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五日目の早朝・綻び


 結界に背を向け、その場に座り込んだギードは、背中をぴったりと見えない壁に添わせる。


(自分が今使えるのは土、火、風、水。それと闇の属性魔法か)


目を閉じ、体内の魔力を動かす。


まずは周りの魔力に自分の魔力を浸透させ、拡散させていく。

 

(これでこの辺り一帯は自分の魔力と外気の魔力の区別が難しくなるだろう)


ギードは『神』から監視されていることには気が付いている。


それでも相手が自分の目の前にいないならば、誤魔化しようはいくらでもあるのだ。




 生きるということは難しいとギードは思う


聖域の守護者の老木のウロの中で育ったギードでも、何度も死にかけた。


研究に熱中し過ぎて食事を何日も取らなかったり、作った薬の試飲を自分でやった結果のたうちまわったり。


そんなことは日常茶飯事だった。


それでも今、こうして命があるのは、ギードを大切に思ってくれる者たちがいたお陰だ。


(自分が死んで消えることに恐怖はない)


ギードは何度も諦めた。 生き残ったことを苦痛に感じたこともある。


(だけど今は違う。 自分の大切な者たちを悲しませたくはない)


出来るなら遠い未来には、せめて自分の愛する家族だけでも幸せでいて欲しい。


「必ず帰るよ。 待っててくれ、子供たち」


ギードの身体からじわりと闇の魔力が溢れ出し、やがて闇に紛れ、その姿が消えていった



◆ ◆ ◆



 ギードの身体は今、上下も左右もない闇の中に浮かんでいる。


誰にも邪魔されない箱のような隔離された中にいるのだ。


 まずは結界の壁がタミリアの魔力でどれだけ損傷しているかを調べる。


タミリアの魔力は高い。 王国の実力者『鬼才の魔法剣士』の名は伊達ではない。


調整出来ていないため『神』の結界を壊すことは出来ないだろうが、それでも傷くらいは付けられたかもしれない。


そう思って期待していたのだが。


(ふっ、さすがタミちゃん)


結界の壁に薄く張り付けた闇の魔力がわずかな綻びを見つけた。




 ギードはその綻びに闇の触手をそろりと忍ばせて行く。


気づかれないように慎重にゆっくりと、しかし早くしなければ修復されてしまう可能性もあった。


そのため触手の中に土魔法で堅い石を作り出し、綻びを固定させる。


一見修復されたように見えるが、その実はギードの魔法で作られた石は彼自身ならいつでも壊すことが出来る。


少年のころ、遺跡の調査中にドワーフたちの造った坑道をいくつか発見したことがあった。


その記憶を辿り、石を起用に組み立てながら触手を伸ばし、綻びを広げていった。


集中している時間は過ぎるのも早い。


「む、夜明けが近いか」


ギードは体内時計が正確なため気づき、すぐに次の行動に移る。




「一つ余分な仕掛けでもしておいたほうがいいかな」


真っ黒な笑みを浮かべた『闇のハイエルフ』は自分の空間をほどいて地面に降り立つ。


ぺたりと片手を壁に着けると一気に魔力を注ぎ込み、目に見えなかった壁の一部に、手の平程度の太さの線を引くように手を動かす。


そして移動しながらそれを延長して行き、結界の壁に黒い横線をはっきりと描いた。


「行け」


かなり広範囲に広がった黒い線が壁を伝って動き出し、地中へと潜って行く。




 白くなり始めた空が木々の間から見える。


ギードは魔力を温存するため、途中で魔力を注ぐことを止めた。


地中の黒い線も、綻びの中の触手も、まだまだこれからなのだ。


これから徐々にこの綻びを広げて行く。 


いつかその先端が結界の外に辿り着くまで。



◆ ◆ ◆



 ギードが借家まで戻ってくると、タミリアが窓の外側に立っていた。


「おはよう、タミちゃん。 今日は早いね」


何故か頬を少し赤らめたタミリアはギードの姿を見ると目を逸らす。


「昨夜は寝たのがちょっと早かったから」


「ああ、そうだったね」


ギードはにこにこしながらタミリアに近づいていく。




「あ、あの、これ、私がやったの?」


顔を顰めて雑木林にぽっかり空いた穴を指さす。


「そうだけど。 気にしなくていいよ。 被害はこれだけだ」


ギードは手を振って何事もなかったように振る舞う。


「その、ギード、ちゃんやハートさんには怪我はないのね?」


ギードはぴくりと片眉を動かす。


「どうしてそう思うの?」


誰も怪我などしていないよと言いながら、ギードはタミリアが何故そんなことを思ったのか聞いてみた。




「な、なんでもない」


そう言ってくるりとギードに背を向けた。


タミリアの耳が赤い。 まだ体調が悪いのかとギードは疑ってしまう。


「熱、まだあるの?」


ギードはタミリアの手に触れようとするが、一瞬早くタミリアが身をかわした。

  

「熱は下がった!」


何故か大声で否定された。


「そう?、ならいいけど」




 ギードはタミリアの横を通り過ぎ、家へと入る。


何やらぶつぶつと小声で呟いているのが聞こえた。


「だって、誰かが夢で私に、く、くちづけしてきたから、ぶっ飛ばしただけだもん」


起きたらこうなっててびっくりしたらしい。


ギードは心の中でほんわりと笑みを浮かべたが、顔には出さなかった。




 パンケーキの素材は何日か分をまとめて作ってある。


いつでも、いくつでも、タミリアの要望に応えられるようにしているのだ。


食材の多くは結界で箱を作ってその中に保管し、部屋の隅に置いて水魔法で周りを冷やしている。


肉など足の早い物は凍らせていたりする。


 ギードがその箱に残った野菜などをしまっているのを後ろから見ていたタミリアが声をかけて来た。


「便利そうね。 でもその魔法って難しそう」


ギードはふっと笑顔を向ける。


「誰でも最初は失敗の連続だよ。 でも、だんだんとコツを覚えて、最後にこうサラっと出来るようになるんだよ」


鉄の重そうな平たい鍋を軽く振り上げ、パンケーキを裏返す。


「今日は何を乗せようか?」


昨日は市場で食材を買い込んだから何でもあるよ、と言うとタミリアは少し考えていた。


「えーっと、とろっとした、あの、蜂蜜みたいだけど、あれほど甘くないやつ」


ギードは特定の木から採れる樹液を取り出す。


蜂蜜色のとろりとした液体を見てタミリアの顔がうれしそうに崩れた。




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