十三日目の午後・人質
「お兄さん?」
ハクローの言葉にハートは驚いて二人の獣人を見比べた。
確かに同じ狼の獣人だが、雰囲気は全く違う。
良く手入れされた白い毛並みのハクローに比べて、黒灰色の狼獣人は毛並みが粗く、良く言えば野生的だが残念ぽい。
彼は苛立つようにこちらを睨みつけた。
「とりあえず、外に出ましょう」
「うるさい。お前がこんなのを放っとくから問題になるんだろうが」
捻り上げられた手を摩りながら兄獣人が声を上げる。
ハクローと黒猫獣人は有無を言わせず、兄狼獣人を外に連れ出した。
「何か問題がありましたか?」
ハクローは兄ではなく、監視役の獣人に聞いたが、彼は首を振るだけだ。
ハートが見つかったのは、珍しい『人型』がいると評判になってからだ。
それまでは漁師のグリオが病人として匿い、介抱していた。
ようやく起き上がれるようになって、外に出て働き始めた頃に領主館に連絡があった。
ハクローも強く擁護し、領主はグリオの行為を不問とした。
それまでの漂流者は、獣人ならば館で雇い、他の者は領主館の中で死ぬまで何もさせなかった。
「魔力のある者は早々に病気になる」
長い間、漂流者を保護してきた領主は代々そう語り継いで来た。
今回も、どうせ長くもたないだろうとあまり気にしなかったのだ。
その後、ハクローの勤める店にハートがやって来たのは偶然だったが、自然とハクローが世話を焼いている。
だが、三年という月日が経ったことで、領主館でもハートのことはそろそろ問題になり始めていた。
「あのエルフが必要なんだ」
まだ兄狼獣人はぶつぶつ言っている。
「だから?。彼には関係ありませんよね」
ハクローはハートを顎で指す。
そっぽを向いた黒灰狼獣人に代わり、黒猫の獣人が答えた。
「神殿で黒髪のエルフ様を働かせるために、その、彼を人質にしようとなさいまして」
「なんだって!」
それにはハクローは驚き、怒りの表情を見せた。
ハートはへたへたとその場に座り込んだ。
自分がこんな形でギードたちの足手まといになってしまうとは思っていなかった。
ハクローは涙を浮かべるハートを見て、黒猫の獣人と顔を見合わせる。
「お前は兄様を神殿へ連れてってくれ。俺もすぐに後を追う」
「承知したしました」
「なんだと!。どして俺がお前の言うことを聞かなきゃならねえんだ」
ぎゃーぎゃーわめく狼獣人を慣れた様子で黒猫獣人が束縛し、引きずるようにその場を去った。
「すまん、ハート。あの兄には一族でも困っていてね」
ハクローは手を貸してハートを立たせた。
すっと布を取り出して、ハートの頬を拭う。
「私、ごめんなさい。ご迷惑、かけて」
「ハート」
ハクローはハートを軽く抱き寄せて、背中をとんとんと叩く。
「そんなことはないよ。誰にも迷惑はかかってないさ。こちらこそ、兄が失礼した」
そして、ハートが布で顔を拭っている間に、仕立て屋の者と少し話をする。
「じゃ、悪いが荷物はあのエルフの所へ届けて欲しい」
「畏まりました。必ず」
店主にハートの荷物を預け、ふたりは神殿へと向かう。
坂道の途中で、ハートがはっとして足を止めた。
「ど、どうして神殿へ?」
ぼうっと歩いていて、今頃それに気づいたらしい。
ハクローは振り返り、なるべくやさしい顔を作る。
「兄の言ってることが本当かどうか確認するためだ」
「え、嫌だ。行きたくない」
ハートは怯えた顔をしていた。
確認して、その通りだったらハートは人質になってしまう。
その気持ちはわかる。しかし、こんなことはおそらく神殿の指示ではないはずだ。
それをハートに直接伝えてもらうためだった。
「大丈夫だ。俺が絶対にあいつらの思い通りにはさせない」
「でも、それなら私、ギードさんたちと一緒にー」
ハクローの手がハートの肩を掴んだ。
「お前は俺の言うことより、あのエルフのほうを信用するのか」
「は?」
ハートは唖然とした顔でハクローの顔を見上げた。
ハクローは不機嫌になり、顔を背けた。
(ハクロー先輩がギードさんに嫉妬?。まさかねー)
「あはは」
つい、ハートの口から乾いた笑いがこぼれた。
「いいからついて来い」
ハクローは背を向けて歩き出す。
「はあ」
ハートはここから一人で借家のある町外れまで戻るのも怖くなって、仕方なくハクローの背中を追いかけた。
神殿に着くと、すでに黒灰狼獣人と黒猫獣人、そして領主である銀狼も待っていた。
「領主様」
ハクローが礼を取ると、ハートは慌てて頭を下げた。
大柄な銀狼はハートをぎろりと睨む。
「お前が三年前の漂流者か」
「あ、はい」
ハートは身体を縮こまらせ、ハクローの後ろに隠れる。
「父上、こいつを領主館に置いておけば、必ずあのエルフは来る」
銀狼は息子である黒灰狼の獣人も睨みつける。
「だからどうだというのだ」
「だから、あのエルフを捕まえてさー」
「それは無理です」
黒猫の獣人が、恐れながらと口を挟む。
「この者では人質にはなりませんでしょう。するなら、あの連れの女性でなければ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ハートは大慌てて話に割って入った。
「何を言ってるんですか!。そんなことしたら大変なことに」
「どういう意味だ?」
領主をはじめ、獣人たちが一斉にハートを見た。
その時、神殿の奥にある『神』の像がある祈りの部屋の扉が開いた。
「騒がしいな。何をしている」
銀青の髪のエルフが出て来た。
獣人たちは恭しく礼を取る。
「お騒がせして申し訳ありません」
たぶんわかっていて出て来たんだろうと思うと、ハートはあまり頭を下げる気にもならない。
おざなりに見様見真似で礼を取る。
それをちらりと見た銀青のエルフは、呆れたように口を歪めて笑っただけだった。
基本的にエルフは他種族にはあまり興味が無い。
美しいモノ、自分より上であると認めた者にしか興味を示さないのである。
「まあ、入れ。こんなとこでは他の者が迷惑する」
一同は神殿の中にある一室へと向かう。
年に一度の祭りで、ハートは今年この部屋に入ったことがある。
あの時は『神』に加護をもらうために順番に呼ばれる間の控室になっていて、椅子しかなかった。
今日はすでに用意されていたのか、大きな会議用のような机と周りに椅子があった。
「今、お茶をお持ちします」
数を確認して、世話係りの領主館の使用人が出て行く。
ハートは帰りたかったが、ハクローが後ろで見張っているため出られない。
「あのー、私、やっぱりー」
「いいから、おとなしくしてろ」
ハートはため息を吐いた。




