


タミリアは立ち上がり、ハートの隣に座った。


「この間のこと、考えてくれた?」


「えっと」


「この町を出たら、ハートさんはたぶんこの町の記憶がなくなってしまうけど、それでいいのってこと」


おそらくはタミリア自身もこの町での記憶はなくなってしまうだろう。


だが、タミリア自身は別に構わない。


「私は覚えていなくても、この町の人たちは私たちのこと、覚えていてくれるかしら」


覚えていたとしても、その場にいない者のことなどいずれ忘れてしまうに違いない。


「寂しいとは思わないんですか?」


ハートはタミリアの顔を見た。


「寂しい?。その頃には私はこの町のこと、覚えていないのよ?」


寂しいわけはない。


それはそうですね、とハートは俯いてしまう。




 ハートは夕食後、温泉にも入らずに部屋に篭った。


タミリアは心配しているが、ギードは気にする様子もない。


「ゆっくり考えたいんでしょ。そっとしておいてあげよう」


ギードの元々の計画にはハートは入っていない。


しかし、今はタミリアのお気に入りなので考えないわけにはいかなくなった。


タミリアの入浴後、ギードは温泉風呂に浸かりながらハートの扱いを考えていた。




 浴室の高い窓から、黒い影がぬるりと降りて来た。


ギードが祈りにより力を与えてしまった闇の精霊だ。


ほわほわした玉の状態ではすぐに結界の干渉で分解させられてしまうため、何体か合体して凝縮した塊らしい。


「何かあったのか?」


この精霊の塊は結界の中で亡くなった者たちの想いと、魔力は高いのに玉に変化してもすぐに霧散させられてしまう精霊で構成されている。


今の大きさは子供の背丈くらいだが、おそらく自由に変えられるのだろう。


普通の自然界に存在する精霊の玉とは違うモノになっていた。


 ふよふよと身体を動かし、ギードに何かを訴えている。


「むー、まだ意思の疎通は難しいな。あとで 森で聞くよ」


そう伝えても理解していないのか、ギードの傍を離れようとはしない。


音もさせずに浴室内をぬるぬるとただ動き回っている。


ギードはふっと笑い、好きにさせておいた。




 家の中に戻ると、タミリアもすでに寝ている。


と思ったら気配がハートの部屋の中だった。


そっと耳をすませてみる。


集中していればある程度離れていてもエルフの耳は音を拾う。


聞きたい音だけではないことが玉にきずであるが。


「ハートさん、一緒に寝よっ」


「えええ、いいんですか?。わ、わたし、一応、男でー」


「中身は女性じゃない」


「そ、それはそうですけど」


ギードはそのやりとりを聞きながら長椅子に横になる。


盗み聞きというと聞こえは悪いが、ギードにとってはタミリアの安全のためでもあるので、今さらである。




 ハートの部屋は一人用の寝台で狭いため、二人は床に毛布や枕を置いて寝転がっているようだ。


「でさー、ハクローさんとはどうなの?」


「え?、え?」


なんだかハートさんがたじたじになっているのが面白い。


きっと顔も真っ赤になっているんだろうなとギードは思った。


「男性同士でそんなことー」


「仲良しなんでしょう?」


「ええ、まあそうですけど」


仕事仲間で、先輩後輩で、色々教えてもらったり、守ってもらったり。


「迷惑かけっぱなしですけど」


ハートは少し恥ずかしそうに思い出話をした。


「そっか、三年は長いね」


タミリアたちはまだここに来て十日ほどだ。


「離れるのは寂しい?」




 その時、ハートの中にふと何かがよぎった。


「私、この三年間を忘れるって言われて『寂しい』なんて思ってしまったけど、その前の家族や友人の記憶を寂しいと思ったことはありませんでした」


覚えていなければ『寂しい』などとは思わない。


ハートはやっとそれを理解した。


タミリアさんが子供もいるのに能天気そうに見えるのは、彼女自身に子供たちの記憶がないからだ。


「タミリアさん。私、やっとギードさんの気持ちがわかった気がします」


あの、ハートを見る冷たい目。


「私、自分で自分の記憶を捨てようとしたんですね」


んーと考えながら、タミリアがごろんと寝返りをうつ。


「捨てるっていうと人聞き悪いけどさ。もし忘れないっていう前提があれば、町を出ることは悪いことじゃないわよね」




 子供たちはいつか独立し、多くは田舎から都会を目指す。


田舎のことを忘れて面白可笑しく暮らしていても、やはりふと懐かしく思い出すのだ。


だけど、今のタミリアとハートにはそれを思い出すことが出来ない。


「この『神様の結界』が悪いのよ」


タミリアは、彼女なりにハートを元気づけようとしているらしい。


「結界から出るんじゃなくて、そのものが無くなったら、ハートさんも王都へ行けるかもしれない」


長椅子に寝ころんでいたギードは眉を寄せた。


実はそれが一番難しい。


外部からの相当な圧力が必要になるだろう。


それに『結界』が無くなった時、この町の住民はどうなるのか、それがわからないのだ。




『結界』が無くなることと、『結界』から出ることは違う。 


ハートは自分だけが外へ出ることを考えていた。


『結界』などというものを今まで知らなかったのだから、それは仕方のないことだ。


しかもそれを壊したり、消したりなど出来るはずもない。


「あー、それはそうですね」


「大丈夫。全部ギドちゃんに任せちゃえばいいのよ」


タミリアの考えは、まさかの丸投げだった。


 床に寝転がっていた二人は、ようやく安心したように眠りについた。


真夜中、ギードはこっそりタミリアを運び出し、彼女の部屋の寝台に運ぶ。


もちろんハートは床に寝ころんだまま放置されていた。




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