第2話
自宅に戻るとテディだったものの残骸が食卓に散らばる。
とりあえず急いで直そうと、転びながら裁縫箱を持ってくる。
全身を犬に噛みつかれていたので、もう一度型紙を取るところから始めなければならなかった。
耳など使えそうなところはそのまま使って、綿も犬の唾液がかかっていなければそれを使う。
一生懸命一晩かけて縫い合わせたそれは、テディだった。
いや…テディに似た物だった。
「テディ……」
話しかけても、答えはしない。ただのくまのぬいぐるみだ。
どんなに突っついても頭を撫でても反応はない。ただただ慈悲深く笑っているだけの、ぬいぐるみだ。
「……っ!!」
ウィルスはぬいぐるみを抱き締めた。朝日がおぼろげにウィルスの輪郭をなぞる。
テディ……君はいつも僕に話しかけてくれたね。
そして、夢と希望を与えてくれたね。
萎えそうになる勇気を奮い立たせてくれたね。
臆病だった僕をまた過去の自分に戻してくれたね。
僕に……笑顔をくれたね。
「テディ……」
頼むから。
声を聴かせて。
僕に手を差し伸べて。
僕はもう……きっと、君無しでは生きていけないよ。
君が必要なんだ。
テディ……
テディを抱き締める。両腕の中に抱き締める。
そうして、目を固く閉じ、願った。
テディ……
「君がぬいぐるみでも」
―――大好き、だよ。
ウィルスの目からぽたりと落ちた涙がぬいぐるみを濡らした。
「テディ……」
―――愛して、いるよ。
朝日が、煌めきに変わってくまのぬいぐるみに宿る。
輝きが凝縮して、瞬間的に大いなる光を生み出す。
ぬいぐるみから発せられる光と共に風が巻き起こり、ウィルスはまばゆいそれを腕の中にしながら今目の前で起きている出来事に目を疑った。
眩しい光が去った後、腕の中にあったモノ。
それは、命を宿していた。
―――温もりを、宿していた。
「ウィルス……」
腕の中のモノが自分の首に手をまわして抱きついてくる。
腕にすっぽりとおさまるちょうど良い重み。
香しい薔薇が鼻腔を掠めた。
「……テディ?」
無意識に呼んだ名前に反応した彼女は、ウィルスを真正面から見つめた。
ボアと同じオークルの髪はふわりとウェーブがかかり、見つめてくる瞳は大きなノワール。
長い睫毛が朝日を浴びて瞬きをするたび微かに震える。
ふっくらとしたローズの唇が開き、自分の名を呼ぶ。――いつもの、あの声で。
「ウィルス……」
「テディ……なのか?」
「そう……」
腕の中の彼女はゆっくりと頷いた。長い髪がはらりと肩からこぼれる。
「わたくしは、あなたのテディよ」
「本当に……?」
テディはウィルスの腕の中から離れて立った。
身に着けている衣服は、とても庶民には買えないような、アクアブルーの美麗なドレス姿だった。
その両裾を持ち、テディは片膝を折ってお辞儀する。
「わたくしはあなたに助けられました、とても感謝しています。……ありがとう」
―――まるで、童話に出てくるお姫様のようだ。
ウィルスは素直にそう思った。
「テディ……本当の君はぬいぐるみなのかい? それとも、今の君の姿なのかい?」
テディは目を伏せながら手をきゅっと握った。
「わたくしはとある魔女の呪いによってぬいぐるみに命を宿されたの。そして……その呪いを解く方法は」
ウィルスの灰褐色の瞳を見て、黒曜石の目を細めた。
「わたくしを心から愛してくれる人が現れること。この呪いを解く方法は誰にも言ってはいけなかった……」
「テディ……」
テディは再びウィルスの膝の上に座って、首に腕を回した。
「あなたがわたくしを必要として、愛してくれたから、わたくしは死の淵からこの世に生還出来たの」
ウィルスの両手が宙を泳ぐ。
その細い体を抱き締めていいのかどうか迷った。
今のテディを素直に自分の腕にしていいのか……
だけど、消えない想いがある。これだけは絶対だ。
「テディ、僕が君を愛しているのは本当だよ」
テディが身を離してウィルスを見つめる。
……丸みを帯びた陰影を作り、美しい顔立ちだった。
その顔がくすりと微笑をもらす。
「わたくしもあなたを愛しているわ。とても大事にされて……いつも傍にいてくれて。これほどまでわたくしを必要としてくれる方に出逢った事はなかった……」
テディはウィルスの頬に自分の頬を摺り寄せる。
ぬいぐるみだった時とは違って、今は互いのぬくもりを感じる。
ノワールの瞳に自分が映り込む。
オークルの髪を梳いて、その手を頬に添える。
しっくりと手の平に収まる。
―――吸い込まれる。
唇と唇が、一瞬触れた。お互いを見つめ合う。
そうしてもう一度口付けた時、ウィルスの手はしっかりとテディの小さな背に回されていた。




