第16話 背伸びと若作りのロジック
「……このままではいけない」
高瀬と大神は、奇しくも同じ危機感を抱いていた。
十五歳年下の大学生が見せた「フレッシュな情熱」。
十五歳年上の紳士が見せた「圧倒的な包容力」。
同世代の自分たちにはない武器に叩きのめされた二人は、焦りのあまり、致命的な方向転換——すなわち「柄にもないキャラ変」へと走ってしまったのだった。
土曜日の午前中。宵月堂のドアが鳴り、高瀬が入ってきた。
「いらっしゃいませ、高瀬さ……ん?」
レジで出迎えた亜沙美の動きが、ぴたりと止まった。
いつものシックで落ち着いたジャケット姿ではない。高瀬はなんと、明るい色合いのパーカーに身を包み、髪型も心なしかふんわりとセットされていた。
「あ、おはよう、薄鉢さん! 今日はいい天気だね。……あ、この新刊、すごく面白そうじゃん!」
高瀬は必死に爽やかさを演出し、語尾を少し跳ねさせながら、大学生のような「フレッシュな親しみやすさ」で話しかけてきた。
亜沙美は無言で高瀬をじっと見つめると、眼鏡の奥の目をすっと細めた。
(……観察結果:高瀬氏の服装および発話テンポに急激な変化が見られる。心拍数の増加、語尾の不自然な軽さ……)
亜沙美は真顔でノートを開き、すらすらとペンを走らせた。
「高瀬さん。季節の変わり目による自律神経の乱れ、あるいは過度のストレスにより、前頭葉の行動抑制機能に一時的な変化が生じている可能性があります。温かいハーブティーをお飲みになり、本日は早めにご就寝されることを強くお勧めします」
「……あ、うん。……ありがとう」
高瀬は若作りの甲斐もなく、一瞬で「体調不良者」として手厚く心配されるハメになり、静かに撃沈した。
そしてその日の閉店間際。今度は大神がやってきた。
「こんばんは、薄鉢さん」
低く、極限まで抑え込まれた重厚な声。
大神はいつものシャープなスーツではなく、落ち着いたシックなロングコートを羽織り、ポケットに片手を突っ込んでゆっくりと歩いてきた。
「……大神さん?」
「ふっ……急ぐ必要はないんだ。人生も、読書もね。今日は急かさず、静かに君と『時の流れ』を楽しみに来たのさ」
大神はカウンターにもたれかかり、遠くを見つめるような深い眼差しで、包容力あふれる「大人の渋み」を全身から漂わせた。
亜沙美は再び真顔になり、大神の表情と姿勢をじっくりと分析した。
(……観察結果:大神氏の発声帯域が通常より一オクターブ低い。背筋の不自然な弛緩、およびポエム調の言語出力……)
亜沙美は真面目な顔で頷くと、歴史書の棚から一冊の文庫本を取り出してカウンターに置いた。
「大神さん。過度な疲労による声帯の疲弊、および現実逃避傾向が見られます。こちらの『中世修道院における瞑想と沈黙の歴史』をお読みになり、今夜は脳の言語野を十分に休ませてください」
「……重症扱い、ですか」
「ええ、重症です。大神さん最近の寒暖差でお体の調子を崩されているようです。ご自愛ください」
大人の余裕を演じるはずだった大神もまた、亜沙美の「完璧な臨床分析」によって撃沈した。
その夜、カウンターの奥で二人の「迷走」をすべて見ていた大島店長は、缶コーヒーを飲みながら深く溜息をついた。
「……あいつら、一体何と戦ってんだ……」
一方、亜沙美は満足そうに売上伝票を整えていた。
「ふむ。常連のお客様が相次いで心身の不調をきたすとは……。古書店として、今後は『ストレス軽減に効く書簡集』のフェアを展開すべきだな」
亜沙美のズレた親切心とロジックは、明後日の方向でさらに冴え渡っていくのだった。
つづく




