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迷宮の魔王さま  作者: 井戸端 康成
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第二十話 侍に策あり

第二十話 侍に策あり


 迷宮第五十階層に広がる大空間。そこで激戦の火蓋が切って落とされようとしていた。空気が痺れるように張り詰め、視線と視線が交錯する。


「しゃあああ!」


 先に仕掛けたのは岩龍であった。長い前足を唸らせ、薙ぎ払う。膨大な質量に周囲の岩は吹き飛ばされ、粉塵が舞い上がった。


 五人は後ろに跳んで回避し、体勢を立て直すと再び岩龍を睨みつけた。冷徹かつ鋭い眼差しが岩龍の動きを隈なく調べ尽くす。


「行くぞ!」


「ええ!」


 粉塵で視界が無くなった岩龍に出来た僅かな隙。それをサクラとシェリカが見つけて切り込んでいった。二人は足音もなく走り、地面を蹴って飛び上がる。


 二振りの刃が硬い皮膚に炸裂した。鋼と鋼をぶつかり合わせたような硬い音が耳を貫き、火花が舞い散る。


「ちぃっ!」


「硬っ!」


 二人の手に伝わった岩龍の皮膚の感触。それは鋼どころの騒ぎではなかった。ダイヤモンドの硬度と鋼の耐久性、その二つを合わせたような未知の感触であった。だが、二人は攻撃の手を緩めることはしなかった。


「ひょっとしてあの龍、オリハルチウムで出来てるんとちゃうか……」


 二人の猛攻に傷一つつかない皮膚、もとい装甲。それを離れて見ていたエルマが呆然とつぶやいた。そのつぶやきに、魔王やシアの興味が集まる。


「オリハルチウム? なんだそれは?」


「私も聞き覚えがないわ」


 二人の質問に、エルマは少し考え込むような仕草をした。そして、言い澱みながらもゆっくり答える。


「オリハルチウムっていうのは神々の金属って呼ばれている金属や。すごーく硬くてその上強靭! ただ、大昔に製法が失われて今は残ってないはずなんやけど……」


 エルマはそういうと心配そうに二人の方を見つめた。二人は岩龍の前足や長い尾を巧にかわしながら盛んに攻撃を続けている。だが、その刃はことごとく弾かれていた。


 エルマはその様子に唇を噛み締めた。何とか加勢したかったが、魔銃では二人に当たる危険が大き過ぎた。


「このままでは危険。なんとかならないの?」


 シアが魔王をすがるような目で見た。しかし、魔王は険しい顔をしてつぶやいただけであった。


「まだ手を出す時ではない」


「そんな……」


 シアとエルマが絶望したかのような顔をした。魔王はそんな二人の顔を見ても何も言わなかった。


 その時であった。龍が奇妙な動作を始めた。二人に対する一切の攻撃を止め、頭を高くかかげる。その口に光が満ち始めた。


「いかん! 逃げるぞ!」


 異変に気づいたサクラが絶叫した。そして全速力で駆け出す。それに僅かに遅れてシェリカも駆け出していく。


「ぐうおおお!」


 咆哮とともに光が弾けた。蒼く輝く光が放たれ、津波のように二人に迫る。熱で岩は溶け、光で視界があやふやになった。もしまともに当たりでもしたら、二人は影すら残らないだろう。


「こっちや! 速くぅ!」


「急いで!」


 いち早く巨大な岩の陰へ避難したエルマやシアが、喉が裂けそうなほど叫んだ。二人はそれに応えてぐんぐん速度を上げ、光を振り切ろうとした。


 サクラが光から逃げ切った。彼女は仲間たちに受け止められ、一息つく。それに続いてシェリカも仲間たちの隠れる岩陰へと飛び込もうとした。だが……


「ぐっ……はあ……」


 シェリカの身体をを光が掠めた。鎧は焦げ、沸騰した血が爆発する。シェリカの滑らかな肌は吹っ飛び中の肉や骨を晒した。


「いやああ!」


 シェリカの悲惨な状態に、エルマの悲鳴が響いた。目の前で人間の身体が一部とはいえ吹き飛んだのだ。血になれたシーカーといえど無理もなかった。


「落ち着いて。大丈夫、あれくらい治せる」


 シアが叫び続けるエルマの肩を無理矢理に抑えつけ、口に手を当てた。そして、エルマが黙った後でシェリカの治療に取り掛かる。まずは彼女を横に寝かせ、傷口に手の平を押し当てた。


「イース・リウ・ハムナ・カタア……」


 シアの口から呪文が紡がれ始めた。手の平の周りが淡く輝き、患部が癒えていく。その後あっという間に傷はふさがり、シアはその場にへたり込んだ。


「ふう、はあ……治療完了よ……」


「シア、大丈夫!?」


 いつも白いシアの顔が、紫に染まっていた。慌てて治療されたばかりのシェリカがシアを抱き起こす。シアの目は少し虚ろであった。


「魔力を消耗したのだな。仕方あるまい、余が行くとしよう」


 魔王が岩陰から出て行こうとした。マントが擦れ、微かな音を立てる。その足取りはゆっくり重々しかった。しかし、そのマントの端をサクラの手が掴んだ。


「待ってくれないか」


 魔王の足が止まった。彼は振り向き、真っすぐな瞳でサクラを見る。サクラの黒く濡れたような瞳は澄み渡っていた。


「私たちをもう少し戦わせてくれないか?」


「構わないが、何故なのだ?」


「ここで魔王に頼ったら、これからも頼りっぱなしになってしまう。仲間というのは支え合うもので依存するものではない」


 サクラの口調にはどこか切迫感があった。強い魔王と弱い自分達。彼女なりに何か思うところがあるのだろう。


 沈黙があった。辺りにはすでに獲物を焼き殺したと思っている岩龍の鼻息だけが聞こえていた。


「サクラの言う通りだわ。頼りっぱなしじゃ格好つかないもの」


 シェリカの言葉が重く響いた。その声は小さかったが、心の琴線を震わせるものであった。


 エルマとシアは、シェリカの言葉にただ黙って深く頷いた。二人にも、思い当たる節はあった。


「良かろう。こういうことは嫌いではない。だが勝算はあるのか?」


 魔王は感心したような表情でそう言った。すると、サクラがゆっくりと首を縦に振る。


「一応は大丈夫だ。成功する可能性は低いが私に策がある」


 サクラは冷静な口調で魔王に告げた。開き直ったという雰囲気でもなく、恐怖を感じているという雰囲気でもなく、ただ冷静に。だがその目はいつになく輝いていたのだった。



 サクラが活躍し過ぎかな……。もう少し控えめな方が良かったかもです。



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