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恋に憧れ  作者: 一雲一人


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第1話 プロローグ

恋とは、憧れである。

少なくとも、今の私はそう思っている。

恋愛とは縁のないまま、気がつけば三十歳を迎える夏になっていた。

だからといって、恋愛に興味がなかったわけではない。

むしろ、興味だけなら人一倍あったと思う。

恋とは何なのか。

なぜ人は、たった一人の誰かを特別な存在だと感じるのだろう。

なぜ、その人の言葉ひとつで心が躍ったり、逆に眠れなくなったりするらしい。

胸が痛むような感覚や、食欲が失せるといった現象さえ起きるという。

冷静に考えれば、実に不思議な話である。

人間は一人でも生きていけるはずなのに、なぜかその誰かを求める。

それは、理性では説明しきれない、人間の奥深いところに根ざした感情なのかもしれない。

食事もできる。

仕事もできる。

眠ることだってできる。

それなのに、なぜ誰かを必要とするのだろう。

もちろん、子孫を残すためという生物学的な説明はできる。

だが、それだけで片づけられる話でもない。

結婚したいから恋をするのか。

恋をした結果、結婚したくなるのか。

そもそも、恋と愛は同じものなのか。

違うとすれば、どこからが恋で、どこからが愛なのか。

考えれば考えるほど、答えは曖昧になっていく。

実に困った問題だ。

私は曖昧なものが嫌いだ。

物事には理由がある。

原因があって、結果がある。

数学には答えがあり、科学には検証した結果がある。

だが、恋だけはどうにもそうはいかないらしい。

だから私は、恋に憧れている。

正確に言えば、

恋という現象を、一度くらい自分自身で経験してみたいのだ。

私は、薄鉢亜沙美(うすはちあさみ)。

三十歳。

独身。

恋愛経験なし。

こうして並べてみると、我ながら見事な経歴である。

……いや、経歴という表現が正しいのかは分からないが。

そして今、

「恋とは何か」

という答えの出ない問題について、本気で悩んでいる。

ただ、一つだけ問題があった。

恋を知らない私に、恋を語る資格などあるのだろうか。

――いや。

それ以前に。

恋をしたことのない人間が、恋について真剣に考えている。

それ自体が、少し滑稽なことなのかもしれない。

そう考えたところで、私は小さくため息をついた。

そして、その日の私はまだ知らなかった。

まもなく、自分自身の意思とは無関係に、その『答え』を探さざるを得ない事態に巻き込まれていくのだということを。

三十年間。積み上げてきた私の穏やかな日常に、『恋』という名の思いがけない波紋が広がろうとしていた。

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