変人襲来 後編
「他のウイスキーと比べて比較的手に届く価格というのもいいよね。正直私クラスになれば金に糸目をつけずに好きなものを買うくらいのことは余裕でできるんだけど、やはりウイスキーは値段じゃないよ」
「それにしても、もうちょっと別の酒を飲んでもいい気はするがな」
「私は好きな物なら何度でも、テンションを下げずに食べられるタイプなんだよ。気に入った物を鬼のようにリピートするのがシャノン流さ。私は自分がいいと認めた物しか口に入れたくないからね」
シャノンは自分で宣言していた通り、同じフロムザカスクだけを頼み続け、最終的にはボトルにウイスキーを自分で注ぎ始める。
最初は上手くいっていたものの何度目かの挑戦でとうとう盛大に失敗し、彼女はウイスキーをこぼしてしまう。
「……っ!?」
それを見て一瞬だけ悲しそうな顔をしてから、彼女は仕方のないやつめという感じでボトルを軽く小突いた。
なんだか見ていて飽きない人だな、と思いながらチェイサーの水を注いでいるうちに、あっと今にシャノンは出来上がってしまった。
「ねぇ、トウヤ……トウヤはアルスみたいな小柄で庇護欲をそそるタイプの子が好きだったのかい?」
「馬鹿、店員をそういう目で見るわけないだろ。昨今のコンプラ事情はそういうのに厳しいんだ」
「またそうやって君は、わけのわからないことを言って誤魔化そうとする……」
自分もよくされる手法なので、アルスは彼女の言葉に内心でうんうんと頷いた。
無論勤務中なので、それを面に出すことはないが。
「あーあ、それなら私もこのお店で働こうかなぁ……トウヤは雇ってくれるかい?」
酔っ払いの戯れ言に付き合うのは慣れているので、マスターサカガミは製氷機から取り抱いた氷を綺麗に丸く削り出しながら調子を変えずに答える。
「誰がお前なんか雇うか。興味がない時の態度がわかりやすすぎるんだよ。お前は接客業向いてなさ過ぎだ」
「あははっ、飲食店のくせに客があんまり来て欲しくないとかいうむちゃくちゃな要望をしてくるコミュ障トウヤ君には言われたくないなぁ」
「たしかにコミュニケーション能力には問題を抱えてるな。じゃなくちゃ今頃俺はゼパード王国の国王をやってるさ」
「いっそのこと今からでもそうしたら? 私とトウヤが本気を出せばば国を落とすのなんて簡単じゃない」
「国を落として、その後どうするんだよ。俺もお前も為政のために私生活を捨てられるような高尚な人間じゃないだろ?」
「うーん、それは確かに……この生活を手放してまでほしいものなんてほとんどないもんなぁ」
平然と話をしているが、この国を落とせるのは二人にとって事実なのか……とアルスは戦慄してしまう。
だがたしかに考えてみれば、今までどれだけの国が束になっても敵わなかった魔王を単身で倒したトウヤと、亜空間に店を作るようなあり得ない性能の魔道具を作ることができるシャノン。
二人が力を合わせれば、それくらいのことは朝飯前なのかもしれない。
「結局のところ俺は、そこまで大層な野望があるわけじゃない。小さな一国一城の主でいられれば、それだけで十分だったんだよ……本当にな」
そう言って笑うサカガミには、妙な色気があった。
どこか諦念が混じったようで、さりとて今を後悔しているわけではなく。
過去の苦い思い出を振り切ったものにしか出せない凄みのようなものに、一瞬アルスは言葉を失い見とれてしまう。
「……うーん、それは私もその通りだなぁ。下手に才能があるというのも、なかなか考え物だよね」
「ああ、期待されるのはもううんざりだ。俺はここで適当にゆったりとバーのマスターをやってるくらいが性に合ってるよ」
本当はマスターもシャノンさんも、他人より並外れた才能が力がほしいわけではなかったのかもしれない。
できる人にはできる人なりの苦労というものというのがあるのだなぁと、どちらかといえばできない側のアルスは思うのだった。
「また何かネタを思いついたら来るよ。その時までにトウヤも息災でね」
「いい加減普通に入ってきてくれ……それなら普通に酒くらい出してやるから」
げんなりした様子で呟くマスターの言葉に、シャノンの目がキラリと光った。
「――っ! 本当かい!?」
「ああ、というか俺からしたらなんで毎度ここまで趣向を凝らすか理解不明なんだが……」
「……覚えてないのかい?」
「何をだ?」
「開店の時に、俺をあっと驚かせるような来店をしてくれよって言ったじゃないか」
「……そんなこと、言ったか?」
「はぁ……呆れた」
そしてここで、どちらかと言えばおかしいのは、自分が言ったことを全然覚えていないマスターサカガミの方であったという驚愕の事実が判明する。
どうやらシャノンがあの手この手で奇天烈な魔道具を作っては会いに来ていたのは、以前言われたマスターの言葉を律儀に守っていただけらしい。
「それなら次からは、普通に来店させてもらうよ」
「ああ、基本的に午後六時からならいつでもいいぞ」
「それって明日とかでもいいのかな?」
「別に構わんが……」
「それなら明日、また来るよ!」
そう言いながら楽しそうに去っていくシャノンの横顔は、明らかに恋する乙女のそれに見える。
フロムザカスクを用意しておいてねと楽しそうに告げる彼女を見て、本当に同じお酒しか飲まないんだなぁと、やっぱりシャノンも変な人だったと再確認するアルスであった。
「しっかし……マスターも隅に置けないですね」
「ん、何がだ?」
「……え、嘘でしょう?」
そのあまりの腕の良さに国家転覆すらできるような魔道具職人が、わざわざものすごい性能の魔道具を作ってまで会いに来ている。
傍から見ていればその目的は明らかなのだが、どうやら当のマスターの方は彼女の気持ちには気付いていない様子だった。
マスターが言っていた彼女の条件も、巨乳以外は全て満たしているような気がするが……とそこまで考え、これ以上真面目に考えるのがあほくさくなったのでやめることにした。
「今思ったんだが……この店に常連ができるのは、地味に初めてのことかもしれないな」
「……たしかに言われてみたらそうですね」
「まあ魔道具を作れるシャノンは例外中の例外だから、これ以上新しい常連ができることはないだろうがな」
リピートを前提としていないのは相変わらずバーとしては終わっているが、これがマスターのやりたいことなのだからしょうがない。
お給金をもらっている店員の身としては楽な方がいいので、アルスには特に改善を指摘する必要性も感じなかった。
きっと今のような感じでゆるーっとやれるのが、自分にとってもマスターにとっても、一番いいのだろう。
そんな風に思いながら、ぼーっと客を待つのであった。
この時の彼らはまだ知らなかった。
そう遠くないうちに、この店に新たな常連ができるということを……。
「暇だな」
「暇ですね……」
なお結局それ以降客が来ることはなく、そのまま営業は終了した模様。
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