十三日目の夕方・神殿の答え
何故か会議が始まってしまう。
ハートは領主から意見を求められて立ち上がり、一同を見回す。
どうしてこうなった、と心の中で頭を抱えている。
「とにかく!。タミリアさんを人質にするのは絶対にだめです」
ハクローが頷いている。
ギードが暴走しかねないことを知っている。
「その前に無理です」
そこは獣人全員が頷いている。
彼女はとにかく強い。誰も相手などしたくない。
ここまでわかってるのに、どうしてそんなことをやろうとしたのだろう。
ハートは力なく椅子に座った。
大きな長机に顔を並べる者たちの上座に、銀青のハイエルフが座っている。
「こちらは何も指示してはいないのだが」
ちらりと領主を見た神の代理の視線を受けて、黒灰狼が先ほどの不機嫌そうな態度から一転おろおろし始める。
「いやいや。エルフ様おひとりでは大変そうだとー」
「誰がそんなことを?」
「あ、それは、うちの者から魔石の補充が滞っており、住民から不満が出ているという話を聞きまして」
神の代理であるハイエルフは首を傾げる。
「今回はいやに量が少なかったようだが」
「はい。先日、件の黒い髪のエルフが住民に魔力入りの肉を配りまして」
それで各家庭の魔道具用の魔石に魔力を補充することが出来たのだという。
「それは畳重。それで住民が助かるならば良い」
領主一族はその言葉に顔を見合わせた。
「いえ、それは。神殿の仕事を勝手に奪ったことになるかと」
銀狼の領主が重い声を出す。
ハートは、ギードがそれを心配していたことを知っている。
神殿からの抗議が来たら、その時は何か考えるとギードは言っていた。
ギードの一番がタミリアであることは間違いはないが、それでもやはり住民たちのことは考えてくれている。
ハートはそう信じていた。
「ですから、我々はその漂流者のエルフに神殿のエルフ様の手伝いをさせようかと思ってですね」
そこで上座のハイエルフの纏う空気がぴりりっと緊張した。
「黒髪のエルフなど、側に置くことは許さん!」
銀青のハイエルフの顔が恐ろしい形相に変わっている。
「そいつがどこで何をしようがかまわん。だが、この神殿にかかわらせるわけにはいかん」
椅子から立ち上がり、机の上に手を置いて一同を眺めまわした。
「エルフ族の容姿は『神』に近いほど、髪の色が金色から白色に近くなると言われている」
「それでは、黒い髪というのはー」
「エルフでは最下層といってもいい。そんな者をこの神殿に近寄らせるわけにはいかん」
領主一族の獣人たちは目の前のエルフの怒りに驚き、身体を強張らせていた。
しかし逆にハートは少し安心していた。
(それならギードさんたちは今まで通り自由だよね)
「で、ではあのエルフはどうすれば」
黒灰狼の獣人は恐る恐るハイエルフの様子を窺う。
「お前たちは手を出すな。必要とあらば私が自ら動く」
ははあっと獣人たちが立ち上がり礼を取る。
ハクローまでがその仕草をするのを見て、ハートはやはり先輩も領主一族なのだと改めて思った。
ハートは借家に戻るため、坂を下っていた。
ハクローが黙って隣を歩いている。
町外れに向かう道で「じゃあ、ここで」とハートは別れようとした。
しかし、ハクローはそのままハートと共に借家に向かって道を折れた。
「先輩?」
ハートが不思議そうにハクローに声をかけると、
「すまん、ハート」
何故か謝られた。
「はい?」
「俺はあの黒髪のエルフを最初はどうしても好きになれなかった」
ハクローは話しながら歩き続ける。
「兄から神殿の手伝いをさせると言われた時は、それもいいかと思った」
ハートを人質にするというのは言語道断で反対だったが。
「このまま町のために働いてくれると思っていた」
次兄のように脅したりするつもりは全くなかった。
ただ自分に都合の良い解釈をして、ギードなら力を貸してくれると思っていた。
いつの間にか当てにしていたのだ。
「お前に確認しておけばよかったな」
ハクローの沈んだ様子を見てハートは首を傾げる。
「今から頼めばいいんじゃないでしょうかね。ギードさんも別に嫌じゃないと思いますけど」
「いや、おそらくもう無理だ」
今までのギードの協力はあくまでも偶発的だった。
ハクローにはそう何度も続くとは思えない。
神殿のエルフはギードを嫌っている。そしてギードもまた他のエルフを嫌っている。
それは感情的で、何かで覆されるようなものではなかった。
借家が見えて来た。
口が重くなったハクローはそれ以上は何も言わず、ハートを置いて帰ろうとした。
ここまでハートを送るだけのつもりだったようだ。
「あの」
ハートはハクローの手を取り、にこりと笑った。
「こうしないとギードさんの結界の中に入れないので」
そのままハクローを引っ張って借家の中へと入った。
「ただいまー」
「おかえり」「おかえりなさい」
長椅子に座るタミリアと、その膝枕で横になっているギードがいた。
(うわっ)
ハートは声には出さなかったが真っ赤になっている。
タミリアがわざとらしくギードの頭を勢いよく落として立ち上がった。
「も、もう元気になっただろ」
「うん。お陰様で」
ギードは長椅子から落ちたが、満面の笑みである。
色々と甘ったるい雰囲気が漂っている。
「ハートさん、お使いありがとうございました。ハクローさん、お茶でもいかがですか」
ギードはいつの通りお茶を淹れ始める。
タミリアがハートたちを食卓のほうへ手招きした。
「それで、ご領主の返答はどうだったかな?」
ギードは食卓についた者たちにお茶を配り、自分もタミリアの隣に座った。
「特になにも」
「そう」
今回のことは領主の息子の暴走である。
しかし神殿まで話を持って行ったということは、『女神』か代理のエルフの答えが当然あるということだ。
「聞き方が悪かったね。神殿のエルフの答えを聞きたいんだけど」
ハクローは頷き、深呼吸を一つした。
「そちらには手伝いを依頼しないと」
「そう、よかった」
ギードはふたりの視線が自分の髪を見ていることに気づいた。
「髪の色のことで何か言われましたか?」
ハートとハクローはわかり易く言葉を詰まらせた。
森のエルフは同族意識が強い。
しかし今まで何も手を出して来ないということは、やはりギードはここのエルフにも嫌われているのだ。
「気にしていませんよ。もうずいぶんと前からなので」
ギードは笑っているが、何故かいつもと少し違うとハートは感じた。




