EP 8
天使の逆襲! 「拡散しまぁす! 特定班よろしく〜★」
「――ストップ、ストップ〜! 優太さんは走らなくていいよぉ♡」
夕暮れの帝都ルナミス、大通り。
人混みに紛れて逃走するプロのスリ犯(ローブの男)を、大荷物を投げ捨てて物理制圧しようと前傾姿勢を取った優太の前に、小悪魔天使・キュララが純白の羽を広げて立ち塞がった。
「キュララ!? どけ、見失うぞ! ルナキンの全財産がかかってるんだ!」
優太が荷物の隙間から顔を出し、サングラスの奥で目を血走らせて叫ぶ。
「ふふんっ! 相手は帝都のプロの泥棒さんでしょ? だったら、物理で殴って捕まえて警察に引き渡すなんて『地味で映えない』し、逃げられるリスクもあるじゃん!」
キュララは悪魔のようなゲスい笑みを浮かべ、魔導端末をタップした。
「こういう時はね、キュララのフォロワー……『特定班』のみんなに、現代ネット社会の『数の暴力』ってやつを見せつけてもらうのが、一番エグくて確実なお仕置きなんだからっ★」
ブンッ! という魔導音と共に、彼女の周囲を飛んでいた魔法のドローンカメラが上空へ舞い上がった。
「やっほーリスナーのみんなぁ! 紧急生放送だよっ☆」
キュララは瞬時に「完璧なあざといアイドルスマイル」にスイッチし、魔導広域通信網を通じて、異世界全土(通信範囲内)への緊急生放送を開始した。
「みんな、大変だよぉ……っ! 今、帝都ルナミスの大通りで、キュララの目の前で、大事な大事なお友達の、村の全財産が入ったお財布が……プロのスリ犯にすり盗られちゃったのぉぉぉ……っ!!」
キュララはカメラ目線で、これ以上ないほど「可哀想で、今にも泣き出しそうな被害者のヒロイン」を演じた。
「うぅぅ……、ぐすっ。みんな……、キュララのお願い、聞いてくれる……? あの泥棒さんを絶対に逃がしたくないの……っ! ――今からカメラを泥棒さんに合わせるから、みんなで『拡散』して、泥棒さんの身元を……『特定』しちゃってぇぇぇぇぇぇッ!!★」
「(……ッ!! 公開処刑(特定依頼)キタコレ!!)」
キュララのゲスい心の叫びと共に、上空のドローンカメラが、前方30メートルを逃走するローブの男の背中を捉えた。
そして、魔導拡大魔法によって、男の顔(robeから覗く横顔)、身長、体型、服の汚れ方、逃走経路が、尋常ではない鮮明さで配信画面に映し出された。
『――【紧急生放送】天使の財布を盗んだスリ犯、特定開始!!ww』
画面の向こう側で、数万人の狂信的なリスナー(特定班)たちが一斉に、財布の紐をブチ切る代わりに、キーボード(魔導端末)を連打する音が響いた。
「…………は?」
荷物の山に埋もれていた優太は、サングラスの奥で呆然としていた。
「おい……キュララ。お前、何を……」
「ふふっ。優太さんはそこに荷物持ったまま見ててね? これが、現代の魔女狩りだよ」
キュララの魔導端末のコメント欄が、見たこともない速度で滝のように流れ落ちていた。
『うおおおおおwww キュララちゃんを泣かした泥棒発見!!ww』
『マジで許さねぇ! 帝都の治安部隊は何やってんだ!!ww』
『【特定班動きます★】』
『――【特定完了】ターゲットの氏名:ボブ・スミス(32歳)。帝都裏通りを縄張りとする中堅スリ師。過去の犯罪歴:窃盗、詐欺で前科3犯。』
『――【情報追加】ボブの実家の住所:帝都ルナミス第7区・木造アパート201号室。』
『――【さらに追加】ボブの母親の名前:メアリー・スミス(60歳)。現在、帝都郊外の『世界樹の紅茶園』でパート勤務中。』
『――【拡散完了】ボブの顔写真(手配書風)と実家の住所、母親の職場情報を、帝都の主要SNS(魔導掲示板)にデジタルタトゥー(消せない魔術)として刻みました★』
チャリンチャリンチャリンチャリンッ!!!
キュララの魔導端末から、滝のような勢いで金貨が振り込まれる効果音(赤スパ)が鳴り響く。
女子会の罵声(撮れ高)を逆手に取った、プロのインフルエンサーによる、最凶の『ヤラセ無しガチ暴露配信』である。
「…………ッッ」
荷物の隙間からコメント欄を見ていた優太は。
サングラスの奥で目を血走らせ、これまで経験したどんな戦場よりも激しい胃痛と、背筋が凍るような恐怖を感じていた。
(……狂ってる。魔法も武力も使わない、情報の暴力と群衆の狂気による、終わりの見えない『承認欲求と私刑の戦争』だ……)
元特殊部隊(SEALs)教官の誇りが、羞恥心と恐怖によって、音を立てて崩れ去っていく。
わずか数分の間に、スリ犯の本名、住所、過去の犯罪歴、親兄弟の職場まで特定・拡散されていく様子を描写。(「農家の三男坊」などのレギュラーリスナーも登場)
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一方、人混みを縫って逃走していたスリ犯、ボブ・スミスは。
まだ誰も自分を追ってきていないことに安堵し、裏路地へと逃げ込んでいた。
(……ヘッ。ちょろいもんさ。あんな平和ボケしたエルフや天使が、俺の『プロの神業』に気づくはずが……)
男はニヤリと口角を上げ、不自然にならない速度で、しかし確実にルナたちから距離を取り、人混みへと紛れ込んでいく。
プロの犯行。完全に成功したかに見えた。
だが。
その瞬間。
ピロンッ! ピロンッ! ピロンッ! ピロンッ! ピロンッ!……
男の懐に入っていた『魔導自販機(魔導スマホ)』から、異様な数の通知音が鳴り響いた。
「……あ、あァん? なんだ、急に通信が……」
男が端末を取り出すと、画面には、帝都の主要掲示板(SNS)に、自分の『顔写真』と『本名』、そして『実家の住所』が、鮮明に刻まれたデジタルタトゥー(消せない魔術)として、滝のように拡散されている様子が映し出されていた。
『――【緊急拡散】天使の財布を盗んだスリ犯は、ボブ・スミス!! 実家の住所はここ!! 実家のカーチャンに通報しろ!!www』
「…………な、なんだこれは……ッ!?」
男の顔から、一気に血の気が引いた。
「俺の本名が……!? なんで……!? ま、まさか……あの天使……ッ!?」
男が顔を引きつらせて空を見上げると、そこには、自分の顔を特写し続ける魔法のドローンカメラが、夕暮れの空に不気味に浮かんでいた。
そして。
恐怖に震え上がるスリ犯の魔導自販機に、さらなる絶望の『直電』が着信した。
【――着信:母ちゃん】
「…………ッ!!?」
スリ犯のボブは、恐怖と罪悪感で、その場に膝から崩れ落ちた。
夕暮れの帝都。
剣も魔法も使わない、現代インフルエンサーによる最凶の「公開処刑(特定)」の幕が、今まさに上がろうとしていた。




