第一話
手のひらに乗せた小さな黒い種を飲み込む。途端、熱が弾けた。体内に根が張り巡らされる感覚に、これこそずっと求めていたものだと、歓喜の涙が頬を伝う。首に咲いた一輪の朝顔を撫でる。ああそうだな、俺もお前に出会えて良かったよ。親友も良かったなって、俺に抱き着いてくる。何でお前まで泣いてるんだよ。でもありがとな。本当にようやくなんだよ。俺の指先から伸びた蔓が親友に巻きつき返す。あぁ、今日は人生最高の日だ。
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アステリア王国国立上級学校。国一番の伝統と規模を持つ、唯一の上級学校。その栄えある入学式が今日行われた。王太子レオナルドが入学した去年には劣るが、今年の入学者も第二王子の婚約者、現宰相の長男、その婚約者で「陸軍の英雄」の娘など、栄誉ある大物ばかりであった。
あくびを嚙み殺すような退屈な長話がようやく過ぎ、いよいよ新入生代表挨拶が行われる時が訪れた。当然その名誉ある大役を任されたのは、あの気高く美しい彼女であろうと誰もが思っていた。しかし彼女は立ち上がらない。代わりに立ち上がったのは、栄誉ある貴族子女達の遥か後方、一般科の席に座っていた、一際小柄な人物であった。
アステリア上級学校は元々は貴族子女のための教育機関として設立されたが、「平民にも学びを」という声が広まった結果一般科がのちに新設された。しかしあくまでもこの学校の主役は貴族科、との認識が一般的だった。にも関わらず、貴族の頂点たる彼女を押しのけて壇上に上がるとは一体どういうことだと、貴族科の新入生は声をあげようと息を吸った。
だが、終ぞ罵声が投げられることは無かった。壇上に上がったのは、パステルピンクの髪を肩でふんわりと切りそろえた、小柄で華奢な少女であった。その首筋には生身の人間にはありえない朝顔が堂々と咲き誇り、蔓が彼女の細い首や手首に巻きついている。講堂に座る全員が、彼女の危うい美貌に見惚れた。今にも消えてしまいそうな、蔓に喰われてしまいそうな彼女から、誰も目が離せなかった。そのせいだろうか、挨拶の内容どころか「彼女」の声が容姿に似合わぬ低さをしていたことには、誰一人として気づかなかった。
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あの衝撃の入学式から数日後、私は一般科の教室に向かっていた。どうしても、あの生徒と話がしたかったからだ。クラス分けは成績順だから、きっと彼女はA組にいるはず。
「失礼いたします」
一年A組の扉を開ける。28人分の視線が身体に突き刺さる。こいつは一体誰なんだという不躾な目が、やがて私の胸元のリボンで止まる。途端に彼らは一斉に顔を上げ、驚いた表情で私を見つめた。まぁ仕方がないことよね、一般科の教室に貴族科の生徒が訪れるなんて一大事ですもの。
「貴族科一年A組、クリスタ・フォン・メイジャールと申しますわ。こちらのクラスのヨウ・フォン・リーフェ様はいらっしゃるかしら」
教室全体に響くように声を投げかけると、入口近くの席に座っていた男子生徒がおずおずと答えた。
「あの、ヨウなら多分、温室にいる、と思います、はい」
「温室ですか?」
「ひゃい!そそそそうです!」
怯えられてしまったわね。公爵令嬢にいきなり話しかけられたら仕方ないわよね。それとも、私がヨウに仕返しをするとでも思っているのかしら?別に取って食ったりはしないわよ。ただ私に勝ったのがどんな生徒なのか知りたいだけ。
「そう、分かったわ。礼を言うわね」
それだけ言って、扉を閉める。頭を下げることも、素直にありがとうございますとも言えない。ああ貴族社会って面倒くさい。それでも、武装を解くわけにはいかない。私は完璧でなければいけないのだから。私はそう言い聞かせながら、教室の反対側にある温室に向かった。少し速足で温室に向かう。着いた頃には少し息が上がっていた。呼吸を整えて温室のガラス扉を開け、中に踏み入れた。
温室の中は、暖かすぎず涼しすぎずの、あまりにも快適な空気に満たされていた。国中から集められた草木が青々と茂っている。確かにここには入り浸りたくもなるだろう。感動しながら彼女を探す。温室内にはいくつか東屋がある。きっとそのどれかにいるだろう。一つ目、いない。二つ目、いない、三つ目、ここにもいない。四つ目、最奥の東屋に、あの儚げな美貌の少女と、まるで絵本の中の王子様のような美しい青年が並んで座っていた。恋人だろうか、ネクタイの色からして一般科の生徒だろう。いや分析している場合ではない。まず自己紹介をしなければ。
「ご歓談中申し訳ありません。わたくしは貴族科一年A組、クリスタ・フォン・メイジャールと申します。ヨウ・フォン・リーフェ様でいらっしゃいますか?」
首筋の朝顔と同じ淡い空色の瞳を私に向け、少女が口を開く。
「そうだが。公爵令嬢が何の用だ?」
この世界に生まれて15年、初めて脳がフリーズした。
はじめまして、螺子と申します。どんな愛があってもいいじゃないか、そんな気持ちで書いています。




