四日目の深夜・魔核の話
「タミリアの症状は、魔力の高い子供がよくなる病気というか、『魔力過多』だと思いました」
まだ魔力の操作がうまく出来ない子供は、まれに体内に魔力が多く溜まり過ぎて熱が出る。
「記憶がないタミちゃんは魔力操作がうまく出来なかったのでしょう」
この町に来てからタミリアはほとんど魔法を使っていない。
その上、この土地自体に魔力が溢れていて、普通は生活しているだけで消費する魔力が放出されない状態だった。
「もう一つ誤算がありました。 あの海獣の肉です」
本来の獣が持つ魔力はごく少量だ。
魔力が高い獣は魔獣と呼ばれ、攻撃や防御に魔法を使ってくるので危険度が高い。
だが、この町の近海にいる海獣は魔獣には見えなかった。
魔力を使えないはずの獣が少なくない魔力量を持つ。 『神の結界』の弊害だろうと思われた。
「多量の魔力があの肉には含まれていたようですね」
タミリアは魔力が飽和している身体に海獣の魔力を取り込んでしまった。 おかげで熱を出したようだ。
「タミリアは魔術師由来の剣士で、魔力の扱いには長けているはずなんですが」
ギードはため息を吐く。
「記憶を失っているせいですか」
ハートは魔法や魔力のことは良くわからない。
けれど、体内に溜まった熱を放出したのだと言われれば何となくわかった。
外に目を向けると、薄暗い月明かりの中、雑木林にはぽっかりと坑道のような空間が出来ている。
「……すごい魔力だったんですね」
「まあね。 タミちゃんは魔力量はそんなに多いほうではないけれど、威力は高いほうだよ」
タミリアの魔力の暴走を予想して、ギードは窓を開けておいた。
外に放出されたタミリアの魔力は雑木林を一直線に駆け抜けたようだ。
(あとでどこまでなぎ倒されたのか調べないと)
一通り話し終わったとして、ギードはそろそろ寝ましょうとハートを促す。
しかしハートは座ったままだった。
「あの、ギードさん。 わ、私にはその魔力はあるのでしょうか」
この町には魔法を使えない獣人が多かったので、今まで聞けなかった。
しかし同じ『人型』であるタミリアは魔法が使えるという。
目の前のエルフなら答えてくれそうな気がして、ハートは思い切って訊ねてみることにしたのだ。
ギードは一瞬驚いた顔を見せたが、少し首を傾げてハートを見つめた。
「自分は医術者でも魔術師でもないし、人族でもないのですが」
そう前置きして、それでもいいならとギードは承諾した。
「今までのところ、ハートさんに魔力は感じられませんでしたね」
そう言って座り直したギードは、ハートに手を差し出した。
「すみませんが、手を握っていただけませんか」
ハートは言われた通り、ギードが差し出した手を握る。
エルフは人族よりは少し体温が低い。
そのひんやりとした手に触れて、ハートは何故か緊張というよりどきどきと動悸が止まらない。
ギードは目を閉じてじっと何かを探っている。
ハートが知っている銀青の髪のエルフとは全くちがう黒髪のギード。
それでもエルフというだけあって伏せた瞼のまつ毛は長く、鼻筋も多少低いがすっきりと通っている。
(さすがエルフ)
そんなことをぼんやり考えていると、ハートは徐々に自分の身体に違和感を覚える。
「少し気分が悪くなるかも知れませんが我慢してください」
ぐらりと身体が回る感覚がした。
「うっ」
(ほんとに気持ち悪くなってきたー)
ハートは自分から言い出したことなので、じっと耐える。
「もういいですよ」
目を開けたギードがハートの手を放す。
「もう時間も遅いですから簡潔に言います」
ハートはこくりと頷いて、ギードの顔を見た。
「この世界の者はすべて、体内に『魔核』というものを持っています」
神や精霊は魔力の塊、つまり『魔核』そのものだ。
その『核』を中心にして肉体を持つ者が妖精族や獣族である。
魔力を使えない獣や人族であっても、生命維持のためには必要なので『魔核』は持っている。
その『魔核』にどれだけの魔力量があるかで、魔法が使えるかどうかが決まると言われていた。
「おそらく、あなたにはその『魔核』がありません」
ハートはその身を固くして聞いている。
ギードは伏せがちだった顔を上げてハートの目を真っ直ぐに見た。
「あなたは違う世界から来たらしい、と言っていましたね」
「は、はあ」
ハートは「あれは間違いだったのでは?」と顔に疑問を浮かべている。
ギードも不思議そうな顔をしていた。
「他の世界から来たというのは強ち間違いではなかったのかも知れないですよ」
ギードの、その深い緑の瞳に金色が混じる。
「ハートさんの身体に自分の魔力を流してみたんですが、反応がなかったので」
普通なら『魔核』が反応する。しかしギードが流した魔力は、ハートの身体を通り抜けて零れてしまった。
魔力を体内に留められないのであれば、その魔力を使うことも当然出来ない。
本当なら生きているのも不思議なのだが、異世界の者ならば身体の造りも違うのだろうとギードは思った。
「これでは魔法は使えないと思います」
「そうですか」
ハートはがっくりと肩を落とした。
◆ ◆ ◆
タミリアたちが目覚める前、まだ陽が昇る前にいつものようにギードは起き上がる。
軽く身支度を整えると外に出て、家に結界を張る。
「さて、タミちゃんの魔力はどこまで飛んでったかな」
タミリアの部屋の窓から見える、庭というにはほど遠いただの雑木林。
そこにはぽっかりと魔力が通った跡が残っていた。
昨夜、ギードは体内に魔力を滞らせていたタミリアから強引に放出させた。
その魔力の塊は窓から飛び出して、闇を切り裂いて飛んで行った。
「ここが町から遠くて本当に良かったよ」
ギードは雑木林の中に出来た魔力が通った道を歩き始める。
エルフには夜目があるとはいえ、ここは『大神』と『女神』によって隔離された土地。
どんな罠があるかわからないので慎重に歩く。
やがて唐突に雑木林の中を走っていた穴が途切れ、目の前の空間はただ木が生い茂っているように見える。
ギードはその穴の先にある木を掴もうとするが、そこには目に見えない壁があった。
「結界の壁か」
ギードはにやりと口元を歪めて真っ黒な笑みを浮かべていた。




