第二十二話 恐怖は二度あり!
第二十二話 恐怖は二度あり!
岩龍、それは迷宮第五十階層に巣くう巨大な龍である。その姿は威風堂々、これまであまたのシーカーを追い払ってきた強者であった。だがそんな彼も今、倒れようとしていた。
「やあああ!」
サクラの叫びとともに刀が閃き、岩龍の身体に光の筋が刻まれていく。筋は交わり、やがて巨大な星となった。星は妖しく煌めき、閃光を走らす。
「ぎぎゃあああ!」
岩龍はこれが最後とばかりに咆哮し、迷宮の洞窟を揺らした。だが、その身体に刻まれた星の輝きは増していくばかり。無駄な抵抗であった。
「……滅びよ」
地面に降り立ったサクラが刀を鞘に納めつぶやいた。その一瞬後、光の星が爆発して洞窟に光が満ちる。
その焼き尽くすかのような光に、すでに待避していた仲間たちも思わず目を閉じて叫んだ。
「サクラはんやり過ぎやで!」
「暑っ!」
「ほう……これはなかなか大したものだ」
爆発は辺りを飲み込んだ後、ようやく収まった。そこには岩龍の姿はすでに無く、代わりにその身体の破片だけが飛び散っていた。
「ふう……にゃんとか倒せたぞ」
岩龍の死骸を背にしてサクラが仲間たちの元へと帰ってきた。その足はふらふらで、舌すら満足に使えていない。仲間たちはそんな彼女を優しく抱き留めて、ねぎらいの言葉をかける。
「サクラはん、助かったで! みーんなあんたのおかげや」
「私もあなたには頭が上がらないわね」
「私も同感」
サクラは仲間たちの優しい言葉に目を潤ませた。感極まって今にも泣き出しそうだ。その時、魔王が追い打ちをかけるように小さくつぶやいた。
「言っただけのことはやった。ゆっくりと休むがよい」
サクラの涙腺に限界が来た。彼女は頬を濡らしながら、仲間たちに感謝の言葉を述べる。その顔はとても晴れやかであった。
「あっ、ありがとうみんにゃ……私はうれしいぞ」
サクラのネコのような言葉を聞き、みんなは盛大に笑った。普段、冷静な印象が強いサクラなだけにとても笑えたのだ。
そんな風にしていると、シアがそわそわとし始めた。彼女はみんなを見回すと、こっそり岩の陰から出ていく。抜き足差し足、忍び足というような感じで。その手にはひよこの財布が抱えられていた。
「魔力珠を回収……」
シアはスウッと岩龍のいた位置まで行くと、目を皿のようにして魔力珠を探し始めた。魔力珠をネコババして財布にしまう気満々だ。ところが、そこには血のように紅く奇妙な文字が刻まれた白い骨しかなかった。
「これが岩龍の魔力珠? 骨にしか見えないわ……」
シアはその妙な骨を手に取ると顔をしかめた。魔力珠というのはその名前の通り球体だ。こんな骨のような形をしたものなどシアには見たことも聞いたこともない。
だが魔力珠らしきものはこれの他にはない。なのでシアはしばらくその場でこの骨を持って帰るかどうか考え込む。
「さっ、もう今日は帰ってパーティーでもしましょ! あれ……シアは?」
シアが考え込んでいると、シェリカがシアのいないことに気づいた。彼女に続いて他の三人もシアを探し始める。すると、魔王がすぐにシアの姿を見つけた。
「何をやっておるのだ。帰るぞ」
「ちょっと待って」
シアはとりあえず骨を財布に押し込んだ。太ったひよこがさらにはち切れそうになる。魔王はそのひよこの財布を見て眉をひそめた。
「シア、今それに何か入れなかったか?」
「……別に」
「いや、何かを入れたはずだ。妙な魔力を感じる」
シアは沈黙した。ただじっとしているだけだ。すると、ひよこの財布が突然弾けた。金貨が飛び散り、シアの顔が青ざめる。
「ひゃあ!」
「いかん!」
魔王はシアの元へと駆け寄り、その身体を抱き抱えた。そして急いでその場から逃げていく。財布を弾き飛ばした骨が宙に浮かび上がった。骨に刻まれている紅い文字が生きているかのようにのたうち、揺らめく。
「あれは一体どないしたんや!」
「何なのよあれ!」
洞窟の奥に移動していたシェリカとエルマ、そしてその手に抱えられたサクラが戻ってきた。三人はそれぞれ宙に浮く骨に視線を向けている。
「あれはおそらく呪術に使う核だ。あの様子からすると死霊術だろうな」
魔王の一言に、四人は凍りついた。死霊術というのは、死体を蘇生させて操る呪術のことである。これが使われているということは、岩龍はすでに死んでおりその死体を何者かに操られていたということだ。しかも厄介なことに、死霊術というのは核を破壊しない限り解除されない。つまり、核を破壊しなければ死体はいくらでも再生するのだ。
「死霊術ですってぇ! 誰がそんなことを!」
「わからぬが恐るべき術士であろうな。あれだけ完璧に龍を蘇生するとはそもそも人間にできるかどうかすら怪しい。……まあ今はそんなことは良い。あれを何とかせねば」
魔王はそういうと鋭い視線で骨の方向を見た。骨からはすでに無数の血管が網の目のように伸びている。それらは一定の感覚で脈打ち、その周りには肉が再生し始めていた。
「くぅ……どうするのよ! サクラはもう戦えないし、私たちだけじゃ火力不足よ」
絶望に染まったシェリカの声が洞窟に響いた。その叫びに他の仲間たちも顔を俯けて何も言えない。魔王もまた、複雑な顔をして黙っていた。
そうしているうちに岩龍はどんどんと再生していった。骨格や筋肉のほとんどが再生され、辺りを血に濡らす。そしてその表面をめがけて飛び散ったオリハルチウムのかけらが張り付いていった。
「ぐおおお!」
八割がた再生した岩龍が空気を貫くような雄叫びを上げた。咆哮が天井を轟かせ、地面が震える。それを聞いたシェリカたちは恐怖におののいた。その顔にはまったく覇気はない。だが、魔王だけはそれを聞いて覚悟を決めたような引き締まった顔になった。
「サクラには悪いが……。どうやら余が戦うべき時が来たようだ」